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彼と彼とが、眠るまで。  作者: 寺谷まさとみ
第一部 記録/安寧の学園
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(二)

「アイツ、ぜったいなにかあると思うんだよな」

 昼休みの食堂でアイが話題にしたのは、三日前に入学した学生イナサのことだった。

「なんじゃ」

「だからさ。ぜったいお貴族サマだって」

「そねぇなこと、見りゃわかるじゃろうて」

 なまりのある強い語調で答えたのは、アイのクラスメイトであり、また学年でも有名な不良生徒、レヴだ。彼は外部生であり、この春からイルフォールに入寮した生徒だ。ひどい貴族嫌いであり、その事実をあらわすように、今朝がた。レヴは、はじめてとなりの席の入学生(イナサ)邂逅(かいこう)した瞬間、不躾に「死ね」と辛辣(しんらつ)な一言を浴びせかけ、そのまま教室を出ていった。どうせ裏庭か屋上でくさっているのだろうと見当をつけたアイが屋上へ寄ってみると、やはりふて寝をしていたから、ついでに昼飯へさそい、いまこうして向かい合っている。

「そう言うなって。()()()()()のレヴくん」

「ちばけとんのか」

 輪郭のはっきりとした瞳が、ぎ、とアイを睨んだ。その目つきはまさに、勇猛果敢なライオンそのものだ。正義感にあふれ、凛々(りり)しく、そしてちから強い金色。髪は濃いこげ茶色をしていて、入学のときからほかの生徒より頭がひとつ以上高く、褐色の分厚い筋肉で覆われた巨躯は一挙一動に存在感がある。その姿だけで気圧される生徒は多く、こうして気安く話しかけるのは、となりのクラスのレクサスを除けばアイくらいだ。

 レヴは言った。

「俺は下女の息子――フォルテ家ん旦那さまが気まぐれでこさえなすって、しかもそんあげくに忌み子じゃ()うて、俺も、俺のおっかぁも、まるごと下水道に捨てたんじゃ。そねぇちばけたこと言いなや」

 ちばけた、というのは、およそ「ふざけた」や「ばかな」といったことを意味するらしい。

 こぶしを丸めるように握ったフォークを、レヴは乱暴に豚肉へ立てた。その所作ひとつが、彼が上流階級の血を引く人間でありながらも、彼が言うように上流階級の教育をじゅうぶんに受けたことがない証でもあるといえた。

「わりぃわりぃ」

 アイはかるく両手をあわせてあやまった。うろんげな視線がかえってきたのはさらりと無視して「で、だよ」と話をもどす。

「イルフォールって、貴族寮と一般寮が分かれてんじゃん?」

 全寮制のイルフォールは、多くの生徒を抱えている。基本的に六つの寮に分かれていて、そのうちのひとつには、上流階級の子息令嬢ばかりが集まっている棟があった。生徒からは貴族寮と揶揄(やゆ)されていて、公平をうたうこの学園でそれを嫌うものは、すくなくなかった。

 いっそう機嫌悪く肉をかじるレヴを前に、アイはかまわず続けた。

「なのに、あの入学生さ、一般寮だったわけ」

「おめぇまさか」

「ああ、尾行した」アイは不敵な笑みをうかべてみせた。こんなことは朝飯前だといってのけると、レヴはあきれたような顔をした。

「教師に見つかったらどうすんなら」

「昨日もケンカして課題増やされたヤツに言われたかないね」

「くだらん反省文じゃがさ。あねぇなもん、やる価値もねぇ」

 はん、とレヴはくちを曲げた。

「進級できるわけ?」

「知らん」

「おまえさぁ」

「こん学園に行けば、ぎょうさん金くれちゃる言うたんは旦那さまじゃ。俺ァおっかぁのためにここへ売られてやったん。どう過ごそうが、俺のかってじゃけぇよ」

 ふぅん、とてきとうにうなずきながら、アイは肉をひと口大に切りわけた。ナイフとフォークを置き、テーブル備えつけの香辛料から、スパイスミルをひとつ手にとる。

「そんなさ」

 スパイスミルを両手でひねる。すこしひっかかったものの、それを過ぎれば難なく回すことができた。ほそくなったハジカミは、ソースの水面へはらはらと落としながら、爽やかな香りをたてる。

「うがった見かたしなくても、いいんじゃねーの」

 スパイスミルを爪でこつこつたたいて、もう粉が落ちないことを確認してから、もとの場所へもどす――と、ささいな汚れを見つけたものだから、それは布巾でぬぐった。

「騎士になってさ。がんばれば、領地もらえるかもしれないじゃん?」

「無理じゃ」

 即答。レヴは黒コショウの粒を、いくらか皿の上でころがして手悪さをしていた。そのうちに飽きたのか、行儀悪く指先でつまんで、口へほうりこんだ。

「俺ん国は、黒は底辺の色じゃけぇ。戦で功績あげても、どもならん」

 レヴは奥歯で黒コショウの粒を、ガリ、と噛みつぶした。

「国王陛下はなんも考えんと他国と戦争、戦争、戦争。上流階級ん奴らは私腹を肥やすことばぁじゃ。そねぇ奴らを、騎士の誇りにかけて護るんが名誉じゃ? ちばけとる。なんも見えよらん。俺ァいつか、おっかぁと弟妹つれて、あん国を出るけぇよ」

「なら、ほかの就職先は確保しとかなきゃな。今度の野外訓練もいっしょに出るだろ?」

「たりめぇじゃ」

 皿にがっつくように肉へかぶりついたレヴを見やって、アイはかるく笑った。

「よろしく頼むぜ。オレはレヴのこと、頼りにしてんだからさ」

 レヴは「言われんでも」とぶっきらぼうに語調を強め、肉を噛みちぎるとそのまま黙々と咀嚼(そしゃく)した。彼の視線はそっぽを向いたままでいる。もしこれが他の生徒なら、レヴが機嫌を悪くしたのだと誤解するだろう。しかし、アイはこの半年ほどのつきあいで、レヴが頼られることに弱いということを、すでに知っていた。

「なに、照れてんの? 可愛いね。ためしにつきあってみる?」

「おめぇ、そういうとこじゃけぇよ!」レヴは顔を真っ赤にして立ちあがった。

「冗談に決まってんだろぉ。誰が男とつきあうかよ」

「たいがいにせぇよ!」

「はは、そういうとこだよ。お前のいいところはさ」

 からからと笑うと、レヴは「俺ァおめぇのそういうところがキライじゃ!」と叫んだ。

 彼の愚直なまでの真面目さと裏表のなさを、アイは気に入っているのだった。

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