夢
三題噺もどき―ろっぴゃくじゅうご。
頭上には真っ青な空が浮かんでいる。
所々に雲が流れ、空模様を作り出していく。
どこかに居るはずの太陽は鳴りを潜め、刺してくることはない。
それでもどこかにいると分かるのは、この世界が暖かいからだろうか。
「……」
ときおり吹く風は、冷たくもなく暑くもなく、心地のいいぬるさだ。
その風がなでるのは、一面緑の草原。
背の高いのがいたり低いのがいたり。
その間を蝶々がときおり舞っている。
「……」
――夢か。
冬の時期に蝶々が飛んでいるわけもないし、風がぬるいわけない。
ましてや、この青空の元に、私がこんな風に入れるわけがない。
「……」
陽の音は聞こえないが、この世界には居るはずなのだ。
あれがいなければ、陰の音も聞こえなくなるもの。
けれど、私は私がそういうモノだと分かっているから、この世界にも太陽はいる。
「……」
草原の中に1人。
手を後ろにつきながら、座っている。
半袖を着ているせいか、時折草が腕をくすぐる。
伸ばした足は、長くて黒いズボンに覆われているが、靴は履いていない。裸足だ。
「……」
珍しい夢を見たものだ。
そもそも、夢なんてものを見ること自体が珍しい。
見たとしても、大抵は悪夢だし、良い記憶もない。
「……」
こんなに穏やかな、心地のいいものはいつぶりなんだろうか。
かなり前にも、こんな夢を見たような気もするけれど、いつだろう。
もっと自分が幼い頃だったか。
「……」
あの家から、あの国から飛び出す前の頃。
あの人たちがするあれこれに、耐えられずに。
眠れぬ夜が続き、恐怖と嫌悪と憎悪とで自分がどうしたらいいのかがわからなくなり。
毎日毎日、眠れずに眠れずに、いた、あの頃。
「……」
今の姿ではなくて、もっと大人びた姿をしていたアイツが。
眠れぬのならと作ってくれたココアを飲んだあの日。
眠れぬのなら共にいましょうと言ってくれたあの日。
初めて、穏やかに眠れたあの日。
確か、こんな夢を見た。
「……」
まぁ、今ではそんなことは出来ないが。
あの頃のアイツは優しかったなぁ……いつからあんな風になったんだか。
いやまぁ、今でも十分優しいと言えば優しいのか。
「……」
そういえばそんなこともあったなぁ……と。
ぼんやりと思いだしながら、いつまでもこの夢の中にいたいとどこかで願い始めた頃。
遠くを飛んでいた蝶が、ひらひらとこちらへやってきた。
「……」
じいとみていると、それは。
太もものあたりに、とまり、ぱたぱたと羽を休ませ。
「……」
―かぶり。
と、そこを、噛んだ。
ずきりと、痛みと血の匂いがした。
―おかげで目が覚めた」
「おはようございます」
布団をかぶっていたはずの太ももに、蝙蝠が爪を立てて止まっていた。
「……痛い」
「わざとです」
そういいながら、羽ばたき、床へと着地する。
同時に、いつもの見慣れた人の姿に成り、しっかりエプロンまでしていた。
珍しく寝坊したようだ。
「ご飯できましたよ」
「……分かった、起きる」
まだ少し寝ぼけている頭を総動員して、体を起こす。
その間にもう、アイツは廊下の奥へと消え、食事の準備を再開していた。
いいにおいが漂ってきた。
「……」
くぅとなる腹の虫に、急かされ。
今日も起きて、現実を生きることにする。
「夜更かしでもしたんですか」
「……いや、そういうわけでは」
「仕事をするのもいいですが、ほどほどにしてくださいね」
「あぁ……」
お題:蝶々・噛む・太もも