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Carmilla! 〜Crimson Lip Like Blood〜  作者: 隠埼一三
Episode Ⅲ『さよなら、平穏な日々』
17/18

3-5⊕

 終わりを告げる音があるとするならそれはどんな音なのかを恭介は考えていた。


 学校で就業を告げるのはチャイムの音、または鐘の音だ。では、続いていた日々がある日終わりを迎えた事を告げたのは何か。

 それもきっと時計の鐘の音なのだろう。


 この世のどこか──人間の手が届かない場所に時計塔があって、人間ではない誰かがその鐘を鳴らしていたのだ。

 その鐘を鳴らすのは天使か、それとも悪魔か。

 

 恭介にとって深憂との日々に終わりを告げる鐘を鳴ったとするなら、それはきっと悪魔が鳴らした鐘なのだろう。残酷な悪魔の手によって鳴らされた、重く、荘厳な鐘の音と共に愛おしい日々は崩壊を迎えていくのだ。

 

 学校から帰宅するや否や、恭介はすぐにバイクで外へと飛び出した。

 外出禁止は撫欄高校の生徒だけに課された物ではなかった。帰宅後にテレビの報道番組でわかったのは森彼方市全体に封鎖命令に出ているという事だった。

 報道番組では森彼方市で大規模テロ予告があった事を告げ、その警戒の為の封鎖を報じていた。

 

「嘘だ──」

 

 被ったフルフェイスのヘルメットの中で、恭介はくぐもった呟きを漏らした。

 大規模テロの警戒。それは嘘だ。それならば、担任の国語教師があそこまで頑なに理由を言うのを拒むはずがない。

 

 もっと公にできない理由だ。例えば皆の混乱を抑えるために流布されたプロパガンダのような──ともかく口にできない理由があったはずだ。

 

 彼女との日々が終わりを迎えた事も、きっと嘘だ。例えあの出来事が現実だったとして彼女が音無林檎達に狩られていたとしても、それを認めるわけにはいかない。認めたくはない。

 

「見つけたい。彼女の手掛かりを……そして深憂さんを」

 

 切な願いを口の中で呟き、恭介はバイクのスロットルを全開にして速度を上げた。

 この丘の向こう、急な下り坂を降りれば森彼方市の象徴イグドラシルが視界に飛び込んでくる。

 森の奥にそびえ立つコンクリートの巨樹を目指して、恭介はバイクを走らせた。


 脳裏には道彦の言葉が浮かんだ──

 

『夢か現実かなんかどうでも良い、封鎖命令なんかどうでも良いだよ。今お前にとって大切なのは神良の行き先の手掛かりを見つける事だ』


 この言葉はその後こう続く。

 

『好きな女が失踪していて、探そうとしないで待っているんじゃ男じゃねえ』

 

 道彦らしい雄弁な言葉だった。

 待つだけでは何も変わらない。自分が動いてその先に待っているのは望まない結果なのかもしれないが、待って得た結果に何の価値があるというのか。

 

 うねるようにカーブした林道を、恭介は加速と減速を繰り返しながら走り抜けていく。道に鬱蒼とした木々が覆い被さり、恭介が目指す場所への視線を遮る。

 目指す場所は、最後に深憂の姿を見たはずの場所だった。確信は無い。だが、動き回らなければ手掛かりは何も見つけられない事だけは確かだ。

 茂みを抜け、再びイグドラシルの姿を恭介の視界の中に現す。

 その瞬間、視界の中のタワーが歪んだように見えた。

 

「何だ……?」

 

 思わず恭介は呟いていた。

 錯覚だろうかと思い、ヘルメットのバイザーを上げて自分の目を擦る。

 しかし、相変わらず視界の中に映る森彼方市の象徴は歪に曲がって見えた。

 錯覚ではなかった。本当にその周囲の大気が、タワーの姿を歪に曲げる程に醜く歪んでいたのだ。

 

 大気の歪みは更にその度合いを増し、渦を巻く。

 そして、たちまち世界樹の名を冠した塔は忽然と姿を消した。

 その瞬間、鐘の音が鳴った。

 その鐘は12回打ち鳴らされた。まるで、灰被りの少女に掛けられた魔法が解けたかのように。森の奥深くに眠っていた姫君が目覚めた事を告げたかのように。そして、何かが終わった事を告げたように──

 

 それは多分、愛おしかった何気ない日常が終末を迎えた事を告げた鐘の音なのだと恭介は思った。

 

 イグドラシルのあった場所には、天を貫かんとするばかりにそびえ立った時計塔が姿を現していたのに恭介は言葉を漏らした。

 

「何だよ、あれは……」

 

 そう呟きつつも、恭介が突然突きつけられた幻想物語にもう驚くことはなかった。何故なら、それが例え目を疑うような光景であろうと実際に起きている現実の出来事であり、彼が受け入れていくべき物だったからだ。

 

 恭介はこれからどんな事が起きようと、それを受け入れる覚悟を決めていた。

 減速をすることなく、バイクを時計塔に向かって走らせる。

 森彼方市の市街地へは目と鼻の先、長かった林道も終わりを迎えようとしていた。

 

──と、恭介は視界の隅、脇道の茂みに男の人影を見た。その刹那。

 ごばあっ。その人影が、鈍い炸裂音と共に弾けた。

 

「うぐっ……うがあああああっ!」

 

 恐慌の叫びを上げ、人影は吹き飛ばされた傷口を押さえてもがき苦しんでいた。

 急ブレーキを掛け、恭介はバイクを停車させる。

 舗装されたアスファルトに身を投げ出した男は、恭介が見下ろす眼下でたちまち肉体を灰化させ消し飛んだ。

 

「吸……血鬼……?」

 

 何が起ころうと受け入れる覚悟を決めた矢先ではあったが、恭介はその光景に驚きを隠せないでいた。

 地面から視線を戻した恭介は、何があったのかと覗き込んだ茂みの奥に人が立っているのに気づいた。

 立っていたのは、顔をすすだらけにした黒髪のショートボブの少女。彼女が着た服はあちこちが切り裂かれ、黒い布地にできた無数の隙間から露わになった肌からは多くの傷から流れ出るおびただしい量の鮮血が見えた。

 

 少女は、薄暗い林の中、朦朧とした表情で恭介に視線を向けている。

 恭介はその少女の姿を見た瞬間、息を呑んだ。

 

「音……無……」

 

 音無林檎。

 深憂を狩ると言ったエクソシストがそこには立っていた。

 先ほどまで幾数もの吸血鬼と対峙したのだろう、顔にまでこびりついたすすはきっと討伐された吸血鬼達の灰化した元肉体だ。

 

「街にはもう吸血鬼が溢れかえっている……何故ここに来ているの……。早く……逃げなさい……!!」

 

 肩を震わせ、林檎は、恭介に向かって言った。

 

「え……?」

 

 思わず、ついで出た言葉はそれだけだった。

 

──どういうことだよ。

 

 そう聞き返す暇もなく。

 

「あの塔に近づいては駄目……」

 

 それだけ言って林檎がその場に崩れ落ちた。

 恭介は彼女に駆け寄った。

 

「逃げろって……。一体、何が起こってるんだ……」

 

 彼女を見下ろしながら恭介は、何がなにやら分からないと言った表情でここ数日で数え切れないほど口にした言葉を呟いた。

 恭介は林檎に向かって叫んだ。

 

「教えろよ、あの塔に何があるって言うんだ!」

「……神良深憂が……」

「深憂さん!? 深憂さんがどうしたんだよ!?」

「……」

 

 林檎は恭介の言葉にそれ以上答えなかった。彼女は地面に突っ伏したまま気を失っていた。

 彼女が流していた血がアスファルトの上に紅い水たまりを作っているのを見、恭介はこの状況を理解できないと眉をひそめた。

 

 林道の向こうの時計塔に視線をやる。その白い巨塔に何があるかはわからなかったが、林檎の言葉に逆らうかのように何故かその塔に行かなくてはいけないという気持ちになった。

 

 とにかく、突然現れた謎の時計塔と深憂が関係しているらしい。どう関係があるかは気を失っている林檎が知っている。それだけが今の恭介にとって確かな事だった。

 恭介は林檎に視線を戻し、呟く。

 

「本当に、何が起こっているんだ……」

 

 恭介の呟いた言葉に対する答えは、林檎からではなく他の所からすぐに出た。

 

『──聞こえますか、この地に生を成す人間達』

 

 厳かに囁くような声が、森彼方市一体の空に響き渡った。

 その声が発せられたのは恭介の視線の先。街の中心に建つ時計塔からだった。

 それをすぐに確信できたのは、何もなかった時計塔の上空にふわりと映像が浮かび上がったからだ。

 声は恭介には聞き覚えのある物だった。そして、空に姿を現した人物の姿に息を呑んだ。

 

『初めまして、私は吸血鬼の女王。残念ですが今までのあなた達の世界はここで終焉を迎えます。そしてこの地に新たな国が生まれます。それは永遠の生を持つ吸血鬼の王国、そして人類の理想の世界です。私は理想の世界とは何かを考えてきました。それは死の無い世界です』

 

 信じられない──

 それが空に浮かび上がった巨大なホログラムが映す人物を見、その声を聞いた瞬間の恭介が心に浮かべた正直な言葉だった。

 そこには、紅の瞳を持つ銀色の少女の姿があった。



挿絵(By みてみん)


 

『あなた方の中に、死を恐れている者はいますか。あなたを取り巻く世界との境界を拭い去れないまま孤独な死を迎える事を恐れている者はいませんか。元来、人間は永遠に生きるように神に創造されました。しかし禁断の果実を口にした罰により人間は永遠を失ってしまったのです。今の人間には終末はいつか必ずやってきます。世界と遠いまま死を迎えてしまうそんな未来を無くす、それをこの新たな国であなた達に保証します』

 

 聞き覚えのある声が、感情の込められてない口調で淡々と話す。

 その内容など恭介の耳には届いてはいなかった。

 

「──嘘だ。ありえない。嘘であってくれよ……」


 そんな言葉が思わず口をついて出た。

 どんな事が起ころうと受け入れようって覚悟していたけれど、こんなの受け入れられる訳がない。

 あの夜の出来事を否定したかった。彼女が生粋の吸血鬼である事を否定したかった。そして──

 

『人々よ、恐れることはありません。何故なら、私達は元はあなた達と同じなのですから。私と共にこの世界の新たな第一歩を踏み出しましょう。そして、かつての人間が失った姿を取り戻すのです』

 

 彼女との愛しい日々が本当に終わりを迎えた事、ホログラムが映し出した人物が彼女である事を否定したかった。

 恭介の痛切な願いを打ち消すように、空に浮かぶ映像の中の彼女がその名を告げた。

 

『紹介が遅れました。私は神良──いいえ、高潔なる血族の祖カーミラ・カルンシュタインの血を受け継いだ純血の吸血鬼、そしてこの世界の神の代行者、ミウ・カーミラ・カルンシュタイン。この深緑の地に、アルター・トランシルヴァニアの建国を宣言します』

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