第5話 無理ゲーエンカウント
やばい、つい勢いで言っちまった。
『この街のアンデッドを浄化……? 本当にそんな事が可能なのか!?』
ブランさんは俺の手元で驚いたように聞き返す。
その声色からは、なにやら期待や歓喜といった思いが感じ取れた。
俺はそんな反応を受けて。
フルフェイス兜の生首――ブランさんを抱きかかえながら、大量の脂汗を流していた。
「ふ……フフ……」
意味深に笑う事しかできない。
そんな俺を見て余裕だと受け取ったのか、ブランさんはさらに歓喜の声をあげる。
『まさかアンデッドの王まで瞬殺できるとは!』
そんな事まで言ってない。
たぶん瞬殺されるのは俺の方。
「…………さ、作戦がうまくハマれば」
そして何故俺はそこで見栄を張るんだろう。
……どうしよう。
今さらやっぱ無しでだなんて言えない。
いくら気の毒に思ったとは言え、なんで確証もないバカなことを口走ってしまったんだ俺は。
ていうかこの街のアンデッドを浄化するとは言ったが、アンデッドの王とやらに関しては何も言ってない。やっぱりそいつとも戦わなきゃ駄目なんだろうか?
一応、考えがない訳ではない。
実は俺の中では、ブランさんと会話している内にある“可能性”を思い浮かべていた。
その“可能性”が俺の思い通りなら……もしかしたらこの街のアンデッドを浄化できる……かもしれない。
「……土下座したら成仏してくれないかなぁ」
『今なんて?』
たぶんこの街のアンデッドって生前は優しい人たちだったと思うんだよね。
俺が転んだ時も待ってくれたし。ブランさんは見ず知らずの俺を護衛してくれると言ってくれた。
俺を必死の形相で追いかけてたのも、今思えば危険な場所に行かないよう、守ろうとしてくれてたのかもしれない。
ギャグシーンの中にだって、さり気なく伏線は張ってあるものだ。
つまりアンデッド化したとは言え、彼らの生前の心なり記憶なりが、多少は残っている可能性がある……かも?
「優しさで世界が救われると信じて」
『……ま、まさかそれが作戦……?』
「…………」
『……う、うむ。気持ちだけもらっておくから、やっぱり浄化しなくてもいいぞ? 流石に“アレ”は怨念が具現化しただけあって、言葉が通じないからな。本当に無理だけはしないでくれ』
あ、やっぱり無理そうなのか。
「すみません、俺には荷が重かったです……」
『いい、気にするな! ……本当に、気持ちだけでも嬉しかったから』
一応、作戦はもう一つあるけど、こっちも確証がない上、負けず劣らずアホらしいので、やはり俺では力不足だろう。
一瞬でも期待させてしまっただけに、申し訳ない。
『……ん、そうこうしている内に、目的地までたどり着いたようだな』
ブランさんに言われて足を止めてみれば、道は打ち止めとなっていた。
目の前には瓦礫に埋もれた金属製の重苦しい扉が、静かに鎮座している。
所々が風化しているが、まだ扉としての機能は残ってるみたいだ。
「この扉の先に、ブランさんの首から下の身体が?」
『……恐らくは。だが、油断するな。私の他にアンデッドの気配を感じる』
「げ」
瓦礫を払いながら問うと、静かな返答が手元から。
どうやら腹を括るしかないようだ。
まあブランさん強そうだし、大丈夫……だよな?
「……くそっ、なるようになれだ」
俺は抱えた生首を左手に寄せると、もう片方の手で、恐る恐る扉を押し開けた――。
□■□
話をしよう。
結論から言うと、“始まりの街スタール”の廃墟には、安易に近寄ってはならぬ理由が二つある。
一つは大量の彷徨うアンデッドの存在。
魔王軍の襲撃を受け、街の防衛隊長であった女騎士を筆頭に抵抗をするも、人々は占拠された街中で一人ずつ無残に処刑された。
長きにわたる籠城の末に、王国からの救援はなく。見捨てられた彼等は世を呪い、不死者の肉塊となって街を徘徊している。世間ではそう伝えられているだろう。
中でも防衛隊長にして国一番と謳われた女騎士――ブランカ・リリィベルの怨念は凄まじく。
彼女の邪悪に染まり切った魂は独立し、最上級ゴースト系アンデッドモンスター〖レイスナイト〗と化して、外壁の入り口に立ち、近寄るモノをことごとく闇の大剣で両断する。
これは冒険者ギルドでSランクの戦闘力に指定される強大な討伐指定モンスターであり。
街に近寄らなければ害はない事から、その存在を半ば忘れ去られるほどに、長きにわたって放置されている。
……そして、“始まりの街スタール”の廃墟へ近寄ってはならない理由はもう一つ。
それは――。
当時の撤退した魔王軍。
その残党である幹部が、今もこの街に潜伏しているからだ。
□■□
「……おやぁ? 見つかっちゃったかなぁ」
俺が扉を開けると。
腐臭とカビた臭いの漂う部屋で、一人の男が瓦礫をベッドに気持ちよさそうに寝そべっていた。
その男はボロボロの外套を身に纏い、灰色の髪と半分に千切れたフードで目元を隠した、細身の青年だった。
「えっ……?」
アンデッドらしくない予想外の第三者に、俺は面食らって動けなくなった。
閉ざされていた空気が頬を撫でる。
場違いな場所にいた細身の男。
特筆すべきは、千切れたフードの端から突き出す、悪魔のような禍々しい片角。
その男はまるで痒い所でもかくように、尖った爪で心地よく弄っていた。
『貴様は……!』
俺の手元で、ブランさんが怨敵に向けるような殺気で威嚇する。
それを受けて、俺はようやく今の状況に気が付いた。
失念していた可能性が、俺の心を不安と恐怖で埋め尽くす。
「まさか……」
ブランさんは言っていた。
この街は魔王軍によって滅ぼされた、と。
そして大量のアンデッドと、その中でも群を抜いて強いアンデッドの王がいる事から、長きに渡って放置されているとも。
……つまり人間から身を隠すには絶好のスポットな訳で。
この街に、その魔王軍とやらが潜伏していてもおかしくないって事じゃあ……。
「……ッ」
早鐘を打つ鼓動を押さえつける。
極度の緊張から大量の汗が浮かび、全身を強張らせながら立ち尽くす。
建物の最奥であるこの部屋に、見知らぬ男が寝そべっていた。
と言う事はつまり――!
つまり……ッ!!
「つまりこの建物にトイレは無いって事なのかっ!?」
「『は?』」
俺の肛門は限界だった。
「ふぅん?」
魔王軍と思しきフードの男は、俺たちを不思議そうに見つめると。
何かに納得したのか、頷きながら立ち上がる。
「いやぁ。傷を癒すついでにここで眠ってたんだけど、起きたら魔王軍がまた活動再会してるみたいじゃない? 時の流れって面白いよねぇ。でも死体がたくさんあって寝心地がいいし、二度寝したい気分だったから、遠隔操作で近場の墓場を荒らしながらしばらくボーっとしてたんだ。そしたら……ね」
――おかげでもっと面白そうな状況に立ち会えた。
そう呟きながら、男は俺に向けて話しかける。
「ねぇ、そこの君……」
「漏らすのは嫌だ漏らすのは嫌だ漏らすのは嫌だ……!」
一方俺は、全身汗だくで反り腰になりながら意識を下半身に集中していた。
しっかりしろ俺!
下品なコンサートをトイレでするのとズボン着用で奏でるのとでは訳が違う。
このままでは人生最悪の汚いクラッシック音楽が始まってしまう!
例えるなら……そう。
~E.エルガー/行進曲(威風堂々)作品39より第1番ブリブリver~ みたいな感じ。
いや行進してどうする。
「このまま俺は威風堂々とブリリアントするしかないのか……!?」
『何を言ってるか分からないが落ち着けクロエ君。この状況はマズい……』
ああ、本当に漏れそうでマズい。
なんで目の前のキョトンとした魔王軍さんは二度寝してくれなかったんだろう。スマホにダウンロードしてあるエッチな睡眠導入音声聞かせてあげるから、今からでも寝てくれないかな。
この際、どこでもいいから早くトイレに行きたい。
「ところで君は僕を討伐しにやって来た冒険者かい? ソロで倒しに来るって事は、レベル80以上はあるって考えても良いんだよね? 怖いなぁ……きしし」
まったく怖くなさそうにギザ歯を見せて笑うフードの男。
その不敵な佇まいに、俺は今更ながら目の前の男に恐怖心を抱いた。
――あれ、ひょっとするとこの状況、トイレがどうとか言ってる場合じゃないのでは?
ていうか今の発言からすると、こいつと戦う適正レベルは80ぐらい必要って事か!?
俺まだレベル1なんだけど。これもしかしなくても大ピンチ?
緊張しすぎて逆に便意が引っ込んだんだが。あ、助かった。
「さて、とりあえず知ってると思うけど自己紹介をしとこうか。僕の名前は――」
「先手必勝! 逃げるが勝ちィ!!」
俺はこの場から逃げるべく来た道を戻るように突っ走る。
――が、
「おっと、話は最後まで聞いて欲しいなぁ。《麻痺魔法》」
バリィ――!
フードの男が指先をくるりと回した瞬間。
俺の全身に電撃のような痺れが襲い、たちまちその場に崩れ落ちた。
「あああああああいってぇぇぇぇ!? 静電気より痛いのが全身にきたぁぁぁぁぁ!!」
たまらず俺はブランさんを抱えたまま転げ回る。
すると、そんな俺を見て、男は不思議そうに首を傾げた。
「……? おかしいな、効いてない」
効いてんだろバカ野郎!!
こちとらあまりの痛みにのたうち回って泣きそうなんだぞ!!
『……状態異常魔法を食らったのになぜ……?』
ブランさんまで不思議がってどうする!
……って、状態異常魔法?
確かに痛みはあるけど、身体は別に何ともなってないような……。
「……ふむ。寝起きで上手く発動できなかったのか、それとも彼の持つ能力か……」
そうこうしているうちにフードの男が、小首を傾げながらも俺の逃げ道を塞ぐように立ちはだかった。
……くそ、これでどのみち逃げられなくなった。
「まあいいか。さて、話は戻して、僕の名前はジャック。先代の魔王軍幹部にして、悪魔系・アンデッド系の魔物を中心に構成された部隊……通称、死神執行部隊の指揮隊長。〖不死の統率者〗のジャックさ」
「…………魔王軍幹部!?」
「撤退する前の話だけどね」
やべぇよ思ったより大物だった!
なんだこの無理ゲーなエンカウントは!?
トイレよりも命の心配をすべきだった!!
「とりあえず挨拶代わりに即死魔法をぶっ放すのが僕のセオリーでねぇ。これである程度の力量が図れる」
「え」
『――! マズい!』
俺の手元でブランさんが叫ぶ。
――挨拶代わりに即死魔法をぶっ放す。
そんな物騒な事を言うと、魔王軍の元幹部……ジャックは黒いオーラの集まる指先をこちらへ向ける。
「《即死魔法・魔閃弾》!」
そうして、指先から、即死魔法と思しき闇の閃光を放ち。
真っ黒なビームは俺へ向かって一直線に――!
「え、ちょ……!?」
反応が遅れた!
「じゃあ、女神様にでも祈りなよ。どうか幸運判定に成功しますようにって」
あ、これ死――。
【本日の更新(2/4)】