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第1話 世界で一番下品な異世界テンプレ

 とんでもねぇ事になった。


黒江幸輝(くろえ ゆきてる)さん。先程あなたのクラスにいた39名は、勇者として異世界へ召喚されました。突然の事で戸惑っておられるかもしれませんが、あなたは授業中にトイレへ行った事で、勇者召喚の範囲から外れてしまったようなのです……』


 男子トイレの個室にて。


 まるでこの世の物とは思えない美貌を持つ女性が、ふわりと俺の前に降り立った。

 そして彼女はその美しい指先で、自身の鼻をつまみながら、死んだ魚の目で俺を見つめている。


「…………」


 突然の事態に疑問は尽きないが、一つだけ言っておくべきことがある。 


「……あの、もうちょっと待ってくださいますか? 見ての通り、いま下半身キャストオフでケツから生命の神秘をUR確定排出中なんですけども」

『おっしゃる意味が分かりません』

「おっきい方のトイレ中なんだって!!」


 そう言おうとした瞬間。

 およそ人体より発せられる芸術的な美しき駄音が、トイレの個室でブリリアントに鳴り響く。


『……はい。とても大きな音でたくましく鳴ってますね』


 彼女は相変わらず、死んだ魚の目で鼻をつまんでいる。

 俺はどうすれば良かったのだろう。


「……とりあえず、いったん出てってくれますか?」

『はい……』


 そうこうしている間にも、俺のケツから奏でられるUR確定演出が、トイレの個室にむなしく響き渡っていた。

 泣きそう。



□■□


 時間は数十分前まで遡る。


 いつものように新作ゲームを徹夜でプレイした俺は、地元の公立高校へフラフラになりながら登校した。


「ふぅ……結局昨日はクリアできなかったな……」


 最近のゲームは難易度もボリュームも大変素晴らしい。

 とても1日じゃクリアできないよなと、同じく徹夜でプレイしていた友人と駄弁っていた。

 ちなみにそいつは授業が始まる前にぶっ倒れた。


 なので亡き友の意志を継ぐため、授業中という最大の暇時間を活用してゲームを進めていた所。


 あと少しでクリアという場面で、笑顔で迫り来る37歳独身ロリ顔女教師に気づけず、顔面の圧と共にゲームを取り上げられ、教室の外で説教された。


 クラスメイト達が見守る廊下の真ん中。

 母親と同じくらいの年齢の合法ロリに説教されるという、何かに目覚めそうな羞恥プレイを体験した後。


 廊下の寒さと、


『毎度毎度、俺たちのロリ先生に説教されやがって』


 ……という変態共による殺気の悪寒にやられて腹を壊した俺は、授業に戻る前に先生に土下座してトイレに行かせてもらう事にした。


「トイレ……まあ良いでしょう。

 それとゲームを返してほしかったら、いつも通り放課後、反省文を提出するように。原稿用紙は黒江君の机に置いておきますからね」


 先生は呆れた口調でそう言うと、腹痛で中身のなくなったカレーパンヒーローみたいな顔になってる俺の元へ歩み寄る。


「良いですね? 黒江君」

「はい……」

「よろしい」


 どうやらその程度で許してもらえるようだ。

 こういう慈悲深い所があるから、俺はこのロリ先生を憎めない。


「本当にすみませんでした先生。これ以上迷惑かけないよう、反省文はババーっと終わらせます」

「いまババアって言った?」

「言ってないです」


 こういう所はメンドクサイ人だな。

 ハイライトの消えた目で指をゴキゴキ鳴らすのは止めて欲しい。この人、確か空手部の顧問なんだよな。全国大会レベルの。


「……まあ、黒江君がゲーム好きなのは尊重するけど、勉学を疎かにするのは感心しないわね」

「そうは言いますが先生。俺の場合、真面目に授業を聞いても内容の九割は理解できていないので、時間は有意義に使った方が良いと思うんですよ」

「……全然反省してないわね黒江君。そういうところよ。後で反省文(ラブレター)400枚追加ね? できなければ人生の墓場行きだから」

「鬼! 悪魔! ロリババ――」

「いまババアって言った?」

「言ってないです」


 しかし人生の墓場行きかぁ……。

 それは文字通りコロスという意味なんだろうか?


 ハイライトの消えた目で手刀を突きつけてくる空手部顧問に怯えていると、

 独身アラフォーロリ顔女教師は笑顔に戻ると何かを見せつけてくる。

 その小さな片手には白紙の婚姻届が握られていた。


 ……結婚。

 なるほど、確かにそれも人生の墓場と表現できる。

 37歳独身らしい脅しだな。


「ふっ……」


 だが俺は狼狽えない。

 アラフォーとは言え、目の前の教師はロリ系の美少女顔だ。

 美人に求婚されて困る男がいようか。


「先生、それは一部の界隈ではご褒美ですよ」


 ガタッ


 ロリ先生を密かに慕う変態共が立ち上がるが、見ないフリをする。


「そうですか。黒江君がまんざらでもなかったと、隣のクラスの五里羅宇穂子(ゴリラ ウホコ)先生(49歳♀)に伝えておくわね」

「……ん?」


 妙だな……。

 五里羅先生と言えば、婚期を逃して男に飢える、ドラミングしながら生徒でも構わず口説きにかかる、文字通り野獣のような中年女性のはず。 

 それがなぜ今の会話で出てくるんだ?


「この婚姻届は五里羅先生の物だからです」

「なるほど」


 つまりあれか。

 人生の墓場とは、ゴリラと結婚するって意味なのね。


 ガタン


 変態共が着席する音を聞いて、俺は安らかな笑みを浮かべた。


 つまり俺の取るべき行動は一つしかないと。


「心の底からすみませんでしたッ!」


 俺は頭が割れるまで地面へ叩きつけた。




「ちくしょう……!」


 そんなこんなで先生の慈愛の心により罪を赦される……事はなく。

 墓穴を掘って死刑宣告を受けた俺は、このままトイレの窓から脱走してやりてぇと血涙を流しながら、男子トイレの個室へ入る。


「大体あのロリババア先生! 他人の婚姻届を脅しに使うとか、教師としてのモラルが足りねーんじゃねぇの!?」


 面と向かって言うとまたハイライトの消えた目で脅されそうなので、誰も居ない内に悪態をついておく。


 いやまあ、元はと言えば悪いのは授業中にゲームしてた俺なんだけど。

 むしろ俺が全面的に悪いんだけどさぁ!


 ――だがこのままじゃ終わらん。

 俺のモットーは『明日を笑顔でいるために』だ。


 つまりどういうことかと言うと、明日を笑顔でいるためなら、俺はなんだってするって事です。

 ククク。


 差し当たっては、くよくよした気持ちを持ち越さないよう、今できる事……そうだな。

 気分転換にトイレがてら、隠し持ってたスマホでゲームでもするか。

 このまま授業もサボってやる。


 ふはははは。流石の先生もこれは読めまい!


 そう思いながらポケットからスマホを取り出すと、何やら小さなメモ用紙がひらひらと落下した。


「……ん? 花柄のメモなんて持ってたっけ……」


 言いながら拾い上げると、メモ用紙には見覚えのある文字で、


『まさかトイレ中にスマホなんて触らないわよね?』


 ……と書かれていた。


 俺はそれを丁重に折り畳むと、スマホと一緒にポケットにしまう。

 そして、ありのまま今起こった事を話そうとするポーズで固まった。


「…………」


 いつの間にやられた。


 俺はあの先生に一生勝てないかもしれない。


「……さっさとトイレを済ませて戻るか」


 ひとまず嫌なことは忘れて制服のズボンとパンツを下ろし、そのまま腰をくねくねさせて踊った後。

 トイレの便器に座って、せめて気持ちよく生命の神秘ガチャを排出しようと、考える人のポーズを取った。


 その瞬間。


『――見つけました』


 それは唐突に現れた。


「……え!?」


 鈴の音のような声が響き渡ったと思えば、染みだらけの天井から光が降り注ぎ。

 穢れのない純白の衣をなびかせながら、トイレの個室に一人の女性が降り立った。

 その姿を見て、俺は思わず呟く。


「――女神、様……?」


 あぶねぇ。

 一瞬、トイレのって付けそうになった。


 とにかく本能的にそう感じ取った俺は、目の前の白翼を翻した美女に視線が吸い込まれる。


 その女性はまるで芸術品のような美貌を持ち、全身に神々しい光を纏いながら宙に浮かんでいた事から、少なくとも普通の人間ではない事は明らかだった。


 俺の言葉に反応して、瑞々しい色の唇がゆっくりと開かれる。


『……はい、話が早くて助かります。確かに我々は、貴方がたの言う女神という概念に近い存在――』


 そこまで言いかけて。


 その推定女神様は透き通るような瞳をパッチリと開いて。

 俺のモロだしになった聖剣エクスカリバーを見て静かに漏らした。


『…………こ、こんにちは』


 そういやここトイレの中だったわ。

 俺の愛剣もこんにちはと言っております。


『えっと……す、すみません。どうやらとんでもないタイミングで来てしまったみたいですね。なるほど、そういった理由で勇者召喚の範囲外に……』


 俺がトイレ中である事を察して、口元を手で覆いながら恥ずかしそうに視線を逸らす女神様。

 その恥じらう様がかわいらしい。


 俺の股間もHighest.

 アイアムアトミッ……。


「……じゃねぇよ変態か俺は! すんません、こんな見苦しいバカ息子をお見せしてしまって。

 あと特定の個人や創作物の品位を貶めるような意図のあるネタでは決して無いんです今までもこれからも。ホントすんません!」

『いえいえ! 謝るのは私の方です! 後半は何言ってるのかさっぱり分かりませんが前半に関してはその……男の子なら仕方ないと言いますか。……それにしてもちっさ』


 互いに平謝りする俺たち。

 しかし、さきほど女神様が気になるワードを口にしたような。


「誰が小さいじゃコラ……じゃなかった。勇者召喚……? そうだ! さっき、勇者召喚って言いましたか?」


 馴染みのある単語に思わず反応するが、同時に俺の腹痛も反応する。

 具体的には、肛門から下品なコンサートの伴奏が始まろうとしていた。



 〜ドヴォルザーク/交響曲第9番(新世界より)ブリブリver〜



 俺の脳内で、荘厳なオーケストラがブリブリと流れ始める。

 ちなみに指揮者の頭はハゲていた。


 …………俺は何をやってるんだろう。

 こんな意味不明な妄想してる場合じゃないのに。


「……ッ」


 ていうかやべぇ、そろそろガンッとお尻のダムが決壊しそう。

 これから異世界テンプレ的な話が始まりそうなのに、その横で壮大で宇宙世紀なメロディを奏でてしまっていいのだろうか。


 それ以前にトイレで下半身丸出しなんだけど大丈夫かこれ。

 新世界の扉が開いちゃう。


『……順を追って説明しますね。まずは貴方の置かれた状況についてです』


 悩む俺をよそに、女神様は鼻をつまみながら死んだ魚の目で口を開く。

 向こうはもう諦めたのだろうか?


 ――くそっ! 耐えろ俺!

 脱糞から始まる異世界テンプレなんてごめんだ!

 俺の冒険譚を世界で一番下品な異世界テンプレなんかに………………。


 …………。


 ………………。


黒江幸輝(くろえ ゆきてる)さん。先程あなたのクラスにいた39名は、勇者として異世界へ召喚されました。突然の事で戸惑っているかもしれませんが、あなたは授業中にトイレへ行った事で、勇者召喚の範囲から外れてしまったようなのです……』

「…………」


 その先を聞く余裕はなく。


 このどうしようもない状況を前に、俺は洋式トイレの便座で極めて平静を装いながら返答した。


「あの、もうちょっと待ってくださンアッー!」


 およそ人体より発せられる芸術的な美しき駄音が鳴り響く。


 ……こうして、俺の物語はブリリアントに始まった……!






【本日の更新(1/4)】

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