表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我らは過去を食らう猫(モノ)  作者: 実音(みおん)
10/30

自由と美しき世界を描く写真

最近、同じ夢ばかり見る…。


(…今日は私の誕生日だ!!)


カレンダーを見て黒髪の少女はにっこりと笑う。


カレンダーには『私の8さいのたん生日』と拙い字で書かれている。少女が書いたのだろう。


ふと鏡に目を向ける。背中半分ぐらいまで伸びた艶のある綺麗な黒髪、清楚な服装。ニコニコしているその顔は誰から見てもとても愛らしいものだった。


(ーに伝えなきゃ!!)


唐突にそう思う。誰に伝えるのか、名前がぼんやりしていて聞き取れなかった。


パタパタと廊下をかけていく。日光で暖かくなった廊下は心地よかった。


キッチンを覗く。机の上には作りかけの生クリームと白の蝋燭が8本置いてあった。オーブンでは生地のようなものがクルクルと回っている。ケーキを作っているようだ。


「…おかあさん、いないな…。みんな何処に行ったのだろう…」


脳内に疑問が走る。誰もいない。


「ー、どこー?」


さっきと同じ人の名を呼ぶ。これもぼやけていて聞き取れなかった。


少女は庭へ出た。広い庭では季節の花が綺麗に咲いている。蝶々も華麗に飛んでいた。


「ねえー、みんなどこなの…?」


不安が少女を襲う。こんな朝に誰もいないなんておかしい。


「ー、出てきてよ…、ー…」


またまたその人の名を呼ぶが聞き取れなかった。その人も現れない。


瞬間、バササッと鳥が何匹か飛んでいくのが見えた。向こうの空が暗い鈍色となっている。


少女は、何かに吸い込まれるように、その方向で行ってしまった。


そこで目撃してしまったモノ…


「や…なんで…!!おとうさんとおかあさんを殺したの…!!?」


両親が血塗れとなって倒れており、目の前には黒い人物。具体的には思い出せない曖昧な人物だ。


「や、やだ…!!来ないで!!」


その瞬間、意識が途切れる。


一瞬だけ映った景色は、炎の海だった。









「っ!!」


ガバッと起き上がった。額には汗が滲んでいる。


「…シュマン…?」


アレは確かにシュマンの夢…シュマンの過去だ。


「…嫌な夢だぜ…」


師匠はそう言い、シュマンの方を見る。


スヤスヤと気持ち良さそうに寝ているシュマン。過去のことなどお構いなしにとても幸せそうだ。


「…なんか目が覚めちまった…」


師匠はそう呟くと、外へ出た。


師匠とシュマンは、大抵の寝泊まりはジュネスの店でしている。


夜の風が心地いい。数日続いた雨も止み、綺麗に月が輝いている。


「エスポワール、起きておったのか」


聞き覚えのある少し高めの声が聞こえた。


「クロヤ…どうしたんだ?こんな夜中にここに来てよ」


「お主と同じ理由だ。眠れなくて散歩をしていたのだ」


クロヤは無地の白いパジャマ姿で髪の毛は下ろしている。案内役で来ていたのであろうクロヤの周りを飛んでいるコウモリたちは凄く眠たそうだ。クロヤはそれを見計らうとコウモリたちを自分の巣へ帰させた。


「エスポワールは、ミヴェル=ソワールという人物を、知っているか?」


唐突にクロヤが言う。師匠は一瞬驚いたが、冷静に答えた。


「いや…しらねーな…。すまない」


「いや、いいんだ」


クロヤは深いため息を吐いた。


師匠はそれを見て首を傾げる。


「なにか悩んでる事があんのか?俺で良ければ話しに乗るけど…」


「…すまないな、実は…」


これまで1人でこの問題を抱えていたが、今はもう吹っ切れてしまった。心に余裕が欲しかったからでもある。クロヤは師匠にミヴェルとの出来事を明かした。


状況を整理しよう。


ミヴェル=ソワールは「両性」「過去を食らう猫」だ。希少種猫保護施設β基地に所属。今はβ基地長に許可をもらいある猫の保護に努めている。その猫の名は、エイヴァ=ソワール。ミヴェルの弟でありミヴェルと同じ「両性」「過去を食らう猫」だ。ミヴェルはエイヴァを捜している。

クロヤはミヴェルの弟捜しの手助けをしている。


ここからはクロヤの推測になるのだが、クロヤが知っている中で身の回りで「両性」「過去を食らう猫」の両方を持っている猫は、最近希少種猫保護施設α基地に所属することになった、シュマンだ。クロヤはシュマンがミヴェルの言う「エイヴァ」だという疑いがあるとしてシュマンの過去を調査中。だがシュマンの過去は師匠…エスポワールが食べてしまい、本人は覚えていない。エスポワールも他の人の過去を食べ過ぎたあまり肝心のシュマンの過去を明確に思い出せない模様。そこに関してはまだまだ調査が必要だ。


そしてもう一つ気になるのが、シュマンの「火を出せる」能力。シュマンによると制御は出来ているが強い感情が生まれた時などには無意識に発動してしまうという。確かにエスポワールが教えてくれたシュマンの過去の中には何らかの理由で感情が動かされ、周りに火が上がる描写があったと言っていた。これもミヴェルと共通する面を持つ。ミヴェルは火とは違い、「水」と「風」を操れるそうだ。


そして、ミヴェルにはエイヴァに対する異常な程の執着心、狂った愛情が見受けられる。その原因は定かではないが、以前猫狩りから盗んだという資料に書いてあった中に、「人形目的」で売られるという事が書いてあった。その「人形目的」という語は理解不能だが、それが関連している可能性がある。そして、ミヴェルは希少種猫保護施設に所属しているとされる「カイヤ」という人物を酷く嫌っている。原因はこれも不明だ。ただ、ミヴェルの会話から得た内容によると、過去にミヴェルがカイヤの過去を食べたという。何故過去を食べることとなったのかは不明。


「で、クロヤはそのミヴェルって奴に、世話を焼いてるってことか?」


師匠が真剣そうな顔で言った。話を簡単にまとめると、そうなるのかもしれない。


「まあ、本人には悪いが、そうなるな…」


「クロヤが最近やけにシュマンの事聞いてくると思ったら、そーゆうそこだったんだなぁ〜」


師匠は伸びをひとつしてから、座っていた塀から飛び上がり、クロヤの顔を見上げた。


それを見て、何かを思い出したかのようにクロヤは真剣な顔になった。


「エスポワール、ひとつ言いたいことがあるのだが」


首を傾げる師匠に、クロヤはきっぱりと言い放った。


「エスポワール、お前は永年猫(えいねんびょう)でも何でもないのに、何故成長しないのだ?」









しばしの沈黙。クロヤは深いため息を吐いた。


「言いたくないのなら言わなくてもいいのだぞ。誰にでも言いたくない事がある」


「いーや…言いたくないんじゃなくて、思い出せないんだ」


師匠は夜空を見上げながら、考えるのを諦めたかのようにポカンと口を開けて言う師匠。クロヤは師匠の発言に「やはりか…」とため息混じりに言った。


「お主が過去を失っている事はお主が入所した時に調べ済みだ。ただ…お前がただの普通の猫だって事に、少し疑問を持っているだけだ」


師匠が入所した時、当然クロヤは師匠の血を吸った。だがその血の味は普通の猫の血の味、希少種猫独特の血の味はしなかった。


だから何故師匠が成長しないのか、クロヤの疑問にずっと残っていたのだ。


「思い出せないのなら仕方ない。忘れてくれ」


「あ、ああ…、なんかすまないな…」


師匠はなんだか申し訳ない気持ちになった。クロヤがこんなにも答えを求めているのに何も思い出せないで…。


「クロヤ、何か手伝いたい…!俺に出来ることはないか!?」


「…エスポワール。唐突だな…」


「クロヤに恩返しだ!クロヤの悩みを解決する!希少種猫を助けるのが保護員の役目でもあるだろ?」


「で、でも…」


クロヤは他人に借りを作るのがあまり好きではない。自分の事は自分で解決する主義なのだ。クロヤのそれを思い出したのか、師匠は一瞬だけ戸惑ったが、自分の考えを押し切った。


「共に解決しようぜ!一人で抱え込むなよ!」


その瞬間、師匠の脳裏に何かが浮かんだ。師匠の頭に激しい衝撃が走る。


ふと、何かを思い出したような気がした。


「そこまで言うなら…考える」


クロヤの言葉で我に返る。


「……?」


「エスポワール、どうしたのだ?」


心配そうにこちらを見つめるクロヤ。

師匠はさっきの衝撃がなんだったのか、頭が追いついていなかった。


「エスポワール?」


「あ、悪りぃ!よかったぜ…!」


いつもの通りに少年の笑顔を見せる。


「今日はもう寝るわ!また連絡してくれよな!」


「分かった…その…、なんか、ありがとな」


少し照れながらクロヤが言う。師匠は「おう!」と元気よく返事した。



クロヤが帰った後、師匠は頭を掻きながら首を傾げた。


「なんだったんだ?…さっきの…」


「…まあいいか」


師匠はそう言うと、店の中に入っていった。


その様子を、黒い影が見ていた。


微かに、風が吹く。


「…カイヤ…?」


その影はそう呟いた。













朝起きると、隣で寝ていたはずのシュマンがいなかった。


下の階へ降りると、ジュネスが開店の準備をしていた。


「ジュネス、シュマンを見なかったか?」


「青年君?ああ、朝から図書館へ行ったわよ。希少種猫の事について勉強したいって!私の家だったあの図書館なら沢山本があるから鍵を渡したの。青年君保護員になった事、誇らしく思ってるらしいわね」


「やけに気合入ってるなー、シュマン。誘ってよかったぜ」


「シュマンとこ行ってくるわ」とジュネスに言い、図書館を目指す。


師匠にとっては図書館へ行くのはいつ振りの事だろうか。


ジエンの事を思い出して、少しだけ涙と笑みが溢れた。


プルルルルと、ポケットから音がする。


電話に出ると、クロヤからだった。


「起きておったか、エスポワール」


「俺が寝坊するようなガキに見えたか吸血鬼さんよぉ…」


寝起きもあってか、少しだけムカついた。20代後半のおっさんが子供扱いされたのが気に食わなかったのだろう。


「用件に入る。今日からの任務についてだが…」


そんなこともお構いなしに本題に入ろうとするクロヤに余計に腹が立ったが抑える。クロヤが実はどれほど繊細な心の持ち主なのかは分かっているから。


「直接話がしたい。今どこにおるのだ?」


「えっと…、今からジエンの図書館に行くところだけど…シュマンがそこにいるからな」


「都合が良い。我もそこへ向おう。待っていてくれ」


そう言い電話が切れた。何の用だと思ったが、今はとりあえず図書館に向かうことにした。


図書館に着き、ドアを開けると、シュマンとクロヤが話し合っていた。


「なんだよ、俺より早えじゃねーかよ」


「今日はいつもより不機嫌ですね…おはようございます」


シュマンが挨拶をする。シュマンは相変わらずの様子だ。


「簡単に言うと、空を飛んだ。結構急ぎの用だからな」


さらりと凄い事を言うクロヤ。よく見るとクロヤの背中には消えかかっているがコウモリの羽のようなものが生えていた。


「それ反則だぜ、俺の事も考えてくれよ…」


どこかの物語なんかに出てくる吸血鬼は、基本空は飛べないのだが、吸血猫(バンプァイアキャット)の純血に至っては、コウモリの羽を生やして空を飛べる事が出来るらしい。何気色々便利だ。師匠は少しだけ羨ましくなった。


「本題に入ろうか。二人にはこれから、ミヴェル=ソワールを探してもらう」


「え…!」


突然の事で思わず驚きを声に出してしまった師匠。その横で、シュマンが首を傾げる。


「あのー、ミヴェル=ソワールって…誰ですか?この前もクロヤさんに聞かれましたけど…私には聞き覚えが無いですし…」


当たり前の質問だ。だが、シュマン相手となると、ミヴェル=ソワールの事を伝えても良いのだろうか?シュマンがもしかしたらミヴェルの言う「エイヴァ」なのだとしたら、シュマンはどの様な反応をするのだろうか。どちらにしろ、今は早すぎる。


「…希少種猫保護施設β基地の保護員の一人だ。ある任務で一ヶ月の外出が認められたのだが、その一ヶ月をもう軽く過ぎてしまっているのだ。β基地の保護員長も怒っている。だから連れ戻せという命令だ。何故我の所に来たのかは不明だが…」


「なるほどです…。それは急いで探さなきゃですね!」


シュマンは拳に力を入れて胸の前で合わせた。気合いが入っている。


「まあ落ち着くでない。あいつは夕方から夜にかけてしか現れないからな。今は情報収集だ」


「そうなのか、なんか変な奴だなぁ」


師匠が机に肘をついて言った。


「で、そのミヴェルの特徴についてだが、奴は「両性」「過去を食らう猫」だ」


それを聞いた途端シュマンが飛び上がった。


「私と同じだ!「両性」の種族、私以外にもいてて嬉しいです!!」


シュマンは目を光らせながら笑顔で言った。よほど同じ仲間である「両性」の種族が存在していた事が嬉しかったのだろう。


「特徴は、姫カットの長い黒髪に顔に火傷跡、身長は173㎝、まあ中ぐらいの身長と言って良いだろう。後は…フードを被っているぐらいだな。分かったか?」


「はい…。その人を見つけて、β基地に戻るように言えばいいんですね」


「メンドクセーなー。ま、仕事だからやるけど」


ダルそうに椅子から立ち上がると、図書館の奥の方へ行った。そこは、昔のジエンの書斎だった。


「全然変わってねーなぁ…。クロヤの基地長室と違って綺麗に整頓されてる」


「お主、失礼だぞ。あれは時間が無くてだな…」


「休憩の合間合間にも出来るだろ!あんな散らかってんのクロヤの基地長室だけだぜ!」


二人が言い争いをしている中シュマンは本棚にある本を見ていた。


「本当、色んな本が置いてありますね…」


そんな事を呟きながら、ジッと本だけを見る。


瞬間、何かに足をぶつけてしまった。本だけしか見ていなかったから周りに気が付かなかったのである。


「っったぁ…!ん?何これ…」


ぶつけたのは机だった。そしてぶつかった衝撃で何かを落とした。シュマンはそれに目がいったようだ。拾って確かめる。


「…日記…?ジエンさんの…」












「ジエン、日記つけてたんだ…知らなかったぜ…」


師匠が言う。


一冊の白いノートには「日記」と癖があるが綺麗な字で書かれていた。


「み…見ていいのでしょうか?」


シュマンが恐る恐る言う。師匠はしばらく何かを考えた後、クロヤの方を見てこう言った。


「クロヤ基地長様、今は亡き希少種猫、ジエン=スーリールの遺留品、拝見しても宜しいでしょうか?」


クロヤはその言葉に頷くと、


「許可を与えよう」


と、承諾した。


シュマンはその一連の出来事に驚き、そして感心した。


「シュマン、既に亡くなっている希少種猫の遺留品を管理する権利は、希少種猫保護施設基地長…ここではつまりクロヤにあるんだ。覚えといた

方がいいぜ」


師匠はニコリと笑いながらシュマンに説明する。シュマンはそれに納得した。


「…エルフ(キャット)の日記か…少し気になるな」


遠くで二人の様子を見ていたクロヤも二人の元に歩み寄り、三人で囲ってジエンの日記を見る。


『◯月×日 今日は雨が降っていたが特に何もなかった。変わった事と言えば、自分が持ってきた本の一部にホコリが被っていたので、はらうのに時間をかけた事ぐらいだ。後は何も変わらない。静かだった。』


「この頃はまだひとり暮らしだったのか…という事は結構前から日記つけてたんだなぁ…」


読み進めていくにつれ、ジエンの妻、セリアと出会った事や子供のアンナが生まれた事など、幸せな事が沢山書いてあった。


そしてー


「…ジエン…」


後半になるにつれて、自分がエルフ(キャット)であるという事への憎しみ、相手を守れない悔しさなどが書かれるようになった。


『自分は何故、エルフ(キャット)として生まれてきたのだろう。普通に過ごしていたら、他の猫と変わらないと言うのに。エスにも心配をかけてしまった。希少種猫が減っていると聞くたびに震える俺の身体は、いつ抑えることが出来るだろうか…。いっその事、エスに自分の本当の事を伝えようか…。でもあの施設へ入るのだけは嫌だ。せっかく手に入れた自由を、奪われたくない』


「どういうことですか…?これは…」


首を傾げるシュマン。クロヤはしばらくの無言の後、日記に手を添えて少し低めの声で答えた。


「…ジエン=スーリールは、希少種猫保護施設へ入る事を拒んだ。理由は「自由を奪われる」からだそうだ。後に知った話だが、ジエンは幼い頃、希少種猫として他者から特別に…まるで天使の様に扱われたのだ。だから外へ出るという自由がなかったのだ。どうして外へ出れたのは不明だが、ジエンはもう自由を失いたくなかったのだろうな…。分かったか?シュマン」


「自由…ですか…。確かに、私がその立場だったら、絶対に拒んでました」


当然でありきたりな話だが、シュマンにとっては少し衝撃的だった。人誰もが自由では無いと言う事を、改めて思ってしまったのである。


シュマンは、クロヤの方を横目で見た。


(クロヤさん…クロヤさんも、自由じゃ無かったんですよね…。ジエンさんとは反対の意味で…)


少しだけ、悲しくなった。


「まぁ、よかった事もあるぜ!「自由の一週間」ってあっただろ?あれはジエンが提案した事だしな!」


「え…!!そうなんですか!?」


ジエン=スーリールは、どこまでも自由を求める人(猫)だった。それがまさか保護施設の規定すら変えるなんて凄い事だ。


「さて、そろそろ良いだろう。もうそろそろお昼だし、解散しても良いぞ」


クロヤはそう言いジエンの書籍を出た。シュマンもそれに続く。


師匠は1人、引き続きジエンの日記を読んでいた。


「…ん?珍しいな…ジエンが本の感想を書くなんて…」


ジエンがまだ生きていた時、ジエンは読んだ本の感想を、決して言う事は無かった。言ったら面白みが無くなるとかで教えてくれなかったのだ。


だが何故か、日記の一番最後のページに、ある本の一部の感想が書かれていた。


それを読んで、師匠は口をポカンと開いた。


「小説かなんかだと思ったら…写真集じゃねーか…」


感想を書いた本の題名は、「写真集 世界の美愛(びあい)」完璧な写真集だ。何故ジエンは、この本を選んだのだろうか。


答えは、ジエンの日記の内容に書いてあった。


『普段本の感想なんて書かないが、この本だけはどうしても感想を書きたかった。この写真集の中の一つに、「美しき我が愛猫(モノ)」とタイトルが付いている写真がある。そこに写ってるのは黒いドレスに身を包んだ、黒髪の綺麗な少女である。その少女の表情が忘れられないのだ。その女性は微笑んでいるのだが、俺には泣いている様にも見える。何かを求めているような、助けを求めている様な感じがしてどうしようもないモヤモヤが襲う。この少女の運命が気になるのだ。分かってくれる人がいるのなら、その人も俺と同じ事を考えるだろう。少女を救いたいという叶わぬ願いを…』


「美しき我が愛猫(モノ)…?どんな写真なんだ?」


興味が師匠の心の中に溢れ出てきた。師匠は辺りを見回すと、日記を持って図書館の方に戻った。













図書館に戻ると、やけに賑やかだった。


帰ったと思っていたクロヤとシュマンはまだ居ており、何やら話し合っている、というかシュマンがクロヤを慰めていると言った方が良いのだろうか。という事は…


「あら!師匠さん!どこに行ってたの?図書館中探したんだけどいなかって…」


やっぱりか…


「ジュネス、来るなら連絡入れろよ…!クロヤがビクる」


「ごめんなさいね、青年君と師匠さん二人だけだと思って入ったら、基地長さんがいらっしゃったもので…」


「今回は23mでしたよ」


「測るなよ!!」


ニコニコしながら結果を伝えるシュマンに師匠は鋭いツッコミを入れた。


師匠的考えだが、シュマンとクロヤが組めば独特の世界観に包められ、それにジュネスが加わると手に負えなくなるという。師匠は今ツッコミ的な意味で大変な場面に遭遇している事となる。


「…疲れた…」


3人に聞こえないように小声で呟き、小さくため息をした。


「ジュネス、『写真集 世界の美愛(びあい)』って本、どこにあるか分かるか?」


「世界の美愛(びあい)…?ああ!あの本ね!私あの中のある写真が忘れられなくて、周期的に見てたわ!」


「奇遇だな、我もその写真集、見た事がある。…ちょっとした興味で見始めたのだが、一向に忘れられない写真が確か存在したな」


「二人ともそうなのか!?それって…『美しき我が愛猫(モノ)』とかいう写真の事か?」


恐る恐る聞くと、ジュネスは「そうよ!」とハキハキと嬉しそうに答えた。クロヤも微笑を浮かべながらうなづいた。


この『美しき我が愛猫(モノ)』という写真は、ジエンだけじゃなく、ジュネスやクロヤの心も掴んでいたらしい。


「そんだけスゲェ写真なのかよ、見てみてぇなぁ〜」


「どこにあるのかしらね、探してみましょう!」


ジュネスが元気よく言い、本探しが始まった。


本を探そうと立ち上がった時、シュマンに声を掛けられた。


「どんな写真でしょうかね、楽しみですね!師匠!」


シュマンはえらく上機嫌だ。師匠は「そうだな」と自然と笑顔になった。


その笑顔も、5分後には険しい顔と変化する。


本を探している時、クロヤに声を掛けられ、別室へと移動した。何やら話があるらしい。


「なんだよ、クロヤ。本探しは…」


クロヤは持ってきていたメモ帳を取り出して、ページをめくった後、師匠にとあるページを見せる。そしてある部分を指差した。


「ガディ=ジュエ…?こいつは…?」


「有名な写真家だ。同時に…ミヴェル=ソワールとエイヴァ=ソワールの買取主でもある」


それを聞いて師匠は背中に冷や汗を感じた。以前、ミヴェル=ソワールとエイヴァ=ソワールが売られた理由は「人形目的」だとクロヤが言っていた。その事とかけ合せると、ある事実が生まれた。


「『美しき我が愛猫(モノ)』に写っている少女、…あれはミヴェル=ソワールだ」


予想した通りの回答が聞こえ、師匠は原因不明の浮遊感に襲われた。膝がガクガクと震える。


ふと、シュマンの事を思い出す。


「…それじゃ…シュマンは…!」


声を震わせながら師匠はシュマンの心配をする。クロヤは師匠のその様子を見て目を逸らした。


「…シュマンが、もしもエイヴァなのだとしたら、あの写真はシュマンにとって衝撃的は物となる」


そう言うと、クロヤは一冊の本を取り出した。その本は、あの写真集だった。


「事前に取っておいた。これは元はあのエルフ(キャット)の所有物だからな。基地長が管理をしている。どうする?見せるか?」


究極の選択だった。例え過去を食われたとしても、ふとした出来事で思い出してしまう事もある。その事が師匠に取っては嫌だった。でもミヴェル=ソワールがいる限り、いつかシュマンは過去を思い出してしまうかも知れない。そうなってしまうのなら、事前に見せるべきなのだろうか。


師匠はギリッと歯をくいしばり、そして拳を握りしめた。


「…やめておこう。過去を思い出させたら、俺がシュマンの過去を食った意味が無くなる」


「…そうか」


「この本はお前が持っておけ」と言い師匠に本を託すと、クロヤは図書館の方へ戻っていった。


今手元にある本。この中には世界の美しさとそれと反比例する残酷な世界が広がっている。


師匠はそれをカバンにしまい。図書館に戻った。








結局見つかるはずのなかった本を探して3時間が過ぎ、皆はとうとう諦め、それぞれ帰っていった。その帰り道、シュマンは少し残念そうな顔をして、


「見たかったですね…残念です…」


と素っ気なく言った言葉が、師匠の胸に刺さった。








夜中、師匠はこっそりと布団に抜け出し、本を持って外へ出た。


そして、クロヤに電話をかける。


『…こんな夜遅くに、どうしたのだ、エスポワール』


「…クロヤ基地長様…今は亡き希少種猫…ジエン=スーリールの遺留品…拝見しても宜しいでしょうか?」


そう言うと、携帯の向こうから静かな笑い声が聞こえた。


「ジエンの図書館の本に対しては、ジエン本人から『本は皆の物』と許可が得ている。だからそんな事言わなくても良いというのに…」


「ね…!念のためだ!悪かったな!」


少しだけ、恥ずかしくなった。


「まあ、それはそれでいいのだが…」


瞬間、クロヤの声が低くなった。


「エスポワール、見るのか?過去のミヴェルの姿を…」


「ああ…」


もう覚悟は決めている。今から自分は、ミヴェルの過去を見る事となる。


「…ひとつ言っておくが、写真家のガディ=ジュエは、あの写真を『失敗作』だと言っていたらしい。だが、彼が撮った写真の中であの写真は一番有名だ。そのことを踏まえると…分かるな?」


「…ミヴェルは、買取主の期待を裏切ったということか?」


「お前は売られた事が無いから分からないと思うが、買取主を裏切ると、……」


クロヤは無言になった。


言わなくても分かっている。


クロヤのあの傷跡、ジエンのあの死に際の状態を見る限り、無事で済むような事では無いだろう。


ミヴェルも、きっと…


「…覚悟は出来た。見るぞ」


師匠は、一冊の写真集を開いた。

















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ