第6話:偏り
水位分布マップが、大画面いっぱいに広がる。
東の沿岸線。
赤。
更新。
再描画。
また更新。
時間とともに、色が濃くなる。
じわりと。
確実に。
西は青のまま。
余震の被害は残っている。
建物は壊れ、道路は沈み、港は傷ついた。
なのに。
“海だけ”が穏やかだ。
穏やかすぎる。
神代「地殻圧データ」
別画面に矢印が並ぶ。
小さな白い矢印。
向きが揃っている。
東へ。
押し込むように。
神代「海流の変動か?」
千里「流速は平常域です」
神代「気圧は?」
紗奈「顕著な異常はありません」
神代「局所的な沈降?」
みこと「一点集中では説明できません」
仮説。
検証。
否定。
どれも足りない。
どれも、決定打にならない。
赤が、さらに濃くなる。
みことは、画面を見つめる。
頭の奥で、何かが触れ合う。
まだ名前のない感覚。
何かが溢れているのなら。
どこかが、それを引き受けている。
溢れる。
押される。
集まる。
もし。
引き受ける場所が一箇所に集中しているなら。
そこは、耐えきれない。
みことの指先が、わずかに冷える。
考えているわけではない。
分析しているつもりもない。
なのに。
画面の色の変化が。
矢印の並びが。
“こちらだ”と示しているように見える。
自分が読み取っているのか。
それとも。
何かが、流れの向きを指し示しているのか。
どこかが軽くなるなら、
どこかが重くなる。
差があれば、
それは寄る。
その寄り方が、
あまりにも、整いすぎている。
名前はない。
理屈も、まだ掴めない。
けれど。
偏りそのものが、
薄く、輪郭を持ちはじめている。
神代「偏在だな」
低い声。
神代「自然現象にしては、揃いすぎている」
その言葉が、胸に残る。
揃いすぎている。
端末が鳴る。
メール通知。
件名。
《行方不明者名簿更新》
みことの指が止まる。
開く。
佐倉 真人。
状態:行方不明。
みこと「お父さん、なんで……」
死亡ではない。
だが。
“生存確認取れず”
“捜索継続中”
その文言が、現実を固くする。
戻らない可能性が、公式になる。
電話が鳴る。
母。
みことは出る。
母「お父さんと連絡がとれない……」
声が震えている。
だが、泣いていない。
息が浅い。
吸って。
止まる。
吐いて。
止まる。
浅い呼吸。
みことの胸も、同じように硬くなる。
肺がうまく膨らまない。
みこと「……うん」
それしか言えない。
母「でも、大丈夫だよね」
答えられない。
喉が閉じる。
通話が終わる。
画面に戻る。
潮位グラフ。
上昇曲線。
臨界値に近づいている。
線が上がるたび、指先が冷える。
“時間がない”。
それが、数字で見える。
残り時間が減るほど、研究室は静かになる。
みことの頭の奥で、何かが揺れる。
既視感。
記憶ではない。
だが。
この形を、
どこかで見た気がする。
東の赤。
西の青。
矢印が東へ向かう。
押し込む。
押し込む。
画面の偏りが、
まるで意志を持っているように見える。
みことは、目を逸らせない。
逸らした瞬間、
何かを見失いそうで。
胸の奥が、冷たくなる。
これは、ただの偶然なのか。
それとも。
答えは出ない。
だが、偏りはそこにある。
動かない。
揺るがない。
みことは、ただ画面を見続けた。
浅い呼吸のまま。




