シュマンの過去と師匠の想い
影を忍ばせて、黒髪はある男を狙っていた。
師匠からの「試し」。やると決めたからには逃げる事が出来ない。
シュマンは深呼吸をしてから、狙っている男の方を見た。
男は半分寝かけながら、何やら作業をしている。
チャンスだ!と思い、シュマンはその男の方に駆け寄った。
「…バカ、早い…!」
そんな師匠の声が聴こえたのはあの後の事。
シュマンは、その男に胸を刺されていた。
「がっ…!!」
そして、胸から剣を抜くと同時に、シュマンの赤い液体が空中を舞った。
その場に倒れ込み、もがき苦しむシュマンを横目に、その男はにやけながら言った。
「お前が毎晩夜な夜な人の過去を食いに来る野郎か…。やっと捕まえたぜ」
その言葉でシュマンは確信した。人間には我ら人の過去を食らう猫を捕獲しようとする者がいること。捕獲された猫は世界に売り飛ばされるらしいという事。
そして確信の心と同時に、シュマンにはある後悔の心が生まれた。
その人間の話師匠がいつも言っていた事なのに、自分はそれを忘れていた。焦りが表に出てしまい、相手を観察することを忘れてしまっていたのだ。
「だから…今のシュマンは完璧になれねぇって言ったんだ」
師匠の呆れた声が聞こえる。
ああ、やはり私は、まだ未熟者だったー
自分の血で赤くなった道路の上で、涙をこぼす。
その涙は地面の血と混じり合った。
そして意識が飛ぶ。世界が暗くなる。
師匠…
瞬間、何かを思い出した。
前にも同じようなことが、確かにあった…
何故か、右眼がズキリと痛くなった。
青年の体を背負い、少年はフラフラ歩きながらある店に着いた。少年の行きつけの店である。
「いらっしゃーい♡あら、どうしたの?」
青い髪のお姉さんキャラの猫耳猫尻尾の女性が心配そうに言った。
「いやぁ、うちの弟子がやらかしてしまったんでな、ジュネスの医療術で治してくんねーかなって思ってよ」
師匠は腰に背負っていたシュマンをソファーに寝かせ、肩をグルグルと回した。
あの後、師匠がシュマンの元へ駆けつけ、その捕獲者を気絶させ、シュマンと自分との接触時の過去を食った。シュマンは師匠の応急処置により一命は取り留めたが、動けないほどの重傷を負ったのだ。
「あら、例の青年君ね…。今は女性の体になっちゃってるけど…。これはしばらく時間がかかりそうだわ」
シュマンは激しい感情が現れたなどには、無意識にその時の性別とは逆の性別になる。シュマンの種族の両性の特徴だ。
ジュネスと呼ばれた女性は半分呆れながらシュマンの傷元に手をかざした。瞬間、水色の風のようなものが手の周りを回転し、そしてシュマンの傷元へと入っていった。
「これで大丈夫よ。青年君なら直ぐに治ると思うわ。青年君の生命力は本当すごいと思うの!」
「そりゃあこいつの種族は男女両性だもんな、男女両方の生命力をもってるからな」
羨ましいよ、と師匠はため息した。
「あら、師匠さんも長命の血を引いているじゃない?その身体で20代なんて…」
「言わないでくれ!シュマンが起きてたらどうすんだ!!」
年のことはシュマンには内緒にしているらしい。
しばらく話あっていると、ジュネスはこんな事を言い始めた。
「青年君も成長したわねぇ、最初師匠さんがここへ連れてきた時はびっくりしちゃったけど、この子も良心的になっちゃって」
「俺がシュマンの過去を食ったからな、あいつは…本当に昔と変わったな」
師匠は懐かしげに言った。そうですね、とジュネスはニコッと微笑んだ。
「青年君って、どんな子だったの?ちょっとのことしか私は知らないから、教えて欲しいなぁ…」
ジュネスがそういうと、師匠は「仕方ねーなー」と言うと、星が煌めく空を見上げた。
これは何年か前の出来事、シュマンの過去。
師匠はゆっくりと口を開いた。
『昨夜午後11時半ごろ、⚪︎⚪︎町付近で殺人事件が起きました。以前にも酷似した殺人事件が起こっており、例の殺人鬼の犯行だとして調査が進められています。』
テレビのニュースでこの町の事が言われている。
師匠はそれをぼーと見ながら呟いた。
「例の殺人鬼、過去を食らう猫の可能性があるな…」
「過去を食らう…猫ですか…?」
ジュネスが言う。
「そうだ、だってこんなにも殺人を犯してるのに、目撃者ゼロなんだぜ?それだったらその殺人鬼が過去を食ってるにしか思えねぇよ」
この殺人鬼の事について、もうこの町で10回以上は殺人を犯してる。だが目撃者が誰もいない。かろうじてその殺人鬼から逃げることができた男が一人いたが、殺人鬼の特徴を思い出せないと言う。
だから師匠は目をつけた。その殺人鬼が殺人後にその過去を食べ、目撃者の過去も食べていたと考えた。
師匠は金を払って店から出ると、事件現場の方へ行ってみる事にした。
今日は暑苦しい。そういや今日は猛暑日だったなと思いながら、暗闇の中を歩く。
腹が減った。今日はまだ過去を食っていない。仕方ない、過去狩りを先に済ませるか。
師匠は前を歩いている男に目をつけた。その男の過去はあまり好きではなさそうな味だが、空腹には勝てなかった。数分かの観察の後、猫を捕獲する者ではないと確信し、気絶させようとした。
瞬間ーー
師匠は、赤い液体が飛ぶのと、それと一緒に、黒い髪の毛が揺れるのを、目撃した。
肩ぐらいの綺麗な黒髪の少女はさっき師匠の前にいたあの男の血を浴びながら、こっちをみた。口には赤い物体…つまりその男の過去を咥えていた。
「お前が…あの殺人鬼…」
師匠は殺人鬼が男だと思っていたのが女、しかも少女だったのに驚いた。
少女は男の過去を食い切って、師匠の方に攻撃してきた。光の速さで押し寄せてきたのである。
師匠は冷静に少女の動きを見た。
そしてポケットから小型のナイフを取り出し、少女に向け…
そして少女の攻撃をかわすと同時に少女の右眼にナイフを刺したのである。
「ゔぁぁぁぁァァ!!」
絶叫する少女。右眼からは血を出し、苦しんでいる。
瞬間、少女の声が急に低くなった気がした。
師匠はとっさに思い出した。この少女は両性だと。
段々少女の身体は男性の身体となっていく。そしてその少女…少年は師匠に襲いかかった。
男性の力技で師匠の腕を掴み、片腕を折った。
痛みに耐えながら師匠は反撃してくる少年を突き放し、そして少年の後ろに回って少年の首元を強くチョップした。
少年は強い衝撃と共にその場に倒れこむ。気を失っていないのが凄いと師匠は直感で思った。
「ゔぅ…ゔあぁ!!」
少年は必死で何かを言おうとするが、さっきの叫びで声が潰れたのかなにを言ってるのか分からない。
「お前、何処からきた?言葉で言わなくていいから答えろ」
師匠が尋ねる。が、少年は師匠を睨みつけているだけでなにもしない。
「じゃあ、名前は?」
少年はしばらく睨んでいたが、やがて抗うことに諦めたのか、首をゆっくりと横に振って応えた。
名前は、無いという。
「無いのか、そうか。仕方ないな」
そう言うと師匠はその少年の過去を取り出し食べだした。少年は気絶した。
「なんだよ…過去狩りも出来て仲間も増えるって、一石二鳥じゃねーかよ」
師匠は笑いながら、少年の過去を食らう。
そして額に雫が2、3滴、流れ落ちた。
少年の過去は、師匠が好きな残酷な血の味だった。
師匠はジュネスの店に着いた。深呼吸してからドアを開けると、ジュネスが驚いた様子で「大丈夫!?」と声をかけてきた。
ジュネスの治療を受けた後、少年の目覚めを待つ師匠。
長い時間。ずっと少年は一人だった。両親をまだ小さい時に失ったことが、師匠の食べた少年の過去の一部にあった。しかも死因が病気などではなく、他人に殺されたのだ。
そして、殺人を考えて犯したという記憶は存在していなく、ドラマの一部分のように人が死んでいく様子が映し出される過去。これは無意識で人を殺していたという証拠。
人を殺したらいつか両親を殺した犯人の所へたどり着くのではないかと少年の身体が無意識に思っていたのである。
本人は何も考えてない。身体だけが動いている感覚だろう。
「かわいそうな野郎だぜ…」
そう呟いた師匠の目には涙が浮かび上がった。ジュネスにバレない様にそれを拭き取り、店の外にでて空を見上げる。
星が煌めいている。今の心情とは真反対なその空に、師匠は少しだけ、感動してしまった。
店に戻ると、少年がタイミングよく目を覚ました。
それを見て再び涙が出そうになったが、必死に堪えて笑顔で問いかける。
「私と共に、過去を食らう猫になりませんか?」
完璧に殺人を犯した殺人鬼の、少しだけ完璧じゃない所
殺人という完璧の代わりに、完璧にさせてあげよう。
少年はしばらく俯いたまま、黙っていたが、数分が経って、ようやく口が開いた。
「…完璧を…失った…?」
「それは何の完璧ですか?」
「…分からない。」
「見つけてあげますよ、貴方の完璧を」
「…いいの……?」
「もちろんです!」
「…よろしく…お願いします…」
「師匠」
師匠は微笑んだ、そして、殺人という完璧の代わりに、愛情という完璧を与えた。
自分の生きる道をつくれ。愛情というお前に欠けていた完璧を、与えてやるから。
行動の一つ一つは完璧じゃなくていい。ガタガタな道でもいい。
人を愛し、愛されたらなんだっていい。
今お前の考えている完璧は、殺人鬼の時のあの完璧だと思うけど
その完璧はやめたほうがいい。
むしろ、もうひとつの殺人鬼のお前に欠けていた完璧を、いつかお前から他の人に伝えられるように…
その完璧で1人前になって欲しい。
だからそのための道をつくれ。
シュマンーー
シュマン
フランス語で「道」という意味




