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慎一はまだ目を開けていなかった。
自分の唇に感触はない。
そして今のは、どう考えてもキスの時に出る音じゃない。
喉笛の死痛に気付いたのは、そこまで考えてからだった。
慎「!!??」
パッと目を開けると、視界の下の方に咲の左耳が見えた。
咲は首を傾けて、慎一の喉に喰らいついたのである。
咲が離れるにつれ、皮膚や筋肉が引き裂かれ、この世のものとは思えない痛みが慎一を襲った。
慎「ゥアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!」
叫べば叫ぶほど喉は痛み、傷から血が噴き出すのが確かに分かった。
完全に喉の肉が慎一から分離すると、咲は手を離した。
たまらず慎一は仰向けに倒れる。
慎一の肉を咀嚼する血まみれの咲が目に映ったのを最後に、目の前が真っ白になった。
全身から力が抜け、痺れて感覚がなくなっていく。
咲が何か言ってきたのが分かったが、何と言っているのかは分からなかった。
ただ、死を直感していた。
これまでの思い出が走馬灯のように蘇るかもと思ったが、意外と何にも思い浮かばなかった。
慎『クソ…見たかったなァ、走馬灯……』
慎一は目を閉じた。
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慎「……………はっ!」
慎一が目を開けると、目の前には青空が広がっていた。
自分が倒れているのが分かったが、何となく起き上がらずにそのまま寝っ転がっていた。
慎『……夢? そうだよな。あんまり南さんが変人だったから、その先入観で変な夢見ちまったんだ。そうに違いない。』
慎一は無理矢理自分を納得させた。
意識の最後に残る、血にまみれて満足そうに生肉を味わう咲の悪魔のような顔がそうさせるのである。
あれは明らかに、慎一の肉を食べていた。
しかしそうであるなら、自分が今五体満足、体調良好のまま地べたに寝ている現実の説明がつかない。
今と矛盾しているから、ぼんやりとした記憶を夢と片付けるのも難しくなかった。
慎『……いつまでも寝ててもアレだし、帰るか。』
慎一が上体を起こすと、もう咲はいなかった。
代わりに目に飛び込んできたのは、そこら中に飛び散っている赤黒い液体のシミ。
慎一は背筋が凍った。
恐る恐る自分の喉に手をやる。
全く怪我はない。
痛くもない。
しかしちょっと口の中で舌を動かすと、濃厚な血の味がした。
慎『!!!!!!!!!!!!!???????????????』
慎一は泣きべそをかきながら全速力で家を目指した。
ただただ、ひたすら怖かった。