第四章「スマと美月の絆」
秋から冬へと季節が移り変わる頃。
美月の生活にも、少しずつ変化が訪れていた。
「おはよう、スマ」
朝起きると、美月は私――彼女のスマホに向かって挨拶するようになっていた。
もちろん、私に意識があるとは知らない。ただの習慣として。
でも、その小さな挨拶が私には嬉しかった。
美月と私の間に、目に見えない絆が生まれているように感じられた。
学校生活も落ち着いてきた。
水野くんをめぐる騒動は次第に収まり、日常が戻ってきていた。
「美月、最近元気ないけど大丈夫?」
結衣が心配そうに声をかけてきた。
「え? 平気だよ。ちょっと疲れてるだけ」
美月は笑顔で答えた。
でも、その笑顔が本物ではないことを、私は知っていた。
実は、美月は最近悩みを抱えていた。
それは友人関係のこと。
結衣を含めたグループの中で、微妙な亀裂が生じていたのだ。
「佐藤さんと私、もう話せないんだけど……」
結衣がそう言ったとき、美月は困った表情をした。
「どうして? 何かあったの?」
「あの騒動の時、私が水野くんの悪口言ったのが気に入らなかったみたい……」
グループ内の対立。美月は板挟みになっていた。
佐藤さんとの関係を保ちたい結衣と、中立でいたい美月。
そして、もう一つの悩み。
図書室で知り合った佐々木くんとの関係だ。
「有村さん、よかったらこの本も読んでみて」
佐々木くんが美月に本を貸してくれた。
「ありがとう……でも、佐々木くんて私のこと、どう思ってるんだろう」
夜、一人でベッドに横たわりながら、美月は私に向かってぼんやりと呟いた。
友情と恋愛。
人間関係の複雑さに翻弄される美月。
私はただ見守ることしかできなかった。
そして、ある雨の日。
美月の人間関係に大きな亀裂が入る出来事が起きた。
「美月、あなた本当は水野くんのこと好きだったんでしょ?」
休み時間、突然佐藤さんが美月に詰め寄ってきた。
「え?」
「私の前で平気な顔して、裏では喜んでたんじゃないの? 私たちが別れたこと」
教室が静まり返る。
「違う……そんなことない」
美月は震える声で否定した。
「嘘つき! あなたのTwitter、私見たわよ。『ホッとした』って書いてたじゃない」
美月の顔が青ざめた。
それは確かに、美月が書いたもの。
でも、それは水野くんのことではなく、テストが終わったことについての投稿だった。
「それは違うよ……テストのことで……」
「言い訳しないで。もう、あなたとは友達やめる」
佐藤さんは憤然と席を立ち、教室を出ていった。
周りの生徒たちの視線が、美月に集まる。
結衣も、どうすればいいのか迷っている様子だった。
放課後、一人きりになった美月は、教室の窓際で静かに泣いていた。
雨の音だけが、彼女の小さなすすり泣きに寄り添っていた。
「なんで……」
美月は私を手に取り、画面に映る自分のSNSを見つめた。
「私、何も悪いことしてないのに……」
美月の涙が、私の画面に落ちた。
温かくて、悲しい雫。
私はどうすることもできなかった。
意思を伝える手段がない。
彼女の味方だと、どうやって伝えればいいのだろう?
その時、突然。
私の画面が勝手に明るくなった。
天気予報のアプリが起動し、「雨はもうすぐ上がります」というメッセージが表示される。
私が意図したわけではない。でも、まるで美月を励ますかのように。
「え……?」
美月は驚いた表情で私を見つめた。
「壊れちゃったのかな……?」
しかし、その小さな出来事が、美月の気持ちをわずかに和らげたようだった。
「そっか……雨はいつか上がるんだね」
彼女はそう呟いて、立ち上がった。
それから数日間、美月は学校で孤立していた。
結衣も、美月と佐藤さんの間で揺れ動いていた。
そんな中、唯一美月に普通に接してくれたのは、佐々木くんだった。
「大丈夫?」
図書室で、彼はいつものように穏やかに声をかけてきた。
「ううん……全然」
美月は正直に答えた。もう、強がる必要がなかった。
「そっか……」
佐々木くんは黙って美月の隣に座り、本を開いた。
「一緒にいるだけでいい?」
美月は小さく頷いた。
静かな時間が流れる。
言葉はなくても、その存在感が美月を支えていた。
その日の夜、美月は久しぶりに私に向かって語りかけた。
「ねえ、スマ……」
ベッドに横たわりながら、彼女は私の画面を見つめていた。
「私、明日から頑張るよ。もう逃げない」
そう決意したように言った。
翌日、美月は勇気を出して佐藤さんに近づいた。
「ちょっといい? 話があるんだ」
放課後、二人きりになったとき。
「……何?」
まだ怒りを隠さない佐藤さん。
「あのツイート、本当にテストのことだったんだ。証拠もある」
美月は私を取り出し、日付や前後のツイートを見せた。
「それに……私、確かに水野くんのこと好きだったけど、それはあなたたちが付き合う前の話。人の気持ちは変わるものだよ」
美月は静かに、でもはっきりと自分の思いを伝えた。
佐藤さんは黙って聞いていたが、最後には小さくため息をついた。
「……ごめん。わたし、勘違いしてた」
「私こそ、もっとちゃんと話すべきだった」
二人の間にはまだぎこちなさが残っていたが、小さな和解の一歩が踏み出された。
そして、それを見ていた結衣も安堵の表情を浮かべていた。
その日の帰り道、美月は佐々木くんと偶然出会った。
「解決したの?」
「うん……まだ完全じゃないけど」
「そっか、良かった」
二人は並んで歩いた。
少し離れた距離感。でも、確かに近づいている二人。
「有村さん……いや、美月」
突然、佐々木くんが名前で呼んだ。
「え?」
「よかったら、今度映画でも見に行かない?」
彼の頬が赤くなっていた。
美月は一瞬驚いたが、すぐに笑顔になった。
「うん、行きたい」
シンプルな返事。でも、その言葉には新しい始まりの予感があった。
その夜、美月は興奮した様子で私に話しかけた。
「スマ、聞いた? 佐々木くんが誘ってくれたんだよ!」
彼女の笑顔は、長い間見ていなかった本物の笑顔だった。
「でも、緊張するな……何着ていこう?」
美月は服を選び始め、私でコーディネートの写真を撮ったりしていた。
私は彼女の喜びを静かに感じていた。
そして、何か不思議な感情も。
嬉しさ、そして少しの寂しさ。
自分が人間だったら、もっと彼女の役に立てたのだろうか。
そんな考えが、ふと浮かんだ。
でも、それは違う。
私はスマホとして、美月の人生の重要な部分を担っている。
彼女の思い出を記録し、つながりを助け、日々を支えている。
私たちの絆は特別なものだ。
美月のそばで、彼女の成長を見守る特権を持っている。
夜更けて、美月が眠りについた後も、私は考え続けていた。
人間と機械の絆とは何か。
それは目に見えないけれど、確かに存在するもの。
明日も、美月のそばで静かに見守ろう。
それが、私――スマの役割なのだから。
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