きみとの距離を縮めるため、僕は自転車を作った(ザウアーブロン男爵の場合)
「もっとゆっくりお会いしたいです」
久々に会ったレナ嬢は、悲し気に顔を伏せた。
「す、すみません。森の見回りが忙しく、時間が取れなくて。つい先日の嵐でも何本も木が倒れ、川に岩も流され──」
「……それは、貴方様のお仕事なので承知しておりますけども……」
僕の職業は森林管理官。行政役人だ。
木材として大切な木がとれる森林を管理し、育成計画を立て、伐採本数を記録する。
書類を作成して上層部に提出するのも面倒だが、一番大変なのが移動。
町や畑を作るために大森林が切り開かれ、結果、あちこちに森が点在する形になってしまった。
何十㎞も離れた森と森とを移動し、確認し、そんなことをやっていると、あっという間に時間も月日も経ってしまう。
おかげで恋人のレナ嬢とは滅多に会えず、彼女に不自由を強いている。このままでは破局を迎えないかと心配だ。
(くうっ、僕の代で男爵家が断絶したら、この仕事のせいだぞ)
"馬で移動すれば良い"と言う人も多いが、僕は馬が苦手だ。
かといって悪路が多く、馬車だと小回りが利かない。
従って移動は徒歩が多くなる。
(作るか……! 移動に適した何かを……!)
そう、上役に汚い文字を責められ、タイプライターだって開発したんだ。移動器具くらい、こう、車輪を応用して、どうにか──。
こうして僕は二つの車輪を繋ぎ、跨って、足で地を蹴って進む自転車を発明するに至った。
(よし! これでレナ嬢に会える時間が大幅に増えた。これなら彼女だって──)
「不満です」
「え゛っ」
「たまにしかお会い出来ません」
「ええ……」
何てことだ。まだ駄目らしい。
それなら。
「では結婚しますか? 一緒に住めば、毎日会うことが出来ます」
覚悟を決めて、僕が言うと。
「はい」
世界一美しく、レナ嬢が微笑んだ。
「ずっとそのお言葉を待っていました。なのに、カール様ってば道具まで発明なさって。すごいと尊敬申し上げますが、鈍い、とも感じました」
嬉しそうに笑う彼女の頬を涙が伝い、宝石よりも眩しく煌めく。
「え、え、本当に? 受けていただけるのですか?」
僕の問いかけに、レナ嬢はもう一度大きく頷いたのだった。
「では自転車の開発秘話を聞かせてください」
「それは勿論、恋人に捨てられそうになったから──、んんっ」
新聞の取材に、僕は咳払いをする。
「僕は馬が苦手で、森林間の移動が大変だったので」
自転車は、森林管理官カール・フォン・ドライスが移動のために作ったと、後世に伝えられている。
お読みいただき有り難うございました!
なろラジ3作目はキーワード『自転車』で書きました。自転車と聞いた時から、もう森林管理官カールのエピソードで書きたくて!(笑)
ドイツのカール・フォン・ドライスが作ったドライジーネ(作中ではドイツ語のラウフマシーネ)はキックボードの原型のようなものだったみたいです。
人類が車輪を発明してから5000年、二輪走行で直接人が乗る構想はレオナルド・ダ・ヴィンチ以降は、彼だったとか。
ちなみにカール・フォン・ドライスはタイプライターとか、楽譜タイプライターだとか、ひき肉器だとか、いろいろ発明する方だったようです。すごい✧(๑0ω0๑)
なお、お話のレナ部分は創作です。本では馬の世話が苦手で、森林間を移動するために開発したとありました(;´∀`) カールぅ……。
※カール・フリードリヒ・クリスティアン・ルートヴィヒ・フライヘア・ドライス・フォン・ザウアーブロン(1785-1851) カール・フォン・ドライスで知られてますが、爵位はザウアーブロン男爵。1848年(三月革命)に貴族の称号ほか諸々の権利を捨てたそうです。
────
参考文献:
『めんどくさい図鑑』小学館,2023年
『身近すぎて気づかない、偉大な発明図鑑』日経ナショナルジオグラフィック,2024年
────
お気に召していただけましたら、ぜひ下の☆を★に塗って応援いただけると嬉しいです♪ よろしくお願いします(*^∀^)∩




