5話(おまけ)
「じゃぁ行きまぁす」
「安全運転で頼むからね」
「はいはい」
弥咲が操縦桿を握り、船は桟橋を離れて潜水を始めた。
昼食をそこそこに済ませて、四人は一番近くの第4マリンシティに向かうことになった。
「お休みにしちゃって大丈夫?」
これまで、二人ずつなどの休暇で出掛けたことはあっても、全員が島を離れるなどなかったので、渚珠の心配ももっともな話だ。
「ちゃんと臨時休業にしてあるから、誰もあそこには近付けないよ。自動管制にしてあるから、よほどのことがなければ機械が勝手にしてくれるし」
凪紗の誇る管制システムは、彼女が不在でも大抵のことは自動で処理してくれるし、必要になると凪紗の手元の端末で操作もできる。
忙しい時期でなければ、こうして空けることも可能だ。
ウォーターロックを抜けてマリンシティに到着する。
ひっきりなしに船が出入りをしている様子を見ていると、いくら自動管制が主流になっているとはいえ、ここの管理は大変だと思った。
「凄いねぇ」
「本当はね、弥咲も私もこういう所の仕事に就くんだろうなって思ってたんだよ」
船を降りて、ショッピングゾーンに進んで行く一行。
「まさかねぇ、いきなりあそことは思わなかった」
「でも、一緒にいるのがみんなで良かったよ」
渚珠の素直な感想だ。このメンバーのALICEポートだから、楽しく暮らしていける。
「今日はみんなにプレゼントしたいから、欲しいもの教えて?」
「渚珠ちゃん?」
分かっている。このメンバーだから常識的な範囲だし、ある程度なら欲しいものも知っている。
年頃の女の子四人が集まれば、それぞれお気に入りの服や靴などの店を回ることになる。
一通りの買い物を済ませて、フードコートで一休みをしているときだった。
「渚珠ちゃん、そう言えばお仕事の靴新調していく?」
「昨日の雨でぐしゃぐしゃになったもんねぇ」
あの夕立で、渚珠と弥咲は着替えることもなく作業を進めたため、終わった頃には全身ずぶ濡れ。
制服は乾燥機で間に合わせたけど、靴は中が湿ったままだった。
予備があるはずだけど、渚珠は何故かそれをいつも使っていた。
「いいお店を教えてあげる」
四人はモールの隅にある靴屋に入った。
「あら、皆さんお揃いですね」
いつもALICEポートの各自の好みに合わせて、制服の時の靴をお願いしている店だという。
「今度から所長さんで来た渚珠ちゃんです。お願いします」
奏空が女性の店長に紹介をしてくれた。
「よろしくお願いします」
「失礼しますね……。大変失礼ですが、お客様はアクトピアご出身ではありませんね?」
「はい。ルナの生まれです。そんなこと分かっちゃうんですか?」
渚珠の足を見て、そっと触れただけで店長は言い当ててしまった。
「同じ重力にはなってますけど、どうしても違いが出てしまうんですよ。凄く細くて綺麗な足ですね」
「そうそう。渚珠ちゃんは足が綺麗なんだよねぇ。スカートじゃなきゃ絶対にもったいない!」
店長は渚珠の足から履いていた靴を丁寧に脱がせた。
「ずいぶん丁寧に履いてらっしゃいますね。何度も直されて。最初の頃は痛くありませんでしたか?」
「わたしが訓練を始めたときに、無理を言って買ってもらったんです。むこうではこう言うの凄く贅沢品で……。大切に履くからって。最初は靴擦れも痛かったけど、訓練もずっと一緒に頑張ってくれて、壊れても出来るだけ直して貰って。大切な戦友です」
渚珠が悲しそうに言った。常に磨いて何度も直してはいるが、ヒールも磨り減り、中の布なども痛んでいたから、きっと買い換えを言われてしまうと思ったのだろう。
「分かりました。この靴、綺麗に直しましょう。せっかく大事にしているんですから。お預かりさせていただいてよろしいですか?」
「いいんですか?」
「もちろん。部材は一部新しいのを使いますけど、補修してお返ししますよ」
渚珠の足形データをスキャンして整理をしている間、ほぼ同じ形の靴を持ってきてくれた。
「たぶん、新しいのはこちらで合うと思いますよ。前のはずっと履いていたから、形が出来上がってますけど、新しいのはそうも行かないから。指先とか痛くないですか?」
「大丈夫です。凄く柔らかいです」
ルナ=モジュールで売られていた最上位の靴よりも、渚珠の足を最初から優しく包んでくれている。これならば最初の頃に悩まされた靴擦れもなさそうだ。
「お気に召していただけましたか?」
「はい。ありがとうございます」
「壊れてしまったら言ってくださいね。出来る限り直して長く役にたってもらえるように頑張ります。あと、雨のときの用意とかも今度お持ちします」
四人は礼を言って店を出た。
「ねぇ渚珠ちゃん……」
「ほぇ? あぁ奏空ちゃん。今日はありがとぉ」
いつもの夜の時間。浜辺に座っていた渚珠の横に奏空が座った。
「こっちこそ、今日はありがとう。渚珠ちゃんにお洋服買ってもらっちゃったよ」
「喜んでくれれば、それでいいんだぁ。そう言えば、わたしの靴代どうすればいい?」
「あぁ、あれは経費で処理するから誰のお財布も痛まないよ」
1日も終わって、夜風を部屋に入れているとき、隣の部屋の渚珠が見えた。
今日の店で最後にもらってきた、彼女の足形を今まで使わなかった予備靴にはめ込んでいた。暫くすればぴったりに馴染んでくると教わってきていた。
『使ってあげられなくてごめんね……。どっちもこれから宜しくお願いね……』
もちろん返事はないし、靴に語りかけるなんて幼いと思う人もいたかもしれない。でもそれが、これまで周りに友達も少なかった誰にも見せない渚珠の本当の姿なのかも知れない。
「わたし、まだ見習いなのに……。みんな優しいんだね……。ありがとうしなくちゃ」
しかし、奏空は首を横に振った。
「ううん、渚珠ちゃん、私たちからも言わせてもらうよ。来てくれてありがとう」
渚珠はまだ気付いていない。自分で天然だと思っている部分は、実は何があっても動じないというリーダーにとって一番重要な要素を彼女は自然と身に付けている。
渚珠が来てからというもの、他のメンバーは自分の役割に専念できた。彼女の存在は仕事ができる以上の効果を持っていた。
そこに、今回の修学旅行の一件があり、乗り越えた彼女はさらに強くなった。凪紗だけでなく、弥咲も奏空も渚珠を帰すなど考えることもしなかった。もし、誰かが渚珠を帰すなどと言い出したら、全員で阻止するだろう。
「あんな感じの環境だったから。奏空ちゃんもみんなも優しくて、いつもベッドでボロボロに泣いちゃってね……。いつかお礼しなくちゃって……」
「そのままでいいの。渚珠ちゃんはそのままで」
たった一足の靴ですらあれだけ大事にできるほど繊細な心の持ち主。そして、失った両親が務めていて、本当なら近付きたくもないだろう港に自ら志願して来るほどの芯の強さ。
「渚珠……ちゃん」
奏空は渚珠を両腕で抱き締めた。
「どうしたの?」
「渚珠ちゃん。私からもお願いしてもいい?」
「うん?」
「お仕事がきっかけだけど、渚珠ちゃんに会えて良かったよ。ずっと私の大切なお友達でいて欲しいな」
「うん。こんなわたしでよかったら、ずっとお願いします」
その夜、渚珠は奏空の部屋で、彼女に抱かれながら目を閉じた。
今回も最後までありがとうございました。
今回の蛇足のような5話、物語としては4話で終わっていたんですが……。
実はこの靴のお話、どっかで入れておきたかったエピソードでした。渚珠の性格を語る上で重要な部分。でも1作品としては材料不足ということでここに入れさせていただきました。
次の作品は、ようやくSFと分類しているこのお話に、本当にそれらしくなってきます。
それでは、また次回お会いできることを楽しみにしています。




