カイヤ=エスポワールの過去3
あの写真は、後日『美しき我が愛猫』というタイトルで、世に知れ渡った。
ガディ=ジュエは失敗作だと言っていたが、周囲からの評判は大絶賛で、ガディ=ジュエの存在を世に知らしめた。
あの日から数日後、ミヴェルとエイヴァは相変わらず、ガディ=ジュエからの虐待を受けている。
今の所、特別な進展はない。
だが俺がミヴェルに出会う時は、いつも男性時になった。あの日から、女性時のミヴェルとは会っていない。
俺たちの自由…本来進むべき道だった道は、ガディ=ジュエによって壊されてしまった。
今もなお、ミヴェルとエイヴァは苦しんでいる。
最近の会話では、あえてその事に触れないようにしている。
現実逃避をさせているといえば、その理由もあるだろうが、俺的には、2人が何の干渉も無い状態で生きていたらの世界を、見せてあげていると言ったら良いのだろうか。
とにかく、ミヴェルが20になるまで、今は待っておかなくてはならない。
「あと6年か…。長いなぁ…」
「ん?何か言ったかい?」
「い、いや、なんでもねぇ…!」
ミヴェルに気付かれてはならない。ミヴェルの性格だと、他人に迷惑をかける事を嫌う。本来進むべき道を通るならば、気付かれてはならない。
楽しかったあの日々に、不安なんてものは存在しないのだから。
「そういやさ、今思ったんだけど、カイヤ、背あまり伸びてないよね」
ミヴェルが唐突にそう聞いてきた。
「カイヤって、僕より年上だったよね、なのに僕の方が背が高い。てかもう16だろ?成長しててもおかしくはないよ」
「ああ?ただ成長期がまだきてないだけじゃねーの?」
そう答えてみるものの、自分でも疑問に思った。今のカイヤの身長は140㎝。16歳の男子の平均身長は約170㎝。明らかにおかしい。
「永年猫だったら納得できるけど…カイヤは本当に永年猫じゃないのかい?」
「ああ、俺は純血の何の能力もないただの猫だぜ。…本当、おかしいよな…」
自分の小さな手を見ながら、カイヤは首を傾げた。再度、自分が本当に永年猫じゃないのかと父親に確認すべきかもしれない。いよいよ自分の体の変化に気付き始めたようだ。
そして、なんとなく、あの事と照らし合わせていた。
…父親の実験の事を…
夕焼けが綺麗だ。今日もいつも通り沈んでいく。
「…もう、我慢できないよ…」
カラスの鳴き声に紛れてそんな呟きが聞こえた気がした。
ミヴェルの方を心配そうに見てみると、ミヴェルは正面のカイヤの方を向いているが、髪の毛がかさばって表情が確認できない。
「…やめろよ、もうソレの話はすんなよ…」
「…エイヴァが…、また変わってしまった…」
カイヤは目を見開いた。
「…女性時のエイヴァが、今のままで良いって、このままだったらガディ=ジュエも優しくしてくれるって…男性時になる事を拒むんだ。エイヴァは、どんどんガディ=ジュエに染色されていってる」
ミヴェルの表情が明らかになった。悲しそうな顔でこちらを見、そして何か助けを求めているようにも伺えた。
「…何か『希望』があれば…」
ミヴェルがそう呟いた。その言葉を聞いた瞬間、カイヤは何かに自分の心を引きずり込まれたような感覚に襲われた。
いや、そんな事をやったら…ミヴェルに罪を着せてしまう…
でも、こうやるしか、ミヴェルとエイヴァを救えない気がする…
「…『希望』か…」
エイヴァが完全にミヴェルから離れる前に、3人で逃げ出したい。
絶対3人で、あの日進むべきだった道を進みたい!!
「ミヴェル…聞いてくれ…」
そして、俺はミヴェルに『希望』を託した。
明日は、エイヴァの誕生日だ。
本当にこれで良かったのだろうか…。
翌日、カイヤは後から後悔をしていた。
ミヴェルに全ての罪を着せたようなものだ。危険すぎる、と。
カイヤがミヴェルに託した『希望』。
それはガディ=ジュエを殺すという事。
ガディ=ジュエさえいなければ幸せが訪れる。
だから他人からの干渉を全て取り払う。
邪魔者を消滅させる。
「だけど…ミヴェル…なんでお前はその希望を受け入れたんだよ…」
最初は絶対無理だと言われると思っていた。だがミヴェルはそれを受け入れた。
ミヴェルは、そこまでガディ=ジュエを恨んでたのか…?
「カイヤ、聞いているのか?」
低いその声で我に帰った。
眠れぬまま、午前6時、外はうっすら明るくなり始めている。
カイヤは父親が起きているのを知り、書斎へ顔を出していた。
ずっと疑問に思っていた、自分の身体の成長のことを聞くために。
「親父…俺は本当に、永年猫じゃねぇのか?」
そう言うと、カイヤの父親は少し微笑を浮かばせ、カイヤを金色の瞳で捕らえた。
「ああ、お前は確かに永年猫じゃない。ただの猫だった」
過去形。カイヤは背中に冷や汗を感じた。
「…やっぱり、俺の身体に何かしたのか…!しかも…俺だけじゃなくてミヴェルやエイヴァにも…!」
カイヤの父親を強く睨むと、カイヤの父親は待っていたかというように不気味に微笑んだ。
「もうそんな所まで調べていたのか、まあ良いだろう。実験は成功したしな」
そう言い椅子から立ち上がった。そして本棚の方へ移動し、ある一冊の本を取り出した。
「お前に全てを伝えてやろう…。まず、俺が何の実験台をしているのかだな」
あるページを開きカイヤに見せた。そこにはある猫の事について書かれていた。
「盗猫…?」
「ああ、血族型の種族の猫だ。この地域では生息していないが、もう少し向こうの町には腐るほどいる種族だ」
「で、何の関係性があるっていうんだよ!」
「俺は、その盗猫の遺伝子を使って、突発型の種族を作ろうとした」
一瞬、息が止まった。全て当てはまってる。
盗猫は他人の能力を一時的に借りることが出来る能力を持つ猫。だから基本どんな種族にもなれる。
だから俺は…
「一回目の実験の実験台はお前だ。お前がまだ小さい頃に組み込んでみたんだが、失敗した。純粋な一つの突発型を作ろうと思ったんだが、永年猫という厄介者がひっついてきた」
カイヤはそれを聞いて驚愕した。
俺には、永年猫の他にもう一つ、能力があるのか!?
「…まあそのお陰で、二つの突発型を作れることが判明して、次の実験で方向を変えてみた所、成功したんだがな。その実験台は元々血族型と突発型の両方を持つ種族だったんだが、成功した」
瞬間的に思った。それはミヴェルの事だって。
ミヴェルは血族型に「両性」、突発型に「過去を食らう猫」を持った種族。なのに最近になって「水猫」や「風猫」のような能力を使えるようになった。
「…お前が、ミヴェルを…」
カイヤが更にカイヤの父親を睨むと、カイヤの父親はそうだと肯定するかのように再び不気味な笑みを浮かべる。
「そして、俺はやっと、純粋な一つの突発型を組み込む事が出来た。そいつも前と同じ血族型と突発型を持っていたが、成功したからどうでも良い」
それはきっと、エイヴァの事だ。
「以前、クロヤが来た時に嘘をついた。「両性」の種族の情報をもう少し調べたいと。まあもうその頃には実験は始めていた。そして俺は、きちんと成功出来ているか確認する為、あの二人を極悪で有名なガディ=ジュエの元に行かせた。感情の変化で突発型は現れるから良条件だ。お前も、きっとこれ以上ない感情が現れた時に自分に埋め込まれた種族の能力が分かるだろうなぁ…」
そう言いニヤニヤ笑う。
クロヤ…確か希少種猫保護施設の保護員だと言っていたあの吸血猫の事だ。
希少種猫保護施設を騙してまで進める実験なんて…自分の立場が分かっててやる事なのか…!?
希少種猫研究課の研究者として、希少種猫を想う気持ちは無いのか…!?
瞬間、怒りがこみ上げた。
「…なんで、そんな事をしようと思ったんだよ!ミヴェルとエイヴァを使って!わざわざ作らなくてもいい存在を!狩られる対象となる希少種猫を!どうして…!」
「それは、お前が望んだからだろう?」
カイヤの父親は冷静に答えた。カイヤはそれに頭がついてこなかった。
「お前が希少種猫に憧れていると言ったから、やったまでの事だ。全てはお前から始まったんだ。カイヤ」
…確かに、俺は希少種猫に憧れてると言った。小さい頃から、そして最近まで。
だけどこれは半分冗談で、既に諦めていた事で…
俺には、到底無理だと思っていたから…
「お前が奪ったんだ、希少種猫も何もかも!この道も!この幸せも!お前が!!」
違う…それは俺が言った事を親父が勝手に実行して…!俺は全然その事を知らなくて…!
「エイヴァが、もうそろそろ「火猫」の能力をこなせるようになるだろう。楽しみだなぁ」
カイヤの父親が高らかに笑う。カイヤは身を固めたまま、ただ自分の過ちに浸っていた。
「なんだ、助けないのか?助ける事がお前の『希望』だろう。阻止するのもお前自身、そのまま見送るのもお前自身だ」
瞬間、風の如くカイヤは部屋から出て行った。
ガディ=ジュエの存在が大きすぎて、もう一つの肝心な事を忘れてしまっていた。
親父は、俺たちの進むべき道を壊した奴の一人。俺の本来進むべき道を、ミヴェルとエイヴァの幸せを。
そして、その動機付けをしてしまったのが、この俺で…
早くミヴェルとエイヴァを希少種猫保護施設へ送り出すのが、予定より長く父親の元へ滞在させてしまったのもこの俺で…
俺の希少種猫に対する憧れさえ無ければ、ミヴェルとエイヴァがガディ=ジュエの元へ行く必要も無かったのに…!
俺が…全てを奪ってしまった…
空がどんどん明るくなる、朝焼けが美しく赤く燃えている。
その赤い色に不安を感じ、無事を祈った。
ガディ=ジュエの家に着いた。
誰も居ない。
「ミヴェルー!エイヴァー!!何処にいるんだ!!?返事してくれ!!」
叫んでも返事が無い。
家の中に入り、二人を探す。
キッチンらしき部屋には、作りかけの生クリームと白い蝋燭が8本置いてあった。なのに人がいる気配は無い。何処へ行ったのだろうか…。
空は完全に明るくなり、廊下は暖かい日差しが当たり、庭には四季折々の花が咲いていた。写真を撮りたくなるような光景に浸りすぎ無いように足早で廊下をかけて行った。
廊下の先にある部屋。子供部屋らしい。エイヴァがいると思い思いっきりドアを開けてエイヴァを呼んだが誰もいなかった。
「く…本当にみんな何処行っちまったんだよ…!?」
焦りが露わになる。
ふと、カレンダーに目がいった。
今日の日付の部分には、拙い字で『私の8さいのたん生日』と書かれていた。
「…今日は、エイヴァの誕生日か…?って、こんな事してる場合じゃねぇ!早く探さねーと!」
そう言い足早に部屋を出た。
くまなく探したつもりだ。なのに誰も居ない。
諦めかけたその時、ふと向こうの方の空が赤く色付いている事に気付いた。
「…もしかして…!ミヴェル!!」
カイヤはそこへこれ以上無いスピードで走って行った。
目的地に近づくと同時に、赤く、そして熱い熱気に襲われる。
そして、目的地に着いた瞬間、目を疑った。
小さな少女の周りを炎が燃え上がり、火の海となっている。そして自分の隣には全身血まみれの顔半分を手で覆って小さな少女を今にも泣き出しそうな目で見ている、カイヤが知っている人物の姿があった。手で覆っている部分は火傷をしたのだろうか、なんとも言えないグロい状態になっている。50mほど離れた所に血で赤くなった人物らしき物体が倒れ燃やされて黒くなっていた。
「…ミヴェル…どう言う事だよ…これ…!」
震える声で言う。頭が追いついていない…。
「なあエイヴァ、やめてくれ…やめてくれよ…!!エイヴァ…」
少女がこちらに気づく。そして小さな声でこう言った。
「どうして…助けてくれなかったの?」
エイヴァは涙を零した。
その涙は熱くなった瓦礫の上へ落ち、蒸発した。
時間が止まる。
「…っ!エイヴァ…!!」
必死にエイヴァの方に手を伸ばす。
だが、エイヴァはもう目を合わせようとしなかった。
「…『希望』が…消えてしまった…」
そう呟く。涙だけが只々流れる。
「…やめてくれ…!やめろ…!やめろ!!!」
頭を抱え、泣き叫ぶ。
「…カイヤ……」
隣にいた人物が話しかけた。
「ミヴェル…」
「カイヤ…何が『希望』だ…。何が『本来進むべき道』だ…!」
瞬間、ミヴェルはカイヤの襟を掴み吐き捨てた。
「私とエイヴァの幸せを奪って…!何になるんだ!!」
カイヤはミヴェルの様子に気づいた。
「ミヴェル…お前…女性…時…」
「お前さえいなかったら…!ずっと愛しいエイヴァと、綺麗な世界でいられたというのにこの有様…!この顔も台無し…!エイヴァだってこんなにも汚れてしまった…!」
思った以上にガディ=ジュエの干渉は広まっていた。エイヴァだけじゃない…ミヴェルだって…。
「違う!お前は…!ガディ=ジュエに洗脳されてる…!」
「お前が…男性時の私に変な事言ったせいだ!!ああ…エイヴァがかわいそうだ…。エイヴァだってお父さんを殺した男性時のミヴェルとその作戦を考えたカイヤをきっと恨んでるよ!こんなやつ…!死ねばいい…!!」
ミヴェルがカイヤの首を掴む。息が苦しい。
苦しみに悶えながらエイヴァの方を見た。
エイヴァはこちらを見ていた。悲しそうな顔だ。恨んでいる顔ではない。
…キボウ
…キボウサガシテ
瞬間、首元の苦しみから解放された。
咳をしながら周りを見てみると、暗い空間。だだ物凄い轟音、罵詈騒音が聞こえる。
『…助けて…、カイヤ=エスポワール』
誰かの声が聞こえる。
『…私/僕を過去から…解放して…』
「…ミヴェル…?」
我に返る。正面にはミヴェルがいる。
「お前…それ…」
ミヴェルが呟いた。
ミヴェルの目の前には見たことのない赤い物体が宙を浮いていた。
ミヴェルはそれを掴み取り、自分の胸元に押し込んだ。
するとその赤い物体はミヴェルの身体へと入っていった。
「…過去を食らう猫…。カイヤ…盗んだんだな…!」
ミヴェルはカイヤを睨む。
ふと、カイヤの父親の会話を思い出した。
俺のもう一つの能力…
過去を食らう猫…
「…やっぱり、カイヤのお父さんの言う通り…お前は過去を食らう猫の能力を盗んだ…!」
ミヴェルはカイヤの方を睨んだままそう吐き捨てた。そして立ち上がり、最後にこう言った。
「過去を食べられるぐらいなら、私が食べてやるよ。サヨナラ、カイヤ=エスポワール」
そして意識は途絶えた。
そう、俺はずっと忘れていたのだ。
もう一人の、ミヴェルの存在に。
寒い。ここはいったいどこだろう。
何があったのか、思い出せないな。
「…お主は…」
誰かに声をかけられた。
長身の銀髪の髪の人物だ。
黒い服を着ているけど、所々に赤いのが付いている。何が起きたのだろう。
「…エスポワール?」
再度声をかけられた。
俺って、エスポワールって名前なんだ。
変なの、『希望』って名前だぜ?
…てか、俺って、誰?
「…記憶を失ってしまっている…。そうか…」
銀髪の人物は俺の隣でしばらく考えていた。そして、俺の目の前で手を差し出す。
「我はクロヤ=ノワールと申す。エスポワールよ、希少種猫保護施設の保護員にならないか…?」
急すぎて何が何だか分からなかったが、ただ何となく、あるはずもない忘れてしまった夢が、叶う気がした。
「…ああ、よろしくな!」
こうして俺は、希少種猫保護施設に入ることになった。
ずっと震えている。
シュマンはどうすることも出来ず、慌てていた。
どうして師匠がこの様になってしまったのか。
師匠の過去を知らないシュマンには、到底わからない。
トントンっと、肩を叩かれる感覚がした。
見ると、クロヤのあのコウモリが、心配そうな目でこちらを見ていた。
「…クロヤさん、師匠の様子がおかしいんです。店内もグチャグチャで、何が起こったのか全然分かんなくて、こんな時、どうすればいいですか?」
そう言うと、コウモリはパタパタと飛び、窓の外、丁度希少種猫保護施設がある方向を見た。
「とりあえず、保護施設に連れて行けばいいんですね、分かりました…」
師匠の身体をおんぶして持ち上げる。
少年の体つきをしている為とても軽い。師匠は本当にただの過去を食らう猫だけなのだろうか…。
「師匠、しっかりつかまっててください…!」
よいしょっと、体制を直そうとした瞬間、ボトッと何かが師匠から落ちた。何が落ちたのだろうと一旦師匠を下ろし、確認する。
しばらくの無言の間。
シュマンは、ふと、こう呟いた。
「見つけた…お父さんを殺した犯人」
その時のシュマンは女性時であった。




