1-5
慎一は思わず咲をかばうような体勢をとり、咲もその後ろに隠れた。
男はそれを見て一瞬眉を動かし、慎一に向かって言った。
?「……君は?」
慎「お…俺は、南さんのクラスメイトだ。」
?「なら、早くその女から離れた方がいい。そいつは危ない。」
拳銃を向けている割には親切な口調に不自然さを感じたが、ともかく咲の敵なら気は許せない。
慎「断る…!」
男は怪訝そうな顔になった。
?「おいおい、そいつはホントに……」
慎「話は全部聞いた! 実際、俺は1回咬まれた! その上での答えだ!!」
慎一の膝の震えが止まらない。
男はますます意味が分からないといった顔をした。
?「それで尚、そいつの味方をするのか?」
慎「逆に聞いてやる。お前は南さんに何の用だ!?」
男はいきなり噴き出した。
?「何の用って…、全部聞いたんなら分かるだろ? そいつら鬼灯族は人類の敵だ。人間を喰う上に、知的生命体だぞ。力が弱ってる今はいいが、いずれ必ず人間にとって大きな脅威になる。」
途中から徐々に表情が険しくなっていく。
怒った大人の男の迫力は凄まじいが、だからといって咲の身柄を引き渡すほど、慎一も良い子じゃない。
慎「…だから、殺すのか?」
?「そうだ。」
男の返答に間髪はなかった。
慎一はとにかく負けちゃダメだと自分を奮い立たせ、虚勢を維持した。
時間を稼いで誰か他の人に見つけてもらえば、銃を持っているこいつは確実に不利になる。
分の悪い賭けだった。
慎「でも、ホントにそんな風になるかは分からな…」
?「分かるさ! 現にこれまで、世界中至るところでこいつらは暴走し、かなり大きな被害を出してるんだ! 部族丸ごと喰い尽くされた例もある!」
慎「なッ…!!??」
いきなり慎一にぶつけられた怒号は、あまりに衝撃的な事実だった。
咲「そんな…そんなのウソです! 私たちはいつも人間と共存したくて、バレないようにしてきたんです!」
?「でも何処でもバレてきたのは、誰かが人を襲ったからだろ? お前みたいに。」
咲「っ……。」
咲の必死の応戦も、むなしく受け流されてしまった。
2つの立場の間に立たされた慎一は、だんだん訳が分からなくなってきた。
自分たちは人間と仲良くしていきたいと思っていると主張する咲。
その意思に気を許せば、将来必ず人間に害を成すから、今滅ぼす必要があると主張する男。
確かに、自分は1回咬まれた。
そんな風に暴走する危険があるなら、やはり咲は人間にとっては敵になるんじゃないか?
いくら共存したいと悲願されても、じゃあその共存の完了は何を意味する?
誰が人間で、誰が人喰いか分からない社会の完成―――
男と咲の主張の応酬はまだ続いていた。
?「お前たちも過去に人間の部族を滅ぼしてるんだよ! これはその代償だ!! 今回だって、どうせ家畜用の人間を調達するために街に降りてきたんだろ?」
咲「人間を家畜になんかしてません! 最初は素性を隠して、徐々に人間社会になじんでいく計画の第一歩なんです!」
?「見ろ、それがお前たちの恐ろしさだ。頭を使って、上手い具合に人間社会を侵略しようとしてやがる。」
咲「し、侵略なんて……そんなんじゃないって言ってるじゃないですか!!!」
慎一の肩を掴む咲の手に力が入った。
「どうだか」と余裕の表情が絶えない男とは対照的に、咲は慎一の背後で鼻をすすって泣いている。
男は余裕を表情に湛えたまま、慎一に言った。
?「…さて、時間が経ちすぎたな。早く仕事終わらせてえんだ。そこをどいてくれ。」
慎「どかねえよ。」
?「…あ?」
慎一は、咲をかばう姿勢を立て直した。
?「話聞いてなかったのか? そいつらは…」
慎「南さんはお前が言うような奴じゃない。俺は信じる。」
咲「あ…東さん……。」
咲の嗚咽が響く中、男がとびきり不機嫌な顔をした。