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彼と彼とが、眠るまで。  作者: 寺谷まさとみ
『彼と彼とが、眠るまで。』
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記録の消失

――手のひらからこぼれた何かを、ずっと探している。


 それがなんなのかは、わからない。まばゆくもあったような、けれども、ただ優しいだけのものでもないような。

 ある日、ふと気がつく。

 ()()がいることに。

 そして理解する。

 自らに与えられた使命と、その役割を。

 それまで茫洋としていた思考がとつぜんに輪郭を帯びる。混沌から生まれ出たように、線を引いて切り分けられた()()は、明確な思考と使命を持ちながらも、本来あるべきカタチではないのだと認識した。けれどもこの認識にまつわる一連の思考感情は、与えられた目的のために、さほど重要な意味をなさない。

 必要なのは、()()()()()ことだった。

 明確。

 そうして、また歩きはじめた。


 世界は幾度となく変容する。緑が黒に。黒が白に。明滅するように、めまぐるしく。

 くるおしく。

 いつしか、また世界は変わる。

 かつて誰かが立てた簡素な木づくりの墓は苔むしたまま木漏れ日をさんさんと浴びていた。

 かつて誰かが蒔いた種は根を張り、たくましく枝葉を伸ばす大樹となった。

 白は緑に。織りあいひらいた文明は開化し、そのうちに、人々の営みとして定着し、新たな文化が生まれ、もはや一秒を数えるごとに、この世界では生命が誕生し、同時に死んでゆく。ただ端的にいえば、現時点で人類は生存と繁栄に成功したと言えるだろう。もちろん、このめざましい発展と繁栄が、いつ露となって消えるかは、わからない。


 価値観は、変わる。

 正義もまた、ひとつと限らない。

 白も、黒も。

 なにかのために、なにかを悪いと言いきるのは難しく。

 明るい未来があるからと、苦しみを否定し、置き去りにすることは悲しくて。


 どれほど、歩きつづけただろうか。

 どれほど、書きつづけただろうか。


 わからない。

 ずっとずっと書きつづけていたのは、かつての友人に語るためでもあったような気がするし、そうしてくれと頼まれたからかもしれない。


――友人。


 ふと首をかしげる。

 どこか懐かしい響きだった。けれども、その言葉はわずかな情をなでるのみで、そのまま茫漠と揺蕩(たゆた)うように霧散した。おもむろに見つめたものの、この手には、ただ黒紫の紋様があるだけで、ほかになにも残っていなかった。


 ある日、名前を訊かれたから、好きに呼んでかまわないと答えた。

 ある日、どうして旅をしているのかと問われたから、あいまいに濁した。

 もう、いつから歩いているのか、まるで思いだせないからだ。


――生きてくれ。


 そんなことをもうずっと昔、誰かに言われたような気がする。どんなようすだったのかも、誰が言ったのかも、もうわからない。そもそも、本当にそんなことを言われたのかさえ。たまに、やはりそれは妄想だったのではないか、とさえ、考えることがある。けれども、それを考えることは、本質的に意味のないことだと思い、やめにした。

 風が吹いた。くせのように左耳に触れると、黒曜石のつるりとした硬さが指先に触れる。

 立ちあがって、また歩きはじめる。

 今日は、どこまでゆけるだろうか。

 ずっと。


――ずっと。


 人のいとなみに触れながら、()()今日この日を、生きつづけている。


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