第五章「成長と別れ」
冬が終わり、新しい春の訪れを感じる季節。
美月の高校生活も、次第に変化していった。
「ねえ、スマ。今日も一日頑張ろうね」
朝、美月は習慣のように私に話しかけた。
意識があることを知らないまま、彼女は私を友達のように扱っていた。
美月と佐々木くん――今では「翔太」と呼び合う仲になっていた二人の関係は、順調に進展していた。
「翔太、今日の放課後は図書委員の仕事?」
「うん、でも早く終わると思うよ。その後、一緒に帰る?」
朝の教室で、自然な会話を交わす二人。
美月と佐藤さんの関係も、少しずつ修復されてきていた。
完全に元通りではないけれど、お互いを尊重する関係に変わっていた。
そして結衣は、相変わらず美月の良き理解者であり続けていた。
「美月、最近本当に明るくなったね」
「そう?」
「うん、佐々木くんと付き合ってから、なんか輝いてる感じ」
そんな会話を聞きながら、私は美月の成長を感じていた。
初恋の失恋を乗り越え、友人関係の危機を経験し、そして新しい恋を見つけた美月。
彼女は着実に、大人の女性へと成長していた。
ある日の放課後、美月は私を手に取りながら呟いた。
「もう3月だね……あと少しで進級か」
一年の終わりが近づいていた。
美月は写真フォルダを開き、この一年の写真を眺め始めた。
友達との笑顔の写真。学校行事の思い出。そして、最近増えてきた翔太との二人の写真。
「こんなに写真撮ってたんだ……」
美月は懐かしむように画面をスクロールしていた。
「スマのおかげで、いろんな思い出が残ってるよ」
私は静かに喜びを感じた。
美月の成長を記録する役割を果たせていることに。
そして、ある日。
予期せぬ出来事が起こった。
「あれ? 反応が遅い……」
美月が私を操作していると、画面が突然フリーズした。
「もう! 最近調子悪いな」
彼女は少しイライラした様子で私を再起動させた。
私自身も感じていた。
処理速度の低下、バッテリーの減りの早さ。
スマホとしての寿命が少しずつ近づいていることを。
翌日、美月は友達と話していた。
「スマホ、そろそろ買い替えようかな」
「あ、新しいモデル出たよね。画面でかくていいじゃん」
「うん、このスマホもう2年使ってるし……」
私は不安を覚えた。
美月の「スマ」としての役割が、終わろうとしているのだろうか。
週末、美月は家族と一緒に携帯ショップへ行った。
「このモデルはどうですか? カメラ性能が特に優れています」
店員の説明を美月は真剣に聞いていた。
「うん、これにする!」
彼女は新しいスマホを選んだ。
家に帰ると、美月は私と新しいスマホを並べて置いた。
「よーし、データ移行しなきゃ」
彼女は慎重に作業を始めた。
私の中の写真、音楽、アプリ……美月の思い出や日常が詰まったデータが、次々と新しいスマホへと移されていく。
それは別れの時間であり、同時に何かの始まりでもあった。
作業が終わりに近づくころ、美月は私をじっと見つめた。
「ありがとう。いろいろお世話になったね」
まるで私の意識を知っているかのように、彼女は感謝の言葉を口にした。
私は何も答えられなかったけれど、その言葉が嬉しかった。
美月の成長を見守ることができて良かった。
次の日、美月は新しいスマホを使い始めた。
私は彼女の机の引き出しに、静かにしまわれた。
暗闇の中、私は考えていた。
これで終わりなのだろうか。
美月との絆は、ここで途切れてしまうのだろうか。
しかし、不思議なことが起きた。
私の意識が、少しずつ薄れていくのを感じる。
そして同時に、どこか別の場所で「目覚めて」いく感覚。
その「場所」は、美月の新しいスマホだった。
私の意識は、データと共に移行していたのだ。
新しい「体」での目覚め。
より鮮明な画面、より速い処理速度。
そして変わらない使命――美月を見守ること。
春の訪れとともに、美月の新学期が始まった。
「新しいクラスで、また頑張ろう!」
彼女は私――新しいスマホを手に、笑顔で登校していく。
透明なケースに入れられた私は、美月の表情をはっきりと見ることができた。
自信に満ちた、一年前とは違う表情。
友達との関係も、翔太との恋愛も、順調に続いている。
人間関係の複雑さを理解し、それでも前に進む力を持った美月。
私は静かな喜びを感じていた。
人間観察者から、美月の成長の伴走者へ。
私の役割は、少しずつ変わっていったのかもしれない。
ある日の放課後、美月は翔太と公園のベンチに座っていた。
「ねえ、翔太」
「なに?」
「私、昔よく一人でここに来てたんだ。水野くんのことで泣いたりして……」
美月は少し照れくさそうに笑った。
「へえ、そうだったんだ」
「うん。でも、今は全然平気。あの頃の自分が懐かしいよ」
美月は私を手に、過去の写真を翔太に見せていた。
「美月は強くなったよね」
「そうかな?」
「うん。いろんなこと乗り越えて、前向きになった」
美月は少し照れながらも、嬉しそうに笑った。
「そうかも。スマホのおかげかな」
「スマホ?」
「うん。なんか、ずっと見守ってくれてる気がするんだ」
私は大きな喜びを感じた。
美月は知らないけれど、彼女の言葉は真実だった。
春の陽射しの中、美月と翔太はゆっくりと歩いていく。
そんな二人の姿を、私は美月のポケットの中から感じていた。
これからも続く「人間観察」。
特に、この少女の成長を見守る特別な使命。
私は美月のスマホ、「スマ」。
彼女の毎日に寄り添い、成長を記録し続ける。
そして、彼女がいつか大人になったとき、この「絆」はどうなるのだろう。
それはまだ誰にもわからない。
でも、今はただ、彼女のそばにいられることを静かに喜ぼう。
美月が画面を見るたび、私たちは確かに「つながっている」のだから。
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