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世界が答えを求めた日。私は、語らなかった。  作者: 冴統 亜弥惟智


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第1話:南海トラフ大地震

午前8時43分。

研究室の朝は、いつもと変わらなかった。

コーヒーの湯気が細く立ちのぼる。

蛍光灯の白が机を均一に照らしている。

キーボードの音が、規則正しく続く。

みこと「神代さん、それ昨日のデータです」

みことはコーヒーを片手に笑う。

みこと「更新、もう一段階ありますよ。サボってません?」

神代「誰がサボるか」

研究室に小さな笑いが起きる。

千里「朝から元気だよね、みこと」

みこと「朝だから元気なんだよ。夜だったら黙る」

そう言って、みことはキーボードを叩く。

——ピッ。

鋭い電子音。

みこと「……え?」

ピッ、ピッ、ピッ——

緊急地震速報。

みこと「机の下!」

次の瞬間。

床が横に滑った。

ガン、と机がぶつかる。

モニターが揺れる。

椅子が倒れる。

千里「うわっ……!」

下から、突き上げる衝撃。

背骨に震動が走る。

棚が倒れる。

書類が舞う。

研究室が一瞬で別の場所になる。

紗奈がモニターに飛びつく。

紗奈「震源……西日本沖!」

みことは机の脚を掴みながら、端末を見る。

みこと「マグニチュードは!?」

紗奈「暫定8.8!」

みこと「……大きすぎる」

千里の顔が白い。

千里「実家……」

千里の実家は西日本の沿岸だ。

揺れが、長い。

嫌な長さだ。

ようやく揺れが収まる。

テレビが自動で切り替わる。

《南海トラフ巨大地震発生。西日本太平洋側に大津波警報——》

千里がスマホを握る。

千里「出て……出てよ……」

発信音。

繋がらない。

みことも父にかける。

呼び出し音。

一回。

二回。

三回。

指先が冷える。

子どもの頃、河川敷で転んだ夜を思い出す。

父は駆け寄らなかった。

「立て」とだけ言った。

泣きながら立ったあと、机の上に消毒液が置いてあった。

何も説明しない人だった。

でも、放っておく人でもなかった。

みこと「出てよ……」

ガチャ。

父「おう」

みこと「よかった、生きてた」

父「東はまだ平常だ」

背後にサイレン。

ざわめき。

父「助ける側に回れ」

みこと「分かってる」

通信が乱れる。

父「こっちは——」

ブツ。

切れた。

みこと「……最悪」

再発信。

圏外。

数時間後。

速報が更新される。

《西日本沿岸部に甚大な被害》

《死者・行方不明者多数》

千里のスマホが鳴る。

千里「……母さん!」

数秒。

千里「本当に!? 家は?」

千里「……無事」

膝から力が抜ける。

研究室に安堵が広がる。

みことも、ほっと息を吐く。

西は揺れた。

でも千里の家は助かった。

父とは繋がらない。

だが震源は西。

東は、まだ平常。

揺れていない。

壊れていない。

その瞬間。

胸の奥が、少しだけ痛む。

ほっとしてしまった。

誰かが今も逃げているかもしれないのに。

自分は、安心している。

その感情が、静かに引っかかる。

神代がモニターを睨む。

神代「揺れ方が妙だ」

みこと「妙?」

神代「エネルギーの抜け方が、偏っている」

みことは波形を拡大する。

みこと「……あれ?」

崩れるはずのラインが、揃いすぎている。

自然の乱れにしては、整っている。

みこと「綺麗すぎない?」

誰も答えない。

夜。

研究室に泊まり込む。

西は壊滅していない。

でも。

何かが終わった感じがしない。

数字は静かだ。

海も、まだ動いていない。

なのに。

どこかに、行き場を失った何かがある。

まだ、失われたままの何かが。

その感覚だけが、

消えない。

——本当の異変は、まだ始まっていない。


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