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突き当たりまで来て、咲は振り返った。
咲「東さん、私は東さんが察してる通り、ただの人間じゃありません。」
慎一は黙って聞いていた。
咲「私の本当の名前は、紅鬼灯 深裂。半妖部族、鬼灯族の御三家の1つ、紅鬼灯家の末裔です。」
慎「紅頬付き…岬?」
咲「はい。」
漢字って難しいのである。
慎「ま、待て待て! 何だその頬付き家ってのは!? 汎用部族? 御三家?? さっぱり意味が……。」
咲「とにかく、私は純粋な人間じゃないんです。女夜叉と人間の、混血部族の者なんです。」
慎一はそこでようやく、"汎用"ではなく"半妖"であることに気付いた。
咲は更に淡々と話を続ける。
咲「夜叉は人を喰います。人間にとっての酒やタバコが、夜叉にとっての人間なんです。私は混血なのでそれほど激しくはないですが、それでも時々人肉を―――少なくとも生肉を摂取しないと、禁断症状が出るんです。」
慎「そ、それであんな具合悪そうにしてたのか……。」
咲「はい、そこへ偶然あなたが通りかかり、しかもすごい近付いてきたので、気付いたら…。」
慎「で、でも、じゃあ何で俺は生きてんだ? 俺マジで死ぬかと思ったのに、起きたら傷ひとつ無かったぞ。」
咲「お父様に頂いた軟膏のおかげです。どうしても我慢できずに人を咬んでしまったら、死なないうちに傷口に塗れば傷を完全に塞ぎ、しかも増血を促すので、起きた時には何事もなかったようになってるって言って…。」
慎「マジか……。」
慎一は驚いたが、不思議と疑ったりはしなかった。
昨日の出来事の上で自分は生きているという現実が、その非現実を納得させていた。
慎「それで、さっきのヤツは?」
咲は自分を怖がる様子もない慎一に驚いて、一瞬答えにまごついた。
もうそこで慎一に怖がられ、逃げ出されてしまうものだとばかり思っていたのに。
咲「…さっきのは、(財)鬼灯族殲滅協会の会員です。」
慎「ざ、財団法人!?」
咲「はい。それが何なのかはよく分かんないですけど。」
慎「待てよ、頬付き族殲滅ってことは、南さんは命を狙われてるってことか?」
咲「……そうなります。」
そこで咲は、慎一から目を逸らした。
その表情は、今までの真剣なものとあまり変わらなかったのに、慎一には今までよりずっと寂しげに見えた
不意に、咲は今までよりも弱い口調でぽつぽつと語りだした。
咲「両親から聞いたんですが、鬼灯族は昔から何処に行っても怖がられて、迫害を受けて、世界中を転々としてきたそうです。私は日本で生まれましたが、今回人の住む街に降りてきたのは、少しずつ人間社会に溶け込んで、共存を実現しようという計画の第一歩だったんです。…なのに、もう…東さんにも咬みついてしまって…、私のせいで……また…………」
咲は途中からあふれ出した涙をついに抑え切れなくなって、顔を両手で覆った。
初めて目の当たりにする女の子の嗚咽に、慎一は戸惑わなかった。
それがどんな理由であれ、咲たち一族はずっとツラい思いをしてきた。
クラスでただ1人フリーなのとは比べ物にならない疎外感を、ずっと味わってきたのだ。
肩を震わし、声を殺して泣く咲に、慎一はそれが無責任であると知って口を開いた。
慎「大丈夫。誰にも言わない。俺は南さんの味方でいてやるから。」
咲「え…?」
咲は手を放して慎一を見、同時に小さな悲鳴を漏らした。
?「やっと見つけた。」
慎「!?」
慎一が振り返ると、さっきの男が立っていた。
拳銃をこちらに向けて。