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嘘つき令嬢と、世界で一番美しい化け物の献身 ―偽りの婚約は死の香りがする―  作者: 楠木 悠衣


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3/3

第3話:正義の味方は、嘘つき令嬢の天敵でした

「……シオン。あんた、何してるの?」


朝、エルザがリビングへ向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。

最強の化け物と恐れられたシオンが、床に這いつくばり、エルザの外出用の靴を**「自らの吐息で」**磨き上げていたのだ。


「何って。僕の主人が踏みしめる大地が、少しでも清らかであるように……。本当は僕が絨毯になって敷き詰められたいのですが、物理的に面積が足りないので」


「面積の問題じゃないわよ! 怖いからやめて!」


エルザの鋭いツッコミも、シオンにとっては極上の子守唄。

彼はうっとりと目を細め、磨き上げた靴をエルザの足元へ捧げ持つ。


「さあ、エルザ様。本日は帝都の視察デートへ。……と言いたいところですが、少々『うるさいハエ』が紛れ込んだようです」


シオンの瞳が、一瞬で温度を失った。

同時に、宿のドアが――文字通り「正義の鉄槌」によって粉砕された。


2. 完璧すぎる男、現る

「そこにいる邪悪な魔女、並びに不浄なる従者よ! 覚悟せよ!」


舞い散る木片と埃の中から現れたのは、白銀の甲冑に身を包んだ青年だった。

輝く金髪、涼やかな青い瞳。背負った大剣は、法王庁から授けられた「悪を断つ聖剣」だ。


「……誰、このキラキラしたの」


エルザが呆然とする中、青年は華麗な動作で名乗りを上げた。


「私の名はカイル・ロドリゲス! 帝都聖騎士団、第三隊長である! エルザ・フォン・アムゼル、貴様が禁忌の術でこの化け物を従え、社交界を恐怖に陥れたという通報を受けた!」


「通報早っ……!?(昨日の今日じゃないの!)」


エルザの脳裏を、昨晩失禁したヴァロワ伯爵の顔がよぎった。絶対にアイツの差し金だ。


カイルは凛々しい顔立ちをさらに引き締め、エルザを指差す。

「案ずるな、罪深き乙女よ! 今すぐその化け物を討ち果たし、君の穢れた魂を教会で『再教育(物理)』してやろう!」


カイルの言葉が終わるか終わらないかのうちに、部屋の空気がバキバキと凍りついた。

シオンが立ち上がり、カイルの前に立ちはだかる。その背中からは、もはや隠しきれない漆黒の殺気が溢れ出していた。


「……今、なんて言いました? 『穢れた』? 『再教育』?」


シオンの声は、あまりにも静かで、逆に恐怖を煽る。

「僕の主人の魂は、誰よりも清らかで、美しく、そして僕だけが汚すことを許されている。……それを、どこの馬の骨ともしれない正義中毒者が?」


「シ、シオン、待ちなさい! ここで聖騎士を殺したら、今度こそ国中の軍隊が来るわよ!」


エルザが慌ててシオンの腕を掴むが、彼は止まらない。

「構いません。エルザ様を侮辱した口、そしてその無駄に整った顔面を、今すぐ分子レベルで分解して差し上げます。……ああ、大丈夫ですよ。死体はエルザ様の好きなバラの香りに変えておきますから」


「そんなサイコな芳香剤いらないわよ!!」


一方のカイルは、シオンの殺気に怯むどころか、さらに瞳を輝かせた。

「おお! なんという邪悪! これぞ討つべき巨悪! 私の正義の血が、かつてないほど沸騰しているぞ!!」


「(ダメだこいつら、どっちも話が通じない……っ!)」


一触即発の事態。カイルが聖剣を抜き、シオンが指先に破壊の魔力を集める。

エルザは覚悟を決めた。ここで「最強の魔女」として振る舞わなければ、宿ごと帝都の一画が消滅する。


「やめなさい、二人とも!」


エルザはわざとらしく高笑いを上げ、二人の間に割って入った。

「カイルと言ったかしら。私を『救う』ですって? 笑わせないで。このシオンは私の奴隷でも、異能の産物でもないわ。……これは、私の『愛玩動物ペット』よ」


「……ペット?」


カイルが動きを止める。

「そうよ。この程度、私の魔力の前では羽虫も同然。私が『待て』と言えば、この化け物は地獄の果てまで伏せるわ。……シオン、やりなさい」


エルザの必死の目配せ。

シオンは一瞬、不満そうに眉を寄せたが――すぐに膝をつき、エルザの足元に頭を垂れた。


「……ワン」


「(……鳴いた!? 鳴いたわよ、この化け物!!)」


エルザの心臓は破裂しそうだったが、カイルにはこれが「魔女による完全なる支配」に見えたらしい。


「なんと……。これほどの化け物を、鳴き声一つで従わせるとは。……貴様、ただの魔女ではないな。もしかして、強大な力を持ちすぎて孤独になった『悲劇の賢者』なのか……?」


カイルの目に、なぜか同情の光が宿る。

「……わかった。君の『正体』については、一度持ち帰り精査しよう。だが、もし君が道を誤れば、その時は私の全てを懸けて君を浄化する!」


そう言い残し、カイルは壊れたドアを飛び出して去っていった。


「……行ったわね」


エルザはその場にヘナヘナと座り込んだ。

だが、横では「犬」になりきったシオンが、いまだに足元でうっとりとしている。


「エルザ様……。『ペット』、そして『愛玩動物』。……なんという素晴らしい響き。今日から僕は、名前を捨てて『ポチ』になっても構いません」


「やめて。名前くらい持っておきなさい」


「では、ご褒美に僕の首を絞めていただけますか? それとも、あの聖騎士の首を届けてきましょうか?」


「どっちもいらないって言ってるでしょ!!」


嘘を守るために、化け物を飼い慣らし、聖騎士まで騙し通したエルザ。

彼女の平穏への道は、昨日よりもさらに遠のくばかりだった。

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