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10 アラベルとの再会


 レオンの屋敷で暮らし始めてひと月が過ぎた。父母の墓参りも済ませ少し気分が落ち着いてきたリュシエンヌ。かつての友人・知人の現在の様子をレオンに教えてもらいながら『今』の世界に馴染む努力を続けている。


「レオン様、そろそろご出発なさいませんと遅れてしまいます」


 クレールが注意しに来たのはこれで何度目だろう。


「まだリュシーと話していたいのに……」


 拗ねて口を尖らせるところは昔からと同じだ。


「レオン、私はちゃんとここで待っているから。安心してお仕事してきて」

「……わかった。すぐ帰ってくるから」


 侍女のアンヌに必ず一緒にいるように、といつものように言い残してレオンは出掛けて行った。


 ふと、部屋の中を見回してみる。ソワイエ家の客間よりもずっと広い部屋。白と淡いピンクで統一された可愛らしい家具。


(レオンの中では私はこんなイメージなのかな……)


 リュシエンヌもこんな可愛らしい物が好きだった。16歳の少女なら皆そうだろう。しかしここのところいろいろ考えることがありすぎて、急に何歳も歳を取ったような気分になっていた。


(当然よね。本当は28歳なんだもの……)


 ドアがノックされ、アンヌが対応する。


「……はい、わかりました。お伝えします」


(……? 何かしら)


「リュシエンヌ様、アラベル・クレマン伯爵夫人が会いたいと訪ねて来ました。どうなさいますか?」


(まあ……! レオンの言う通り、アラベルから会いに来たわ……!)


「はい、会ってみます。お通ししてください」

「わかりました。では客間で会うことにいたしましょう」


 リュシエンヌはアンヌと共に客間に向かった。


「……リュシー!」


 リュシエンヌを見たアラベルは泣きそうに顔を歪めて彼女を抱きしめる。


「良かった……良かったわリュシー……心配したのよ……」


 リュシエンヌにとってはひと月振りに会った感覚だが、アラベルの顔を見ると12年の歳月が流れた印象は確かにある。肌が荒れ髪の艶も無く、28歳よりは上に見えるのだ。


「アラベル、ごめんなさいね心配かけて……ずいぶん迷惑もかけてしまったようだし……でももう大丈夫よ。こうして今は普通に生きていけてるの」

「街で、『眠り姫が目覚めた』って噂を聞いたのよ。まさかと思ってあなたのお兄様に確認したら、ヴォルテーヌ公爵と婚約したと教えてもらって。いてもたってもいられなくてこうして顔を見に来たの」

「本当に、またあなたに会えて嬉しいわ。私のほうから会いに行きたかったのだけれど、今はまだ目覚めて間もないから頭や身体を慣らしている段階なの。だから、こうしてあなたから来てくれて嬉しいわ。ありがとう」


 アンヌはお茶をテーブルに用意してからドアの横に置いた一人掛けの小さな椅子に座った。リュシエンヌを決して一人にしないというレオンの言いつけを守っているのである。


「……二人きりではお話できないの?」

「ええ。レオンにそう言われているから」


 アラベルはため息をついた。ひどく疲れ、憔悴しているようにも見える。

 しかし話す時には笑顔を浮かべ、明るく見せようと努力しているように感じた。


「それにしてもすごいわねリュシエンヌ。目覚めてすぐに公爵様と婚約だなんて。レオン様ってあの時の双子ちゃんよね? とても美しく成長なさって素敵な方ね……羨ましいわ」

「え、ええ……そうね」


(アラベルはどうしたのかしら? とても辛そう。もしかして今、あまり幸せではないのかしら……)


「あの、アラベル……マルセル様のことだけど、」


 するとアラベルはビクッとして身体をこわばらせた。


「ご、ごめんなさいリュシエンヌ。あなたが寝ている間に私、私ったら……マルセルを奪うようなことをして……」


 アラベルを怯えさせでしまったかも? とリュシエンヌは焦り、すぐに弁明した。


「違うわアラベル、私、あなとを責めているんじゃないのよ! むしろ、マルセル様を幸せにしてもらえたこと、よかったと思っているの。12年もの長い時間を、あなたが側にいてくれたのだから……感謝しているわ」


 心からそう思っているわけではない。奥底にはまだマルセルへの恋慕が残っている。しかしこのひと月でリュシエンヌの感情も変わった。12年の月日は大きく、マルセルも幸せになる権利がある。5年待ってくれただけでも誠実だったと思うべきなのだ。


「だから、気にしないで。いつかお二人一緒の時に言おうと思っていたけれど、先に言わせてね。アラベル、結婚おめでとう」


 するとアラベルは声をあげて泣き始めた。


「違うのリュシエンヌ、私今辛いの……私、子供ができなくて……マルセルはついに愛人を囲うことになったわ。愛しているのは私だと言ってくれるけど、とても若い愛人なの。そうまるで、今のあなたのように……」

「そんな……」


 男女のことについて16歳から何も成長していないリュシエンヌには、アラベルの辛さを完全に理解することはできていないだろう。それでも、その辛さに寄り添いたい。そう思ってアラベルの隣りに座り、彼女を抱きしめた。


「リュシエンヌ……」


 そのままアラベルはしばらく涙を流していたが、やがて吹っ切れたように顔を上げ笑顔を見せる。


「久しぶりに誰かに悩みを聞いてもらったわ。こんなこと、誰にも相談できなくて……やっぱり、親友は大切な存在ね」


(良かった、少し明るい顔になったわ)


 アラベルはハンドバッグを開き何かを探し始めた。


「リュシエンヌ、これ見てちょうだい」


 アラベルが取り出したのは小さなロケットペンダント。開けると金色の髪が一房入っている。


「これ、あなたの髪なの。お兄様に許可をもらって少しだけ切り取らせていただいたわ。これを持つことであなたといつも一緒のつもりだったけど……これからはこうやって会えるのね」

「そうよアラベル。私たち、もう一度仲良くしていきましょうね」

「また、遊びに来てもいいかしら?」

「もちろんよ。いつでも来てちょうだい。レオンの許可が出たら、私も遊びに行くわね」


 アラベルは、なぜか泣きそうな笑顔を浮かべてリュシエンヌを見つめていた。

 

 


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