scene 1
アバター作成です。
めんどくさい気もするけどやらないのも困るので。
『Welcam to new world』
お決まりの言葉とともに意識が遠のいていく。
そして軽い浮遊感の後、視界の闇が晴れると世界は一変していた。
そこは周囲を森で囲まれた掘ったて小屋の扉の前だった。
「なんだ、これ…」
アバターのメイキングもしていないのに、もうゲームが始まってしまったのだろうか。
自分の姿を確認するが、それはVR装置に記録されたデフォルトのままだ。
試しに頬を思いっきりつねってみるが、大して痛くない。
痛覚が抑制されている。
やはりここはVR世界だ。
ということはこの小屋でアバターのメイキングをするのだろうか?
「ずいぶんと斬新だな」
周囲を見て回るがどこにも道らしきものはない。
一定の範囲を越えようとすると見えない壁に阻まれるらしい。
小屋を見ても、窓はカーテンでふさがれているので中を覗くことはできない。
しばらくあたりを見て回り、他にできることもないのを確認した雪人は、意を決して扉を開いた。
「3分58秒。まったく、わしのほうから声をかけなければ扉一つあけられんのか?」
はいってそうそうにとても不機嫌そうな皮肉をかけられた。
しわがれた老人の声だった。
まさか中に人がいるとは思ってなかったので、雪人は目を丸くして驚いた。
「何をしている、早く中に入って扉を閉めんか。そんなこともいちいち言わなければいけないのか。」
のっけからいちいち挑発するかのような物言いに雪人はカチンときたが、何も言わずに我慢する。
小屋の中を見回すが小屋の外見と大差はなく、最低限の質素な家具がおかれているだけだ。そして中央には木のテーブルと椅子が二つ対面におかれており、入口から手前の椅子は空いていて、もう奥のほうには髪も髭も床に届きそうなほど長くそして白い、服にはくたびれたローブを着た老人が座っていた。
どうやらこいつが嫌なヤツのようだ。
「あんた誰だ」
「ふん、無礼なヤツに名乗る名はない」
「俺は無礼には無礼で返すことにしてるんだ、いいから答えろよ」
「ふんっ、絶対に答えん………といいたいところじゃが、まあ仕方ない、話が進まんからな。
ワシはカスパール、人からは賢者、などと呼ばれることもある。
今はお主ら異界のものにこの世界の知識を教える役についておる」
どうやらこいつは説明用のNPCらしい、それにしてはやけにムカつく言動が人間くさいが。
AIがかなり高度みたいだ。
ここまでくるとプレイヤーと大差ないな。
「カスパールねぇ、他にも二人ぐらいいるのか?」
カスパールと言えば聖書に出てきた東方三賢者のひとりだ。
それを思い出し、雪人は小さく独り言を漏らした。
「ほう、何故そう思う。」
老人がそれに反応して面白そうにこちらをみる。
まさか独り言にまで反応するとは思わなかった雪人はどう答えるかに迷う。
何せ聖書も東方三賢者の話も現実のことで、VR世界には存在しない物だ。
それを一体どう説明しろと言うのか!
「い、いや、本に三人の賢者が出てくるのがあって、その一人がカスパールっていうんだよ、だから他にもいるのかって思っただけだ」
雪人は慌てながらもなんとかごまかした。
「ふむ、なるほど。じゃがこの世界で賢者と呼ばれとるのはわし一人じゃ。
さてそろそろ本題に入るとしよう。ここではおぬしのアバターを作る事ができる。
まずは種族を選ぶがいい。手早くな」
いちいち一言多いカスパールが手を一振りすると、テーブルの上に5枚のカードが出現した。
それぞれにのうつくしい絵と説明が書かれている。
内容はこんな感じだった。
ヒューマン
最も最後に生まれた種族と言われ、どんなこともある程度こなす。
能力値はプラスもマイナスもなくほぼ平均的に成長する。
ビースト
野山をかけ、闘争を好み、信義にあつい種族。
頑強な体を持ち、能力値は力と体力がプラス、賢さと器用さにマイナス。
エルフ
森深くに住む美しい種族。魔法や弓を得意とし知的で静かな種族。
能力値は知力と器用さにプラス、力と体力にマイナス。
ドワーフ
山に住まう鍛冶の一族。様々な武器や防具を作り出してきた。
身体は小柄だが頑丈な皮膚を持つ。能力値は器用さと頑強さにプラス、素早さと魔力にマイナス。
ピクシー
精霊に近い存在と言われ、性格はいたずら好き。精霊との感応性に優れている。
能力値は魔力と素早さにプラス、体力と頑強さにマイナス。
このプラスとかマイナスとかが直彦の言っていた補正値というやつか。
どれも特徴がある。
普通なら選ぶのに迷いそうなものだ。
「決めた。」
しかし雪人は早々に一枚を選びとった。
そもそも事前情報がほとんどない雪人は迷うのをやめたのだ。
わからないものはわからないものとし、直勘に従い好きに選ぶことにしたのだ。
「これにする」
「ほぉ、何も聞かずに選んだが本当にいいのかのう?」
「ああ」
「ふむ、選択を他人にたよらぬか……良かろう。」
カスパールが再び手を一振りする。
他の4枚が消え選んだ一枚が残った。
雪人が選んだのはエルフだった。
「ではお主はエルフとなる、見た目に手を加えるか?」
「ああ、たのむ」
「ふん、自分の見た目に自信ないのだな…」
だからいちいち一言多い!
カスパールの手の一振りで、鏡と操作盤が出てくる。
軽く操作してみて結果を見ながら鏡の中の自分の顔を変化させていく。
どうやらいろいろと手を加えることができるみたいだが、ベースとなる現実の姿から全く違う物に変えることはできないようだ。
雪人はエルフ耳を長めに設定し、目の色を薄い金色、髪を赤、肌は白と決めていき、生来の目つきの悪さを少し修正した。髪型は今のものから変えて髪を長く、後ろで結んだ。
「終わりだ」
「その姿でいいのだな」
「ああ」
「では最後にアバターの名前を決めよ、くだらない名前を付けた場合はわしの方で勝手に変えるからあしからず」
おそらく卑猥な単語なんかを名前をつけた場合の話だろう。
まあそんな名前をつける気はないので関係ない。
「アシズ」
「すでにいるのう」
「じゃあユート」
「残念ダメじゃ」
「…セツラ」
「運がないのう」
「………」
「なんじゃネタ切れか?
ボキャブラリーが少ないやつじゃのう」
まさか考えていた名前候補が全滅するとは。
にんまりと笑うカスパールがムカつく。
そのあともいくつか候補を出すがどれもだめだしされる。
アイデアも出尽くし、何かないかと必死で考えてみるがなかなかいい名前が思いつかない。
「なんならわしが考えてやってもいいが?」
ムカつく笑顔でそういうカスパール。
それは嫌だ、絶対嫌だ。
この変なNPCのことだ、きっと変な名前をつけるに違いない
こいつに頼むくらいならこのゲームをやめてやる!
雪人が脳みそをフル回転させる。
脳裏を漫画やゲームの知識が流れていく。
そして雪人はついに一つの名前を思いついた。
「アルフ、アルフというのはどうだ?」
たしか伝説の中でエルフの都がアルフヘイムという名前だったはずだ。
そこからもじってアルフ、悪くない名前だが・・・どうだ?
「アルフ・・・アルフね・・・ふむ、問題はないようだ。この名前でいいのかね?」
「ああ、大丈夫だ」
どこか残念そうに聞いてくるカスパールに笑顔で答える雪人。
「ではアルフよ、これよりお前は冒険者じゃ。己の限界を高め、望むままに生きるがよい。もしもそなたが高みを目指すならばまた逢うこともあるだろう。では行け、新たなる冒険者よ。その魂が望むままに!!」
言葉とともにカスパールはその手に杖を出現させる。それは賢者の名にふさわしい緻密な装飾の施された白銀の杖だ。
その先端から銀色の光が放たれ視界に映る全てが形を失っていく、テーブルも椅子も床までも、体が落下し引っ張られまるでジェットコースターのように揺さぶられる。
きっと洗濯機の中で現れる服はこんな目に逢っているのだろうとぐるぐると回る視界。
竜巻に舞いあげられるような浮遊感との感覚の中でカスパールへの悪態を心の中で呟き、雪人はついに意識を失った。




