episode1*夏休み明けの転入生
このサイトでは、この作品が初投稿となります。
どうか長い目で見守って頂ければ幸いです。
「おい、祐也!」
親友──芦屋征治に名を呼ばれ、俺・谷川祐也はふと顔を上げた。
「どうした?」
「なぁ祐也、聞けよ!」
「聞いてるよ!」
「今日、なんと女子が転入してくるんだってさー! もうすっげぇ美少女やって噂!」
「へぇーぇ…」
俺の素っ気ない返事に、親友は不満を全面に表した表情で言う。
「なんだよ、反応薄いなぁ。お前は気になったりしないのかよ。美少女転入生だぞ、美少女転入生!」
「ああ、まったく気にならないな。どうせ、根も葉もない噂話だろ? 夏休み明けの始業式に、転入してくる美少女生徒。そんなうまい話がありますかってんだ。お前もそんなこと気にしてる暇があったら、今度こそ赤点をとらないように勉強したらどうだ」
「くぅっ……いいよなお前は、頭もいいしイケメンだし。美少女転入生なんて目じゃないよな、きっとお前にイチコロだもんな!!」
「べ、別にそんなことは……」
返事に困っていると、タイミングよくチャイムが鳴った。休み時間の終了を告げるチャイムだ。
同時に、生徒がそれぞれ着席する。
──正直なところ、実はすごく気になっていた。
中学2年生の夏といえば、中学生活をちょうどターンする時期だ。当然、友達関係などとうの昔に出来上がっているし、2年生ともなればさすがに中学校での生活にも慣れ、制服の気崩し方などがよくわかってくる。そんな時期に、転入してくる美少女。
「さぞかし友達作りに困るんだろうなぁ」
「祐也ぁぁぁぁ!?」
後ろの席に座る征治が、実に間抜けな──あ、いや素っ頓狂な声を上げる。
振り向くと、「信じられない」とでも言うような目で俺を見ていた。
──さぞかし友達作りに困るんだろうなぁ。
もしかして、俺は口に出してしまっていたのだろうか。
「そんなひどいこと言ってやるなよ、祐也!! 大丈夫だ、美少女をこの俺が放っておくはずがない!!」
自らの親指をぐっと自身に突き付け言う親友に半ば呆れた俺は、シッシッと征治からくる熱気を追い払う仕草をしつつ前に向き直った。
教室に入ってきた男性HR担任に、芦屋が身を乗り出して質問する。
「ねぇ先生、めちゃくちゃ可愛い転入生が来るってホントっスか!?」
「…芦屋。お前はそういう情報だけははやいな」
担任は呆れたような声で言うと、溜め息混じりに続けた。
「……大阪からの転入生だ」
──大阪府。
俺たちが住んでいるのは東京都なので、随分離れた場所からの転入生ということになる。
担任が教室扉に向かって「入っておいで」と告げる。
──あの扉の向こうに、大阪出身の美少女が。
ごくり、と生唾を飲み込む音が背後から聞こえた。
閉じていた教室の扉がガラッと開く。
入ってきたのは、やや小柄な少女。緊張しているのか、その頬は少し赤いように見える。
栗色の髪は、腰の辺りまでさらりと流れている。上向きの長い睫毛に縁取られた両眼は明るい茶色で、ほどよい大きさに広がっていた。端正な顔立ちは、大阪のイメージとは遠く離れた気品さがあった。それでいて、制服の上からでもわかるほどの豊かな胸、その下できゅっと括れたウエストラインは、クラス男子全員のいわゆるオスの部分を刺激するのには十分だった。
担任が微笑み、言う。
「ちょっとだけ挨拶してくれるかな?」
「……はい」
消え入りそうな転入生の声は、まるで鈴の音のよう。しかし不思議と芯があり、よく通るものだった。
数回深呼吸を繰り返した彼女は、少し間を置き、やがて口を開いた。
「……名城ひいなです。えっと、よろしくお願いします……」
『名城ひいな』と名乗った少女は、そして慌てて頭を下げた。
「ひいな、こっちー!」
いきなり呼び捨てで彼女を呼んだのは、クラス1目立つ荒木京奈だ。一番後ろの席だというのに、存在感が尋常じゃない。
空いている隣の席の机をバシバシ叩く京奈。ひいなはなんだか嬉しそうで、堅かった表情は心なしか明るくなったように見える。
「よろしく、ひいな! 私は荒木京奈、あらけいって呼んで」
「よ、よろしくね、荒木さん」
ひいなは、どこか楽しげな苦笑を浮かべて言った。
おとなしい子なのかなぁ、と思った。思っていた──。
* * *
休み時間。ひいなの周りに多数の女子が集まり、メアドやら住所やらを聞き出している。
「……まさか、ここまでの美少女とは……正直、思ってなかったわぁ」
そんな芦屋の言葉通り、ひいなは超絶美少女だった。
整った顔立ちに、大きな瞳。小顔。栗色の長い髪。でもって巨乳。まったくどこの世界の美少女ヒロインだよ!と思わずツッコミたくなる容姿を、ひいなは兼ね備えている。
そんな彼女が学年中の男たちのアイドルとされ、女子たちの目の敵になり、やがて孤立するまでの時間はそうかからなかった。