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我らは過去を食らう猫(モノ)  作者: 実音(みおん)
14/30

カイヤ=エスポワールの過去1

町外れの丘の上に一軒の小さな家が建っていた。


広い庭に囲まれて、四季折々の花が咲いている。


少し離れた所には父親が建てた建物があり、煙がもくもくと上がっていた。


その煙が雲と混じり合い、空に白と灰色の色を付ける。


カイヤ=エスポワールは、その雲をぼんやりと眺めていた。頭の中は空っぽで、何も考えていない。


「カイヤ、何をやってるんだい?」


声が聞こえた瞬間、声の主の漆黒の髪によって視界が黒くなった。


覗き込むような形で大きな目をこちらに向け微笑んでいる。


「ミヴェル…見たらわかんだろ、空見てたんだよ」


ムクッと起き上がり、ミヴェルの方を向く。


「それはそうだよね。カイヤは空を見るのが好きだよな」


「暇だから見てるだけだぜ。ってか、今日はもう終わったのか?」


「うん。今日は早かったなぁ、エイヴァの方は、まだかかるみたいだけど…」


煙が立ち籠っている方を心配そうに見つめ、ミヴェルは鼻でため息を吐く。


「親父、あんな建物建てて、一体何をしてるのだか…」


「建物内は…精密な機械ばかりだったよ。大きな顕微鏡とかもあったな。カイヤのお父さんは確か、研究者だったよね。どんな事を専門にしてるのか分からないのかい?」


「詳しくは教えてくれねーけど、なんか…俺には関係ない分野だってさ」


「カイヤに関係ないか…じゃあ生物学の希少種猫研究課の人かも知れないね!」


手をポンと叩いて自分で納得するミヴェル。カイヤは興味が無さそうな目でミヴェルを見て、欠伸をひとつした。


「それだったら、僕とエイヴァを研究対象にしてるのも理解できる!希少種猫研究課ってなんだか凄いよね!憧れるよ!」


ミヴェルはニコニコと笑いながら目を輝かせて言った。ミヴェルの将来の夢は大体想像がつく。


ミヴェルは将来、希少種猫保護施設で働きたいらしいのだ。希少種猫の事をもっと知り、その重要さを尊重し希少種猫を保護する。その意識は多分、自分が希少種猫だがら言えるのであろう。


カイヤも同じ将来の夢を持っているが、半分はミヴェルの無理矢理の誘いを受け入れただけだ。多分将来は希少種猫の尊重とかそんなのを何も考えずに、只々仕事をこなすタイプなんだろう。


でも最近は、そのカイヤの半分冗談で決めた将来の夢は本物の夢へと変化しつつある。


カイヤもまた、希少種猫というモノの魅力に、いつの間にか惹かれてしまった。


「ミヴェル…少しは親父のことを疑ったりしねぇのか?希少種猫を尊重するーっとか思ってるんだったら、希少種猫を使って研究とかしねぇだろ?」


カイヤは父親の行動に疑問を覚えていた。


何故、わざわざあの大きな建物を建てて、そして希少種猫であるミヴェルとエイヴァを連れ出して何らかの研究をしている。そして何よりそれを他人に話さない。それが気に食わなかった。


カイヤの考えを見ず知らずに、ミヴェルは首を傾げてカイヤの父親を褒める。


「どうしてだい?カイヤのお父さんは僕達を迎え入れてくれたんだよ?そんな心の優しい人を、悪く言うことはできないよ」


ミヴェルとエイヴァは幼い頃に疫病で両親を亡くしている。行き先の無かった所を、カイヤの父親が見計らい、養子として迎えいれたのだ。


カイヤとミヴェルは、家族でもある。


「まあ…そう思うよな…」


カイヤは深いため息を吐いた。


「カイヤはあいかわらずだね、なんでそう素直に相手を見ることが出来ないんだい?」


ため息を吐きながらミヴェルはそう吐き捨てた。カイヤはその言動に腹を立てる。


「なんだよ、ミヴェルだって単純で危なっかしいじゃねぇか。何処かのお坊ちゃんみたいによぉ」


「盗っ人みたいなひねくれた口調の奴に言われたくないね」


ミヴェルはカイヤを睨んでからふんっと目を逸らした。


カイヤも同様にムスッと怒りを露わにする。


「二人とも…喧嘩はダメ…仲直り…」


ふと、小さい高めの声が聞こえた。


声のする方向を見てみると、まだ小さい子供がこちらに大きな目を向けていた。髪質以外、何処と無くミヴェルと似ている。


隣で目を背けていたミヴェルが困った様子でその子供に話しかける。


「エ…エイヴァ…!ち、違うんだ!これはただ一時的なもので…」


「ミヴェル、仲直り…」


「でも…」


「仲直り!仲直りしないミヴェルなんかキライだもん」


「う…わかったよ…」


そう言うとミヴェルは自分の手をカイヤに差し出した。そして「悪かったな…」と小さい声で呟く。


弟に弱いんだな、こいつ、っと、50数回目の再確認をした。


「俺も悪かった。わりー事言った」


「僕だって、…なんか色々とごめん…」


そう言い握手した。エイヴァはその様子を見るとニコッと笑い、庭をはしゃぎ回った。


「友達が一番なの!ミヴェル!カイヤと仲良し!」


「ちょ…!エイヴァ!」


エイヴァはそう言いミヴェルの手を握って庭を駆け回る。ミヴェルは戸惑いながらエイヴァに連れて行かれた。


「…仲良さそうで、なによりだぜ…」


そう呟いて再び寝転がる。


青いて空が広がっている。雲ももうどこかへ行ってしまったようだ。雲と同化していた煙突の煙も、もう今は出ていない。


「…このまま、時が止まれば良いのにな…」


無意識でそう発した。










カイヤの父親は、希少種猫研究課の研究者だ。


希少種猫研究課とは、主に希少種猫の生態、特徴を調べ、日々書物に書き込み他の希少種猫関連へ情報を渡している生物学の一種だ。そこの研究者は誰よりも希少種猫のことを考えている。


希少種猫関連という事だから、当然希少種猫保護施設とも連携している。ミヴェルとカイヤの夢である「希少種猫保護施設の保護員」の動機を作らせたのは、カイヤの父親が著した「希少種猫一覧」という本を読んだ事からの始まりだ。その本には書ききれないほど、カイヤの父親は希少種猫についての知識を持っている。


カイヤはいつも通り、空を見上げていた。


今日は雲が太陽を隠したり、太陽が顔を覗かせたりして、丁度よい環境だ。


しばらく雲の流れをぼーと見ていると、ある黒い物体が一瞬だけ横切っていった。


「…?なんだ?今の…」


起き上がり黒い物体を目で追う。その物体は自分の家へ向かっているようだった。


家に戻ってみると、カイヤの父親が誰かと話をしていた。


覗いてみると、その人物はこちらに気づき真顔でこっちを見た。柿色のグルグルした瞳が、印象に残る。背が高く、肩ぐらいの灰色の髪をひとつにくくり、黒いコートを身に着けている。


「エスポワール氏、この少年は?」


長身の人物が少し低めの声で言うと、カイヤの父親は少し驚いた様子でこちらを見た。


「…ああ、私の息子だ。気にしないでくれ」


気にしないでくれって、息子に対して冷たいだろと父親を睨んだが、カイヤの父親はその視線を無視する。


「そうなのか…。あ、我は希少種猫保護施設α基地の、クロヤ=ノワールと申す。急だったな、失礼した」


クロヤと名乗った人物はカイヤに対して軽く一礼した。カイヤとぺこりと軽く頭を下げる。


「お主は、将来は父親の後を継ぐのか?」


「いや、その気はねーし親父も自由にしてくれてる。…まあ、友達の誘いだけど、将来はその…保護施設の保護員になりたいなーとか思ってるんだ」


そう言うと、クロヤはニコッと微笑んだ。


「そうか、我らはいつでも歓迎するぞ」


そう言いカイヤの父親との会話に戻った。


カイヤは少しだけ嬉しい気持ちになった。


カイヤが部屋を出た後、二人の会話には、こんなものがあった。


「エスポワール氏、お主が引き取った「両性」の種族のあの兄弟は、どうしているのだ?」


「ああ…二人とも、元気だ。そして良い資料を収集出来た。「両性」についてはまだ不明な点が多々あったからな…。資料にも書いてあるから後で読んでおいてくれ」


「ああ…。お主に頼んで良かった。感謝する。…いつ引き取れば良い?出来るだけ早くしたいのだが…」


「…もう少し、時間がかかりそうだ。まだ完成には程遠い…」


「そうか…。まあもう暫く待つとしよう」


「…なあ、隣町に、あの二人を引き取りたいと言う奴がいるんだ。だからあの二人が20を超えるまで、自由にしてやってくれないか?…あの二人はきっと、もっと世界を見なければいけない…」


「……そうか。お主は何処ぞの緑髪の奴と同じことを言うな。…まあ良いだろう。その引き取り主とは、誰なのだ?会って話をしたい」


「…ガディ=ジュエ、まだ名はあまり知られていないが、写真家らしい」


「なるほど、分かった。二人を引き取る期限は上の方が二十歳になった時で良いな。じゃあ後は任せよう」


「…分かった」


「じゃあ、我は保護施設に戻るとしよう。また連絡する」


「ああ…」


「……もう行ったか…」


「…ノワールよ、すまないが、俺はお前にあのモノ達を譲る気はない。せっかくいい実験台が見つかったというのに…。準備は出来た。さあ、あの二人はどこまで持つのか楽しみだ…」










何ヶ月かが過ぎた頃。


「へー、今日は女なんだなー」


「悪いかい?『両性』なんだから別にどちらでも良いじゃないか」


カイヤが棒読み気味で言ったことにミヴェルは少々腹を立てた様子で答える。その声は男性の時より高めだった。


「両性ね…なーんか、接しづれぇな…」


男性と女性の両方の特性を持っている。それが『両性』。だが、体は常にどちらかに傾き、中途半端というものがない。なので女性時は男性時にやっていたような事(例えば、肩を組んだり手を握ったりする事)が容易では無くなる。それが何処かやり辛い。


「ミヴェルは男性時が一番馴染みやすい。てか似合う。それがいいのによぉ」


「僕を褒めているのか貶しているのかどっちかにしてくれないか?まあ、個人の自由だけど」


ミヴェルはそう言うと履いていたスカートを翻し、庭から家に戻っていった。


一瞬、見えそうになったが、中にズボンを履いている事が分かり変な倦怠感が押し寄せた。


「カイヤ、カイヤ」


ふと、小さい声が聞こえる。


「エイヴァか、お前はいつも女性時の方だよな」


「…なんのこと?」


話が急すぎてついて行けてない。てか、唐突過ぎた。


「いや、なんでもねーんだ。ミヴェルなら、家に戻ったぜ」


「違うの、カイヤ、お話があるって、カイヤのお父さんが」


「親父が?」


父親がカイヤを呼ぶ事など滅多にない。あるとすれば、意地悪をして怒られる時だけだ。だから自分が何かしでかしたのかと背筋が凍った。


「親父がねー…。俺なんかやったかなー…」


父親の元に行くのを拒む。迷っているとエイヴァがカイヤの裾を引っ張り、無理矢理連れて行かれた。


父親の部屋の前まで行くと、ミヴェルがそこに立っていた。


「君も呼ばれたのかい?僕もだよ」


「なあ、俺らなんか悪い事でもやった覚えあるか?」


「いいや、無いとは思うんだけどなぁ…」


そう言いながらミヴェルは頭を抱える。記憶のどこを探っても悪い事をした覚えがない。というか今カイヤは14歳、ミヴェルは12歳だ。もういたずらをする年齢では無い。


ドキドキしながらドアノブを捻る。ギィ…とドアが不気味な音を発すると、部屋の奥にいた人物かこちらに気づいた。


「遅かったな、カイヤ、ミヴェル。」


カイヤと同じ茶髪を胸ぐらいの長さまで伸ばし、横で軽くひとつにくくっている。こげ茶色の眼鏡の奥で、瞳が光った。


カイヤとは違い冷静、もっと言うに冷徹な人物である。


「親父、なんの用だよ、俺ら悪い事なんてしてねーぜ」


カイヤがキッパリとそう言うと、カイヤの父親は薄く笑い立ち上がる。


「いや、別に説教する為にお前たちを呼んだのでは無い…。ただ…」


そこまで言うと、カイヤの父親は顔を暗くした。


「…ミヴェル、エイヴァ、すまないが、こことは違う場所に移転してもらう事になった…」


「え…!!」


カイヤの父親が発した言葉にカイヤは耳を疑う。ミヴェルは落ち着いた様子で「やっぱりか…」っと呟いた。


「僕達を引き取る際に、期限が決められていると言っていましたよね、…やっぱり、期限切れですか…」


「はぁ?そんなの聞いてねーぞ!!」


ミヴェルの言葉に激怒する。遠くに行ってしまうのをせき止めたい気持ちと、ずっと教えてくれなかった悲しさが存在した。


「カイヤ、ごめん…。僕だって耳を疑ったんだ。嘘に決まってるって…」


顔を暗くしてミヴェルは目を逸らす。カイヤはミヴェルから自分の父親に標的を変え、ひどく怒鳴った。


「ミヴェルとエイヴァが居なくなるなんて!俺は信じねーぞ!ミヴェルが行くなら…俺も家出してミヴェルについて行く…!」


「落ち着け、カイヤ。…言っておくが、まだ期限でもないしお別れでもない。ミヴェルととエイヴァが引き取られるのは、隣の町に住んでいる人物だ。お前だって、もう外へ出ても良い年頃だろう」


カイヤの父親が冷静に答えると、さっきまでのお葬式状態の空気が急に軽くなった。3人の中では比較的クールなミヴェルを含め、3人が目を見開いた。


「ほ…本当なんですか!?それは…!」


カイヤが発言するよりも先にミヴェルが声に出した。これからも会えるという事を確認し、その表情は柔らかく微笑んでいた。


その表情を横目で見、顔色を変えずにカイヤの父親はうなづいた。


「やったー!!カイヤ!いつでも会える!」


エイヴァは喜びを露わにしてカイヤに抱きついた。カイヤはエイヴァを受け止めると蔓延の笑みでエイヴァの体を持ち上げ高く上げた。


部屋内が歓喜に包まれている中、唯一、ある人物だけは、違う笑みを浮かべていた事も知らずに…












ミヴェルとエイヴァを見送った後、ずっと堪えていた涙が溢れた。


裾で涙を拭いても止まる気配はない。しばらくその場に立ち尽くしていると、軽く背中を叩かれた。


見上げると、背中を叩いた主はいつも通り冷静な態度で、無表情で前を向いていた。


「永遠の別れでも無いのに泣くな、行くぞ」


そう言い颯爽と去っていった。


「へ…情けねー所を見せてしまったぜ…」


微かに見えた父親の優しさに、救われた。









そして、数日が経った頃、カイヤは隣の町へやって来た。昨日久しぶりにミヴェルに電話をしてみると、電話越しにエイヴァの楽しそうな声が聞こえ、優しそうな女性と男性の声も聞こえた。ミヴェルは女性時の方で少し接し辛かったが、幸せそうだった。


町に着くと、見覚えのある人物が待っていた。


その姿に、目を見開いた。


「…お前、本当にミヴェルか…?」


目の前にいる女性はあの見慣れたミヴェルとは思えないほど美しく可愛らしいモノだった。


「失礼だな。毎日会ってた仲だと言うのに」


ミヴェルは垂れてきた髪をかきあげて、カイヤの方を見た。透き通るような瞳がカイヤを捕らえる。カイヤはその瞳に変に緊張し、少し胸が締め付けられた。


「…で、調子はどうだ?仲良くしてんのか?」


「ああ!ジュエ夫妻はいいお方だ。私もエイヴァも、可愛がってくれているよ」


そう言いニコッと微笑んだ。幸せそうな表情た。


ふと、エイヴァがいないのに気がついた。電話ではミヴェルが「エイヴァも一緒に来る」と言っていたのだが、エイヴァの姿はない。


「なあ、エイヴァはどうした?一緒に来たんじゃねーのか?」


「ああ、エイヴァね…、今日は用が出来て行けなくなったんだ…。変換していなければ行けたのにな…」


「…?へんかん?」


「い、いや!何でもないんだ!まあ…エイヴァも元気でやってるから安心して!」


「お、おう!そりゃあ良かったぜ!」


何のことだか分からなかったが、深入りはしなかった。むしろそっちより二人が元気だという事に安心し嬉しく思っていた。


「エイヴァはとても綺麗になった。とても可愛らしい」


ミヴェルが唐突に言ってきた。昔からエイヴァは可愛らしかったのだが、あの可愛さが一段と上がっているのかと自然とにやけてしまった。


「会ってみたかったなー!まあ、次に期待しておくぜ」


「早く見せてあげたいよ。本当に、よく出来ている。あの美しい顔立ち、毛並み、表情はエイヴァじゃなきゃ出来ない…。エイヴァはきっと、人々の期待に添える美しいモノとなってくれる…」


風がサァ…と二人の間を通り抜けていった。ミヴェルのニヤけるような表情を見て、カイヤは笑顔を見せながら、だが少し疑問を持ったような表情をした。


「…ミヴェル…?」


声をかけると我を取り戻したかのように反応し、カイヤの方を見た。


「あ、ああ、何でもないよ。まあ、楽しみにしておいて。エイヴァにもカイヤの様子を伝えておくよ」


いつも通りの笑顔を見せる。その笑顔で安心したのか、カイヤもニコッと笑い、「おう!」と返事した。


その頃から、ミヴェルは変わってしまっていたのかもしれない。










































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