15 婚約披露パーティー
婚約披露パーティーに向けてあっという間に日が過ぎていった。
招待状の発送、当日の衣装の準備、客人をもてなす酒や料理の確認などを執事のクレールに教えてもらいながら一つ一つ進めていく。リュシエンヌにとって初めてのことばかりで最初は戸惑っていたが、クレールが優しく指導してくれるので不安に思うことはない。
マルセルとアラベル夫妻にも招待状を送った。
(迷惑をかけたことを謝って、そして二人におめでとうを言おう。マルセル様にはアラベルと結婚した時の気持ちを思い出して欲しい。私の親友を、ずっと幸せにしていてもらいたいから)
「リュシエンヌ様、旦那様がお帰りになられました」
「はい、今行きます」
レオンが帰るとリュシエンヌはいつも出迎えに行く。それがわかっていてレオンもいつもとびきりの笑顔を浮かべて入ってくる。
「ただいま、リュシー! 今日は何も変わったことはなかったかい?」
「お帰りなさいレオン、お仕事お疲れ様。何も変わったことはないわ。もうパーティーの準備もほぼ終わったのよ」
「ありがとう、リュシー。君のおかげで僕は仕事に集中できるよ」
レオンはリュシエンヌを軽くハグし、エスコートして自室へと誘った。
「リュシー、今日魔法大臣からまた手紙が届いた。パーティーの翌日にはこちらに来られるそうだ」
「まあ! 本当に? いよいよお会いすることができるのね」
もしかしたら原因がわかるかもしれない。原因がわかれば、対策を立てることもできるだろう。
「彼の見立てでは、魔法の可能性が高いということだ。だからますます君を一人にしてはならないらしい。明日からはアンヌに加えてもう一人オルガを常時つけることにするけど……かまわないかな?」
魔法かもしれないと思うと緊張で身体がこわばる。
「ええ、かまいません。心強いわ」
良かった、と呟いたレオンはリュシエンヌの肩をそっと抱き寄せた。
「二度と君を眠らせたりしない。あの時は10歳で何の力もなかった僕だけど、必ず君を守るから」
(レオン……)
肩を抱くレオンの手にキュッと力が入る。リュシエンヌは安心して彼の胸に頭を預けた。
「そうだリュシエンヌ、これなんだけど……」
その後レオンがリュシエンヌに見せたのはサファイアのネックレス。とても大きくて美しい石だが、周りの飾りも無くごくシンプルなデザインである。
「君がパーティー用にネックレスを選んだことは知っているのだけれど……当日はこれを身につけてくれないか」
「すごく綺麗な石ね。あなたの瞳と同じ色だわ」
先日パーティー用に購入したネックレスもサファイアを使っているが、レオンの瞳よりも明るい青だ。しかしこの石は紺に近い落ち着いた色。飾りが少ないため華やかさはないが、リュシエンヌはその色にとても惹かれた。じっと見ていると、まるでレオンに見つめられているような気がするから。
「喜んでつけさせてもらうわ。ありがとう、レオン」
「良かった、気に入ってもらえて。ねえリュシー、そのネックレスは当日肌身離さずつけていて。絶対に外しちゃダメだよ」
「……? ええ、わかったわ」
レオンはリュシエンヌを抱き寄せると、愛おしそうにその髪に軽い口づけを落とした。
リュシエンヌはというと、レオンのその一連の仕草にドキドキして頬が熱くなるのを感じていた。
(どうしたのかしら私……胸が苦しい……)
そしてついにパーティー当日を迎えた。
「リュシエンヌ、ドレスがよく似合っている。とても美しいよ」
感激した面持ちのレオンが言う。
「レオン、あなたも素敵よ」
心からそう告げると彼は嬉しそうに笑った。
「さあ、大広間に行こうか」
レオンがリュシエンヌをエスコートし、ゆっくりと進んで行く。大広間には既に客人が揃っており、二人の入場を拍手で祝っていた。その中に、マルセルとアラベル夫妻の姿も。マルセルは目を輝かせて大きく手を叩いている。
(マルセル、来てくれたのね。以前より少しふっくらしたように見えるわ)
隣に立つアラベルは強張った表情をしているように思える。
(アラベル、どうしたのかしら。やはりマルセル様と上手くいっていないのかも……)
入場が終わるとレオンが客人に向かって挨拶をする。
「この度、私レオン・ヴォルテーヌはこちらにいるリュシエンヌ・ソワイエ嬢と婚約する運びになりました。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、リュシエンヌは12年前に謎の眠りにつきそれ以来目覚めることはありませんでした。しかし二ヶ月前、彼女はついに目覚め、私たちと同じ時を再び生きることになりました。……皆さん、私たちは来年結婚します」
(え⁉︎ 結婚って、レオン⁉︎)
リュシエンヌの動揺に構わず、レオンは言葉を続ける。
「ですからどうか、リュシエンヌを未来の公爵夫人として扱っていただきたい。彼女になにか非礼なことをしたならば、我がヴォルテーヌ家が全力で対応いたしますのでそのつもりで」
レオンはこの場にいる貴族全員に牽制したのだ。リュシエンヌがなぜ眠っていたのか、どうして若いままなのか、興味本位で質問する人間は後を絶たないだろうから。しかしこう言っておけば、全貴族の中で最も身分の高いヴォルテーヌ家を敵に回そうなどと考える者はいないはずだ。
「では皆さん、今日は存分に楽しんでください」
挨拶が終わると楽団が音楽を奏でる。ダンスをしたりテーブルに用意された豪華な酒や料理を食べたり、参加者はそれぞれ楽しみ始めた。
レオンとリュシエンヌのところにはたくさんの貴族が挨拶に来た。まだ社交界に顔を出していなかったリュシエンヌにとっては初めて会う人ばかり。それでも中には学園で同級生だった者もおり、近況を教えてもらうなど楽しく歓談した。
そしてアラベル夫妻の順番が来た。マルセルは前のめりで現れ、リュシエンヌをじっと見つめて目を潤ませた。
「リュシエンヌ、君の元気な姿が見られて僕は本当に嬉しい……」
しかしそこでレオンが咳払いをする。マルセルはハッとしたように後ろへ一歩下がり、レオンに詫びた。
「申し訳ありません、レオン様。懐かしさがつい勝ってしまいました。リュシエンヌ様、この度はご婚約おめでとうございます。お二人の幸せを心から祈っております」
マルセルが頭を下げ、アラベルがカーテシーをした。リュシエンヌは笑顔を浮かべ二人に語りかける。
「マルセル様、ご結婚おめでとうございます。12年前は大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません。原因はわかりませんがこうして目覚めることができ、今はレオン様と幸せに暮らしております。どうか、お二人も末長くお幸せに。私の親友アラベルをよろしくお願いします」
マルセルはその言葉をどう受け取っただろうか。リュシエンヌがマルセルと復縁するつもりはないこと、アラベルを幸せにして欲しいと思っていることが伝わってくれたらいいとリュシエンヌは願った。
「はい、リュシエンヌ様。今後とも妻と仲良くしてやってください」
二人はもう一度礼をしてその場を下がっていった。




