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スプーン戦争の夜明け  作者: 葱鮪命
第一章 知らない祭典
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メレディスという男

訂正:フォーク戦争で勝利したのは人間陣営です! 作中で「魔族陣営」となっていたので訂正しました。申し訳ございません。(2024.8.10)

「おい、あのローブだ」

「ああ、間違いない」

 会議室の中はかつてないほどにどよめいている。その原因を作ったのは、今部屋に入ってきた男だった。リゼに限らず、皆があの男を知っているようだ。正確には、男の服装に見覚えがあったのである。

「スプーン戦争実行委員会よりお越しいただいた、メレディス・ノシュテッドさんです」

 リゼは、まるで時が止まってしまったかのように彼から目が離せなかった。彼も此方に気づいたようで、じっと見つめ返してきた。赤い目は、今日も片方が作り物のようにキラキラと輝いている。

「それではメレディスさん、あとはお願いしても?」

「ええ」

 ハルムが場所を譲り、メレディスは黒板の前へ移動し始めた。コツコツという音に合わせて、ローブがゆらゆらと揺れる。そして、背中に背負った剣が、カタカタと鞘にぶつかる音がした。

 皆呆気に取られて彼を目で追っている。

 やがて、黒板の前に彼が立った。赤く鋭い目が、静かに部屋を見回す。今日のこの部屋の主役が決まった瞬間である。

「スプーン戦争実行委員会より参りました、エトランゼ班・班長のメレディス・ノシュテッドです。以後お見知り置きを」

 彼の声はハルムの声以上に部屋の隅々までよく通った。ごたごたした後方の荷物の隙間まで入り込んでいくようである。

「ご存知の方もいらっしゃる通り、今年は第四回目のスプーン戦争が開催される年です。実行委員会の方では、今のところ問題なく開催の予定が立っています。そこで、本日は開戦に先立ちまして地区毎の建物保護の申請書と、経営者の方には更に補助金の申請書をお配りします。長い期間のお祭りですので、皆様には是非ご協力を__」

「おい、ちょっと待て!!」

 淡々と説明を始めたメレディスの言葉を、途中で遮る者が居る。それは、リゼの対岸に座る刈り上げの男だった。この会議に普段参加する者の中では、最も筋肉質な、フェーデル・ペトリーニ。エトランゼ地区で大工を営む者である。いつも不機嫌で、会議の中で何かと文句を飛ばす彼。リゼは彼が苦手だった。

「何勝手に話し始めている? スプーン戦争って、そもそも何だ? そこからきちんと説明しろよ」

「今ならば歴史の授業で習うことですが」

 メレディスは冷たく言った。ガンッ! と大きな音がして、リゼは思わず身を縮こませた。

「喧嘩売ってるのか」

「フェーデルさん、落ち着いて」

 ハルムが部屋の隅から彼に言うが、逆上した男には全く届かない。

「スプーン戦争実行委員会だとかいう、ご立派な場所にお勤めの方みたいだな。残念だが俺は落ちこぼれの大工でね。学校に通ったことが無いんだ。そういう人間にも懇切丁寧に教えてくれるもんじゃないのか? 班長さんよ」

 彼は今にも飛びかかりそうな具合で、メレディスに向かってそう言った。メレディスは静かに彼を見つめていた。

 リゼはフェーデルの言葉に一理あった。普段ならばそう思うことは無いのだから、自分で自分に驚いてしまう。だが、リゼも学校に行っていないという点ではフェーデルと同じである。スプーン戦争という単語を昨日初めて知ったのだから、実行委員の口から改めて聞きたいと思った。

「分かりました。スプーン戦争について説明致します」

 メレディスが頷いた。フェーデルの態度には眉一つ動かさない。昨晩、店に来た時もそうだった。彼は表情が乏しいのだな、とリゼは思うのだった。

「二百年前に大きな戦争があったこと、皆さんはご存知でしょうか」

「フォーク、戦争」

 リゼは小さく言った。今さっきカスペルが教えてくれた単語だ。独り言のつもりだったが、「その通りです」と、メレディスがリゼに向かって頷いた。皆の視線が一気にリゼに集中した。リゼは慌てて下を向いた。

「フォーク戦争は、人間陣営と魔族陣営、二つの種族の考え方や文化の違い、そして王権を巡ることにより生じた戦争です。人間陣営の代表は此処、エトランゼ地区。魔族陣営の代表は西の地ユークランカ地区でした」

 リゼはエトランゼの西に存在するユークランカ地区に思いを馳せた。コートニーたちが作るパンの小麦粉の原料、小麦はそこで育てられる。エトランゼから出たことがないリゼには、どんな場所なのかよく分からなかった。

「戦争に勝利したのは人間陣営です。人間陣営は魔族を虐殺し、彼らを国の片隅に追いやったと言います」

 ギョッとする単語が聞こえてきて、リゼは顔を上げた。皆の視線は既に自分には無かった。フェーデルは頬杖をついてメレディスの話を聞き、他の者は特に思うこともないようである。学校に行っていれば、とっくに学んでいることなのかもしれない。

 虐殺。その言葉に持つイメージを、リゼは口にすることも想像することも憚られた。時々小説でそのようなシーンが出てくるものがあるが、リゼは怖くなって飛ばして読んでしまう。今読んでいるものも、中間にそんなシーンがあったので、リゼは数頁飛ばしていた。

「人間は自分たちの過ちに気づきました。自分たちの行為を猛省したのです。そこで、彼らはある決断をしました。この悲しい記憶を忘れない為に、後世に伝えていくことにしよう、と。自分たちの行為を恥じて、忘れないようにしようと。そこで生まれたのがスプーン戦争です。人間は自分たちの行為から目を背けない道を選びました」

 外から笑い声が聞こえた。中央広場で買い物をしている者たちの声だろう。広場で買い物を楽しむ彼らは、きっと誰も想像していない。自分たちが背中を向けている建物の一室で、こんなにも暗く重い空気が流れていることを。

「スプーン戦争は、五十年に一度という長い時間をかけて行われる、長期的なサイクルの祭典です。主な理由としては、準備に膨大な時間と労力が要ることが挙げられます。また、一世一代の祭典ということで、祭典の記憶が深くその人の記憶に刻まれることも理由にあります」

「ようは、人間様が起こした過ちを後世に繋いでいくってことなんだな。偉そうに」

 鼻で笑うのはフェーデルだった。

「人を殺して、それを忘れないようにするってか。随分自分勝手なんだな昔の奴らは」

「フェ、フェーデルさん」

 ハルムが再び部屋の隅から彼を呼ぶ。

「聞けば面白い祭典なんだってな。大の大人が玩具で遊ぶ? バカバカしい。そのために準備しろってか。俺は暇じゃねえんだ!! そういうのは、学校の休み時間に、校庭で子供たちとやってろよ!!」

「フェーデルさん、お静かに!」

 ハルムが頭を抱えている。

「大丈夫です」

 メレディスが片手を上げてハルムに言った。そして、

「スプーン戦争の内容は既にご存知でしたか」

「遊ぶんだろ? 玩具の武器で」

「遊びとはまた異なります。説明致しますね」

 フェーデルは勢いよく息を吐いた。リゼはいつ彼が大きな行動を起こすのか分からずビクビクしていた。今にも椅子や机がなぎ倒されそうで、体が勝手に固くなる。

「スプーン戦争は、かつて国民が手にしていた人を殺めるための武器を、全く反対で、人を殺めない安全な武器に変えたものを使用します。ようは、玩具です。専門の武器商人が一つ一つ手作りした、安全な玩具の武器です。それを使い、地区がチームを組んで優勝を争います。全ての国民は、必ず参加しなければなりません」

「必ずだと?」

 再びフェーデル。

「俺らの仕事はどうなる。遊びの最中で家を作れって言うのか」

「それに関しては心配要りません。委員会から補助が下ります」

 メレディスは涼しい顔で続ける。

「スプーン戦争は勝敗が決まるまで続くものですから、いつ終わるのか分かりません。もしかしたら一ヶ月、二ヶ月かかるかもしれません」

「そんなに長いのか」

 今度はフェーデル以外の者が声を上げた。

 リゼも驚いた。週に一度の定休日があるフローレンスだが、一ヶ月も休んだことは今まで一度もない。

「ええ。過去のものですと、第二回目のスプーン戦争は長期戦になって、終戦まで三ヶ月半かかっています」

「三ヶ月半」

 隣でティモーが声を上げる。

「その間、俺らはどうしたら良いんだ」

「店は金が下りるって言っても......」

 皆口々に不安を言い始める。静かだった会議室が騒がしさを取り戻し始めた。黙っていた時間の感想を言い終わるのを、メレディスは静かに待っていた。

 リゼは祭典が始まった後の想像が全くつかなかった。皆自分の店を放ったらかしにして、玩具の武器を片手に敵を倒しに行くというのは、非現実的すぎる気がしたのだ。

「俺は参加しないぞ」

 フェーデルが言う。

「冗談じゃない。そんな遊びに付き合っていられるか」

「祭典に参加しない方は、期間中、トランテュ地区に避難して頂きます」

「なんだと?」

「トランテュ地区です。そこはスプーン戦争の際、この国で唯一の不戦地帯なんです。如何なる戦争行為も認められていないので、そこでならば祭典に参加することなく、大工の仕事を心ゆくまで行うことができます」

「馬鹿言うな! 俺はエトランゼの大工だぞ!」

「では、最後まで聞いてください。賛否両論ある祭典であることは承知しているんです。我々はそれでも、この祭典を守っていかなければならないのですから。これは遊びじゃない、伝統なんです」

 初めてメレディスの語調が強まった。フェーデルが口を噤む。リゼも他の者も、息を飲んでメレディスを見つめた。

 メレディスは静まり返った皆の顔を見回す。

「長い準備期間が必要なのはそのためです。皆さんにはこれから、その準備に協力頂きたいのです。少しでも協力頂けると、実行委員としては大変助かります」

 強まった語調はすぐに元通りになった。淡々と、波の立たない水面のように、彼はスラスラと話した。

「フェーデルさんのように、納得できない方も国民には多くいらっしゃることと存じます。それを承知で、我々は此処へ来ました。どんなに時間がかかる祭典であろうが、面倒であろうが、一銭にもならなかろうが、参加して頂きたく存じます」

 リゼは自分の心の動きに気がついた。

 フェーデルの意見や、過去のフォーク戦争の話で落ちていた、最初のスプーン戦争に対する気持ちが、また少しずつ戻ってきているのだ。

 彼女はワクワクしていた。

「伝統として、一世一代の祭典として、深く心に刻んで頂きたいのです」

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