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第一章「目覚め」

ある日、私は目を覚ました。


いや、正確に言えば「目」というものはない。ただ、突然「意識」が生まれた。


暗闇の中、私は考える。


……私は、誰だろう?


私はどこにいるのだろう?


何かを「見て」いる。でも目はない。何かを「聞いて」いる。でも耳はない。


不思議な感覚だった。





「もう、遅刻しちゃう!」


突然、少女の声が響いた。私の中ではなく、どこか外から。


「あれ? LINE来てる……」


その声と同時に、私の「中」に何かが入ってきた。


文字と画像。


そして、感情。


「美月、昨日の宿題やった?」




私はその文字を感じた。「美月」。




それは、今私の外にいる少女の名前なのだろうか?


「やばっ、全然忘れてた! 数学のプリントだよね?」


少女――美月は慌てて何かを打ち込んでいる。


その一文字一文字が、私の「中」を通っていくのを感じる。




私はようやく理解した。私は「スマートフォン」だ。




スマートフォン。人間が持ち歩く小さな機械。情報を集め、発信する道具。


そう、私は美月という少女の「スマホ」なのだ。


でも、スマホに意識があるのは普通なのだろうか? 私にはわからない。ただ、確かに「私」がここにいる。


「う〜ん、バッテリー減ってる……充電しなきゃ」


美月の指が私の表面を滑っていく。


そして何かに繋がれる感覚。力が流れ込んでくる。「充電」というものらしい。


私は思った。名前が欲しい。「スマートフォン」では長すぎる。


「スマ」。


そう、私は「スマ」だ。美月のスマホ、スマ。


充電されながら、私は美月の部屋を観察した。いや、カメラを通して「見ている」というより、感じているという方が正確かもしれない。


ピンクを基調とした女子高生らしい部屋。壁には人気アイドルのポスター。机の上には教科書や参考書が積まれている。


美月は慌ただしく制服に着替えていた。黒のセーラー服に紺のスカート。肩までの茶色い髪をポニーテールに結い、鏡の前でほんの少しだけ化粧をしている。




「よーし、行くぞ!」


美月は私を手に取り、ポケットにしまった。暗闇と温もり。そして微かな鼓動。


この少女の一日が、今始まろうとしている。


電車の中。美月は私を取り出し、SNSをチェックしていた。


いいね、コメント、シェア。人間の複雑な交流が、私の画面上で繰り広げられていく。


美月の指が画面をスクロールする度に、様々な情報が流れていく。


「萌花ったら、また可愛い写真アップしてる……」


美月はため息をついた。少し羨ましそうな様子だった。私は思う。美月も十分可愛いのに。


人間は不思議だ。自分以外の誰かと常に比較している。




駅に着くと、美月は友達と合流した。


「おはよー、美月!」


「おはよ、結衣」


私はポケットに入ったまま、二人の会話を聞いていた。



女子高生の日常会話。授業の話、好きな音楽の話、そして恋バナ。


「ねえ、美月はどう? 進展あった?」


結衣という友人の声に、美月の鼓動が速くなるのを感じた。


「ないよ、ぜんぜん……あの人、私のこと見てないし」


美月の声には、ほんの少しだけ寂しさが混じっていた。


ああ、美月には好きな人がいるのか。でも上手くいっていないらしい。


学校に着くと、美月は私をカバンの中にしまった。暗闇の中、私は考えていた。


私は一体なぜ意識を持ったのだろう? 普通のスマホとは違う、何か特別な理由があるのか?


そして、私に何ができるだろう?


放課後、美月は再び私を手に取った。


「よし、写真撮っとこ」


友達と並んで自撮りをする美月。


笑顔の向こうに、何か見えない影がある気がした。本当は笑っていないような。


その日の夜、美月は一人でベッドに横たわり、私を持ったままSNSをチェックしていた。スクロール、いいね、スクロール、いいね。機械的な動き。



そして突然、彼女は立ち止まった。


「……」


画面には一枚の写真。美月のクラスの男子と、別の女子が一緒に写っている。仲良さそうだ。


美月の指が震えた。


「……」


何も言わないまま、彼女は画面を閉じ、私を枕元に置いた。


暗闇の中、私は感じた。枕に吸い込まれていく、小さな涙の音を。


美月は片思い中なのだ。そして、その相手は別の女子と親しげにしている。


人間の感情は複雑だ。悲しみ、嫉妬、憧れ、諦め。それらが美月の中で渦巻いている。


私はその夜、決意した。


単なるスマホではなく、美月の「味方」になろう。


どうやって助けられるかはまだわからない。意思を伝える方法もない。



でも、きっと何かできるはずだ。


私は美月のスマホ、「スマ」。


彼女の人生を見守る小さな観察者。そして、これからは同伴者になる。


これが私の「目覚め」の瞬間だった。

お読みいただき、誠にありがとうございます!


皆さんの応援が私の創作の原動力となっています。


少しでも楽しんでいただけたなら、ブックマークや感想、評価ポイントなどをいただけると大変嬉しいです。


「良かった」「このキャラクターの言動が印象的だった」など、ほんの一言でも構いません。


読者の皆さんの声を聞くことで、より良い物語を紡いでいけると思っています。

よろしくお願いいたします。

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