夜中前にて
僕はいつだって、他人に迷惑をかけることを避けてきた。
何事も全て一人で成そうとしていた。
それが間違っているのかは分からなかった。
でも一度だけ、僕は他人に力を借りたことがある。
だがその結果は、酷いモノだった。
僕が追い求めていたモノとは正反対の結果、他人は離れ離れになり、そしてそれぞれ過去に朽ちていった。
だから僕は、他人に迷惑をかけることを避けたのだ。
それが僕の考え。
私はどう考えていたのだろう。
もう一人が必死に阻止しようとしていることを、私は実行し続けた。
それが間違っているのかは分からなかった。
私は言えばもう一人の『絶望』に近い何かなのだ。
ヒトとして外れていたのかもしれない。
そしてあの時、ミヴェルにとって求めていない結果になった。
私の心は浮遊した。
私は未だに囚われている。
誰か、助けてくれたらいいのに…
みんな、私を悪者扱いする…
『僕/私を過去から、解放して』
衝撃が何も置いていない無機質な部屋に響き渡った。
乾いた音が部屋に響き、普段滅多なことでは驚かないであろう芯がある人物すら、肩を縦に動かすほどだった。
その人物の目線の先には2人のかつての希望実行者がいた。
「黙ってたら分かんねーんだよ!お前は昔っからいつもそう…!なんで俺を頼らねーんだ!なんでお前ばっか…!!抱え込もうとするんだよ!!」
黒髪の男性の襟を掴み、茶髪の少年が叫ぶ。
黒髪の男性の左頬がかつての火傷を負った赤黒い色からより赤く腫れ上がった色になる。
「…っ!そんなの、わかんないよ!!」
黒髪の男性は反抗した。その言葉にカイヤはチッと舌打ちをする。
「だから話せって!一人で抱え込むなって言ってんだろ!?」
「黙れよ!無神経なお前には僕の気持ちなんか分かんないだろ!?」
「お前が教えてくれねーから分かんねーんだよこの根性無し野郎めが!!」
二人の口論が煩く部屋に響き渡る。
その部屋にいたエリスは耳を塞ぎ、険しい顔で二人の様子を見ていた。
(エスポワールが入って来た時は何をするのか期待していたが、随分と子供らしい事をするねぇ…。まあ、幼馴染の喧嘩って感じでいいんじゃないか。ミヴェルも…懐かしみを覚えてるんじゃねーかな)
そう心の中で呟き、ふと自分の幼少期を思い出す。
そして自分も目の前にいた赤い人物に対してやる事がある事を思い出し、「あとは頼んだ」と小声で呟き、部屋を後にした。
数分間の決着のつかない口論の末、いきなりカイヤが懐にあったナイフを振り回した。ミヴェルは直感的にその刃物を避けるが、頬に掠ったのか、少しだけ頬に血が滲んだ。
「手、使うのかよ…!いいよ!やってやる!」
そうミヴェルは喧嘩を買い、グローブを装着する。そして地から離れたと思うと真上からカイヤの頭目掛けて素早い蹴りを入れた。カイヤはそれをしゃがんでかわす。
「は…!グローブの意味ねーじゃねーか!そーいや、シュマンは拳が得意だが、お前は蹴りの方が得意だったっけなぁ?ずりぃぞ得意分野使いやがって!」
「格闘技なんだから体のどこを使ってもいいじゃないか!それよりお前こそ武器を使うなんてずるいもんだ。こっちは生身でやってんのによ!」
再び蹴りを入れつつミヴェルが挑発する。
それを守りの構えでガードし、カイヤはニコリと笑った。
「俺は格闘技は苦手なんだよ!無理言わすな!!」
カイヤも素早いナイフ使いでミヴェルに攻撃する。それをミヴェルは見事に避ける。
「は…!僕だって武器を使うのは苦手さ!」
「お互い様じゃねーか!」
「悪かったな!!」
暗い部屋の中で本気の喧嘩をし始めて長く30分は経過した。いつしか二人には何の壁もなく、迷いもどこかに消えていた。
二人とも、笑顔になっていた。
40分が経過した頃、二人は最後の力を振り絞り、気合の一撃を入れた。
ミヴェルの攻撃がカイヤのナイフを持っていた手の手首に当たり、衝撃でナイフがとぶ。
手首を握りしめ、疲れでカイヤはその場に倒れこんだ。ミヴェルはカイヤより先に衝撃で力を失い倒れこむ。
ゴロンと仰向けになり、頭を合わせる。
息切れをしながら、二人は笑いあった。
「僕の…勝ちかな?ほら、カイヤのナイフを飛ばしたんだ…!これで、いいだろ?」
「はぁ…?ナイフがどーとかカンケーねーよ!お前が先に倒れたから俺の勝ちだろ…!」
「はぁ…、お互い様じゃないか…」
二人はさっきよりも大きな笑い声を上げて笑いあった。
あんなにそれぞれ辛い事があったのに、離れ離れの道(過去)を進んでいたのに。
今ここで、再び二人の過去が一つになる。
「なあミヴェル、俺は昔っからなんも変わっちゃいねーぜ!お前に過去を食われても、どんな結末だっても、今現在こうして再び出会い、笑ってんじゃーねーか!…でもさ、お前は…変わっちまったのか…?それが心配なんだ。あの時、あの『希望実行時』、お前に何が起こってたんだ…?」
カイヤは喜びを伝えた後、悲しそうな口調に変化した。
ミヴェルは、再び黙り込む。
「…教えてくれ、ミヴェルの過去を…。俺がずっと知りたかったお前の過去を…。そして、考えさせてくれ。…」
カイヤはそう言うと、よっこらしょっと重く立ち上がった。
遠くの地面に刺さっていたナイフを抜き、懐に入れる。
「…でも…僕は…」
ミヴェルが拒むように言う。カイヤは、その言葉を聞き、ある決意をした。
「…お前の過去が分かったら、俺は再び、『希望』を実行しようと思ってるんだ…。お前をもう一人(女性時)から救うために…。だから、協力、してほしい…」
希望実行…10年前の出来事を思い出す。
ミヴェルは起き上がり、窓の外を眺めた。
随分と暗くなっている。
「…いいよ。エイヴァを含めたみんなの前で言う。けどカイヤ、一つ、分かってほしい事があるんだ…」
カイヤが首を傾げると、ミヴェルは悲しそうな顔でこっちを見た。
「女性時を…悪者扱いしないで…」
窓を開けてもいないのに、そよ風がミヴェルの漆黒の髪を靡かせた。
どういう事だ…?そう問いかけてみても返事がなかった。そのまま二人は部屋を出る。
施設内にある噴水の前まで行くとアマノが噴水の中の相手と何やら話をしていた。そういや、あの噴水には水猫の基地長援護班の一人が住んでいると前に聞いた事がある。仕事話だろう。
ふとアマノがこちらに気づいた。やや駆け足で寄ってくる。
閉じているがこちらが見えているらしい瞳を一度ミヴェルの方へ向けた。ミヴェルは申し訳なさそうな態度でアマノを見た。
「…今は、男性時の方か。…二人とも顔に痣ができていますけど、どうされたのですか?」
アマノは一瞬ミヴェルをにらむような表情をし、そしていつもの表情に戻りいつもの敬語でそう言った。そう言った。ふと、顔の痛みを思い出す。頬を抑え、カイヤとミヴェルは少し笑いあった。頭に?マークを浮かべるアマノに、カイヤが笑いながら説明する。
「いやぁ、お互いちょっと派手にやらかしてな。わりぃけど、救助援護班に手当を頼みたいんだが」
いえ、私が手当致します。一応私、救助援護員の資格も持ち合わせておりますので」
そう言いアマノは自分の懐から取り出した消毒液とガーゼで手当をする。
ちなみに救助援護班というのは、主に保護員の傷の手当などを目的とした、保護施設の役職の一つであり、ジュネスもこの役職に価する。普通は回復猫や水猫の希少種猫がなる事が多い役職だが、アマノは基地長援護班という自らの役職もあり、きっと特別なのだろう。
ミヴェルの手当の途中、アマノはミヴェルの左顔にある大きな火傷痕をまぶたの奥の目でマジマジと見、ふとこんな事を呟いた。
「…この火傷と共に、恐怖心も絶望も全て、燃え尽きてしまえば良かったのに…」
それを聞き、カイヤは驚き、そして疑問を浮かべた顔をする。言葉の意味が分かったミヴェルは、アマノから目線をゆっくりと下げた。
「…?なんて言ったんだ?絶望…とか…」
「ごめんアマノ、…カイヤにはまだ話してないんだ。みんなが来た時に話すつもりなんだけど…」
「…すみません…。なんでもありません…」
ミヴェルがそう言うと、アマノは言葉を訂正し、そして何も言わなかった。
アマノは、ミヴェルの過去を知っているのだろうか。
そしてさっきから引っかかる、ミヴェルとアマノの言葉の真意は一体何なのか。
過去を少し振り返っていると、ふとシュマンの事を思い出した。アマノに尋ねる。
「なあアマノ、シュマンを見なかったか?シュマンは無事なのか?」
焦りを伴いながらそう言うと、アマノは少し微笑んだ。
瞬間、勢いよくドアが開く。
「師匠!!」
懐かしい声が、響き渡った。
一瞬、視界が暗くなる。
瞬間、何かに全身を倒された。
顔面に黒く光る量の多い髪の毛が被さり、一瞬息ができない。
誰もがその光景に目を見開いた。
「あっ…!!ごめんなさい師匠!勢い余って…!」
ガバッと起き上がりその場を勢いよく離れた。
カイヤはゲホゲホと咳払いをしながら起き上がり、目の前の青年…いや、少女を見た。
「シュマン…お前…」
「会いたかったです!!師匠!!本当に、今までありがとうございます!!」
カイヤの言葉に覆いかぶさるように言い、師匠の手を思いっきり握った。
いつも通りのシュマンの様子なのに、カイヤは少しだけ微笑み、そして呆れ顔をする。
「俺が何したってんだ…。てか大丈夫なのか?」
「はい!私はもう大丈夫です!エイヴァの方も…納得してくれました!師匠、師匠の存在があったから、私は…!」
全ての言葉を言い尽くす前にシュマンは思いっきり師匠を抱きしめた。再び息がつまる。
「シュマンが早く会いたいって急ぐものだから、飛ばしてきたのだがな…。シュマンを担いで飛ぶのは疲れたものだ…」
思いっきり開かれたドアの先から疲れた顔のクロヤがやってきた。消えかかった羽を伸ばし、うんと伸びをする。
「クロヤ様、お疲れ様です。流石でございます。シュマン様を元に戻す事が出来るだなんて…」
「いや、シュマンが正常に戻ったのは我の力ではないぞ。我は唯、協力したまでだ」
そうクロヤは言い、アマノの横についた。アマノがクロヤの整った横顔をちらりと見ると、口元に少し血が付着していた。それを見て、アマノは少し安堵の息を吐いた。
ある事を克服出来た事に対する賞賛と、微かな諦めを添えて。
しばらくカイヤとの再会をしていたシュマンが、ふとこの空間にミヴェルがいる事に気づく。ミヴェルはシュマンを見て不安定な状態にいた。シュマンは目を少し丸める。
「…ミヴェルさん…」
シュマンが小声でミヴェルを呼ぶ。ミヴェルはシュマンを直視出来ず、目を逸らした。
「あの…」
「すまない…。シュマン…いや、エイヴァ。…僕、守ってあげられなくて…」
ミヴェルはそうシュマンに言う。うまく言葉が出てこなく、途切れ途切れで言葉を述べる。
ずっと、エイヴァを助けられなかった事に後悔していた。しかもエイヴァに対し、悪い事をしてしまった。
「僕が…もう少し男性時の心を保って入られたら…、いつでも君を、助ける事は可能だったのに…。…ごめん、本当に…」
頭をさげる。シュマンはそんなミヴェルの様子に戸惑い、そして何が起こっているのか見当もつかなかった。
「な、何言ってるんですか…!?私は大丈夫ですよ!エイヴァとしてシュマンとして今生きているんですから!だからミヴェルさん、頭を上げてください」
戸惑いそう言うもミヴェルは頭を上げない。
その様子をじっと見ていたカイヤが、ふと話した。
「ミヴェル、教えてもらおうか。お前の過去を…。そして、何故そんなに怯えているのかも、教えてもらわなくちゃなぁ」
腕を組みカイヤがミヴェルの正面に立った。ミヴェルはカイヤの方をちらりと見、そしてため息を吐く。
「…ごめんなさい」
「謝られちゃぁこっちが困るぜ。まあ気軽に行こうぜ」
俯くミヴェルを励ますかのようにカイヤが言った。
「…場所を移動しようか。ここじゃ話しづらいだろう」
クロヤの提案で、一行はある部屋へと移動し、それぞれが椅子に座った。
しばらくの無言の間、ミヴェルが口を開いた。
「…これは全て、男性時の意識の問題なんだ」




