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我らは過去を食らう猫(モノ)  作者: 実音(みおん)
11/30

ふたりの

本を開くと、そこは無限の世界が広がっていた。


師匠の脳内に壮大な世界が広がる。


「スゲェ…これ本当に写真か…?」


思わず感嘆してしまった。


写真独特のリアルさに芸術家が描いた絵の様な重量感が入り混じった写真の数々。誰が見てもその写真の中の世界に溶け込んでいくだろう。


本を見始めてから10分が経った。ページをめくるとそこには問題の写真があった。『美しき我が愛猫(モノ)』とタイトルがつけられたその写真は、他の写真とは比べ物にならないほどの存在感を示していた。


紫の壁に絵画がかけられている部屋に、一人の黒のドレスを着た少女が椅子に座っている。姫カットの綺麗な艶のある髪、白い肌、整った顔立ち、全てが美において完璧でまるで人形のようだった。


そして、その表情は…


「…ジエンの言う通り…、笑ってるけど悲しそうだ…」


作りモノを写したようなこの写真で唯一の、リアルで現実味がある部分。それが、少女の表情だった。


何かを求めているような、助けを求めているような目でこちらを見て、微笑み方もどこか悲しげだ。


師匠はその表情に見入ってしまい、その世界の中に取り込まれてしまった。


しばらく時が経つ。


5分程が経った頃だった。


「その写真集、すごい綺麗だよね」


誰かが話しかける声で師匠は現実世界へと戻る。


慌てて男性の方を見ると、自分より背が高い男性だった。


顔はフードで隠れていてよく見えない。


「ああ!ごめん!急に話しかけちゃったりして!少年、びっくりしたよね!」


相手は師匠が20代のバリバリおっさんだとは知らない。子供に接するような態度で話しかける。


「…お前もこの本、知ってんのか?」


何となく問いかけてみると、男性は声を少し高くして答えた。


「ガディ=ジュエの作品は誰でも知っていると思うよ。結構有名な写真家だからね」


「そうなのか…」


本当に有名な写真家なんだな、と再確認した。


この人物なら写真について何かしら知っているかも知れないと判断した師匠は、引き続き質問をした。


「…じゃあ、この写真がどんなんだってのも、分かるのか?」


例の写真を男性に見せる。


男性は「どれどれ?」と言うと軽く覗き込んだ。そして、無言になる。


「…どうなんだ?」


「…ああ、この写真ね。すごく有名だけど、僕はあまり好まないな」


予想外の言葉に、師匠は驚いた。


「好まないって…何でだ?綺麗な写真だと思うけど…」


「少女が可哀想だ」


男性は師匠の言葉に被せるようにそう言った。力の入った声だった。その言葉と同時に、強い風が素早く吹き、吹き飛ばされそうになった。


師匠は写真集が風で飛ばされないようにしっかり支えながらその言葉の真意を考える。


少女が可哀想…一体どういうことだ…?


「強い風だね…。あ、そうだ!少年はここって町のどこあたりか分かるかな?」


話を変えるように男性が話しかけてきた。急な事だったが、男性が本来の目的の質問をしただけであり、師匠はこっちから質問攻めをしてしまったことを少し反省し、質問に答えた。


「…町の中心部から東よりの大通りだけど、迷ったのか?」


「あ、うん、あんまりここは慣れていなくってね」


ハハハッと笑う声が聞こえる。師匠はふとその男性の方を見た。


瞬間、目を見開く。


「…お前…」


長い姫カットの黒髪にフードを被っている。そして顔には、火傷の跡。


(…こいつが…ミヴェル=ソワール!)


目の前でニコニコ笑っている男性に、師匠は再び驚いた。










さっきの男性の言葉の真意を理解した。


「少女が可哀想だ」と言ったのは少女の表情を見て言ったのではない。


言った男性がこの写真に写っている少女…本人なのだ。


(ミヴェルが…どうしてここに…!)


不思議そうにこちらを見る黒髪の男性。姫カットで顔には火傷跡…。確かに、クロヤの言っていたミヴェル=ソワールだ。


そしてふと、目の前の店の中で眠っているシュマンの事を気にかけた。


シュマンがもし起きて外へ出てきたら、一気にこれまで起きた事がシュマンを襲うだろう。ミヴェルはエイヴァに対して狂った愛情を持っていると以前クロヤが言っていた。ミヴェルがシュマンの事を知ったら、きっと大変な事が起きる。


「…なんなら中央広場まで案内してやろうか?」


「いいのかい?ありがとう!」


ミヴェルはニコッとこちらを見て笑った。作り笑いなのか本当の笑顔なのか分からない。


取り敢えず、シュマンと遭遇するのを恐れた師匠は、ミヴェルを連れて店から離れることにした。


気づけばもうすぐ明るくなる時間帯。朝焼けが師匠の緊迫した状況とは真反対にやけに綺麗だった。


中央広場に向かっている途中、何度かミヴェルが話しかけに来た。


「少年は、この町に住んでるのかい?」


「…ああ、出身は違うがずーとこの町だぜ」


「そうなんだ…あ、そういや名前をまだ名乗って無かったね」


そう言うとミヴェルは薄く笑い、こちらを見て言った。


「僕はミヴェル=ソワール。ソワールとはフランス語で「夕方」とか「夜」とか言う意味だよ」


その自己紹介で師匠は一つの疑問を覚えた。


(クロヤは…ミヴェルの出没する時間帯は夕方から夜にかけてって言ってたよな…?何故今なんだ…?)


疑問を思ったが今思えば人の行動するときの時間帯なんて個人の自由だ。だからあまり気にしない事にした。


「少年はなんて言う名前だい?」


「…エスだ」


師匠は少し考えた後、いつもの仮名を使った。


「エスね、分かった、覚えておくよ」


覚えられたら逆に不都合だが、今は一般人を演じなければならない。


「…本当、似てるなぁ」


ミヴェルがふと呟いた。


「似てるって、何がだ?」


「いや…エスって僕の昔の親友に顔が似ているんだ。だからだよ。君と話してるとその親友と話している感じがするんだ」


空を見ながらミヴェルが言う。


「…カイヤ、どこに行ったんだろう…」


その言葉を聞き、師匠は驚愕した。


ミヴェルは、カイヤを酷く嫌っているはずだ。それなのに何故…


「カイヤはいい親友だ、いつも僕を助けてくれて、思いやりで溢れてて頼りになる親友だよ」


何故このミヴェルは、こんなにもカイヤを尊敬しているのだ…?


なるでクロヤが会っていたというミヴェルとは、全然別人だ。


「中央広場に着いたようだね、案内ありがとう!また会えたらいいね」


ミヴェルは微笑みながら言い、そして町の中にかけて行った。


師匠はこのミヴェルの行動、言動に頭がついていけなかった。


まるで二人のミヴェルがいるかのように、ミヴェルの言っていることが真反対だ。


「…どういうことなんだよ…これは…」


師匠はミヴェルの後ろ姿を見ながら、呟いた。











「…てことは、ミヴェルには二つの人格が存在するということか…?」


簡単に言えばそうなるだろう。


クロヤが会ったというミヴェルは、弟であるエイヴァを狂愛していて、逆にカイヤという人物を酷く恨んでいた。


だが、師匠が会ったミヴェルは、それとは逆。エイヴァの話は一切せず、カイヤのことを驚くほど尊敬していた。


「…二重人格か…。また厄介な事となってしまったようだ…。どっちを信じれば良いか分からない…」


クロヤは頭を抱え、クルッと椅子を半回転させ背を向けた。


「…分かりやすい様に紙に用件をまとめておく。仮に、エスポワールが会ったミヴェルを「昼のミヴェル」としよう。そして我が会ったミヴェルを「夜のミヴェル」とする」


クロヤは机の後ろにある大きな本棚から紙を引っ張り出して再び師匠の方を見た。ペンを走らせて紙に情報を書いている。


妙な緊張感か襲う。何か物凄い質問が来るのではないかと思ってしまう。師匠は息を飲み込んだ。


「…昼のミヴェルは、男性だったか?」


「…へ?」


当たり前な質問に少しだけ呆れてしまった。


「…お、おう!もちろんってかバリバリ男性だったぜ!」


「そうか…」


師匠の期待とは関係無しに話を進めるクロヤ。師匠はなぜ当たり前の答えを求める質問をして来たのだろうかと思ったが、気にしないことにした。


「…ありがとう。またミヴェルに会ったら我に伝えてくれ。後、ちゃんと本来の「ミヴェルをβ基地に戻す」という目的も忘れるなよ」


「分かってるって!あの時は戸惑って忘れてただけだぜ!」


「…シュマンには内緒だ。ちょっと複雑になって来たからシュマンには別の仕事をやってもらう事にした。エスポワールから言っておいてくれ」


「…分かった。…ありがとな」


シュマンとミヴェルを合わせたくなかった師匠にとってはクロヤの気遣いは有難かった。クロヤも師匠の気持ちを察したのだろう。


「じゃあな!」と師匠は言った後、基地長室を後にした。


師匠が基地長室を出て行った後、クロヤはため息を吐いた。


(…二重人格なのは、ずっと前から知っていたが…ここまで考えが異なっていたとは…)


二人のミヴェルの事を調べていかなくてはいけない…。


そして…


「…エスポワールの過去についても、調べていかなくてはな…」


一枚の資料を見ながら、クロヤは言った。


そこには、師匠の名が書いてあった。










『カイヤ=エスポワール』と。














私は裕福に暮らしていました。


両親に愛情を注がれて、何不自由無く生きてきました。


何も悪いことなんか起きないで、平凡に幸せな毎日が続いていきました。


ある日、私は何歳かの誕生日を迎えました。


父が、欲しいものを聞いてきました。


私はずっと一人だったので、友達が欲しいと言いました。


次の日、父は、小さな子を連れて私の元へやってきました。


小さな子は、すぐに私と仲良くなりました。


毎日一緒にいました。


小さな子には、小さな兄弟がいました。


その子はもう少し大きくなったらここに来るそうです。


毎日が幸せでした。


そう、毎日が幸せでした。


不自由なんてありませんでした。


不自由なんてありませんでした。


本当に、楽しい日々でした。


そう、楽しい日々でした。
















私が知らなかっただけかもしれませんが。














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