表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/22

小さな誓い

小さな誓い


 厚井彰人は、ビルの屋上で東京の夜景を見下ろしていた。会社の研修を終えた帰り、ふと立ち寄ったこの場所は、喧騒から離れた静けさがあった。目の前には、宝石のように瞬く光の粒。ネオンと車の尾灯、遠くにそびえる東京タワー。彼は手すりに両肘をついて、ゆっくりと息を吐いた。


「……あたしも、ここに来るとは思わなかった」


 その声に振り返ると、桐原遥が立っていた。同期入社で、何度か一緒に研修の課題に取り組んだ仲だ。茶色のコートを羽織り、口元に白い息を漏らしながら、彼女は隣に立つ。


「彰人くん、真剣な顔してた。何考えてたの?」


「ん……ちょっと未来のこと」


 彰人は照れたように笑ったあと、視線を前に戻す。


「俺、本気で出世しようと思ってるんだ。できるだけ上までいって、会社の中から国を守るキーマンになりたい」


「……国を守る?」


 遥の目がほんの少し見開かれる。


「大げさに聞こえるかもしれないけどね。でもさ、この国を良くしていくって、結局は中から変えなきゃ意味がないと思ってる。政治家じゃない。民間からだ。企業って、経済だけじゃなくて、人材や文化も動かしてる。そこに俺がしっかり立って、地に足つけて、未来を引っ張れる存在になれたら、って思うんだ」


「……うん。分かる」


 遥は小さくうなずく。彼の熱のこもった言葉を、ただの理想論として切り捨てる気にはなれなかった。いや、それどころか、心の奥が微かに震えた。


「目の前の仕事を一つひとつ全力でこなして、学んで、人を見て、自分を鍛えて。会社の中で信用を積み重ねて、いつか決定権を持つ場所まで行く。そのときには、ただの出世じゃなくて、意味のある仕事ができるって信じてる」


「……彰人くん、やっぱりすごいよ。なんか、ちゃんと未来の話してる感じ」


 遥はそっと微笑んだ。彼のように明確なビジョンを持つ人間に出会ったのは、これが初めてだった。まっすぐな目をして、ブレずに歩こうとしている。


「じゃあさ、あたしは――」


 言葉を区切って、少しだけ俯いたあと、遥は勇気を出して続けた。


「その横にいてもいい?」


「……え?」


「ついていくって、変な言い方かもしれないけど。でも、あたし、そういう人のそばで、支えたり、時に一緒に戦ったりできる人でいたいの。ただ、なにもしないで“いいなあ”って見てるだけじゃなくて、同じ現場で同じ空気を吸って、同じ理想を持っていたい」


 彰人は驚いたように遥を見つめた。


 夜風が吹いた。遥の前髪が揺れ、澄んだ瞳が夜の光にきらめいた。


「俺……ずっと、こういう道を一人で進むつもりだった。正直言うと、誰かと一緒に進むとか、あんまり考えてなかったんだ」


 それでも――と彼は言葉を続ける。


「でも、遥となら、未来がもう少しあったかくなる気がする。守るだけじゃなくて、分かち合えるかもしれない」


「じゃあ……決まりだね」


 遥は笑った。


 東京の夜景は変わらず静かに瞬いていた。

 二人は並んで、ただ夜を見つめていた。

 そこには、まだ見ぬ未来と、確かな一歩があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ