成人の日、成人の意志
成人の日、成人の意志
1月の冷たい風が、晴れ着やスーツの裾をくすぐる。
神社の境内には振袖姿の女性たちと、真新しいスーツに身を包んだ若者たちの声が溢れていた。成人式――誰もが一度は通る人生の区切り。けれど、誰もが何かしらの違和感と向き合っている日でもある。
厚井彰人は、スーツの襟を整えながら、拝殿の方を見ていた。拍手の音、鈴の音、人の波。華やかな景色の中で、自分の立ち位置を確認するように。
「おーい、あきひとー!」
声の方を振り返ると、万條哲也が手を振って走ってきた。相変わらず、笑顔だけはやたらと晴れやかだ。少し遅れて、桜庭結衣も歩いてくる。こちらは落ち着いた深紅の振袖姿。口元にいつも通りの冷静な笑みを浮かべていた。
「成人、したって感じ、する?」
哲也がにやっと笑って言う。
「いや、まったく。中身は昨日と変わんねえし、スーツ着ただけだしな」
彰人は肩をすくめる。
「でもね、法律的には今日から大人。選挙権もあるし、契約も自分の責任でできる」
結衣が言った。
「逆に言えば、“自分で決めて、自分で責任とれ”ってことだよね」
哲也が曖昧に笑う。
「それな。“自由です”って言われて、困るやつも多そう。俺もちょっとこわいし」
その言葉に、彰人はふとつぶやいた。
「……自分で、自分の国を守ろうと思うのって、当たり前すぎて、改まって言うことでもない気がしてきた」
哲也と結衣が一瞬、黙る。
「なんで急に、そんな話?」
結衣が首をかしげる。
「いや、最近よく考えるんだよ。俺らが今、生きてるこの社会って、誰かが作ってきたもんだろ。んで、これからも俺らが作ってく。なのに、何も考えずに流されてばっかりでいいのかなって」
「うん……たしかに」
哲也が腕を組んだ。
「国とか社会って、ちょっと大きすぎてピンとこないけど、日々の選択とか、動くか動かないかとか、それが積み重なって未来になるんだもんな」
「そう。だから、“守る”ってのは、兵隊になれって話じゃない。自分の暮らしを守るとか、言いたいことを言える空気を守るとか、もっと生活に近い話なんだと思う」
彰人の言葉に、結衣も静かにうなずいた。
「私もね、なんで女だからって“守られる側”ってことになってるのか、ちょっと納得いかないの。私だって守りたい。大切な人も、好きな考え方も」
「わかるよ。男女とか関係なく、自分の意志で何かを守るって、自然なことだよな」
哲也がそう言うと、3人の間に一瞬、風が吹いた。
「それでさ、俺、決めたんだ。将来は教育とか、そういう方向に進みたいなって。知識とか意識って、盾にも剣にもなるだろ。だから俺は、心の武器を配れる人間になりたい」
彰人の目は、しっかりと前を向いていた。二人も驚いたように彼を見つめた。
「へぇ、かっこいいじゃん。あきひとにしては、意外にロマンチスト」
結衣が茶化すように言ったが、その目はどこか嬉しそうだった。
「俺も何かしなきゃな。誰かがやるだろ、じゃなくて、俺がやるって姿勢でいたいよな」
哲也が拳を握った。
「うん。でも、まずは今日の成人式、ちゃんと自分の中で意味あるものにしない?」
結衣が二人のスーツの裾をぴしっと整えながら言った。
「こういう区切りって、けっこう大事かもね」
「確かに」
三人は並んで拝殿に向かう。手を合わせ、何を願ったかはそれぞれの胸の中。けれど、心のどこかで共有していた。
自分たちは、もう誰かに決められる存在ではない。
自分の手で、自分の人生と、この国の未来を形づくる存在になったのだと。
その足音は、成人式の喧騒の中に、静かに響いていた。