Sub Episode: 咬噛の狼牙
冒険者パーティ、“咬噛の狼牙”は、ギルドからの依頼を受けて“始まりの街スタール”の廃墟近郊に赴いていた。
「では依頼の再確認だ。魔力を探知した結果、この先の廃墟にネクロマンサーが潜伏しているとの情報があった。俺達の仕事はその調査と討伐だ。皆、くれぐれも油断はするなよ」
森の中、リーダーの青年剣士が告げると、仲間たちはそれぞれの反応を見せる。
「……“始まりの街スタール”。旧王国の時代に魔王軍に滅ぼされた、駆け出し冒険者養成の街……」
無口な魔法使いが呟くと、手に持った書物をパタンと閉じる。
「……そして、その入口には街を護れなかった騎士の亡霊が、今も彷徨っているとか」
「でしたら、私の出番ですね」
その言葉に続くように、敬虔なエーテル教徒であるシスターが杖を持ちながら歩みよる。
「亡霊……つまりアンデッドモンスター。であれば、Bランクまで極めた私の神聖魔法で、迷える魂をお救いいたします」
「頼もしいな、よろしく頼む」
自信に満ち溢れたシスターに笑いかけると、青年剣士は次いでドワーフの戦士へ呼びかける。
「ギム爺はどうだ?」
黒髭を蓄えた小柄な男に問うと、戦斧を背負った筋肉質な背中からぶっきらぼうな声が返ってくる。
「どうと言われてもな。ワシはただ明日の酒代が貰えれば良いだけじゃ。依頼内容なぞどうでもよい」
そう言いつつも、周囲の警戒を怠らず、何かあれば直ぐに仲間たちを庇えるように身構えているのを、青年剣士は知っている。
彼は不器用だが、心根の優しい人物だ。
“咬噛の狼牙”のメンバーは、人間、ハーフエルフ、人間、ドワーフの計四人。
冒険者ギルドでは別に珍しくもない構成だが、普通に生きていれば決して交わる事のない他種族との交流に、青年剣士は何かロマンのようなものを感じていた。
「見えてきたぞ」
ギム爺が告げると、森を抜けた先に荒れた平原が広がっている。
そして、倒壊した建物が並ぶ崩れた外壁が見えた。
おそらく何十年もの間、手つかずで放置されているのだろう。
街の中は、霧のような魔力の結界で覆われている。
「あれが例の亡霊か」
街の入口近く。
黒い瘴気のような物に覆われた人影が、漆黒の両手剣を構えて立ちはだかっているのが見える。
その輪郭はうすぼやけており、実体の無いモノが、人間の身体を形作っている事を示していた。
「……見た所、ゴースト系のアンデッドモンスター」
ハーフエルフの言葉を聞いて、青年剣士は再び魔物を観察する。
瘴気で顔立ちは見えないが、油断なく剣を構える鎧姿から、生前は騎士系統の物理職であるのは明らかだった。
「……あの魔物。かなり出来るぞ」
剣スキルをAランクまで昇格させた青年剣士は、亡霊の強さに気づいていた。
こうして遠目から見ただけでも手練れと分かる。
正面からやり合うのは得策ではないだろう。
敵に気づかれないうちに、シスターに神聖魔法で浄化してもらうべきだ。
「シスター、頼む」
そう思い、木の陰に隠れながら青年剣士が呼びかける。
……が、シスターからの反応はない。
「……シスター?」
見やると、彼女は全身に滝のような汗を浮かべて立ちすくんでいた。
「…………引き返しましょう」
恐怖に震える声に、その場の全員の視線が集まった。
「アレは私たちの手には負えません」
カタカタと震えながら、彼女は杖を握り締める指に力を込める。
「――〖レイス〗という魔物はご存知ですか?」
「……レイス。……優れた魔法使いの魂が肉体と乖離し、霊体となった魔物。最上級のゴースト系アンデッドに数えられる……」
すかさずハーフエルフが解説し、書物を小脇に抱えながらかがみ込む。
……シスター同様、彼女の表情も青くなっていた。
「……でも、騎士が〖レイス〗になるのは聞いた事がない」
「そうです。通常は魔法使いからしか生まれないハズの霊体が、物理職である騎士の怨念から生まれているのです。その意味がお分かりですか?」
「……分からん。ワシは魔物の生態にはさっぱりじゃ」
ギム爺が解説を求めると、シスターはごくりと喉を鳴らしてから答える。
「……ハッキリ言いましょう。あのレイスは、かつて存在した〖レイスナイト〗と呼ばれるSランクの討伐指定モンスターです。強力な物理系ステータスに、優れた魔法使いに匹敵する魔力を持っている。生前はさぞや名のある聖騎士だったのでしょう」
Sランク、という言葉を聞いて、ギム爺と青年剣士も事の重大さを理解した。
二人の反応に追い打ちをかけるようにシスターは続ける。
「……そして、そんな魔物を従えられるネクロマンサーは、魔王軍の幹部に匹敵すると思われます」
「魔王軍の幹部!?」
そう。あの入口を護る〖レイスナイト〗は前座に過ぎない。
彼等の目的は、あの廃墟に潜伏しているであろう、近辺の墓場を荒らしまわったネクロマンサーの討伐だ。
その姿を誰も見ておらず、墓場で探知された魔力と同様のモノが、遠く離れたあの廃墟にあった事を考えるなら。
逃げ込んだのではなく、初めからあの場所から遠隔でアンデッドを操作していた可能性まで浮上してしまう。
魔王軍の幹部ならあり得る話だ。
そんな場所の入口を護っているのであれば、あの〖レイスナイト〗がネクロマンサーの支配下にあると考えるのは当然だろう。
青年剣士は、遠方で立ちはだかる亡霊から視線を外し、いつの間にか荒くなっていた呼吸を落ち着かせた。
「……分かった。戻ってギルドに報告しよう。冒険者ギルド本部からS級のパーティを派遣してもらう。もしくは……勇者が動くべき案件かもしれないな」
彼の発言に反対する者はいなかった。
〖レイスナイト〗はその場から退散を始める彼等に気が付きつつも、まるで街を侵す者以外は眼中にないかのように、微動だにしない。
そんな遥か遠方の魔物の心情を知ってか知らずか。
“咬噛の狼牙”のリーダーは、誰に言うでもなく独りごちた。
「もしあんな所にうっかり足を踏み入れたとしたら。……命はないだろうな」
あの廃墟の中に、ステータスオール一桁の無職が迷い込んでるなんて、夢にも思わず。
【本日の更新(4/4)】
次回更新は明日の7時頃の予定です。