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我らは過去を食らう猫(モノ)  作者: 実音(みおん)
20/30

aishin〜僕は夕焼け空を色付ける〜

ボクはこれほどまでに、『希望』を持つ事が無かったのかもしれない。


ひたすら他人に尽くして他人を保護し、助ける事がボクの生き甲斐であり『希望』という『自信』だと思っていた。


それは一枚の紙が何枚も重なり、それが山となりボクへの信頼と変化した。


だかその紙に色は付けていない。


今ここにある紙の山は色鮮やかだが、それはボクが付けた色じゃない。


ボクが保護した保護員たちは、皆自分で色を付けてきた。


自分を認める事で、色が付く。


白い過去に、新たなる過去を塗っていく。


ボクは色鮮やかに塗られていく光景を見る事しか出来なかった。


いや、そうする事をしなかった。


他人任せというモノだろう。ボクには『自信』という絵の具がない。


他人の絵の具を見てつくづく「綺麗だ」とか言いながら傍観しているだけの存在だ。


だからボク自身には、色が無い。


どんな思い出を積み重ねても、ボクにはその色は見えない。


絵の具にまみれた事の無いボクが、他人の絵の具を見て評価する。


それがどんなに、自分自身が卑怯者であるかを考えさせられることか。


そう、ボクはその考えに行き着くことを避けていた。


それが他人に迷惑をかけていた事も知らずに。


そして今、その避けていた存在に立ち向かった時、ボクの卑怯者が目を覚ました。


そうだ。ボクは一度自分の紙に絵の具を付けたことがある。


だがそれは、余りにも酷く汚いモノだったので、丸めてゴミ箱に捨ててしまった。


その汚くなった原因は、その存在を助けられなかった事だ。


とうに捨てたはずなのに、何故それが今ボクの目の前にあるのだ。


真っ赤な鮮血の色をしているその絵を取り出して、自分の目の色と照らし合わせた。


「勿体無い」と、「その色が好きなんだ」と存在は言う。


その捨てた紙は、ボクの『希望』であって、『自信』だ。


ボクはそれを捨て、その紙に繋がる存在全てを避けてきた。


『助ける事が出来ないなら、関わらない方が良いじゃないか』


そう言い存在を避けてきた。


そして今、ボクの目の前には新たな紙が存在する。


透明の絵の具で塗ってきた、元の白色が目立つ薄っぺらい過去の絵の具。


ボクの2枚目の紙。


2度目の『希望』。


ボクの2回目の『自信』を、塗る時が来たのだ。


丁度自分が積み上げた色づいた紙の一部が築いた、新たな紙が色付くのと同じ時間。


その紙も、我が染めてやろうと微笑み、


我は『自信』という色を付けるのであった。










我は自分の色を付ける。





師匠が断言し、笑顔でミヴェルのいる部屋へ向かった後、交代したかのようにエリスがミヴェルのいる部屋から出てきた。


クロヤはさっきまでの師匠との会話で、己の道のあやふやさに戸惑っていた。その戸惑いが大きくなる。


クロヤは、エリスが出てきたのを見て目を背けた。


「クロヤ、久し振りだねぇ!元気にしてたかい!?」


クロヤを見つけ急ぎ足でクロヤに近づく。


「く…来るな!!」


そう叫び、クロヤは勢いよく後ずさる。赤面しているが、それよりも顔色が悪くなっていたのが印象についた。


「…クロヤ…!」


「我に近寄るな…!やめろ…!」


クロヤはその場にうずくまる。酷く怯えた様子だった。


「クロヤ、あたしは一体クロヤに何をしたって言うんだい?何故そんなに怯える…」


エリスはため息を一つし、ふと天井を眺めた。


その瞬間、ある風景がフラッシュバックする。


天井には、赤い液体が飛び散っていた。


そしてエリスは思い出す。自分の過去を。そして、隣にいたクロヤの過去を…。


昔、二人は知り合っていた。


あの宗教団体の生贄として売られたクロヤの過去には、エリスがいた。


そして幼き日の二人は出会い、交流するようになる。


二人にとってその出会いは大切なモノだったろう。


そしてある日、そんな二人の時間が、ひび割れる事となる。


真っ赤な世界。倒れ込んでいるエリスの目の前には、赤い目をした少年が牙を向けていた。


意識が途切れる。


「…っ!…そうか…そういう事か…」


目の前の存在に向かってエリスが発する。


そこまで苦しむ事は無いのに、


現時点で、あたしはここにいるだろう?


何故、そこまで過去に怯えるんだ、クロヤ。


「…クロヤ、怯えなくていいんだ。あたしだってこうやって生きているんだから、クロヤが気にすることないじゃないか!」


「それを言うな…!やめてくれ…!やめてくれ!!」


エリスの言ったことが地雷だったようだ。クロヤはより一層激しく怯え、広場中央の噴水の前まで後退り、噴水を囲っている柵にぶつかった。


「だめだ…ボクは卑怯者だから…ボクに力がなかったから、助ける事が出来なかった…。だから…ボクには会わせる顔がない…!」


クロヤは己自身の過去を思い出しそう取り乱す。いつもの堂々とした口調では無かった。弱々しい、クロヤらしからぬ怯えた言動だ。

一人称も「我」から「ボク」に変化している。


いや、もしかしたら普段他人に見せているあの性格は偽装したモノであって、こっちがクロヤの本当の姿かもしれない。


クロヤは今も、己の過去に食われている。


ついさっきまでは自分を避けるだけでそんな表情は見せなかったのに、一体何があったのだろうか…。


エリスは、その弱々しいクロヤの態度に懐かしみを覚えていた。


クロヤが過去に戻ったのだ。


過去に囚われているといえば確実にそうなるだろう。だが今は、そんな事はどうでも良かった。懐かしみが、過去を蘇らせていく。


「クロヤ、その眼を見せておくれ…。あの時の、吸血猫(ヴァンパイアキャット)のあの瞳を…」


エリスは怯えるクロヤの側により、そうクロヤに呟いた。だがクロヤは一向にエリスの方を向こうとはしない。


「…イヤだ…ボクは…あの眼の色が嫌いだ」


クロヤは俯いたままそう言う。


鮮血の色。


丁度昔、天井にこびり付いていた色。床に線を描き流れていた色。


目の前にいた、存在の色。


「…クロヤ…」


目の前の鮮血の色が、自分を嫌いだと言っている。


エリスは何も言うことが出来ず、暫くの無言に陥った。


そして、過去に囚われるクロヤを見て、何処か懐かしさを感じ、そして、何故か愛おしく感じた。


クロヤが嫌がるのを関係無しにクロヤに近づく。


クロヤの目の前に来てしゃがみこんだ。30㎝先に、クロヤの顔がある。


「クロヤ、こっちを向いてごらんよ!せっかくの美顔が台無しだろ?」


そう笑って言うがクロヤはなかなか前を向いていなかったので、無理やりクロヤの頬をぐっと手で持ち上げた。


「…!」


クロヤの眼は鮮血の色に変化していた。涙に濡れてより綺麗に輝いている。


エリスはそのクロヤの顔と幼き日のクロヤを重ね合わせた。


「…ほら、いい顔してる。あたしはお前のその眼が好きなんだ」


そう言いエリスは微笑を浮かべた。弟の様な、愛らしい視線をクロヤに向けて。


「素直になんな!男だろ?過去のお前のあの『自信』はどこ行ったんだ?」


そうクロヤに叱り、そして再び微笑んで、こう言った。


「いつまでもメソメソしてる男なんざ、あたしゃ嫌いだよ。誰かを守れる覚悟と自信がなきゃ、そんな男を、あたしは愛してんだ。好きなんだろ?あたしの事。だったらあたしを惚れ直させる男になれよ。あたしは待っててやるからさ」


そう言いクロヤの頬から手を離し、立ち上がる。


クロヤはさっきまで体温があった頬に自分の手を当て、エリスをじっと見ていた。話す言葉もなく、ただただ自分の愚かさに囚われるとともに、こんな自分を待ってくれる人物がいた事を、何よりも嬉しく感じた。


少しだけ、微笑む。


「ミヴェルの事は任せたよ」とだけ言い、エリスは颯爽と帰っていった。噴水の前でクロヤだけが残る。


「…我は、やはり間違っていたのだな。…エリス」


若干頬を赤らめながら、クロヤはエリスか出て行った扉を見つめた。


「…頑張ろう」


そう呟き、遠くから聞こえるシュマンとアマノの声に、灰色の猫耳を傾けるのだった。









これが、クロヤ=ノワールの『希望』である。









「…準備は出来たぞ。いつでもかかってこい」


自分の血で出来た槍を片手にクロヤが言う。


「ちょっと待ってください」


シュマンの呼びかけにクロヤは首を傾げる。


「あの、クロヤさん、大丈夫ですか?あの…エイヴァは私ですけど…性別が…」


シュマンが少し遠慮したかのようにそう言う。


かつてのボクなら、絶対拒否していただろう。


「大丈夫だ。我はもうとっくにそれは克服しておる」


キッパリとそう言ったのが予想外だったのか、シュマンは心配そうな顔をして「そうですか…」と呟いた。そして体制を整える。


「では、行きます!」


シュマンはそう勢いよく発し、全身に力を入れる。


何処からともなくやってきた炎がシュマンの周りを囲った。


豪炎の後、その炎の竜巻から出てきたのは、性別は違えどシュマンと同じ形状をした、もう一人の存在だった。


「…エイヴァ」


クロヤが恐る恐る呼びかけると、エイヴァはゆっくりとこちらを見た。瞬間、光の無くなった目をこちらに向けるとともにクロヤに飛びかかってきた。


クロヤは自分の槍でシュマンの動きを遮断し、遠くへ投げ飛ばし体制を整える。


額に冷や汗が流れる。さっきのエイヴァの攻撃で威力を思い知ったが、女子としてはなかなかのモノだ。


底力と言うモノなのだろうか。その力強さからは兄を恨む念が伝わってきた。


エイヴァは本気だ。


「…!エイヴァ!我の話を聞け!お前は、お前であってお前ではないんだ…!」


エイヴァに言い聞かせるが耳を傾ける様子はない。再び襲いかかるのを必死で防御するので精一杯だ。


「私の…私のお父さんを返せ…!」


エイヴァはそう叫びさっきより動きを早くして襲いかかってくる。やはりエイヴァは、自分の義父を失った悲しみに…過去に囚われている。


クロヤは一旦その場を去り、保護施設を出て寂れた町の一角に出た。シュマンはクロヤの後をつく。


「…一体どうすれば…」


クロヤは防御をしながら伝える方法を考えた。が、なかなかの思い出せない。その瞬間、油断しエイヴァの攻撃を受けてしまった。大広場の大きな噴水に落ちる。


水の衝撃で身体を打ち付け、息が詰まる。


意識が遠ざかりそうになるのを必死でこらえ、起き上がる。水がまとわりつき思うように身動きが取れない。


空を見上げる。エイヴァの姿は見えない。落ちる瞬間までは見ていなかったのか、クロヤを喪失してしまったようだ。


濡れた髪をかきあげながら、再度考えた。そして下を向いた時、ある事を思い出す。


水面には、鮮血の色が映し出されていた。


クロヤはニヤリと笑う。


再び上を向き、エイヴァを探す。すると、遠く離れた家の屋根の上に赤く燃え上がっている物体が見えた。


羽を広げ、そこへ飛んでいく。


エイヴァが再びクロヤを見つけ飛びかかってきた時、クロヤには何故か喜びの感情が生まれた。


ニヤリと笑う。笑顔の奥にある八重歯が光る。


次の瞬間、クロヤはその牙でエイヴァの首筋を噛んでいた。


「…!!?」


驚いたエイヴァの動きが止まる。空中の出来事だったので、そのまま二人は地面に叩きつけられた。


エイヴァの上には黒く光った吸血鬼がのしかかっている。


抵抗してもビクともしない。両腕を掴まれ、首元を強く噛まれ吸われている感触がする。


意識が遠のく寸前で、クロヤから解放された。


クロヤが口についたエイヴァの血を舐めながら鮮血の色をした両目をエイヴァに見せる。


「…ほお、こういう風に見えるのか…過去と言うモノは…」


クロヤが感心したかのように呟く。


クロヤの目の前、ちょうどエイヴァの右目のあたりに浮き出た、赤色の物体。それは血に塗れた臓器のようで、何処か欲するモノには愛おしい。


純血の吸血猫(ヴァンパイアキャット)の知られざるもう一つの能力。それは『自分の血を他の種族の血に変える』能力。一度吸った希少種猫の血を覚え、血を吸った後数時間ならその血の情報を読み取りその希少種猫の能力を使う事が出来るようになる。そこから抗体を作る事も可能。例えれば、瞳の猫と呼ばれるシャ・プリュネルの瞳は相手に異常状態を起こさせるが、吸血猫(ヴァンパイアキャット)ならシャ・プリュネルの血の情報さえ知っていれば、瞳を見ても異常状態に陥らない。


クロヤはエイヴァの血を飲んで情報を得た。「過去を食らう猫」は突発型希少種猫であるため、微かにしかその血の味は分からない。だがクロヤはそれを見事に見分け、そして記憶したのである。


「………っ!!」


エイヴァはキッとクロヤを睨んだが、クロヤは鮮血の瞳をこちらに向け勝ち誇ったような笑みを浮かべるばかりだ。


そして瞬間、心臓が跳ね上がる音がした。と同時に、自分が知らないもう一つの『過去』を、思い出す。


溢れかえる記憶の中、エイヴァの目に付いたのは、カイヤの笑顔。そして、ミヴェルの笑顔。


その笑顔に向かって自分の姿をした男性は微笑み返している。その笑顔は嫉妬も復讐の心もなく、純粋無垢の笑顔だった。


そして、ある感情がエイヴァの心から落ちる。


ずっと隠していた感情だ。


涙が溢れる。


「…エイヴァ、お主だって、愛されていたはずだ。それをお主は、別の愛による憎しみによって、その愛を忘れてしまった。お主がお主が今思っているガディ=ジュエからの『愛』を信じ続けるなら、我は何も言わない。だが、お主の思っている裏側には、それとは違う『愛』が存在する事を、知っていて欲しいのだ。それがきっと…もう一人のお主が考える、『道』だと思うから…」


以前シュマンが言っていた。「今自分がここにいるのは、誰かに愛されているから」と。


我だってそうだ。我も、こんな見たくもない血まみれた世界で生きていられるのも、きっと我を愛してくれる人がいたからだ。


エイヴァの愛は我には想像が出来ないが、きっと、シュマンはエイヴァを愛するだろう。同じ身体を持つもう一人の存在として、エイヴァを愛しそして共存するだろう。そして、シュマンが愛しそして愛されてきた2人の存在。それを忘れてはならないとシュマンは思っているだろう。その2人は、例え過去を失い、性格が変わり、それぞれが離れ離れの人生を歩んでいたとしても、相手を想う気持ちの根は一緒だ。きっと2人…カイヤとミヴェルは、エイヴァを愛しているだろう。


その気持ちを、覚えていて欲しい。


だから我は、シュマンの過去を…想いを、エイヴァに食わせたのだ。


答えてくれ、エイヴァ。


シュマンの愛情を。


それがお主の『道』なのだろう?


愛してやれ、『(シュマン)』を、


愛してやれ、愛してくれる存在をーー





エイヴァは涙を流しながらゆっくりと目を瞑り、眠りについた。


女性の上に跨いで乗っかっている状態が女性嫌い関係なくなんとなく恥ずかしく緊張した状態だったので、素早く、だが起こさないようにその場を離れる。


改めてエイヴァを見ると、満足げな笑みを浮かべながら眠っていた。


化けの皮が剥がれたように、過去のエイヴァが戻ってきたようだ。


その表情にクロヤは笑みを浮かべ、そして空を見上げた。


向こうの方は夕焼けになっている。


我が10年前の『希望実行』の日に見たあの赤色の空とは比べモノにならない程、それは綺麗で何処か安心できる色だった。


鮮血のように、安心する色だ。


「クロヤさん」


ふと名前を呼ばれたので振り返ると、エイヴァが目覚めていた。


身体は女性時だったが、浮かべる笑顔は、『(シュマン)』そのものだった。


「行きましょう、ミヴェルと師匠の所へ…!!」


純粋な声が、夕焼け空へ響いた。












塗ることが出来ただろうか、我の色を…


夕焼け空の鮮血の血の色を…






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