第28話 6!!! 悲劇を喜劇へ塗り替えろ!
――状況を整理しよう。
いまこの教会にいる味方は、俺・テイム状態のブランさん・まだダメージが抜けきっていないシルヴァのおっちゃん。
対する敵は、“灰塵”の異名を持つ、超越級悪魔のファントム・ユノリアに憑りついたファントム配下の上級悪魔……。
ユノリアは俺とおっちゃんの完璧で崇高なる非の打ちどころナッシングな訴えで心を取り戻したものの……まだ憑りついた悪魔の支配から逃れたわけではない。
ブランさんがファントムを抑えている内に――ユノリアから悪魔を引き剥がすのが俺たちの勝利条件だ。
「クロエくん! そっちは何やらヤバそうだが、私が行かなくても大丈夫か!?」
「ぐ……おぉ……」
なんかファントムがすげー勢いでボコボコの満身創痍になってる気がするんだけど、いったい何したんだブランさん。
「心配すんな! こっちはおっちゃんもいるし何とかしてみせる!」
「そうか! いやなに、私もなかなか手こずっていてな!」
「ぐわあああああ!?」
ぐわーとか言ってる気がすんだけど、何をどう手こずってんだこれ。
いやでもボコボコにしようが一向に倒せる気配が無さそうだし、固有奥義で一気に仕留める隙を狙ってるんだろうか。
あれは確かに強力だが、撃つのに溜めが必要だからな。しかも使えばテイムは切れてしばらく再テイムできない。
確実に仕留められる状況を作りたいんだろう。
「……ち、力だけでこの状況は打破できませんよブランカ・リリィベル……。……シスター・ユノリアの心を救おうと、肉体はいまだ我々の支配下にある……」
「そのための“勇気”が俺だ! そして知恵と勇気はいつだってワンセット! と言う訳でブランさん、この状況を打ち破る策がある!」
「本当かクロエくん! それは一体!?」
「30秒後の俺に聞いてくれ」
「よし分かっ……ん?」
ブランさんがにこやかな顔で、汗を垂らしながら振り向いてくる。
「まだ思いついてないから」
「…………んん??」
そのままにこやかな顔が大量の汗とハテナマークで埋め尽くされた。
……よし、策は思いついた。
だがまだ、予言した30秒目になってないので尺稼ぎをしようと思う。
「あれは……そう。雪の降りしきる日の事……」
「なんか急に語り出したぞ」
「俺は百獣キングの、黄昏で崖の上に佇むシーンを再現しようと、おじいちゃん家の押し入れにカッコつけて膝立ちしていたんだ。すると足を滑らし、ものすごい勢いで落下して腕を骨折してな……」
「よく分かりませんが、クロエ様がクソダサい経験を語っているのだけは理解できます」
「……クロエくん。私はこの羞恥にいったいどう耐えればいいんだ……?」
「そうして訪れた総合病院の待合室で……、……おっと。そろそろか」
その場の全員が、痛い子でも見るような視線を俺に注いでいたのを見計らい。
「……よし、大体30秒たったな! 行くぞぉ!!」
「…………彼、いつもこんな調子なの?」
「まあ……はい」
おっちゃんの問いかけに、ブランさんが諦めたように項垂れる。
失礼な。
俺のおふざけはいつだって、全力全開!
「くらえ必殺! ASMR耳舐めスピーカー!」
ユノリアへ取り憑く悪魔の潜む影に、スマホのスピーカーをONにして押し付ける。
クリスティア嬢に取り憑いていた悪魔は、地面の振動から伝わる音で、影に潜んでいた間に状況を把握していた。
……ならば、影に直接身悶えするような音を与えれば、たまらず飛び出てくるはずだ!
実はさっきの尺稼ぎ。
これを準備するための時間稼ぎでもあったのだ!
「耳への絶技に震えて眠れ……!」
『弟クン、お耳舐めてあげるね。じゅぼぼぼずぞぞぞぞ』
『ああぁぁぁ――ッ!? な、なんだこの耳がぞわぞわする奇妙な音は……ッ!? くっ……これはたまらん!!』
たまらず出てきた所をすかさず、女神様のパンツでぶん殴る!!
「おパンツ・ナックル!!」
「ぐおおおお!? ……って、こんなふざけた作戦にやられてたまるか!!」
いまだ浄化には至らず、俺の拳を受けてなおも立ち上がる悪魔。
しかしその両足を、無慈悲に光の弾丸が撃ち抜いた!
「……おじさん、百発百中なのよ。……宝に群がるハエとかには特に」
そのまま怒りに震える父親の目つきで、口元だけ笑いながら何度も、何度も、光の魔法弾を撃ち続ける。
これじゃ、どっちが悪魔か分かったもんじゃない。
娘好き好きモンスターな父親を怒らせるから、こうなるんだ。
悪魔なんかより、よっぽど恐ろしい魔物が爆誕したな。
「お……の、……れ……」
弱りきった悪魔に向けて、自由になったユノリアが錫杖を掲げる!
「……闇へと属する魂に、女神様の救済を――! ――《退魔魔法・円環回帰》!」
「…………ッ!? やられたのかッ……! 我が配下の上級悪魔が――」
「――そこだ! 【閃脚――】」
「ガッ――!?」
地面へ突き立てた剣を軸にして放たれた閃光の烈脚が、ファントムを宙へと蹴り上げて――!
「【――万雷】――ッ!!」
握り直した大剣より、無数の稲妻が迸り、蹴り上げられたファントムを雨矢の如く貫いた!
――【閃脚万雷】。ブランさんが新たに放った大技だ!
ドゥッ――と力なく落下したファントムの身体。
よく見れば……バチッ――バチッ――と、光が帯電するかのように、痙攣する奴の全身を色濃く駆け巡っていた。
「ぐぉぉ……身体が……動かな……」
かすれた声で情けなく痙攣するファントム。
そこへ、ブランさんが冷酷な眼差しで一歩ずつ歩み寄っていく。
「……やっと“スタン”が入ったか。心を乱し、抵抗力が下がったな? 悪魔は状態異常にかかりづらいからな。高ランクの技の連発はテイム状態が解けるリスクがあるので、この機会を待っていた。
……そう。これで、固有奥義を放つ時間が出来た――」
その言い方だと、今まで使ってた技の大半は低ランクだったのか?
やはりブランさんはゴリ……、
「クロエくん。貴方も射程に入れる事ができるが、どうだろう」
「土下座します」
「よろしい」
ブランさんの攻撃で行動不能……スタン状態となったファントム。
そのすぐ目の前で、大剣をぶん回して地面へと突き刺し、ブランさんは、トドメとなる固有奥義の詠唱を始める。
「――聖なる光の雷よ、無骨なる剣に宿りて、超越の轟砲を打ち鳴らせ――!」
――超至近距離であの迫力の技がチャージされていくのを待つとか、この世で最も恐るべき死刑宣告じゃね……?
俺なら絶対、恐怖で漏らす。
「ま、待ちなさい……! 本当に撃つつもりですか……!?」
「……? この期に及んで命乞いが通じるとでも――」
油断なくチャージを続けるブランさんに対し、ファントムは何かを訴えるべく、しわがれた声を振り絞って叫んでいた。
奴がこの状況で命乞いをするってなると……。
「――あ。あれじゃね? 教会の中だし、そんなん撃ったら建物が全壊して弁償するハメになるとか。こいつ一応、長年教会に務めてたっぽいし、たぶん教祭父として、自分がやられた後だろうと、事後の処理に頭を痛めてくれて――」
「違うわ小僧ォ!!」
違ったらしい。
だがブランさんが固有奥義をぶっ放せば建物が全壊するのは事実。
きっとこの女神像とかステンドグラスっぽいのとか、かなりお高いものだと思うのです。
まあすでに一部ぶっ壊れてるけど。
「……クロエくん。甲斐性のある男性はそこはかとなくモテると私は思う」
「俺が払うの!?」
だがそんな俺たちのコントを前にして、ファントムは痺れた身体をぷるぷると震わせる。
「そうではありません! 私は彼女の母親を襲った黒幕を知っています! その居場所も! つまり私を倒せば、彼女の母親を襲った敵が分からずしまいになるのです! それでいいのですか! 復讐をしたくはないのですか!? 復讐をすれば、過去に見切りをつけ、新たな人生を歩み直せる! 貴方がたはその機会を棒に振ると!?」
「……だ、そうだが。どうする?」
モタモタしてると、ファントムのスタンが解けてしまう。
それでもユノリアたちには尋ねておくべき案件だろう。
「スカーレット……」
シルヴァのおっちゃんは、心配そうに娘の顔を窺う。
どうやらおっちゃんは、復讐のためにファントムを生かす事は考えていないようだ。
問題は、最も根深い当事者である、ユノリアの気持ち――、
「わた、し……は……。……正直言って、仇が憎いです。ママ――母を殺したのはわたしでも、その原因を生み出した襲撃者は許したくありません」
そこまで言うと、ユノリアは静かに首を振る。
「……けれど、母はきっと、それを望みません。わたしたちが明日を笑顔でいることに……復讐は、不要ですから。……そんな事をしなくても、楽しかった思い出が、明日へ歩む背中を、優しく押してくださいます。
わたしは、母と共に過ごしたこの『心』に従います」
「……そうか」
ブランさんは優しく笑んで、剣を握り直すと。
「……この一撃をもって、悲劇の幕に終止符を打つ!」
天高く掲げ、天井を突き破りながら落ちてきた雷霆によって、大剣を覆う魔力が最高潮に高まってゆく!
「ぐぅっ……この“灰塵”のファントムがっ! こんなふざけた茶番劇の果てに敗れるなど……ッ! あってはならぬ! あってはならぬ!! ――し、しかし、悲劇は一度だけでは終わりませんよ! シスター・ユノリア! あなたの血に課せられた呪いの宿命は、必ずや再び牙を剥く――!」
「そんな回収されるかも分からねぇ伏線なんて知るかよ。この親子ならきっと、どんな悲劇でも2人で乗り越えていけるだろうさ! それでも困難な状況になったとしても――」
「――ああ。私とクロエくんが、悲劇を喜劇へと塗り替えてみせる。
――行くぞ! 固有奥義! 【雷霆・聖光刃撃】――ッ!!」
「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
静かに抱き合う父と娘を背景に。
雄大なる雷霆の光刃は、その場を閃轟の一撃で彩った――!




