16 叫び
全ての貴族からの挨拶が終わり、ようやくリュシエンヌはひと息ついた。
「大丈夫? リュシー。椅子に座って休むかい?」
「ううん、平気よレオン。今日は私たちのために皆さん集まってくださっているんだもの」
「そうだね。ひとまず婚約披露は成功だ」
「でもレオン……さっき、結婚するって言っていたけれど……」
「ん? 当たり前じゃないか。婚約の次は結婚だよ?」
「だって本当に私なんかで……」
「リュシー」
レオンは少し怒ったような顔でリュシエンヌを見つめた。
「僕のことが信じられない? 僕はこんなに君への想いを伝えているのに……それとも、結婚したくないほど僕のことが嫌い?」
「違うわ! 私はレオンを信じてる。それに……嫌いなんかでは、絶対に、ないわ……」
この気持ちが『好き』ということなのだろうか。マルセルの時はこんな風にならなかった。申し込まれたことがただ嬉しくて、婚約の事実に浮かれていたことは覚えている。だけど側にいると胸がドキドキして苦しくて、切なくなるようなこんな気持ちはレオンだけ。
(きっと私はレオンが好きなんだわ……マルセル様のような憧れではなく、共に生きていく相手としてレオンのことを……)
「ヴォルテーヌ公爵様! 少しだけリュシエンヌをお借りしてもよろしいですか?」
突然の声に振り向くと、学園時代の同窓生が5人、笑みを浮かべて立っていた。その中にはアラベルも混ざっている。
「先ほどは行列してのご挨拶でしたからあまりリュシエンヌと話せていないので……」
「あちらで、何か軽いものでも食べながら懐かしい話をしたいと思っていますの」
「もちろん、かまいませんとも。リュシー、行っておいで」
リュシエンヌはレオンへの想いを伝えるほうが先だと思った。しかしレオンは友人たちによそ行きの笑顔を向けると他の貴族のところへ行ってしまったのだ。
(レオン……怒ってる……? 私がいつまでも卑屈に考えているから……?)
友人たちはレオンを目で追うリュシエンヌを取り囲み、手を繋いでテーブルのほうへ連れて行く。
「リュシエンヌ、目覚めて本当に良かったわ! そして公爵様との婚約おめでとう!」
アラベルが給仕を呼んでワインの入ったグラスを配らせていた。
「リュシエンヌ、あなたはワインは飲めないんじゃなくて?」
「アラベル、そうなの。私まだお酒は苦手で……」
「やっぱり16歳なのね、言うことが若くて可愛いわぁ」
友人たちが口々に若い若いと言う。リュシエンヌは少し悔しくなりワインに手を伸ばそうとした。
「だめよリュシー。今夜の主役に無理は禁物よ。こんなものはゆっくり慣れていけばいいのだから」
そう言ってリュシエンヌに果実水のグラスを手渡した。
「ありがとうアラベル。そうね、酔って倒れたらいけないから。今日はこちらにしておくわ」
リュシエンヌはアラベルの気遣いに感謝して微笑む。
「さあ学園の175期卒業生として、リュシエンヌの復帰を祝いましょう。乾杯!」
リーダー格だった友人が声を上げる。皆はグラスを合わせ、飲み物をひと息に流し込んだ。
(あっ……?)
口に含んだ果実水はざらりとした感触。飲み込んではいけないと本能が叫ぶ。でももう、間に合わない。
「……ごほっ、……」
リュシエンヌは口を押さえて吐き出そうとしたが半分以上飲み込んでしまった。
「リュシエンヌ⁉︎ どうしたの⁉︎」
友人たちが叫んでいる。
(だめだわ……私、また眠ってしまうの……?)
グラリと揺れ倒れかけたリュシエンヌの身体を誰かが支えた。
「大丈夫だ、リュシー。気をしっかり持って」
「レ……レオン……」
いつのまにかリュシエンヌはレオンの腕の中にいた。彼は心配そうにリュシエンヌを見つめている。
「きゃあっ!」
友人たちの声がまた響いた。隣を見るとアラベルが床に倒れている。
「アラベルまで……どうしたの⁉︎」
友人だけでなく周りの人々も騒ぎ始める中、オルガがアラベルに近づき様子を探る。
「レオン様。どうやら立てないようです。意識はあります」
「ま、まさか、アラベルも……被害に遭ってしまったというの?」
「違うよリュシー。アラベルが……君を眠らせた犯人だ」
リュシエンヌを優しく抱いてくれているレオンの口から溢れた信じられない言葉。
「アラベルが、犯人……? 12年前の……?」
「そう。そして今また、君に魔法を掛けようとした」
「そんな……まさか……」
リュシエンヌはアラベルを見た。開いた瞼の間から曇りガラスのように濁ってしまった眼球が見える。
「成功したの……? 代償を取られたということは、成功したのね……?」
「成功とは何だ。アラベルよ、お前はリュシエンヌに何をしようとした」
怒りに震える声でレオンが問う。
「私と同じ身体になればいい。私の苦しみを知るといい。絶望とはどんなものか、私だけではなく甘やかされたお嬢様も味わうべきなのよ」
リュシエンヌは今起こっていることが理解できなかった。
(私を眠らせたのが親友のアラベル? そしてまた私に何かをしようとした? どうして? アラベルは私を憎んでいる……?)
「あなたにとっては残念でしょうが、リュシエンヌ嬢は無事ですよ」
「誰?」
アラベルも、そしてリュシエンヌも、涼やかな声のするほうへ顔を向けた。
そこに立っていたのは銀髪の美しい男性。背丈はあまり高くないが近寄りがたい雰囲気がある。それでいて、どこかで会ったことがあるのではと思うような、懐かしい空気を纏った人だ。
「申し遅れました。私はアステリアの魔法大臣、ゼインです」
(魔法大臣様……! こちらに来られるのは明日ではなかったの⁉︎)
周りの客たちがザワザワと騒ぎ始めた。『魔法だなんて、何を言っているのだ?』という囁きが聞こえてくる。
「どういう、ことなの……? 私は足と目を奪われたのよ? リュシエンヌに薬を飲ませることができた時、まじないが発動するの。だから、成功してるはずよ!!」
最後は叫ぶような大声をだしたアラベル。目が見えないというのは本当らしく、床を手で探りリュシエンヌを探そうとする。
「ねえリュシエンヌ。今、お腹に衝撃が来たでしょう? あなたは子宮と卵巣を失っているはずなのよ。ヴォルテーヌ公爵に望まれて結婚したって、子供を身籠ることはできないの。あなたも夫を愛人に奪われるのよ。そう、私と同じようにね。いい気味だわ!! アハハハ!」
涙を流しながら笑うアラベル。ゼインは肩をすくめ、ため息をついて何か呪文を唱えた。
「……!」
「少し静かにしていてもらいましょうか。全く話を聞かない人は困りますからね。ではまず言っておきますが、あなたがリュシエンヌ嬢に掛けようとした魔法は失敗し、術者の所に返っていきました」
「……?」
「失敗したとはいえ魔法は発動しましたので、あなたは契約通り足と目の機能を奪われた。ここまでは理解できますか?」
さっきまで紅潮していたアラベルの顔は、いまや真っ青になっていた。




