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第4話 うんめーのであい

『あの……』


 目の前の生首が気まずそうに声をかけてくるが、騙されてはいけない。

 こいつも恐らくアンデッドモンスター。


 つまり敵だ。


 ここは毅然とした態度で威嚇しなくては。

 俺はキリッとした表情で、目の前の生首に座して向き直る。

 そして、大きく両手を広げると、


「すんません命だけは助けてください俺は食べてもおいしくないですほんとかんべんしてくださいお願いします」


 そのまま流れるような動作で連続土下座を決めて、俺は埃塗れの地面にひたすら頭を擦り付けた。


 生首のアンデッドは、そんな俺を困ったように見つめてくる。

 命乞いをして恥ずかしくないのか……とでも言いたいのだろうか?


 やれやれ、これだから素人は困る。

 いいか? プライド……prideという英単語には、誇りや自尊心といった言葉の他に、満足という意味も含まれている。

 つまりどういうことかと言うと俺にも分からない。英語は苦手だ。


「床でも埃でも舐めるんで命だけは助けてくだせぇへっへっへっ」

『えと……黙っていた私も悪かったが、あからさまに命乞いされると……その。……できれば、話だけでも聞いて欲しい……のだが……うぅ……私、ホントにそんなつもりはなくて……』


 一方生首アンデッドはと言うと、俺が警戒したのが本当にショックだったのか。

 消え入りそうな声で、女の子のようにしおらしくなっていた。


 ――あれ?

 ひょっとして悪いアンデッドじゃない……のか?


 表に居たゾンビたちと違って、言葉が通じているようだ。

 ていうか、俺がいじめてるみたいで罪悪感が出てきた。


 けど、俺を油断させてスキが出たところでパクリンチョ。といった可能性も0ではない訳で、いきなり信じるのは危険だろうか……?


 いや待て、そもそも俺みたいな雑魚の油断を誘う必要なんてあるのだろうか?

 言ってて悲しくなってきた。


『……信じてもらえないのは仕方ない。しかし、脅すようで申し訳ないが、表のゾンビたちを貴方一人でどうにかできるのだろうか?』

「それは……」


 無理っすね。


 本気を出せば勝てない事もないかもしれないが、生憎と俺の本気は一生出すことのできない崇高なる奥の手。

 なにせ『次のテストで良い点取れなかったら、あなたのベッドの下に隠してあった妹モノの本を授業参観で朗読するから』という卑劣な人質を取られた中間テストでさえ、俺は本気を出すことが出来なかったのだ。


 だってしょうがないだろ。難しい問題が出たら思考停止しちゃうんだから。


 とにかく真面目な話、俺はゾンビ達から逃げてきたばかり。

 素人の俺じゃ1対1でも勝ち目がないのに、大軍を相手にどうしろっていうんだ。


『この建物の奥にアンデッドの力を感じる。おそらくデュラハンである私の身体が埋まっているはずだ。そこまで私の頭を持っていって貰えれば、貴方が安全な場所に辿り着けるまで護衛しよう。無論、道中で他のアンデッドに襲われる可能性もあり、そもそも私を信じてもらえるなら……の話だが……』


 俺は兜の隙間から覗く真っ直ぐな視線に気がついた。


 再び目と目が合う。

 デュラハンの人の顔はよく分からないが、俺の脳裏には精悍な顔つきの実直な騎士の姿が思い浮かんだ。

 筋肉モリモリマッチョマンで、上半身裸のフルフェイス兜のおっちゃんが、素手で高笑いしながらドラゴンをくびり殺すイメージ映像を脳内で流す。

 たぶん違うと思う。


 ……けど他に方法はないんだ。

 この街に俺以外の人間はいなさそうだし、詰んでる状況に変わりはない。

 信じてみるしかない……よなぁ。


「……俺、黒江幸輝(くろえ ゆきてる)。できればよろしくお願いします」

『……! よろしく頼む、クロエ君』







「――そう言えばこの建物、他と比べてそこそこ状態が良いっすよね」


 俺は生首のアンデッドさんを小脇に抱えながら、崩れた瓦礫を押しのける。

 古ぼけた床を静かに踏み鳴らし、奥へ奥へと進んでゆく。

 どうやらアンデッドさんの身体はこの先に埋まっているらしい。

 今の所魔物の気配はなさそうだ。


『……ん。ここはこの街の牢獄だったからな。もっとも、治安が良かったのであまり使われる事はなかったが……』

「牢獄? おっちゃん、ここの看守だったの?」


 しばらく雑談しながら建物を進んでいた為、俺はすっかり気さくにアンデッドさんに話しかけていた。

 どうやらこのアンデッドさん。生前の趣味はジョギングと筋トレ。好きなものは運動後のひとっ風呂と、健康オタクのおっちゃんのような趣向だった。

 堅苦しい口調に反して物腰は丁寧で柔らかいので、さぞかし街の人から慕われていた事だろう。


『おっちゃ……えっ? 私ってそんなに中年男性っぽいの?』


 しかし、俺の印象に反して、何やらおっちゃん呼びにショックを受けている。


『……確かに兜越しだと声が低くなるし、同僚からも趣向がオッサン臭いとよく言われたが、それでも…………おっちゃんなのか…………ぐすん』


 どうやら傷つけてしまったらしい。

 アンデッドさんは乙女のように繊細なようだ。

 悪いことしたなぁ……。


「すんません、お兄さん。流石に初対面の相手におっちゃん呼びは無神経でした」

『……お兄さん……』


 あれ、まだ不服っぽい?


『……はぁ……まあいいか。……それより貴方はどこから来たのだ? 何やら聖なる力を感じてビリビリする上、変わった服装のようだが、この辺りの人間ではあるまい。東方の出か? それともまさか貴族……』

「ああ、俺は……」


 そこまで言いかけて口をつぐむ。


 聖なる力云々はよく分からないが。俺はこの世界の人間じゃないので、出身地を聞かれるとちょっと困る。

 バカ正直に「異世界から女神様の力で転移して来ました」なんて言っても、信じてもらえる保証はないだろう。

 ここは慎重に答えるべきだ。


「異世界から女神様の力で転移して来ました」


 もしかすると俺はバカなのかもしれない。


『……その、頭とか怪我してないか? 大丈夫?』

「すんません今のナシで」


 何で考える前に口に出しちゃったんだろう。

 純粋な心配が逆につらい。


 ……この世界の事は何も知らないので、下手な事を言えばすぐバレる。

 何よりアンデッドさん良い人そうだし、嘘を言うのは気が引けるよなぁ。

 それとなく誤魔化しておくか。


「冒険者を目指して故郷を離れたんですけど遭難しちゃいまして……ここが何処かも分からないんです。正直ちょっと混乱してますね……」

『そうか……それは災難だったな……命があっただけでも大したものだ。ところで貴方は何を目指して冒険者に?』

「美少女に囲まれてチヤホヤされるためです」

『そ……そう……』


 俺の曇りない眼に感銘を受けたのか、アンデッドさんはそれ以上何も言わなかった。

 俺の上靴が瓦礫を踏む音以外、沈黙に包まれた。

 それにしてもちょっと肌寒いな。


『……そう言えば私は名乗っていなかったな。我が呼び名はブラン。この街の守護を任されていた聖騎士の一人……だった』


 気まずさに耐えかね、アンデッドさん改めブランさんが口を開く。

 それに対し、俺はオウム返しで反応する。


「聖騎士……だった?」

『死した後、この肉体は魂と分離し、人類の敵対者である魔物……最上級アンデッドのデュラハンとして蘇ってしまったからな。人間としての記憶と女神様への信仰心は残っているつもりだが、もう聖騎士とは名乗れまい。もっとも、この肉体に人としての心が残っているかも怪しいがな』


 ブランさんは悲しそうに告げる。

 それっきり黙ってしまったので、辺りには再び気まずい空気が流れてしまった。

 あとやっぱり寒い。


「……その、差し支えなかったら聞いてもいいですかね? この街は何で廃墟のまま放置されてるんですか? それに何でこんなにアンデッドがたくさん……」


 ぶるりと震えながら俺が尋ねると、ブランさんは少しの逡巡の後に静かに語り始める。


『……ここは“始まりの街スタール”の跡地。かつては駆け出し冒険者の育成に力を入れた街であったが……未来の勇者候補たちを恐れた魔王軍によって滅ぼされてしまった。廃墟のまま放置されているのは……まぁ、端的に言えばこの街のアンデッドの王を恐れているのだろう』


 アンデッドの王。

 そんな恐ろしそうな存在がこの街にいるのか。

 寒いしなんか緊張してトイレに行きたくなってきた。


『わた……“彼女”は生前、国一番と謳われた女騎士であり、始まりの街の守護を王女殿下から直々に任されていた。しかし……魔王軍に囲まれ補給を断たれた状態で籠城しても、国からの救援はなく。やがてわた……しを含め彼女たちは人類に深い恨みを残したまま魔王軍に殺された。後世にはそう伝わっているだろうからな』


 自分も当事者だろうに、どこか他人事のようにあたふたと語るブランさん。


 こういう時、ゲームだとそのアンデッドの王とやらがボスキャラとして立ち塞がったりしそうだが。

 でも表ではそれらしいアンデッドは見なかったよな。どこか街の奥か外にでもいるんだろうか。


『アンデッドが多い理由までは分からない。が、そこまで不思議な事でもないだろう』

「と言うと?」

『この街は魔物に滅ぼされたからだ。未練のある死体が多ければ、必然的にアンデッドの巣くう魔境に変わる』

「……」

『あれから時が流れて当時の魔王軍は撤退した。が、ここは一向に人の訪れる気配はない。つまりこの街のアンデッドの王を刺激しないよう放置しているのだろう。できるものなら街の皆を成仏させてやりたいが……まぁ、自然と朽ち果てるのを待つしかないだろうな』


 そこまで語り終えると、ブランさんは再び黙ってしまった。

 自分も見捨てられた当事者であろうに、その口調から怒りはあまり感じられない。

 どちらかと言うと、街を護り切れなかった自責の念といった思いの方が強そうだ。


 俺は右腕に抱えた冷たい感触を抱き上げながら、静かに吐息を漏らす。


「そっか……」


 ……やべえ。

 めっちゃトイレ行きたい。


 ……じゃなくて。

 これ、けっこう重い話だよな。

 俺としてはゆるーく楽しい異世界ライフを期待していたんだが、自分から聞いちゃった手前、今更もう知りませんって話を中断する訳にもいかないし……。


 あとめっちゃお腹痛くなってきた。

 そりゃあ、俺にチート級の能力があれば、この街のアンデッドを浄化なりして、迷える魂を救ってあげたいよ。

 けど俺はまだこの世界に来たばっかりで、たくさんいるゾンビから逃げるくらいしかできないし。持ってるものと言えば、電波のないスマホと脅迫のメモ、あとは女神様の脱ぎたてパンツだけ。

 そう……女神様の…………パンツ……。


 ……女神様のパンツ?


 ちょっと待てよ?

 そう言えばさっきブランさんが聖なる力がどうとか言ってたような……。


「うっ……」


 あ、ヤバ。本格的にお腹痛い。


 とにかく転移特典が女物のパンツな俺に、変態行為以外、何が出来るって言うんだ。


 ……うん。俺には無理だな。

 申し訳ないけど手に負えない。

 漏れそう。


 別に助けてくれなんて頼まれてないし、当初の予定通り、ブランさんの身体を掘り起こしたら護衛してもらって、さっさと街からおさらばしよう。ついでにトイレの場所も聞いておこう。


 そう思いながら、俺はブランさんに声をかけた。


「……この街のアンデッド、浄化してあげたらいいのか?」


 やっぱり俺はバカなのかもしれない。

【本日の更新(1/4)】

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