3 再会
「リュシエンヌ、義父母が亡くなってから3年間、私はあなたの面倒をみてきたの。もう限界なのよ。だから公爵からの申し込みは絶対に断らずにお受けしなさい」
「あの……ヴォルテーヌ公爵からの申し込みとはいったい……」
「あなたと結婚したいのですって。眠ったままでもいいからって」
マノンの口の端に(気持ち悪い)という言葉が浮かんでいるようにリュシエンヌには思えた。
「安心しろリュシエンヌ。公爵は正妻にしてくれると仰っていた。何も心配することはない」
「待ってくださいお兄様。私はマルセル様と婚約しているのです。他の方と結婚なんてできません!」
するとフランソワは言いにくそうに口ごもったのでマノンがきっぱりと告げた。
「クレマン伯爵ならもう結婚なさってますよ。眠り続けるあなたを待つことはできなかったのでしょうねえ」
「そんな……」
ただ眠っていて、目覚めただけ。それなのに12年もの月日が流れ、父母は亡くなり婚約者は他の誰かと結婚している。リュシエンヌは心が押しつぶされ黒い渦に飲み込まれていくようだった。無意識に涙が溢れてくる。
「リュシエンヌ、実は公爵様が今この屋敷にいらっしゃるのだ。お前を連れ帰るつもりで訪問されていたのでな。お呼びするから、お話ししてみなさい」
「嫌です……私、何も話すことなど……」
「リュシエンヌ。今のあなたができることは、公爵様と結婚して私たちに援助をすることよ。あなたは眠っていた間の償いを私たちにするべきだわ。そう思わない?」
(そんな! 私は何もしていないのに、償いって何?)
リュシエンヌは無性に腹が立ってマノンを睨んでみた。しかしマノンの眼の方がはるかにキツく冷たく、16歳の少女が勝てるはずもなかった。
「さ、フランソワ。公爵様をお呼びしましょう」
マノンに促されたフランソワは憐れむような視線をリュシエンヌに向けたが、マノンの後を追って部屋から出て行ってしまった。
二人が部屋を出て行き一人の時間が訪れた。
(ああ、どうなっているの? これは悪い夢? 私が寝ている間にみんなが12歳も年を取っていて、私はいつの間にか厄介者になっていて。それに何より、お父様とお母様にもうお会いできないなんて……)
マノンへの怒りで止まっていた涙がまた頬を伝う。
「泣いているのですか、リュシエンヌ」
はっと気がつくと、さっきベッドの横に立っていたあの美しい男性が部屋に入ってきていた。
「申し訳ありません。お見苦しいところを……」
彼はそっとハンカチを渡して隣に座った。ふわりと甘い香りが漂う。そして、自らをヴォルテーヌ公爵だと名乗った。
「リュシエンヌ。いろいろなことがありすぎて混乱していると思いますが、この屋敷はあなたにとって環境が良くないように思います。療養のつもりで私の屋敷に滞在しませんか」
「ヴォルテーヌ公爵様……」
リュシエンヌはハンカチで涙を押さえながら公爵の顔を見上げた。美しい黒髪、理知的な紺色の瞳、背が高く引き締まった体躯。女子の理想を体現するような男性だ。見たところ年齢は20代前半。しかしリュシエンヌの知っている公爵は30代後半だったはず。あれから12年経つというのなら、もう50歳近いだろう。ではこの青年はいったい?
「リュシエンヌ、他人行儀はやめてください。私のことは昔のようにレオン、と呼んでくれませんか」
「はい、え……レオン、……?」
思い出しました? と尋ねるその顔をもう一度よく見ると……。
「レ、レオン様ですか?!」
「そうです、幼い頃遊んでいただいていたレオンですよ。あなたの婚約を知ってショックのあまり急遽隣国へ留学したために、あなたのこの状態を知りませんでした。もし知っていたら、すぐに駆けつけていたのに」
(嘘……あの可愛らしいふくふくとしたお顔のレオン様が、こんな素敵な青年になられて)
低い声、美しい話し方、どこから見ても非の打ち所がない貴族男性へと成長していた。
「レオン様、とても立派になられたのですね……もしかして、今は私より年上なのですか?」
「はい。もう22歳になりました」
「まあ……」
「リュシエンヌ。そんな、親戚の子供を見るような目で見ないでください。私はもう一人前の男です。そして、初恋を叶えるべくあなたに求婚しているのです」
「で、でも……! ご存知の通り私はさっき目覚めたばかりで……どうしたらいいのか自分でもわからないのです。そんな状態で求婚していただいても、お返事もできません」
「もちろん、返事は急ぎません。いえ、まずはプロポーズが先ですね。あなたが目覚めたからには最高のシチュエーションで申し込みたい」
そう言うが早いか、レオンはリュシエンヌをさっと抱き上げた。
「レ……レオン様!」
「目覚めたばかりで疲れているでしょう。今日はゆっくり休んで欲しいのです。公爵家に戻るぞ、クレール」
クレールと呼ばれた男が恭しく頭を下げる。
「承知いたしました。ソワイエ家とは私が話をつけておきます」
クレールはドアを開けながら言う。そのままレオンはリュシエンヌを馬車まで連れて行った。リュシエンヌはもう何も考えられず、ただただ身を任せるしかなかった。




