6 婚約の約束
「明日、早速アステリアに手紙を送ります。多忙な方ですから返事はいつになるかわかりませんが、その間にしたいことはありませんか?」
「そうですね……まずは両親の墓前に参りたいです。それから、アラベルに会いたいと思っています」
「……辛くはないですか?」
「もちろん、そういう気持ちもあります。でも、私たち親友ですから。目覚めたことも教えたいし、何より二人を祝福したいのです」
「……もしかしたら、彼女はあなたに来て欲しくないかもしれませんよ」
「え?」
「マルセルにとってあなたは初恋の女性ですから……彼が再びあなたへの想いを募らせてもおかしくはない。アラベルにとってあなたは脅威になり得るでしょう」
「そんな……」
(でも確かにその通りかも。突然目覚めた私がマルセル様を取り返しに来たと思われる可能性はあるわ……)
「ですから、」
レオンが身を乗り出して言う。
「あなたと私がもう婚約者であると先に世間に発表したほうがいいと思うのです。あなたが眠ったままでも、私は発表するつもりでした。多少白い目でみられることになったとしてもあなたが大事だから。だけど、あなたは目覚めた。もう何の障害もありません。あなたが私の婚約者となれば、マルセルも手出しはできない。アラベルも安心してあなたに会うことができるでしょう」
幸せに暮らしているであろうアラベルたちに波風を立てたくはない。レオンの提案が最善だとリュシエンヌは考えた。
「……わかりました。でも本当にいいのですか? 私とレオン様は身分も違いすぎるというのに」
「何度も言わせないでください。私はあなたがいいのです。あなた以外いらない。むしろ、あなたが嫌がっても私のものにしたいくらいです……できれば無理強いなどはしたくはないけれど」
リュシエンヌはようやくレオンの本気を理解した。そして、今この状況で頼ることができる人は彼だけなのだから恋愛感情は無くともこの申し出を受けようと決めた。
(まだ、婚約の前段階だから……レオン様に迷惑がかからないよう、落ち着いたら解消していただこう)
「では、レオン様……私でよければ……よろしくお願いいたします」
「ああ、良かった! ありがとうリュシエンヌ。大切にお迎えいたします……ああそうだ、まずはお互い堅苦しい言葉を直していきたいな」
「堅苦しい……?」
「あなたが礼儀正しいことは知っているけれど、もう僕たち婚約者なのだから。もっとくだけた感じになりたいんだ」
悪戯っ子のように目をくりくりとさせて、リュシエンヌの手を握った。綺麗な顔がやけに近い。
(きゅ、急に……どうしちゃったの、レオン様)
くだけたといっても、リュシエンヌは生まれた時から同じ話し方だ。どのようにしたらいいのかわからない。
「まずは、僕のことをレオンって呼んで欲しい」
「で、でも」
「婚約者なんだからね。さあ、リュシエンヌ」
「レオンさ……レオン、」
レオンは目を輝かし頬を紅潮させて笑った。嬉しい時の笑顔は変わっていない。
「ありがとう、リュシエンヌ。僕も、リュシーって呼んでいい?」
「ええ、もちろんです」
「もちろんよ、でしょ、リュシー」
言い直してみせるレオンが可笑しくて、リュシエンヌは思わず声を出して笑った。
「リュシー、昔一緒に遊んだ時はそうやって声を出して笑ってくれていたね。かくれんぼや追いかけっこもたくさんした。あの時のように、君にはいつも笑っていて欲しいんだ」
(レオン様……私を元気づけようとしてくれているのね。ありがとうございます。私も、くよくよしてばかりじゃダメね。せっかく目覚めたのだから明るくしていよう。もしかしたら原因がわかるかもしれないのだし)
「じゃあリュシー、早速だけど出掛けようか」
「どこへ行くの?」
「まずは君のドレスを作りに。それから靴、宝石、いろいろ揃えなくちゃね。ヴォルテーヌ公爵の婚約者に相応しいものを」
「え……!」
有無を言わさずレオンはリュシエンヌを街へ連れ出した。リュシエンヌが足を踏み入れたことのない高級店を何軒も巡り、あちこちで「僕の婚約者だ」と紹介して回った。
リュシエンヌの名前を聞いて驚くのはある程度の年齢の人ばかりだ。「あの眠り姫が目覚めたのですか……!」と衝撃を受け、口々におめでとうを言う。
逆に若い店員はリュシエンヌの存在すら知らない。12年のあいだに噂にもならなくなっていたのだ。
「落ち着いたら婚約披露パーティーをしよう。そこで大々的に君を貴族たちに紹介する。だけどまあ、今日ある程度話を撒いておいたから、耳の早い人には伝わるだろうね」
「じゃあアラベルたちにも……」
「そうだね。もしかしたら向こうから会いたいと言ってくるかも」
そう言ってレオンはニッと笑った。