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我らは過去を食らう猫(モノ)  作者: 実音(みおん)
18/30

我らは過去に食らわれる猫(モノ)

「なに…言ってんだ…?クロヤ…?」


「だから、我がキル=エスポワールを殺したと言っておるのだ」


真っ直ぐな目を向けてクロヤが言う。


「お前が…親父を…」


驚きで体の力が抜け、クロヤの襟元を掴んでいたのを離した。クロヤは咳払いをしてリボンを緩める。


「…我は、前から疑っていたのだ。だが、確信が遅くなってしまった…」


クロヤはゆっくりと話し始めた。いつもより低い声で、そして微かな感情が見受けられる声で。


「我がエスポワール氏に疑問を持ち始めたのは、ガディ=ジュエの所へ行った後だ…」




10数年前、クロヤがまだただの保護員の一人だった時、重要な仕事である「両性」の種族の家族の監査、及び保護を担当した。その当時、「両性」の種族は珍しく、生態についてはまだ書物に記されていなく分からない。そのある「両性」の種族の家族…いわゆるソワール家に協力を願い、希少種猫研究課の研究員と共に観察・保護を要請した。ソワール家の夫妻は最初から自分たちの事を調べてもらったら保護施設に入る予定だったらしい。だが、その夫妻がとある疫病により死亡。子孫だけが残った。その子孫がいわゆるミヴェルとエイヴァである。


我がその当時希少種猫研究課の研究員として抜擢したのは、数々の種族を調べ、腕が立っていたキル=エスポワールという人物だった。彼は希少種猫保護施設から信頼されていた。だから我も、エスポワール氏の事を信頼していた。信頼仕切っていた。だが、我の目は、節穴だったようだ。


そしてソワール夫妻の死亡により居場所が無くなっていたミヴェルとエイヴァを、エスポワール氏が養子に迎え入れるのを承認してしまった。それがエスポワール…カイヤとミヴェル・エイヴァが会うきっかけとなった事だ。


後の話、それは阻止できる事だったのだが、その頃は我も純粋で、そして今より騙されやすい性格だった。


我がエスポワール氏を疑い始めたのは、ある実験を行っているという噂を町で小耳に挟んだのがきっかけである。詳しく話を聞くと、希少種猫に関する実験らしい。だがその当時はそれが悪の目的で行われたモノだとは知らなかった。エスポワール氏が長年積み上げた経験と評価に囚われ悪く思わなかったのだ。


だが、後々調べていくと、エスポワール氏の実験が、「盗猫の能力を利用し突発型希少種猫をつくる」という希少種猫関連の法に違反する行為であった事が判明した。でももうその頃には遅かった。我は、ミヴェルとエイヴァをガディ=ジュエの元に行かせてしまったのだ。…そして、我が再びミヴェルの住んでいた町を訪れた時にはもう…遅かった。


我が火の舞うあの現場に向かった時には誰もいなかった。お主もミヴェルも、そしてエイヴァも…。そして我は咄嗟にエスポワール氏の事を思い出したのだ。


急いで向かうとエスポワール氏はその結末をわかっていたかのように赤くなった空を見、不気味に笑っていた。


我はそんなエスポワール氏の態度に、疑問と、そして苛立ちを覚えた。


『お主…分かっていてこんな事…!お主の息子を…!そして希少種猫を見捨てたんだぞ!こんなの希少種猫研究課の研究員がやる事じゃないだろう…!』


『ああ、全て俺の動機だが、お前にも責任があるだろう。お前が最終決断をした。お前がミヴェルとエイヴァがガディ=ジュエの元へ行くのを許可し、何よりこの俺を選んだのもお前だ。お前の責任だ』


自分の責任を相手に押し付けるのが上手い奴だなと、直感で思った。きっとずる賢く生きてきたのだろう。他人が気にかけていた事を、他人の失敗・責任でもある事をまるでお前が全ての元吉だと言うかのように掘り上げて言う。そうして自分は関係がないのだと言うように自分の責任を埋める。キル=エスポワールはそんな奴だ。


そう思った瞬間、我にこれ以上ない怒りが込み上げた。ふと、目の底が熱く燃え上がるような現象に襲われ、血が疼いた気がした。


立て掛けてあった鏡に映る自分は、いつもの自分では無かった。猫耳がピンと立ち、尻尾が膨れ上がり、そして、目が鮮血の色に染まっていた。


自分でも分かった。きっと今まで感じた事のない怒りが、我をそうしたのだと思った。


吸血鬼反応だ。


『…汚いな、貴様。…一体、どうして貴様は、そこまで的外れな事をする』


無意識に、口がそう発した。


キル=エスポワールは、そのクロヤの様子を見て驚いた様子だったが、直ぐに不気味な笑みに変わった。


『吸血鬼反応とは、滑稽なモノを見せてくれる。やはり希少種猫は面白い…。だから憧れるんだ…!これだから我ら普通の猫達は、お前らのような能力を持った希少種猫に、憧れそして嫉妬するんだ…!!お前らには分からないだろうな!!この気持ちが…!!ただの猫達のこの苦しみが…!!俺は…そんなただの猫達の為にこの実験を…希少種猫を作るという実験を始めたんだ…!カイヤだってそう!そして俺だって!!ずっとお前らを恨んでいた!!』


キル=エスポワールの負の感情は理解できるものだった。だがその行動に移るのは間違っていた。確かに希少種猫は、普通の猫じゃ持っていない特殊な能力を所持している。だがそれは自分を苦しめる為だけの道具でしかない。能力なんて、唯のモノでしかない。そして、希少種猫は狩られる対象となる猫。その能力を安易に狩られ、そして操られる人形。希少種猫は…我らは過去に囚われた(モノ)なのだ。


過去というモノは無差別に(モノ)を食らう。(モノ)は過去に囚われ拘束され、そして閉じ籠る。


我ら希少種猫保護施設は、そんな過去に食われた(モノ)達を救い助ける(モノ)


だから、希少種猫をつくるという行為、過去に囚われる(モノ)達をつくり出すなんて行為、どうしても許せなかった。


『…貴様…!!』


瞬間、我はキル=エスポワールに牙を向けていた。


その場に倒れたキル=エスポワールに上に覆い被さり、自分の血で作られた自分の武器である槍で、キル=エスポワールの胸元を刺していた。キル=エスポワールの血が我のコートを汚す。


だがキル=エスポワールは苦しそうな顔もせず、逆に不気味に微笑んでいた。


『…最高だ…』


キル=エスポワールはそう言い、そして胸に刺さっている槍を手で強く握りしめ、そしてそれを勢いよく引き抜いた。


返り血が我の頬につく。


キル=エスポワールは傷ついた体を持ち上げ、後ろへ後ずさった。そして本棚へぶつかり、よろめきながら本棚を背にもたれた。


そして、何処からか取り出したナイフを、自分のさっき傷つけられた傷元に向けて勢いよく刺した。そしてそれを抜き、また刺してを繰り返す。


『…お前…何を…』


キル=エスポワールはずっと笑顔で、満足げな表情を浮かべていた。


『…ああ、最高だ…。こんな結末を終える事が出来るなんて…。過去に囚われたモノの、結末を…。もうあの赤い物体を見る事はない…。もう…囚われなくていいんだ…。囚われなくて…』


キル=エスポワールは笑いながら赤い涙を流した。そして目には見えない何かを拾う動作をして、口に含む動作をする。そして、再びニコリと微笑み、もう二度と動かなかった。


我はその光景を、苛立ちでも哀れみでもない、どういう気持ちで見ていたのかは想像出来ない。


ただポッカリ空いた頭のままの帰り道、お主に出会ってお主を保護したのを覚えている。


そして、後の調査で、キル=エスポワール本人が希少種猫…突発型の過去を食らう猫だった事は、言うまでもない。











クロヤは後ろを向いた。コートを翻して、すっぽりと表情を隠す。


「我はあの時のエスポワール氏の血だけは、何故か飲めなかったな…」


そう話を誤魔化そうとするが、声が震えていてその意味がなかった。


「…普通の猫…確かに、俺…昔は、唯の猫だった…。憧れていた…。親父の気持ち…わかる気がする…。でも何故…親父は、自分が希少種猫でありながら、俺ら普通の猫を…」


師匠は、ゆっくりと呟いた。ついさっき思い出した自分の過去を振り返って、そして若干後悔しながら。そして希少種猫でありながら普通の猫を思い叶うはずなかった「能力を手に入れる」夢を叶えようとした父親の行動を疑問に思った。


「…我の推測だが、キル=エスポワールは普通の猫の過去を食べ過ぎて、その食べた猫の過去に染色され、そして過去に囚われた。だからどの希少種猫よりも普通の猫の事が分かり、そしてそのような行動に移ったのだろう。…要するに、キル=エスポワールも我らと同じ、過去に食われた猫の1人なのだ」


クロヤはそう言い俯いた。自分とは逆の立場にある(モノ)の事をやっと理解した事の後悔を感じているのだろうか。


そしてしばらくの無言の間の後、クロヤが口を開いた。


「…我らは過去に食われて生きている。希少種猫も普通の猫も、過去に囚われ、そして今も悪夢に苦しめられ、それを必死に隠そうとしても見え隠れする。ミヴェルやエイヴァ…シュマンや我だって、過去に囚われて生きてしまっている。こんな傷跡、忘れる事が出来たならどれだけ幸せか…」


そう言いクロヤはつけていた黒い手袋を外して中の状態を明らかにした。赤黒く染まったその手は、爪と皮が剥がれ落ち、形もよく見ないと分からない程、形状を保っていない。痛々しい。


「…クロヤ…」


「エスポワールよ、我はお主に、『希望』を託したい」


クロヤが唐突に言い出した。クロヤは再び師匠の目をしっかりと捉え、微かに赤くなっている瞳を光らせた。


師匠はそれに戸惑い目をそらす。


「…でも、俺は一度、『希望』を失敗していて…だから俺とミヴェル、そしてエイヴァが離れる理由となってしまって…」


「でも、これはお主にしか出来ない事だ。過去を食らう(モノ)。唯一普通の猫と希少種猫、両方の過去に囚われた経験のあるお主なら、過去に食われた猫を過去から救い出す能力を持ったお主なら、きっと…!」


そう言いクロヤはその手で師匠の頬を触った。皮が剥がれ硬くなったザリザリとした乾いた感触がした。


「…希少種猫保護施設、α基地長からの願いだ。頼む、ミヴェルとエイヴァを、助けてくれ…」


クロヤの手は頬から師匠の手に移った。小さな手を大きな手が包み込む。


『私/僕を過去から、解放して』


カイヤの過去の一部分にそんな事を言われた事があった。誰からのメッセージか今も分からないが、きっとこういう事を言っているんだと思う。


過去を食らう(モノ)


それは人々の過去を食らう能力を持つ猫。


人々を過去から、解放する事が出来る猫。


もう一度チャンスをくれるならーー


師匠は小さくうなづいた。










アマノはその様子を冷静に他人事のように見下ろしていた。


ぶつかってきた何かが重りとなって屋根から滑り落ちる。


地面にぶつかったと同時に何かが乗ってきた。


「…お前は…!エイヴァ…!!」


ミヴェルにぶつかってきたのは黒髪の女性だった。見覚えのある赤いチャイナ服に似た服を着用し、力強くミヴェルの腕を掴んでいる。表情は確認出来ない。


ミヴェルは咄嗟にその女性を力技で投げ飛ばし、体制を整えた。


「…シュマン様、貴女がエイヴァだという事は聞いていました。…やはり…、過去に囚われているご様子ですね」


アマノが屋根の上から状況を確認する。ミヴェルは一瞬目を疑ったが、次第に表情が和らぐ。


「…やっと出会った…!!エイヴァ…!!」


ミヴェルがずっと探していたモノが今目の前にいる。ミヴェルはこれ以上ない笑顔でエイヴァの名を呼んだ。


「ほら、私はお前の姉のミヴェルだよ!なんでシュマンって偽名を使って私を避けていたんだい?ずっと探していたんだ!もう大丈夫だよ、私が守ってあげるから…!」


ミヴェルはエイヴァの方に寄り、優しい口調でそう呼びかけた。


だが、それは期待とは逆の結果を持ってくる。


「どうして…!どうしてお父さんを…!!殺したの!!?」


瞬間、シュマンの周りを豪炎が渦巻いた。


そして舞い上がった炎がミヴェルをめがけて襲いかかる。


ミヴェルはそれを咄嗟に水の盾を作って防御する。


ミヴェルの表情が、笑顔から困惑した表情に変化した。


「エイヴァ…どうして…。どうしてそんなに怒ってるんだい…?私は今...女性時だよ...!安心して...!私は男性時のミヴェルのような事はしないから、ね?エイヴァ...」


若干震えた声でエイヴァに声をかけて手を差し伸べる。エイヴァはそれに応えることもなく容赦なくミヴェルに攻撃を仕掛ける。


ミヴェルの戸惑いがミヴェルに隙をつくり、そのエイヴァの攻撃をマトモに受けてしまった。


熱風と共に地面に叩きつけられ、息がつまる。


隙もない様、エイヴァがミヴェルにのしかかった。


「エイヴァ…ど…して…」


焼けた喉でそう言うが、エイヴァには聞こえない。エイヴァは大きく腕を振りあげてトドメを刺そうとした。


瞬間、鎖のようなモノがエイヴァの腕に絡みつく。そして瞬間、地面から飛び出した無数の鎖が二人の身動きを封じ込めた。


「…ったく、私の事を忘れないでくださいよ」


エイヴァとミヴェルの目の前には、さっきまで屋根の上で二人の様子を見物していたアマノが立っていた。いつもの無表情で、目もいつも通り閉じている。


「アマノ…!ぼといてくれ…!何なんだこの鎖…!」


「私のもう一つの武器、ペンデュラムです。それを事前に地面に隠しておいて正解でした」


そう説明をし、アマノはため息を一つ吐いた。そして、こう吐き捨てた。


「今のシュマン様にはお前は唯の殺人鬼にしか見えていない。理由がどうであったとしても、お前がどう抗おうとしても、シュマン様の脳内のミヴェルは、あの殺人鬼のミヴェルしかいないんだ。…残念だったな」


そしてアマノはずっと閉じていた自らの目を見開いた。虹色の瞳がミヴェルとエイヴァを捉える。


瞬間世界が揺らめき、二人は気絶した。


「…自業自得です」


アマノは最後にそう呟いた。











α基地に戻ると、クロヤが急ぎ足で歩いてきた。隣には師匠がいる。


「…エスポワール様…お目覚めになられたのですね、大丈夫ですか…?」


「ああ…もう大丈夫、心配かけたぜ」


その「大丈夫」は体力的なモノなのか、もしくは精神的なモノなのか。師匠はそんな事を気にしないかのようにいつも通り少年の笑顔を浮かべた。


「アマノ、ご苦労だった。保護はできたか?」


「はい…。予定よりも少々ずれましたが、無事エイ…シュマン様の保護を完了致しました。他の援護班に頼み今は別室で保護しています」


アマノは咄嗟に言い直した事を気にかけ師匠の方をチラッと見た。師匠に溜まっていたある感情がそれで遂に諦めに変わる。


「…やっぱり、シュマンはエイヴァだったのか…」


大きなため息を吐く。ずっと師匠は、シュマンがエイヴァだと言う手掛かりが現れるたびに否定していた。いや、過去を振り返りたくなかったのだろう。やっと人に愛され愛する「完璧」という道を見つける事が出来たのに、別の「愛情」によって壊されるのが嫌だったためである。そして何より、記憶を取り戻す事により、過去に食わられてしまう事を酷く恐れたためでもある。


「…すまない…。我も、ずっと隠していた。キル=エスポワールのことも、シュマンがエイヴァだったことも…。だかそれは、お主を想ってこその決断だ。お主がα基地(ここ)に来てから今まで積み上げてきた記憶を…あの楽しい現在(いま)を…お主の道を、壊したくなかったからなのだ…」


そう言いクロヤは俯いた。クロヤ自身も、後悔しているのだろう。


ついさっき、記憶を取り戻してしまったカイヤは、過去の記憶の中のエイヴァ、そして現在(いま)の記憶の中のシュマンを見返していた。


エイヴァはきっと、ずっと苦しかった。男性時は義理の父親に対して、そして女性時は、義理の父親を殺した自分の兄に対して。


でもシュマンはそんな事は何もなくて、ただ純粋に、人に愛され愛して、苦しいことなどなく、自分の名前通りの「道」を歩む事が出来ていた。


じゃあ記憶を取り戻してしまったシュマンは一体…。


そもそも何故、シュマンは過去を取り戻してしまったのか…


師匠は唇を噛み、そして震え声で呟いた。


「…何にしろ…、過去に俺が『完璧』を…『希望』を与えてあげれなかったから…」


過去の失敗を思い出し、師匠が後悔の念を伝える。その言葉で師匠の気持ちが分かったのか、皆の表情が暗くなった。


その中で唯一、他者とは違う反応をした者がいた。


「…それ、本当にそう思ってるんですか…?」


中性的だが低い声が、師匠を捉えた。










師匠の目の前には、アマノが立っていた。


「…エスポワール様、貴方は本当に、『希望』を与えてあげられなかったと、思ってるんですか?」


いつもよりキツイ目の声で、キッパリとアマノがそう言った。


そして、いつもは端的に話すアマノには珍しく、深く、話始めた。



「…ミヴェルは、少なからずその『希望』を望んでいた。そして、エイヴァだってそうだ。エスポワール様がいなければ、二人は一生闇の中、どう足掻こうとも、ガディ=ジュエの元で一生感情の無い状態、『人形(モノ)』として生きていた。二人は、貴方の『希望』の所為で残念ながらお互い、誰かの中の殺人鬼になってしまいましたが、逆に言えば、感情を持つ事が出来ている。誰かのモノではなく、自分の意思で行動できている。貴方は元々感情を使いこなせているからそう言えるのですよ。でも誰かの手によって、自分の感情を押し殺して生きていく事になる。そんなモノなのです。私達は。...だからこその感情の爆発です。貴方が過去にミヴェルに提案した『希望』は。感情は、例えれば風船、感情を押しつぶす事は、膨らみすぎた風船なのです。そして…膨らみすぎた風船は、いつか割れてしまう。それが、感情の爆発。貴方の『希望』は、風船が破裂するのを助ける『針』なのです。その『希望』があったから、ミヴェルもエイヴァも感情を持っている。過去の記憶では人形(モノ)だった女性時のミヴェルでさえ、良し悪し関係なく感情を持つ事が出来ています。だから…与えられなかったとか…言わないでください…」


アマノはそう言い切ると、切なげな顔をした。


…アマノ=スィエルの過去は、ミヴェル・エイヴァと似ている。


アマノはシャ・プリュネル…通称「瞳の猫」という突発型希少種猫、その能力は「自分の瞳を相手に見せると何からの異常状態に陥れる」という能力だ。その中でも、アマノの能力は「相手を気絶させる」という能力で、その所為で昔から嫌われていたらしい。


そしてある日、その目を買われ、アマノは無理矢理軍隊につれていかれる。そこでその目を期待され、段々その目は殺戮兵器に、アマノは機械というモノになってしまった。自らの感情を押しつぶし、ただ軍の勝利と利益の為に使われるだけの機械(モノ)…それは、ミヴェルとエイヴァの過去と一致していた。


ミヴェルとエイヴァは、ガディ=ジュエによって人形と化した。感情を暴力・虐待によって押し殺された。


だからアマノは、他の誰よりもミヴェルとエイヴァの過去の苦しみを分かっている。


そしてアマノは、希少種猫保護施設に入所した時、仇を討った。自分を売った村のかつての住人と、そして軍隊の汚い奴らを…。


それがアマノにとっての「感情の爆発」。ミヴェルとエイヴァでいう「希望」だ。


「アマノ…これ以上言うな…お主の過去が…」


クロヤがそう呟くのをアマノは気にしていない様子だった。


「クロヤ様、過去の事はいいんです。何も話さなければ、何も変わらない。過去を振り返る事も、時には大事になっていくモノでしょう?…これを言うと失礼ですが、クロヤ様も、今の現状を逃げずにその目に焼き付けてください。だから、その傷跡が目につくたびに…貴方が女性に出会うたびに、過去に囚われるのですよ」


師匠にはその真意はあまり分からなかった。多分クロヤの過去の事を言っているのだろうけど、クロヤは普段自分の過去を話そうとしないから。クロヤの過去で知っている事は、クロヤの身体中に付いている酷い傷跡ぐらいだ。


「…アマノ、わかっておるのだ…。だが今は…我より他の希少種猫の尊重を…」


クロヤの声が段々と小さくなる。アマノはそれを聞き申し訳ないような表情をし、「申し訳ありません…」と小声で呟いた。


今のこの状況は、過去の掘りあいのようだった。誰かが一旦過去に食われると、連鎖的に他人が食われ引きずり込まれる。そんな負の空気の重くなった状態で、師匠らは只々後悔の念が生まれる。


(…これじゃ…『希望』なんて分からねーよ…)


その場の空気に圧縮され、弱音を吐く。自分は一体どうしたのだろうか。妙に感情的になるこの空気は、師匠の瞳を微かに濡らした。


「うわ…なんだい…!!このお葬式状態は!!賑やかだと思ってたらやけに暗いじゃないか!」


中高音の声が唐突に負の空気にぶち当たる。誰もがその声のする方を向いた。


「おお…おお主は…!!な、何故ここにおるのだ…!!?」


クロヤが声のする方を見た途端に首を振る。そして顔をコートで覆った。


微かに赤面しているのが分かる。


「せっかくβ基地からはるばるやってきたのに相変わらずだねぇ〜…クロヤ…なんでこうもっと豪快さがないのかい?」


溜息を吐き、その女性は赤面しているクロヤの方を緑の瞳で捉えた。クロヤはそれにさらにうろたえる。


その女性は誰もが知っている人物だった。










その女性は深く溜息を吐いた。


「…エリス様、お待ちしておりました」


アマノがエリスの登場を事前に分かっていたように冷静にエリスの方を向いた。クロヤは訳が分からず動揺する。


「あ、アマノ…!来るのを分かっていたなら我に知らせろ…!場が慌てるでないか!」


「知らせたらクロヤ様、エリス様に絶対に来るなと仰るでしょう?」


アマノが少し苛立ちを乗せたような、逆にからかいを乗せたような声でクロヤに言う。クロヤは感づかれたように嫌な顔をした。


クロヤのその様子とは裏腹に、エリスは蔓延の笑みを、クロヤに愛らしいモノでも見るかのような視線を送った。


「クロヤ…久しぶりだねぇ〜!ずっと会いたかったよ…!」


「…っ!我は別に望んでないっ…!」


「そういう所も純粋で愛らしいねぇ、クロヤ!」


どんどんクロヤに忍び寄るエリスにどんどんエリスから遠ざかるクロヤ。そして「何このバカップル」とでも言いたげな顔で師匠が細目でじっと見た。


その様子を一見してから頃合いを伺いアマノが本来の目的を話す。


「エリス様、今日は我が同僚の為にわざわざ起こし頂き有難う御座います。そして同僚を、貴女様の施設の保護員を手荒な保護の仕方で保護してしまい申し訳ございませんでした」


「いいんだアマノ、ミヴェルが迷惑かけたようだね」


エリスはそう言うとさっきまでの笑顔を取り消し、険しい顔に変化した。


「…で、そのミヴェルは今どこに?」


「はい、こちらで御座います」


アマノに連れられ、別室へ移動する。その後ろ姿からは基地長の威厳が伝わってきた。


他の希少種猫達がその場から離れる。広場には師匠とクロヤだけが残った。


「ったく、クロヤの女性嫌いには本当苦労するぜ。エリス基地長はあんなにもクロヤにきー使ってくれてんのによ、クロヤもちっとはマシな態度したらいいんじゃねーのか?」


師匠が呆れ状にそう言う。クロヤはその言葉を聞き、そして師匠から目をそらす。


「…我は…」


クロヤはそこまで言いかけると、広場の小さな噴水に目を移す。美しく流れる水に端正な顔立ちの青年が映る。


「…過去に囚われるな、現実(まえ)を見ろ…」


「…クロヤ」


クロヤが言った言葉に師匠は少し心配になった。その言葉は、クロヤがいつも俺たち希少種猫に言っていた言葉だ。


「…我ら希少種猫のモットーだ。だが…それを言っている本人が…一番過去に囚われているではないか…」


そう言いクロヤは師匠の方を見てニコリと笑った。今にも泣き出しそうで、何とも言い難い表情だった。


クロヤの過去は…本当に深いモノらしい。以前アマノから聞いた。クロヤが女性嫌いなのも過去の経験からであるらしい。詳しい事は分からないが、ただクロヤの身体中に広がる残酷な傷跡では到底及ばない赤グロいモノが、クロヤを今も蝕んで食っている事は理解できた。


誰もが過去に食われている。


「…お主は、我のようにはなるなよ」


クロヤが唐突に言い出した。クロヤの目はいつしか希望の眼差しに変化していた。


「お主は、過去に食われない強さを持っている。…だからこそ、さっきお主が目覚めた時に話したように、ミヴェルとエイヴァを…そして我らを…助けて欲しい…」


さっきも同じ事を聞いた。だが、さっきよりも力強く、そして信頼されている事を実感する口調であった。


「再度言う。お主に、『希望』を託したい」


クロヤはキッパリと師匠に…カイヤに向かって力強く言った。


「…わかったぜ」


カイヤは深く深呼吸をした後、ニコッと笑顔を見せ、「よしっ!」と呟き、クロヤに向かって大声で叫んだ。






「過去を食ってやろうじゃねーか!!」












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