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スプーン戦争の夜明け  作者: 葱鮪命
第一章 知らない祭典
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女王様の願いごと

 「玉座の間」の扉の前で、数人の従者は囁いていた。

「今日の女王はよく喋りますね」

 赤い髪を持ったそばかすの従者が言った。周りはそれに頷く。

「きっと寂しいのだろう。例の祭りでは我々との会話を禁じられているのだから」

「なるべく会話を途切れさせたくないのかもしれないな。ハンネスなど、なかなか部屋から出られずに困っていたな」

「お喋りな女王も素敵ですけれどね」

 従者たちは笑いあった。

「ごほん」

 大きな咳払いが聞こえた瞬間、穏やかな空気が氷のように冷たくなった。緑色のスカートの女性の従者が、いつの間にか傍に立っていたのだ。

「グ、グニラさん......」

 従者たちは顔を青くして、自分たちより一回り大きな女性を見上げる。

「よく喋るのは、あなたたちもですがね」

「す、すみません!!」

「仕事に戻ります!!」

 冷ややかな声に乗せられたその言葉に、従者たちは蜘蛛の子を散らすようにしてその場から去っていった。

 グニラと呼ばれた女性は、大きなため息をついた。しかし、その顔に続いて浮かぶのは柔らかい笑みだった。

「でも......本当によく喋りますね、ルイーザ様」

 彼女の目は、目の前にある、巨大な木の扉に向けられた。


 *****


 五人の従者は、玉座の前に跪いていた。

「お呼びでしょうか、ルイーザ様」

 従者の一人が問う。

「ええ、お呼びです」

 玉座の上の女は微笑む。艶のある髪は腰まで伸び、その髪に負けない漆黒のドレスは、彼女の体にピッタリ合う造りになっていた。シャンデリアから降る光で輝くのは、額についた赤い宝石。周りを金色の金具で彩ったアクセサリーが、彼女の顔周りを華やかにしている。

「......あら、なあに?」

 女はそれぞれの従者から呆れ顔を向けられていることに気づいたらしい。小首を傾げてとぼけて見せた。額の金具がゆらゆらと揺れる。

「ルイーザ様、城にいる従者を一人一人お呼びになって、簡単なお話だけして仕事に戻しているという噂を耳にしたのですが......まさか、我々もですか」

「あら、マルックったら。誰がそんな噂流していたのかしら」

「......言ったらどうしするおつもりで?」

「今度はティーセットも用意して、もっとお話しちゃう」

 マルックはため息をついた。余計なことを言わない方が早く仕事に戻ることが出来そうだ。

 この国を統治する女王ルイーザ・エルジンガ。年齢は従者にすら知らされていない。噂によれば五十は過ぎているようだが、誰がなんと言おうと玉座に座るのは三十ちょっと過ぎたくらいの、まだ女王に君臨するには若すぎる、そして噂に見合わない容姿の女。

 右手に持つ美しい杖には、何か魔法でもかかっているのだろうか。杖の頭部についた木製の狼の口の中に、磨きあげられた水晶玉(水晶玉かも怪しい)がはめ込まれ、怪しい色を放っている。彼女はあれを肌身離さない。エルジンガ家に伝わる家宝なのだろうが、従者たちはそれすら分からない。

 彼女がミステリアスであることには理由があった。彼女は国民にほとんど顔を見せず、国民との接触を絶っているという、国民と稀な距離感を保つ女王なのだ。普通、国民の様子を見るために外に出たり、お茶会に誰かしらを招いたりするものなのだろうが、そういうことが一切無い。よって、城で働くことになった従者たちは、子供の頃からミステリアスで名高い女王の姿を間近で見られる、選ばれし幸運者なのだった。

「そんなに警戒しないでいただきたいわ」

 ルイーザは全員の顔を右から左へと眺めた。皆の表情が不安と、恐怖と、心配とという、似たり寄ったりの雰囲気を醸しているのだ。

 此処に呼び出された五人の従者は、仕事中、突然招集がかかったのである。一人は女王の口に運ぶデザートを作っている途中で、一人は女王がいつも来ている寝着の解れを直している途中で、そして一人は窓の桟に溜まった埃を掃除している途中で。

「私、みんなとお話がしたかっただけなの。本当よ」

 堂々としていれば良いと言うのに、皆の表情を見て不安になってきたようだ。ルイーザがあたふたと言い訳のようなものを並べ始めた。

 それを聞いて、従者たちの表情も解れてくる。何人かは此処に来る途中「クビ」という言葉が頭をよぎったが、その心配はしなくても良さそうである。

「それで......改めまして、どういったご要件で」

 城では電気周りの雑用を取り扱う、マルックという従者の男が小さく咳払いをして場を取り直す。

「じゃあ、マルックから行くわね」

 女王がパチン、と手を叩いた。

「此処最近、みんなのお顔が暗く見えるのよ。何か悩んでいることでもあるの?」

 女王の問いは予想もしなかったものだが、勘の良いマルックは視線を自分の遥か上に投げた。なるほど、シャンデリアの中の電球が一つだけ消えかかっている。よく気づいたものだな、とマルックは女王に舌を巻いた。

「あんなに高い場所、よくお気づきになりましたね」

 マルックは視線を彼女に下ろす。女王は何処か誇らしげだ。

「そりゃあ、一日中此処に居るんですもの。伊達に女王をやっているわけじゃないのよ」

「普通の女王は電球の光ひとつ消えても気づかない気がしますけれどね」

 マルックはボソリと言って、「取り替えます」と腰を上げた。

「ええ、お願い! マルック職人の手さばきを、是非拝見したいわ!」

 部屋を出ていく彼の背中にそう言って、女王は一人減った目の前の従者たちに目を戻す。

「じゃあ、次はー......」

 再び緊張が走った。今の従者はたまたま仕事が与えられただけで、あとの自分たちは皆クビにされるのではないか。

「そうねえ。最近、窓のお掃除がされていない気がするの」

 ルイーザの目が、緑の服を着た男に向けられる。彼の腰についた革のベルトには、たくさんのポーチがぶら下がり、そこから雑巾などの掃除用具が顔を覗かせている。

「ねえ、セザール」

 セザールと呼ばれたその男が「ひゃいっ」と顔を上げた。まだ二十歳にも満たないくらいの、幼さが残る顔つきをしている。さっきから最もビクビクと震えているのは、この青年なのだった。

「も、申し訳ございません。先日、倉庫の大掃除を行いまして......そちらに集中して人を回してしまいまして......」

 あたふたと言い訳を述べる従者を、ルイーザは柔らかい笑みを浮かべて見つめる。

「で、ですから......何が言いたいのかと言うと......」

 セザールは肩を縮ませ、ばつ悪そうに顔を伏せる。

「い、今からお掃除致します!!」

 突然立ち上がると、彼は一目散に部屋の外に飛び出して行った。残りの三人の従者はそれを呆れ顔で見やる。解雇を言い渡すとしたって、あの速さ出ていかれたら言い渡すことなどできないだろう。なるほど、上手く逃げた。

 それにしても、怖がりで人付き合いが極端に苦手な彼は、人よりも埃の相手をする方が性にあっている。ルイーザもそれを知っていて、彼の焦り様を楽しんでいたらしい。口元を手で覆ってクスクスと笑っている。

「今度、彼と二人でお茶でもしてみたいわ」

「ルイーザ様、それは流石に可哀想です」

 思わずそう口にしたのは、金色の髪を持つ男だ。纏う服に違和感があるのは、今日は彼の代名詞とも言えるエプロンを着ていないからである。女王に呼ばれると、よっぽどの理由がない限りは皆服装を統一するのだ。

「あら、どうして?」

「彼は極度の恥ずかしがり屋ですよ。女王の横にブラシでも置いていたら、目の前の紅茶に手を伸ばすくらいはするかもしれませんけれど」

 そう言って、男は肩を竦める。女王はそれを聞いて「あははっ」と笑った。弾けるような笑顔だ。

「それ素敵。じゃあ、ブラシを用意しないと。それに、取っておきのお茶菓子もね。そうね......林檎が食べたい気分なの。セベロが作る最高の林檎のタルト、楽しみにしちゃうわね」

 小首を傾げた女王の片目がパチン、と閉じられ、セベロは「はは」と笑った。運が良い。今日、彼はさっきまで林檎のタルトを作っていたのだ。突然の招集で、オーブンの中でまっ黒焦げになっていることは、この後彼が厨房に戻ってから気づく悲しい事実である。

「分かりました。貴方は運が良いですよ、女王様」

 悲しいかな、何も知らない彼はそう言って立ち上がると、部屋を出て行った。

「みんな面白いわねえ。私の従者たちは、個性豊かで退屈しないわ。もっと一人ずつゆっくりお喋りしたいところなのに」

 女王の顔に一瞬だけ寂しげな影がよぎるが、それに気がついたのは、彼女の玉座の真横でさっきから一言も喋らない金色の長髪を持つ男の兵士だけである。

 さて、玉座の前に残ったのは二人の従者。どちらも女だ。

「そうそう、そう言えば私、今度のスプーン戦争の終戦式にお呼ばれされているのよ。その時に首飾りをつけようと思っているの。何か素敵なものは作れないかしら、アニヤ」

 先に話しかけられたのは、女王から向かって左側に跪く中年の女従者だった。ゆったりとしたドレスを着た彼女は、この城で針仕事を主な業務とする。アニヤと呼ばれたその女はにっこりと、人懐っこい笑みを浮かべている。

「もちろんですわ、ルイーザ様。青い宝石が最近手に入りましたの。この前、私がつけていたものと同じものですよ」

「まあ、あれね?」

 ルイーザが玉座の肘置きを掴んで、体を前のめりにした。

「とっても綺麗よね。海のような色だったわ。是非それで作ってちょうだい」

「ええ。もちろんです」

 アニヤは頷いて立ち上がった。ドレスの端を摘んで一礼する体の動きは軽やかで、まるでその体に空気が詰まっているようだった。

 残された最後の従者は、まだ子供に見える。十五、十六そこらの少女だ。

「チェーリア。最後になってしまったわね」

 何処か楽しそうに言う女王に、チェーリアと呼ばれたその少女は緊張した面持ちで「ええ」と頷く。

 最後になってしまった。ついに自分は解雇されるかもしれない。あのセザールという従者に次いで上手く部屋から出られるだろうか。

 解雇されることに心当たりは無いが、花の活け方がまずかったのかもしれない。祖父譲りの感性を磨く彼女は、女王から活けるよう頼まれた花の茎を見栄えするように切ったり、葉を落としたりした。もちろん、それは女王に歯向かうなどという意図は全くなく、純粋に仕事を全うしようとする彼女の意思で行った行為だ。

 どうしよう、まだ一年も働いていないのに。

 チェーリアの目にじわりと暖かいものが滲む。母を楽させてあげようと、住み込みで働ける場所を探したのは昨日のように思える。運良く、祖父の縁があって王城の植物の管理を任されたのだ。

 彼女の祖父は此処の元庭師である。血で仕事を決めるなんて嫌がられるかしら、とビクビクしながら此処へやって来たが、共に仕事をする仲間は祖父のことをよく知っていて、とても柔らかく自分を迎えてくれたので、チェーリアは嬉しかったのだった。孫や子のように可愛がってくれて、これ以上良い職場はきっと無いと思うほどに恵まれた環境で仕事が出来ているのだ。

 クビになんてなりたくない。

「不安にさせるつもりは無かったけれど......こうして一人だけ残されちゃうと嫌よね」

 ルイーザが苦笑いするので、チェーリアは慌てて首を横に振った。今は彼女の気を立てないようにするのが賢明だと思ったのだが__どうやら、心配する必要は無さそうだった。

 ルイーザは優しい目でチェーリアを見つめ、手招きしたのだった。

「もっと近くでお話したいの。玉座のところまで来られる?」

「も、もちろんです」

 チェーリアは、アニヤを真似てそう言った。立ち上がって恐る恐る玉座に近づく。彼女に近づけば近づくほど、柔らかな香りが漂ってくるのにチェーリアは気がついた。この香りは、薔薇だ。

「流石、お花を普段から触っているだけあって早いわね」

 近づいてくる従者の絶妙な表情の変化に気づいた女王は、微笑んで言った。

「良い香りでしょう。世界に二つしかないブレンドなんですって。ホベルトから貰ったのよ」

 ルイーザの目が玉座の横でさっきから黙ったままの兵士に向けられる。中年の兵士だ。羨ましいくらいにストレートの髪は、サザリアの花弁のように黄金である。

 女王の言葉に彼は、鉄仮面でも貼り付けているのかと言うくらいに無表情だったその顔を仄かに赤くした。サザリアに桃色の蝶が羽休めに来た、という表現がチェーリアの頭にパッと思い浮かんだ。

「お家の方はどう? たしか、お母様と二人暮しだったわね」

 玉座の前までやって来て跪こうとすると、ルイーザはそれ制した。上から見下ろすのも失礼だと思ってオロオロしていると、玉座の横に移動させてくれた。正面に立つよりも彼女に近いので、チェーリアは更に強く花の香を嗅いだ。

「はい。母と二人です」

「おじい様はピーテルさん?」

「はい」

「そうなの。輪郭がそっくり。優しい輪郭」

 女王の言葉に、チェーリアは初めてその顔に安心した笑みを浮かべた。

「ホベルト、あれをお願い」

「はい」

 ルイーザの言葉に、ホベルトはカーテンの裏に姿を消した。ルイーザはチェーリアに向き直る。

「お家は花守なのよね」

「はい」

「今年も冠を作るのね?」

「ええ」

 チェーリアの家は代々「花守」と呼ばれている。正確にはファンファー二家の血を引く全ての親族が「花守」に値する。チェーリアは当然、祖父のピーテルもまたそうだ。

 花守の仕事は、主にスプーン戦争の中で行われる。この城の向かって左側にある広大な花畑から、サザリアが減るのはこの時期だけだ。

「私ね、チェーリアにどうしても確認しておきたいことがあるの」

「確認しておきたいこと、ですか」

 なんだろう、と首を傾げる。すると、カーテンの裏からホベルトが出てきた。手には分厚い本を一冊。それを女王に手渡す。受け取った女王はそれを膝に置いた。古くて、叩けば埃が舞いそうな見た目だ。そんな美しいドレスに置いても良いものなのか、とチェーリアが思っていると、女王は頁を捲り始めた。

「これね、植物図鑑なのよ」

「植物図鑑」

「好きでしょ」

 ルイーザの顔にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。チェーリアはコクコクと何度も首を縦に振った。花守が皆、植物が大好きなわけではない。チェーリアは祖父譲りの植物愛を持っており、母も顔負けの植物オタクである。この図鑑を開いた途端に、彼女の目がキラリと光ったことに女王は気づいたようだ。

「サザリアについて、私、改めて考えてみたのよ」

 ルイーザが探している頁は、サザリアの頁のようだ。

 サザリア。この国では最もポピュラーな花だ。細い黄色の花弁と、長い茎が特徴的だ。環境に幅広く対応し、寒い地域から暖かい地域まで、咲く場所を選ばないので管理もしやすいのである。また、この城の左手に広がる広大な花畑には、一面そのサザリアが植えられている。花守一族が代々守ってきたのは、言ってしまえばサザリアなのだ。

「サザリアの花言葉って、知ってる?」

 ルイーザの手はまだ頁を捲る。次から次へと流れていく植物に、チェーリアは唾を飲んだ。恐らく大図書館から借りてきたのだろう。本を読む趣味は無いが、こういうお宝も眠っているとなれば、今度足を運んでみようかな、とチェーリアは思うのだった。

「知っています。平和、です」

「その通り」

 ルイーザが頁を捲る手を止めた。サザリアの頁である。その頁に描かれたサザリアは、よく特徴が捉えられていた。細い花弁が一枚一枚丁寧に描かれ、重ねられた色味は、午後の柔らかな陽射しを受けているように優しく暖かい。

「私、第四回目のスプーン戦争を心待ちにしていたのよ」

 ルイーザが頁から顔を上げる。太陽のような笑みが浮かんでいる。それは何だか子供のように無邪気だ。

「どうしてか分かる?」

「......いいえ」

 チェーリアは首を横に振った。楽しみだから、という簡単な理由をまさか女王ともなろう方が考えるだろうか。何だか、もっと深い意味がありそうだ。

「私、第三回目のスプーン戦争を経験しているのだけれどね」

 女王の目はチェーリアから離れ、膝の上の図鑑に戻されることもなく、ただ正面の大扉に向けられた。

「子供ながらに、どうして大人たちが子供よりも楽しんでいるのか、不思議で堪らなくてね。いまいち、あの祭典が楽しめなかったの」

 でも、と女王の手がサザリアに置かれた。

「今年は、何かが違う気がするわ」

 チェーリアは眉を顰める。随分ふんわりとした解答のような気がするのだ。

「何かが違う、とは」

「うーん」

 首を傾げると、額の金具がシャラシャラと鳴った。

「きっと、大人から子供まで、国中の人が楽しめるものになると思うの。歴史が大きく動くのよ。そう、そうね。歴史が動く。そうなったら、良いな」

「......」

 チェーリアはいまいちよく分からなかった。そもそも花守一族はスプーン戦争に参加はしない。武器を持って戦うのではなく、せっせと冠を編むのが仕事なのだ。歴史も何も、花守一族はその歴史にすら触れて来なかったのだ。

 チェーリアが黙っていると、女王が「だからね」とチェーリアの手を取った。すべすべとした暖かさに包まれて、チェーリアは顔に熱が集まる。しかし、振りほどくのも失礼だ。

「それを叶えるには、国民全員が一丸にならないとならないのよ。敵も味方も、花守だってそう。皆で協力しなきゃ。成功、失敗は後で良い。とにかく楽しむ気でやってみようと思うの。誰一人欠けることなく。だから、花守のみんなも、心を込めて冠を作って。大切な祭典の、死者のために」

 次々と言葉を並べる彼女の熱量に、チェーリアは「は、はあ」としか言葉が出ない。

「私ね、今回の祭典、とっても楽しみよ」

 女王は笑った。ちょうど、開かれた頁に描かれた、一輪のサザリアのように。


 *****


 最後の従者・チェーリアが玉座の間から出ていくと、部屋の中は静かになった。玉座の上ではルイーザがぼんやりと、真正面に見える木の大扉を見つめていた。

 そこへ、図鑑を裏へ戻しに行っていたホベルトが戻ってくる。

 ホベルト・アルトマン__金色の長髪を後ろで一つに結った、目鼻立ちの整った中年の兵士だ。常に女王の隣に居て、彼女を守り、そしてお喋りの相手をするのが彼の役目であった。

 彼はルイーザの隣にやって来るなり、大扉を見つめている彼女に口を開く。

「今日はお喋りですね、ルイーザ様」

 ホベルトの言葉に、ルイーザは微笑んだ。

「だって、もう少しで口が利けなくなるんですもの」

 ホベルトは彼女の言葉を受けて目を伏せる。

「スプーン戦争のルールですか。ですが、何週間、何ヶ月かかるか分からない祭典ですよ。あなたはもはや外に出ないのですから、ルールに少し寛容になってはいかがですか?」

「だめよ」

 ルイーザがクスクスと笑い、ホベルトから目を逸らした。その目は再び大扉に向けられる。まるでプレゼントを待つ子供のようだ。彼女は常に誰かを待っている。

「調子づいて余計なことまで言っちゃうもの。でも......そうね、寂しいわ。とっても」

 彼女は椅子に座り直した。座面に深く腰掛け、背もたれに背をつけると、ふう、と口から大きく息を吐く。

「けれど」

 ホベルトの目がルイーザを向く。彼女もまた此方を向いていた。カチリ、と二人の視線が合わさる。

「あなたが居るから、寂しさは半分こね」

「くっ......!!」

 あの優しい笑みに乗せられた彼女の言葉は、ホベルトの胸の深い場所まで入ってきた。彼は鎧の上から胸を抑えると、ばっ、とルイーザから顔を背けた。

 この人は本当に、本当に心臓に悪い__。

 ホベルトは心の中で言う。彼女は反応が面白かったのだろうか、「ふふ」と口を抑えて笑っていた。

 やがて、大扉が開いた。ルイーザがパッと顔を輝かせる。

「女王様、申し訳ございません。電球ですが、同じ色のものが無くて......少し色が変わるかもしれませんが、どうなさいますか?」

 部屋に入ってきたのは、最初に此処を出て行った従者のマルック・ハロネンだ。自分の身長の五、六個分の長い梯子を持って、部屋の中央までやって来る。

「少し色が変わるなんて面白いわ。ぜひ、その電球にしてくれるかしら」

「かしこまりました」

 マルックは工具箱を足元に置き、梯子の設置を始める。ルイーザはそんな彼に、彼の家族の様子や最近の出来事について聞いては、柔らかい笑みを浮かべていた。

 今日の彼女は、本当によく喋る__。

 ホベルトは彼女の横顔を見て、口元を緩めるのだった。

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