『過去』と『心情』
「僕は…いや、女性時の私は…決して、故意があってシュマンを傷つけたわけではないんだ…。もちろん、シュマンを傷つけてしまった事は、謝罪するけど…。僕の意思ではない事を分かって欲しい…」
ミヴェルの言葉に、カイヤと、そしてシュマンが首を傾げた。
「どういう事だ、この事態を犯したのは正真正銘の女性時のミヴェルだぜ?あれだけあいつに邪魔されたんだぞ。お前だって、女性時のミヴェルを恨んでんのじゃねーのかよ」
「恨んでるよ、でもそれは僕に向けてのモノじゃない」
そう言いミヴェルは俯いた。
カイヤは訳が分からずに再び首を傾げた軽く舌打ちをした。そしてシュマンの方を見、「何がなんだかわかんねーよな」とシュマンに問いかけた。
「…すみませんけど…、私も…分かりません。でもそれがミヴェルさんの精一杯の言葉である事は分かります…。説明しずらい、そうですよね」
そう言いミヴェルを励ます。そしてシュマンは深く考え込み、ふと、何かを思い出しこう言った。
「間違っているかもしれないですが…、もしかして、ミヴェルさんは私とは逆、なのですか?」
ミヴェルは顔を上げシュマンをじっと見た。
「…うん、そう言う事かもしれないね」
「え、全然分かんねーよ…!もっと分かりやすく教えてくれ…!」
訳が分からず戸惑うカイヤに、シュマンは慌てて付け加えた。
「えっと…!今、私達は女性時のミヴェルさんを敵視しています。でも、女性時のミヴェルさんは実は私達の味方であって、決して敵ではない…。私と同じく過去に囚われているだけ…。でも私は、自分の意思で過去に囚われ、違う人格を形成してしまいました。でもミヴェルさんは私とは逆…女性時のミヴェルさんは意図的ではなく、誰かの手によって過去に囚われたんです…」
カイヤは未だ信じられず、何も言えずにいた。
「…以前私が女性時のミヴェルさんに会った時…その時私はエイヴァに身体を占領されていましたが、エイヴァが覚えていてくれました。…ミヴェルさんが私を呼んだ時、喜びと微かに泣きそうな表情があった事を…。言っていた言葉とは別に別の『大丈夫だよ』の声が聞こえた気がして…。その時の声は、あの昔の兄が私を励ますような声でした…。ミヴェルさんは言葉ではああ言ってましたけど、心は…男性時でしたね…」
シュマンはそう言いミヴェルに微笑みかけた。ミヴェルも少し表情が和らぐ。
「…もしかして…」
ふとカイヤがそう呟いた。
確信が得た。
自分の10年前の過去の最後にあった、ミヴェルの言葉…
あの暗闇と騒音の中、何故あんな夢をあの時見たのか、意識が一時飛んでいたのか色々思い悩む点があったが、今分かった。
…あの暗闇と騒音の場所は、ミヴェルの過去。
ずっと他人に隠してきた。『人形』としての表面に隠れた、心情。
助け、『希望』
俺は確かに、あそこでミヴェルの助けを聞いた。
『僕/私を過去から、解放して』
ミヴェルはそう確かに俺に助けを求めたんだ。
「…助けを…求めてたのか…?」
そう言うと、ミヴェルはゆっくりと頷いた。
そしてカイヤの方を見て、ずっと固まっていた表情が崩れる。
「…やっぱりな」
そう言いカイヤは微笑む。
「ったく、背の高さとか3人の中で一番真面目だとかそーいうので、お前意地張ってたろ?自分がしっかりしなきゃって…。確かに、ミヴェルはしっかり者で頼り甲斐がある。でもよ、ミヴェルの性格が実は気が弱くて臆病で何より自信家ではない事は10年前の俺は知ってたんだ。…ごめんな、過去を無くして、大切な事に気付かなくて…」
カイヤはミヴェルの元に移動し、ミヴェルの手をとった。ミヴェルは泣きそうになるのをグッと堪え、そしてこう言った。
「カイヤ…ごめんね…。…うん…。その通りだよ。…迷惑かけたくなかったから、僕はずっと…我慢してた。…その事が仇となって、『女性時』が存在してしまっているのだけれど…」
そう言うと、ミヴェルはひとつ深呼吸をして
カイヤの目を見た。やはり頭にハテナを浮かべているカイヤに、ミヴェルはある事を言う。
「君達が思っている『女性時』のミヴェルは…僕と性格は変わらない。実際、今僕がこの性格のまま女性時になる事も可能だ。でも…、女性時になる時、いつも思い出してしまうんだ…。エイヴァなら、わかるでしょ?」
そう言いシュマンの方をちらっと見ると、感づいたのかシュマンは苦い顔をした。
「思い出したくないです…」
シュマンはそう呟き目を背く。微かに身体が震えているように感じた。
「…ガディ=ジュエか…!」
カイヤは咄嗟に思い出し大声を上げた。場の空気がざわつくのに合わせて、カイヤは怒りを露にした。
「エスポワール、落ち着け…!」
「落ち着いてられるかよ!いつまでもしぶとくミヴェルとエイヴァの心に残りやがって…!あいつがミヴェルとエイヴァにした事分かってんのか…!?」
「怒鳴っても無駄だ!ガディ=ジュエはもうここにはいない」
クロヤは必死にカイヤを止める。息を荒げ、過去に向かって睨んでいるカイヤを見て、ミヴェルは心の闇をより一層暗くした。
「…いや、まだ、いるよ。現実に…」
ミヴェルはそう呟き、ある人の方を漆黒の瞳で見つめた。
ミヴェルの視線を遮断したが、感づいたのか、アマノは持っていたカバンからある本を取り出した。
「…エスポワール様を保護した際に回収したモノですが、ミヴェルの言っているのはこの事でしょうか?」
クロヤがその本を受け取ると、確かに見覚えのある本であり、確信がついた。
『世界の美愛』
ガディ=ジュエが遺した写真集だ。
「…っ!」
思わずシュマンが目を逸らす。そして胸を抑え、「…大丈夫だからね…」と胸の中の人格に話しかけた。
「アマノ…今それを見せるべきではない…!シュマンもまだ完全では無いし、ミヴェルだって…!」
「クロヤ様、それはミヴェルが決める事です」
クロヤの呼びかけに見向きもせず、アマノはミヴェルを信じた。
その殺伐とした光景を、彼だけは別の視点で見ていた。
「なんだ…これ…」
目の前の光景に目を見開き、呆然とその場に立ち尽くした。
ミヴェルとエイヴァの後ろ姿を見て、カイヤは恐怖を覚えた。
シュマンがさっき目を逸らし胸を抑えた時、ゆっくりとそれは姿を現した。
シュマンの背中に抱きつき、ずっと引っ付いている。その姿はずいぶんと小さく、身体は酷く震えていて泣いているようにも見えた。
そしてシュマンが「大丈夫だから…」と呟く度に、より一層力を強くしシュマンを抱きしめていた。
そして丁度カイヤから見て一番前にいるミヴェル。その肩ににかすかに見える、ある人の赤い手。そしてよくよく見ると、自分も一度は見たことのある人物の姿が映し出された。
ミヴェルの背後に立っていたのは、自分も一度は見たことのある、血まみれたガディ=ジュエの姿だった。
全身に鳥肌が立ち、ゾッと寒気がした。
(…あんなモノを背負っていたのか…!)
カイヤはただ驚きを隠せないでいた。
きっとこれは『過去を食らう猫』にしか見えないだろう。シュマンは納得がつくが、ミヴェルは自分が思っていた以上に重体だった。
誰よりも重い、過去を背負っている。
「…ル…エスポワール!」
「…!!」
クロヤに呼びかけられ我に返る。いつの間にか隣に来ていたクロヤが心配そうにこちらを見る。
「大丈夫なのか?さっきから…」
「あ、ああ…」
まだ絵の前に浮かび上がる赤い人物に戸惑いながら、カイヤは苦笑いをした。
「そうか…」
クロヤはそれだけ言うと、カイヤの肩をポンと叩き、全体に目を通す。
ミヴェルがアマノの持っている写真集をゆっくりと見て、何処か寂しそうな表情をする。「まだ…存在したんだね…」と呟きながら、今にも泣き出しそうな表情をしながら、アマノに話しかける。
その時、カイヤは血まみれのガディ=ジュエがミヴェルの肩に強く爪を立てるのを見た。
そして何やらミヴェルに話しかけている。
「…エスポワール、我は今、不穏な空気を感じている…。だがミヴェルは拒否しない」
クロヤがふとカイヤに聞こえる声で呟いた。
「…我は、ミヴェルに身の危険を感じた時は直ぐに行動に移す。多分、アマノも同じ事を考えているだろう。エスポワール、お主はどう考えているか分からないが、お主も、気を付けてくれ」
それは過去に囚われることを暗示しているのだろうか。クロヤは険しい顔でカイヤに伝えた。
カイヤはようやく慣れてきたこの過去が見える状況を深く見直した。
シュマンの方は、背中に引っ付いているエイヴァが相変わらず震えている。それはきっと、過去のトラウマを思い出して、シュマンとエイヴァも心が動揺しているのだろう。
それより重症なのが、ミヴェルの様子。
ミヴェルはずっと写真集を見つめたまま動かない。
何かを思い出しているのか…?
その答えは、肩に引っ付いているガディ=ジュエにあった。
さっきからガディ=ジュエは何かを語りかけているようだが、何を言っているか聞き取れない。
でも確かにそれは、今すぐ止めなければいけない気がした。
「ミヴェル…!!」
ミヴェルの名を叫び、カイヤはミヴェルの方に向かう。
丁度クロヤも同時に動き出したようだ。目線の横で黒いコートがひらりと動く。
その時の時間は、スローモーションの様に見えた。
ガディ=ジュエがミヴェルに何かする前に、俺がかき消してやらなければならない…!
カイヤはミヴェルに向かって手を伸ばす。
(届け…!ミヴェル!!)
大きく伸ばした手は、微かに何かに触れた気がした。
幼少期。
カイヤの周りには子供がいなかった。
近所には子供が住んでおらず、おまけに一人っ子であった。
変に大人びた考え方と妙に現実主義な冷静さを持った性格も、きっと周りに子供がいなかったからだろう。
カイヤの隣には、いつも大人達がいた。
カイヤは大人達から沢山の事を学び、世界を知った。
その大人達の中で一番印象に残った人物は、自分の父親であるキル=エスポワールであった。
冷徹ながらもしっかりとし、失敗を決して恐れず堂々としている父親の所に、カイヤはいつからか憧れを抱くようになった。
「…ここは…」
ふと目を覚ますと、そこは懐かしい風景だった。
町外れの丘の上に立っている、自分の家の広い中庭。家の隣には相変わらずもくもくと煙を出している建物があった。
「…なんだ。自分の家か…」
そう呟き再び寝転がる。煙突の煙が雲と混じりあい絶妙な模様を作っている。
そういや、ミヴェルとエイヴァはどこだ…?
…そうだ、引っ越したんだっけ…。
向こうで上手くやってるみたいだけど、こっちにとってはちょっと迷惑だったかな…。
急に暇になったな…。
そーいや、今親父はどこにいるんだ…?
ふとそんな事を気になり再び起き上がる。
「…暇だし、親父の所に本でも読みに行くか…」
そう呟き足を運ぶ。
本と言うのはキル=エスポワールが著した「希少種猫一覧」という本の事である。100を超える希少種猫の特徴がその本に書かれている。カイヤの「希少種猫保護施設の保護員になる」という夢を作った本でもある。
キルの書斎の前まで着く。普通にドアノブを捻れば良いのだが、何故かそこで、カイヤは一瞬謎の躊躇をした。
「…?」
自分でも何故立ち止まったのか分からず、気を取り直してゆっくりドアノブを捻る。
ギィ…と古臭い音を建てた。
「親父?いるかー?」
「…え…」
目の前に現れた光景。
それはある黒い人物がキルの上にまたがり、赤い血のついたナイフを何回を指している所だった。
キルは赤い液体を流し、動かない。
カイヤはその瞬間、脳内にある父親との記憶を蘇らせた。
落ち込んだ時、いつも頭を撫でて慰めてくれた。
ミヴェルとエイヴァとの別れの時も、涙を流すカイヤに声をかけた寄り添ったのは、父親だった。
冷徹ながらも、親子愛は確かにそこにあったんだ。
そう思うと、いきなり、怒りが込み上げた。
「…どうして…!親父を殺したんだよ…!!」
カイヤはそう叫び、黒い人物に向かってナイフを立てた。
そのナイフが黒い人物に当たる瞬間、世界が崩れる。
一瞬で暗くなり、カイヤは目を見開く。
ふと気づくと、キルの書斎であった。
だがあの黒い人物はどこにもおらず、キル=エスポワールは自分の目の前にいた。
「親父…大丈夫なのか…!?」
取り乱してそう言うと、キルはいつものように嘲笑するかのようにニヤリと笑った。
「カイヤ、それはふざけて言っていることなのか…?だとしたらこれは嘲笑せざるを得ないな」
そう言いニヤニヤと嗤う。そしてふとこんな事を言った。
「お前、『希望』を遂行出来なかったんだろう?」
それを聞き、カイヤは動揺する。
「なんで…それを…」
「別にいいじゃないか。それでなぜ失敗したんだ?」
しばらくの無言の間。キルはやはりかと言うような表情をし、ニヤニヤと笑った。そしてこう言った。
「まあ…それは全部、お前がもっとマシな方法を探し求めなかった事が悪いんだな。そして…お前が求めさえしなければ…」
「…!!?」
カイヤは取り乱し、その場に固まる。いつもみたいに言い返せない。
「カイヤ、お前があの二人を助けられなかったから、この悲劇は起きた。元はといえば、お前が希少種猫を望んだから、こんな惨劇に結び付いたのだ。そんな立場で罪滅ぼしをするなんて…なんて卑怯者だろう」
いつの間にかカイヤの横に移動し、耳元で囁いた。カイヤは涙を流し、頭を抱える。
「やめろ…!!やめてくれ…!!」
過去のトラウマが、蘇る。
あの朝焼けの空、燃え盛る炎を目の前に、絶望を覚えた日。
『希望』が、『絶望』に変わった日。
「全てお前が悪かったんだ。お前の欲望がここまで他人を壊していたか。お前には分かるはずが無い。そう、全てお前が悪いのだ」
キルの囁きに、カイヤの目の前に『絶望』が走る。
そして、何かが壊れる音がした。
「師匠!!」
「…!」
ふと目を覚ますと、目の前にはシュマンがいた。心配そうにこっちを見ている。
「師匠、大丈夫ですか…?随分とうなされてましたけど…」
そう言うシュマンに、師匠は思い出す。
さっきのは…夢…?
「…俺、なんで寝てたんだ…?」
「あ…。それは、急に師匠とクロヤさんがミヴェルさんに向かって走り出した時…、アマノさんの瞳の能力を受けてしまったんです…。覚えてませんか?」
シュマンによると、あの時、ミヴェルの危険を感じた師匠とクロヤが同時にミヴェルの元へかけた。その時アマノも同じ目的だったのだろう。いつも閉じている目を開きミヴェルを気絶させ危険から守ろうとした。そしてタイミングよくカイヤがその瞳を見てしまい、気絶したのだという。
「…起きたのか、エスポワール。大丈夫か…?」
シュマンが説明をし終えると、クロヤがそう言い部屋に入って来た。かさばった資料の山から思うにここは基地長室だと今更確認する。
「…ミヴェルは…」
「大丈夫だ。お主と同じくアマノの能力で眠っている。我も瞳を見たが、我は既に抗体を作っていたからな。…よく気づけたな、ミヴェルの様子に」
そう言いカイヤの横に座る。カイヤは一瞬考えた後、自分が見たミヴェルとシュマンにくっ付いていた「過去」を伝えた。
「…だから、シュマンの隣にも今、エイヴァがいる。シュマンなら見えると思うが、どうだ…?」
そう言うと、まだ見えるシュマンの隣にいる「過去」の物体であるエイヴァが、じっとカイヤの方を見た。シュマンも目を凝らして見てハッと驚く。
「…エイヴァ。僕の…小さい頃の…」
そう言うシュマンが呟くと、「過去」のエイヴァはシュマンの方を見て、ニッコリと笑った。そしてシュマンにギュッと抱きついてシュマンの中に入っていった。
「…こんなに具体的に…見えるんですね。僕、『過去』というのはあの人間の臓器みたいな赤黒いのばかりだと思ってました…」
シュマンが関心する。そして、自分の胸をギュッと握りしめ、優しく微笑んだ。
「…エイヴァ、君は僕を選んでくれたんだね。共存の『道』を…選ばせてくれたんだね」
そう呟くと、『うん…!シュマンは私のお兄ちゃん!』と幼きエイヴァの声が聞こえたような気がした。シュマンは再び微笑む。
「…ありがとう」
シュマンはそう呟いた。
「…そうなのか」
ふと、クロヤが呟く。カイヤは首を傾げ、クロヤの真剣な横顔を見た。
「いや…そう言う過去の囚われ方もあるのだなっと思ってな。カイヤ、我には『過去』と言う物体はあまり分からないが、その赤黒い物体に普段見える『過去』がちゃんとした実体を持っているように見えるのなら、それは…、その『過去』はその人にとって執着している過去ではないのか…?」
クロヤの言葉に、カイヤは目を開いた。
確かにそうだ。その考えは当てはまっている。
シュマンだって、ずっとこれまで『エイヴァ』に囚われていたんだ。他の過去がただの過去に見えるほど、『エイヴァ』の過去はシュマンの過去を占めた。今現在、シュマンとしての男性時の『記憶』と、エイヴァとしての女性時の『過去』が混じり合い、葛藤の末、共存という形で『エイヴァ=ソワール』またの名を『シュマン』が存在している。『エイヴァ』の過去は一時期はシュマンを食い殺し、今ではシュマンを認めシュマンの手をとり共に生きている。
だから、『エイヴァ』の過去は実体を持っている。
その考えにたどり着いた時、カイヤはある恐怖心を覚えた。
あの夢を見た意味。あれは、実際にエイヴァとミヴェルが体験した出来事と酷似している。
目の前で最愛の人を殺され、高まる復讐心。
そして、段々と囚われていく、自らの心。
『希望』とはかけ離れた、『絶望』
「…!ミヴェル…!!」
そう言い布団を蹴飛ばし勢いよく部屋を出ていく。クロヤも感づいたのか、急いでミヴェルの元へ向かった。
「ミヴェル!!」
名を叫び、ドアを開けると、目の前にあの日の光景がフラッシュバックした。
あの日の赤い色が広がっていた。
目の前には、確かにミヴェルの姿があった。
だがその様子はおかしく、息を荒げて立ち尽くしている。
「ミヴェル…?お前…」
「アマノ!!」
カイヤに追いついたクロヤが叫ぶ。そして声をかけた人物の方にかけていった。
目を見開く。
クロヤが駆けつけた先には、身体中に傷を負った、アマノの姿があった。全身に刃物
で切られた様な傷に、腹部には大きな刺し傷があり、大量に出血している。
「…く…クロヤ…様…」
「アマノ…!大丈夫か!?しっかりしろ…!」
アマノはこれまで見せたことのない厳しい顔をし、歯を食い縛る。そして自らの目を開眼させたまま、ミヴェルの方を睨む。
「クロヤ様…お逃げください…ミヴェルが…囚われてしまう前に…」
「アマノ…!」
アマノはそう言い気を失った。クロヤは目を見開き、そして見せたことの無い怒りの形相をしてミヴェルをきつく睨んだ。
その目は赤黒く染まっていた。吸血鬼反応だ。
「貴様…!!」
クロヤはその瞬間、自らの手首の身を噛みちぎり、自分の血から愛用の槍を作る。そしてミヴェルに向けて飛びかかろうとした。
瞬間、カイヤが目の前に立って阻止する。
「カイヤ…!邪魔をするな…!あいつは…!!」
「クロヤ落ち着け…!ミヴェルの様子を見てみろ…!」
クロヤを止め、必死に説得する。
その時、後から追いついたシュマンが目を見開いた。
シュマンの隣にいた『エイヴァ』が震え出す。
「…お義父…さん…!?」
シュマンはその場で立ちすくんだ。身体中が震えている。
カイヤはその光景をクロヤに見せようと、ナイフで自分の手を軽く切り、自分の血をクロヤに飲ませた。
クロヤの吸血鬼反応が収まると同時に、クロヤはシュマンと同様目を見開く。
「…これが、ミヴェルの囚われている…『過去』…!」
クロヤとカイヤの目の前にいたのは、ミヴェルと、その首元でミヴェルの首を締めている、カディ=ジュエの姿だった。
さっきカイヤが見たガディ=ジュエよりも血まみれに見えた目の前のそれは、微かに黒くこげ始めていた。
「…やめて」
ふと、そんな声が聞こえる。
「…やめて…!やめてくれ…!来るな…!」
それはミヴェルの叫びだった。胸と首を抑えて、息を荒げて苦しんでいる。
「…やめて…来ないで…。もう『絶望』したくない…!」
ミヴェルはもがき苦しむ度、ガディ=ジュエが首を締め、そして何かを語りかける。
カイヤにはその言葉を聞き取ることができた。
『全てお前が悪いのだ』
瞬間、過去が蘇る。
そして思い出した光景は、光を失った目をこちらに向けて、無機質な笑みを浮かべる『人形』の姿をしたミヴェルだった。
「ミヴェル…。葛藤してんのか…?ひとりで…」
カイヤがそう呟くと、ガディ=ジュエがこちらを睨み、ミヴェルの首から手を離しミヴェルをすり抜けカイヤに近づいた。
カイヤはその『過去』に警戒し、ポケットにあるナイフに手をかける。
ガディ=ジュエは血だらけの身体で半分まで黒く焦げた顔をカイヤに向け、ニヤリと笑った。
『…解放されるとは思うな』
そんな言葉を残し、ガディ=ジュエは風と共に消えていった。
瞬間、ミヴェルがその場に倒れる。
「ミヴェル!」
カイヤがミヴェルの元に駆けつけると、ミヴェルは意識を取り戻し、頭を抱える。
「…僕は…、また…」
ミヴェルはそう呟き、息を整える。カイヤはミヴェルのそんな状態を見て、ある言葉を思い出す。
『僕/私を過去から、解放して』
ミヴェルは…囚われていたんだ。
「ミヴェル…お前…」
「……カイヤ」
ミヴェルが呟く。その声は微かに震えているように感じた。
「…助けを求めていた理由が分かった…。お前、ずっとあの『過去』と、葛藤していたのか!?お前の中の女性時は…!葛藤して男性時が負けた時の『絶望』の姿なのか!?」
そう力強く聞くと、ミヴェルはコクリと小さく頷いた。カイヤは確信を得る。
「じゃあ…女性時のミヴェルの言動は、ミヴェルの意思じゃなくて…、ガディ=ジュエの意思なのか!?お前は、体を乗っ取られただけなのか…!?」
そう言うと、ミヴェルは俯いた。髪の毛がかさばり、ミヴェルの表情を隠す。微かに風が吹く。
「…っ!ミヴェル…!すまなかった…!本当に…。俺はお前を…女性時のお前を悪者扱いして…!お前は…ずっと戦ってたのに!俺は勝手に決めつけて…!」
カイヤは涙を流し、ミヴェルに抱きつく。自らの後悔の念を思い知った。
助けを求めていたのに関わらず、見向きもしないで、
ただ自分の考えの中に囚われ、そして相手を助けようとしなかった。
それはまるで10年前のミヴェルが人形になった日の時のように、酷く心に刺さる。
自分は、同じ過ちをしている。
しばらく部屋に鳴き声が響き渡った。
クロヤはその間、自分コウモリを放ち救護要請を出した後、カイヤの傍に駆け寄り頭を撫でた。目を閉じてただそのすすり泣く声に耳を傾ける。
シュマンもカイヤと同様、立ちながら泣いていた。裾で涙をぬぐい、過去を思い出して泣いている。
「…ミヴェル、我も謝る。同じ希少種猫保護施設の一員であるにも関わらず、粗末な扱いをしてしまった。本当に、すまなかった…」
クロヤはそう言い、ミヴェルに頭を下げた。ミヴェルは動揺し、「別に…僕は大丈夫なのに…」と小さい声で呟いた。
「お前のどこが大丈夫なんだよ…。いい加減、俺を頼れよ…」
そんなミヴェルの言葉に、カイヤはそう言い返す。そして顔を勢い良く上げた。その顔はもう泣いておらず、凛々しく前を向いていた。
「次の『希望』は、必ず成功させる…!その為には、クヨクヨ過去を振り返ってちゃ仕方ねぇ!前を見なきゃいけねーんだ!そうだろ?」
そうミヴェルに言いニッコリと少年の笑顔で笑った。ミヴェルもそれにつられて笑顔が戻っていった。
シュマンもそんな二人の様子に、泣きそうなのを堪えて笑顔を作る。
今再び、三人が戻る。
10年前の嵐を、今吹き飛ばす覚悟が出来た。
「…でも、その前に…」
ふと、カイヤが呟く。
「ミヴェルの過去、ちゃんと教えてくれねーか?何故、過去に怯える結果になったのか、俺は知りたい」
カイヤの発言に、ミヴェルは唇を噛んだ。




