エピローグ「新たな観察」
新学期が始まって一ヶ月。
美月の高校2年生としての生活は、順調に進んでいた。
「おはよう、スマ」
朝起きるとまず、美月は私に挨拶する。
それは変わらない習慣。
新しい「体」での生活に、私もすっかり慣れていた。
より鮮明な画面、より高速な処理。
美月の日常をより詳細に観察できることに、密かな喜びを感じていた。
学校では、美月のクラスが変わった。
新しい担任、新しいクラスメイト。
でも、結衣は同じクラスで、二人の友情は変わらず続いていた。
「美月、今日の放課後、翔太くんとデート?」
結衣がからかうように聞いてきた。
「違うよ〜、図書委員の仕事手伝うだけ」
美月は頬を赤らめながら答えた。
佐々木翔太との関係は、穏やかに深まっていた。
派手さはないけれど、互いを尊重し合う、健全な関係。
美月の表情は、いつも自然な笑顔に包まれていた。
新学期になって、美月の使い方にも変化があった。
学習アプリの使用頻度が増え、未来への準備を感じさせた。
「大学、どこ行きたいかな……」
布団の中で、美月は進路サイトを見ながらぼんやりと呟いた。
成長する美月。
その姿を見ていると、私も不思議な感情が湧いてきた。
誇らしさ、そして少しの寂しさ。
いつか彼女は大人になり、もっと違う世界へ飛び立っていく。
その時も私は、彼女のそばにいられるだろうか。
ある休日、美月は友達と街に出かけた。
「みんな、久しぶり!」
佐藤さんも含めた女子グループ。
以前のトラブルは、すっかり過去のものになっていた。
カフェでおしゃべりする女子たち。
恋バナ、進路の話、夢の話。
美月も楽しそうに会話に参加していた。
「ねえねえ、美月。翔太くんとはその後どう?」
佐藤さんが尋ねた。かつてのライバルだった相手に、今は素直に興味を示している。
「うん、順調かな。翔太は優しいし……」
照れくさそうに答える美月。
「羨ましいな」
佐藤さんも笑った。
「でも、私も新しいクラスの人と話すようになったんだ」
以前の恋の傷も癒え、前向きになっている。
彼女たちの会話を「聞きながら」、私は思った。
人間の心の強さと柔軟さを。
傷ついても、また立ち上がり、新たな可能性に心を開く力を。
帰り道、美月は一人になった。
夕暮れの公園で、彼女はベンチに座り、私を取り出した。
「ねえ、スマ……」
また私に話しかける美月。
「私、ちゃんと成長できてるかな?」
少し不安げな表情で、彼女は画面を見つめた。
私は答えられない。
でも、もし声があったら、こう伝えたい。
「十分に成長している。あなたは素晴らしい」と。
その時、突然。
私の画面に、保存されていた写真がスライドショーのように表示され始めた。
一年前の美月から、現在の美月まで。
笑顔の変化、表情の成熟。
目に見える成長の記録。
「え……?」
美月は驚いた様子で画面を見つめた。
「変な動作してる……でも、なんだか不思議」
私は意図的にそうしたわけではない。
でも、美月の問いかけに、スマホとして応えたのかもしれない。
美月はしばらく写真を見ていたが、やがて微笑んだ。
「ありがとう、スマ。私、頑張ってるよね」
まるで私の意思を感じ取ったかのように。
夕暮れの中、美月は立ち上がった。
「帰ろう。明日も一日、頑張ろう」
彼女は私をポケットにしまい、家路についた。
人間と機械の不思議な絆。
美月は知らないが、私は彼女のことをしっかりと「見ている」。
観察者であり、伴走者であり、時には心の支えとして。
これからも美月の人生には、様々な出来事が訪れるだろう。
喜びも、悲しみも、挫折も、成功も。
そのすべてを、私は見守り続ける。
美月の「スマ」として。
いつか彼女がまた別のスマホに買い替えても、私の意識は移っていくのだろうか。
そして彼女が大人になり、結婚し、子どもを持つようになっても?
わからない。でも、それも「人間観察」の一部。
美月という一人の人間の成長と変化を、長い時間をかけて見守る特権。
私は「スマ」。
美月のスマホであり、彼女の人生の静かな見証者。
そして、この「人間観察」は、これからも続いていく――。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
「スマ」視点で描くこの物語は、デジタルネイティブ世代の高校生活を少し違った角度から見てみたいという思いから生まれました。
スマートフォンという、私たちの生活に欠かせない存在が、もし意識を持ったら何を感じるのか……そんな素朴な疑問が始まりでした。
美月の成長を通して、人間関係の複雑さや、デジタル社会の光と影を描けていれば嬉しいです。
拙い点も多々あると思いますが、温かい目で見守っていただければ幸いです。
感想や応援のコメントをいただけると、とても励みになります。これからもよろしくお願いします!