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スプーン戦争の夜明け  作者: 葱鮪命
第二章 長い一日
24/41

祭典の気配

 中央広場は、「エトランゼの心臓」とも呼ばれる。エトランゼ地区のほとんど中央に位置する上、食べ物や日用品が手に入る大事な場所というところでも、その別名に違和感は無いだろう。

 最も賑わう時間帯は朝である。採れたての新鮮な野菜や果物、他の地区で採れた珍しい食材を売る出店が、広場の円形に合わせてずらりと並ぶ。エトランゼ名物「朝市」の光景だ。

 昼には「昼市」があり、その時間帯は料理を提供する店が多く並ぶ。家の外で仕事をする者や、散歩に出かけた者などがふらりと立ち寄って腹を満たしていくのだ。

 リゼ・フローレンスは、そんな昼市で賑わう広場を一人歩いていた。片手には、中身がまだ半分にも達していない買い物かごをぶら下げている。

 商品を吟味する彼女のその腹の中では、さっきから虫たちが大合唱を奏でていた。各出店から漂ってくる匂いがそうさせるのである。

 やっぱり少ないなあ。

 リゼは店頭に並ぶ果物を見て、小さくため息をついた。かごの中に目をやると、父に頼まれた料理酒が一瓶、調味料は二瓶、そして小振りの魚が三匹。此処に果物が加わるとしても、せいぜい一個が良いところだろう。

「嬢ちゃん、フローレンスの子じゃないか」

 果物屋の店主がリゼを見て、元気の無い声でそう言った。リゼは「こんにちは」と微笑む。いつもはハキハキとしている果物屋の店主だが、今日は切ってから時間が経った林檎のように、しなしなとしていた。

「今日で店を閉めなくちゃいけなくてねえ。祭典が終わるまでは、トランテュで過ごすんだ。だからほら、荷物になると嫌だし、今なら安くするから買って行っておくれ」

 彼はそう言って、店主に似て何処か元気の無い果物をリゼに勧めた。リゼはそれらを一通り見て、それから店主と目を合わせた。

「トランテュでも果物を売るんですか?」

「いやあねえ......どうだろうね」

 男は苦笑する。

「他の店も撤退してるし、俺も波に乗らないとさ。あっちで店ができるかどうかは、今夜の説明会で話を聞かんことには分からないな」

 リゼは「そうですか」と言ったきり口を閉じる。これ以上上手く会話を続けられる自信が無かった。本当ならもっと明るいことを言って盛り上がりたいが、彼の表情がそうさせてはくれない。取り敢えず、残っている分の林檎を三つ全て買って、彼の店を離れた。

 此処一ヶ月、中央広場の活気は右肩下がりである。他の地区に比べたら賑やかな方ではあるのであろう。しかし、日に日に出店が減っていき、買い物をする者もそれに比例して減っていったことで、本来の賑やかさは既に過去のものとなっていた。

「あら、リゼちゃん」

 腹を空かせたリゼが、野菜炒めを売る出店の前で足を止めていると、後ろから声がかかった。振り返ると、同じ通りのパン屋の女将・コートニーである。

「コートニーさん。こんにちは」

「お使い?」

「はい。お父さんに頼まれて......でも」

「今日も今日とて出店は減るばかり」

 リゼが続けようとしていることを、コートニーは汲み取って頷いた。

「聞いてよ、牛乳屋が撤退していたの。もう信じらんない」

 大袈裟に肩を上下させるコートニーを見て、リゼもそういえばと思い出す。今日は牛乳屋を全く見かけていない。牛の一頭一頭に名前をつけて、今日はどの子から採れたミルクだ、という熱弁を聞いてからではないと牛乳を買わせてもらえない、あの牛乳屋だ。

「花屋も皿屋も、食べ物以外を売るお店もみんな撤退しちゃってるのよね。どんどん不便になっていくわ」

 コートニーが髪を人差し指に巻き始めた。今日は一段と巻かれ具合が強く、彼女の心情がよく現れている。

 減っていく出店。この不便さは、今日昨日に始まったことではなかった。

 この国で最も盛大であろう祭典が、約一ヶ月後に迫っていた。スプーン戦争だ。二百年前にあった壮絶な戦争__フォーク戦争を忘れないため、五十年に一度だけ行われる平和の祭典である。

 国民全員に参加義務があり、その内容というのは、武器を持って国民同士で戦うというものであった。もちろん、使用されるのは本物の武器ではない。玩具の、怪我をしないように作られている偽物の武器だ。その武器を用いて戦争のように勝利をめざして戦い、最後は敵も味方も関係なく飲んで踊って互いを労う、後夜祭・フラワームーンで幕を閉じる、というそんな祭典である。

 このビッグイベントに向けて、国中では準備が始まっていた。

 まず、エトランゼでは建物保護が始まった。リゼやコートニーのように、店を営業している者たちは店を閉める必要があった。そして、祭典によって建物が壊されないようにするために、シート等で保護をするのである。

 フローレンスやコートニーのパン屋の場合は、この保護作業を最低限に行っただけだが、薬を売るカスペルの店や他の重要な建物は、屋根から巨大な布をかけて店をすっぽりと覆ってしまうという、大規模な保護作業がなされていた。

 次に祭典への参加用紙が配られ、参加の意思表明をした。リゼはもちろん、コートニーも参加するということになっていた。

 そして今夜、ついにスプーン戦争に関する説明会があるのだ。いよいよ地区全体で祭典の詳細について聞くことができるのである。場所はエトランゼ大図書館。リゼの大好きな場所だ。

 普通ならば、祭典に向かって明るく活気づいていくものなのだろう。しかし、それは理想に過ぎない。実際は、出店の強制的な撤退により店側も客側も不満が溜まっていた。勿論、中には楽しみに思う者も居る。リゼもこっそりと其方側だ。大規模すぎる祭典が故に人々の気持ち分断されているのは仕方がないことだが、リゼは出来る限り楽しい気持ちで居たかった。

「まあ、不満ばっか言ってても仕方がないよなあ」

 途端、リゼとコートニーの隣からそんな言葉が飛んできた。それは、野菜炒めを売る出店の店主だった。鉄板の上で甘辛いソースに絡められた野菜を見て、リゼの腹は思い出したように鳴った。

 店主は二人の話を聞いていたようだ。顔を上げ、コートニーの方を見た。

「相談所の掲示板を見たかい? 食料は配給制になるそうだよ」

「配給制ですって?」

 眉を上げるコートニーだが、リゼはその言葉の意味が分からず首を傾げる。その様子に気づいたのか、店主が説明をくれた。

「食べ物と交換出来る紙が配られるのさ。その紙の数までしか、食べ物は貰えないんだよ」

「ええっ」

 リゼはギョッとして「じゃあ」と続ける。

「林檎が二つ欲しい時は......」

「紙二枚必要ってことよ」

 コートニーが言う。リゼはポカンと口を開けていた。籠の中にある林檎は、たった今三つ購入したが、それはきちんと硬貨で払ったのだ。しかも、その店の店主が自分の判断で安くしてくれた。その一連の行為が出来なくなるということだ。硬くて丸い硬貨は薄っぺらな紙になり、もし半額にしたかったら、紙を半分に破るのだろうか。

 リゼは想像しながら不思議だった。

「どうしてそんな制度にするんですか?」

 戦争と何の関係があって、そのような制度を導入するのだろう。そうしないと困ることがあるのだろうか。

 リゼの問いに答えたのは店主だった。

「一人が欲張って沢山のものを持っていくと困る人が出るだろう。そうならないようにするための制度なんだ。みんなに平等にご飯が行き渡るようにするのさ」

「祭典中は畑仕事とか出来ないでしょうしね。専門の商人って言ったって、普通の商人以上の食料を用意出来るとは限らないから、と言ったところかしら。少ない食料を均等に分けるのよ」

「な、なるほど」

 好きなものをお腹いっぱい食べられないというのは、リゼからすると考えられないことだ。いつも父のティモーが作るご飯を朝昼晩と腹がはち切れそうになるくらい食べるのだ。あの幸せな腹の重みを、祭典が終わるまで感じられないとなると、リゼは途端悲しい気持ちになった。

「でもほら、自給自足だってできるさ。スプーン戦争は言わば無限のフィールドを駆け回れるんだから。森を想像してごらん。食べ物の宝庫じゃないか」

「たしかにっ!」

 落ち込んでいたリゼの気持ちは、店主の明るい言葉でパッと明るくなった。

 森には食べ物が沢山だ。木の実やキノコ、川があれば魚だって採れる。そうなのだ、何もエトランゼに限らないのである。これは、国全体を使うお祭りなのだから。

 リゼが顔を輝かせる横で、コートニーは「でもねえ」と納得しない様子だった。

「本当に楽しいお祭りなのか、時々分からなくなるのよ。確かに平和を願って、国民全員を参加させるというのは素晴らしい案だけれど、そこまで細かく本物の戦争に寄せる意味があるのかしら?」

 彼女の言葉に、店主は苦笑した。

「そうだね。でも今の時代、少しでも苦労をして食べ物を手に入れるという人は少ないんだ。そういう意味でも、この祭りは考えさせられるものがあるんじゃないかな」


 *****


 コートニーは、彼が配給制について教えてくれたお礼ということで、彼の料理を少量買った。二人でそれを分けながら、少しの間広場を歩いた。

「美味しいわねえ」

「はいっ!!」

「リゼちゃんったら、口にソース付けて......あ、リゼちゃんのお皿、お肉少ないわね。私のあげる」

「わあ、ありがとうございます!」

 こうしていると、親子のようだ。母を小さい頃に亡くしたリゼだが、コートニーと接していると、幼い頃に感じていた母の温もりが全て蘇ったように感じるのだった。誰が何と言おうと、二人は親子である。

 さて、リゼはコートニーに買ってもらった甘辛い炒め物を食べながら、真新しいものを求めて視線をさ迷わせる。ふと視線はある場所に留まった。

「掲示板に書いてあるって言ってたわよね」

 コートニーも同じ場所に目を留めたようだ。

 二人が注目したのは、エトランゼ地区相談所の前に設置されている掲示板だった。彼処には常に最新の情報が張り出される。迷子犬の捜索願や、地区総会で決まったルールなど。

 スプーン戦争関連のものも張り出されているはずである。炒め物屋の店主が言っていた配給制の情報は、この掲示板から仕入れたものだった。

 見てみると店主の言う通り、スプーン戦争関連の紙が堂々と掲示板の中央を陣取っていた。大きな紙にはびっしりと文字が並び、情報が嵐のように渦巻いている。リゼはクラクラした。

「えっと......これかしら」

 コートニーが指さした先を見ると、たしかに配給制の話が書いてあった。食べ物に限らず、衣服や武器、その他多種多様な雑貨が切符でのやり取りになるとのことだった。

「まあ不便」

 情報に弾かれるように、コートニーは掲示板から離れた。食べ終えて残ったゴミを、リゼのものとまとめて近くのゴミ箱に放り込むと、また戻ってきた。その顔にはうんざりした表情が浮かんでいる。

「食べ物どころじゃなくて紙も服も何もかもお金じゃ買えないのね」

 此処までするものか、とリゼも眉を顰める。国民の生活はあまり重要視されない祭典のようである。

 炒め物屋の店主は良い事だと話していたが、あまりにも戦争に似せすぎだ。これでは、皆ネガティブなイメージを祭りに持ってしまうのではないだろうか。五十年前の祭典も同じようなものだったら、「大事な祭典だ」という証言は得ているので納得はできるが。

「こんなにも大変な祭典だとは思わなかった。人が死ぬのも何だか納得しちゃうわね」

 コートニーが肩を竦めた時だった。相談所の扉が開いて、そこから一人の女が出てくる。金色の髪を後ろで丸くまとめ、白い丸襟のシャツの上にはいつもの深緑のベストを羽織っていた。まだ幼さが残る顔は、すぐにリゼとコートニーに気づいて、柔らかい笑みを浮かべる。

「こんにちは、リゼちゃん、コートニーさん」

「ミースちゃん。こんにちは」

 エトランゼ地区相談所の受付嬢、ミース・ブルーメンだ。生粋のおじいちゃん子で、祖父と共に働きたいという理由から、彼のオフィスである此処の受付嬢をしているのである。

「それは?」

 リゼはミースが両腕いっぱいに抱えた紙の筒を指さす。彼女の背丈とほとんど変わらない大きな紙の筒だ。広げたら、掲示板と同じくらいの面積になるだろう。

「スプーン戦争のルールだよ。掲示板に貼るんだ」

 ミースがそう言って、足元にその筒を置いた。覗き込んでみると、中にはこれまた細かい文字がびっしりと並び、情報の嵐は此処にも渦を巻いている。

「何だか、祭典が始まる前に頭が沸騰しちゃいそうね」

 一緒に筒を覗き込んでいたコートニーがため息をつくと、リゼもミースも笑った。ミースはこれから、掲示板の先客たちを、今持ってきた紙のために剥がさなければならないようだ。リゼとコートニーは彼女を手伝うことにした。

「ミースちゃんはどう思う?」

 コートニーは、配給制や切符制についての愚痴を一通り彼女に話した。ミースは手際よく紙を剥がしながら「うーん」と首を傾げる。

「やりすぎ、とまではいかないけれど、此処まで本格的なものとは知りませんでした。でも、相談所に来られる年配の方からお話を聞く限り、第三回目もこんな感じだったそうですよ」

 リゼはそれを聞いて「やっぱり」と少し嬉しかった。それを理解した上で皆「大事な祭典」と話しているということだ。これはもう、そういうものだと受け止めて祭典を楽しむしか無いのだ。そう考えれば、この不便さが日常からかけ離れていく様にリゼはワクワクするのだった。

「そうなの。昔の方は寛大なのかしら」

 コートニーが迷子犬の紙を剥がしている横で、ミースは持ってきた大きな紙を広げた。ミースの両腕いっぱい広げた長さでは足りないようだ。リゼが手伝おうと足を踏み出した時、相談所から一人の男が出てきた。

「ミースちゃん、手伝いますよー」

 それは金色の髪を持った青年だった。ミースは彼に気づいて、

「ノーランさん」

 と名前を呼ぶ。ノーランと呼ばれた青年は、リゼが行おうとしていたことを素早く実行した。少し違うのは、ミースが紙を抑える片手に、わざとらしく自分の片手を重ねているところである。

「ノ、ノーランさん」

「どうしました?」

「手、手が......」

「あ、ああ〜! 気づきませんでした。すみません、すみません」

 ノーランはやはりわざとらしく謝る。リゼは気づいた。真隣に居たコートニーが、見たこともないほど髪を人差し指に巻き付けているのだ。

「ちょっとアンタ」

 彼女は低い声でそう言うや否や、ずんずんとノーランに近づいて行った。リゼはハラハラと彼女の次の行動を見守る。

「もしこの子に何かしたら、区長もアタシも黙ってないわよ。良いわね」

 ノーランはコートニーの様子に目を丸くし、肩を縮ませる。「はあい」と蚊の鳴くような声で返事をして、ミースから静かに離れて作業を再開した。リゼはミースと目が合って、苦笑いを浮かべるのだった。

 コートニーは誰にとっても第二の母なのである。


 *****


「ただいまー」

「おう、お帰り」

 通りでコートニーと別れ、リゼはフローレンスに戻ってきた。しかし、表口を開けて店の中に入ろうとした時、リゼの体はそれを強く拒絶した。自分でもよく理解できないうちに、弾かれるようにして店の外に出る。

「げほっ、げほっ」

 咳が止まらなかった。おまけに涙も止まらない。目がビリビリと、唐辛子に触れた手で擦った時のような痛みに襲われる。

 リゼは状況を一つ一つ整理する。この痛みはまず、自分が知る唐辛子では無い。こんなに強い香辛料を買った覚えも無い。

 涙で霞む景色は白くぼやけている。涙を拭ってもまだ視界は不明瞭だ。火事だろうかと驚くところだが、いつも通りの父の声が聞こえたのでそういうわけではないだろう。これは湯気だ。心做しか赤く染められている。見たことの無い色の湯気である。

 ようやく咳が収まり、リゼは鼻を啜った。そして、恐る恐る目を凝らした。厨房に父が立っている。この大量の湯気は、彼が操るフライパンから生まれているらしかった。

「お父さんっ、何この湯気!? すごく目に染みるんだけど!!」

 リゼが声を張り上げると、父は「おう!」と頷いている。何が「おう!」なのだろう。何も「おう!」ではない。

 リゼは意を決してフローレンスの表口を潜った。籠の中の食材たちが湯気に触れぬよう、片腕で必死に守りながら。

「すげえ匂いだろ!」

 どうやら自覚はあるらしい。

「昨日の掃除で、棚の奥にしまってあった香辛料を見つけてなー! 未開封だったからどんなもんかと思って使ってみたらこれだぜ!! よく熟成されたみたいでな、止まらないんだよ、涙が!」

「じゃあ使わないで捨ててよ!!」

 リゼは籠を置いて、カウンター側から恐る恐るフライパンの中を覗き込んだ。禍々しい赤色がフライパンの中の野菜を染色している。真っ赤な野菜たちは助けてほしそうにリゼを見つめていた。

 なんという恐ろしい料理を考えてしまうのだろう。

 中央広場でコートニーに買ってもらった野菜炒めと比較すると酷い差を感じる。こんな料理に使ってしまった野菜たちに謝りたい気持ちだ。

「お父さん、料理人でしょ? 食べ物を粗末にしちゃダメなんだよ」

「誰が食わないって? ちゃんと食うよ! 騙されたと思って、一口食ってみな。美味いぜ」

 父はそう言って火を止める。後ろの棚から皿を二枚出して、それぞれの皿に真っ赤な野菜炒めを盛り付けた。リゼは椅子に座らせられていた。目の前に置かれた「料理」と呼びがたい一皿に唾を飲む。匂いに慣れたのか、拒絶反応は幾分かマシにはなった。フォークを手にして、この世のものとは思えない程に染色されたキャベツを掬う。そして口に運ぶと、

「美味いだろ?」

「......うん」

 食べ物の味で嘘はつけない。父の腕が良すぎるのか、香辛料が優秀すぎるのか、それとも野菜が飛びっきり良いものだからか。

 不味い箇所を探そうと神経を集中させて食むが、旨みが出てきてしまった。何故あの見た目で、この味なのだ。自分の手が止まらないのも更に怖い。

 父も口に運び、大きく頷いている。

「いやあ、こりゃ採用だな。この味、このインパクト......人気メニューになること間違いなしだぜ!」

「お客さんは確実に減るよ」

 店に入って、この料理を頼むまでの代償が大きすぎる。メニュー化するとなれば越えるべき課題は山ほどありそうだ。

 リゼは洗い物を始めた父を、咀嚼しながら眺めていた。フローレンスが閉まってから、父はこの調子で新メニュー開発に時間を費やしていた。新しい料理が出来上がると、二階に居るリゼを呼び、一口食べさせてくる。

 保護作業をするために家の掃除をしなければならない時でさえ、彼はフライパンを手離さなかった。彼にとって何よりも大事なことは、料理をすることなのだ。没頭するのは良いのだが、周りにもっと気は配るべきである。保護作業ではルークに迷惑がかかり、今は娘に迷惑がかかっているのだから。

 それにしても、彼がこの二週間で作った試作品はどれも美味しかった。改善の余地はあるものの、今回の料理を含めて全てメニュー化するのではないかと思うほどである。スプーン戦争が終わったら、きっとメニュー表は大きく書き換えられることになるだろう。

「これなら、フラワームーンで俺の料理も提供できるな!」

 父は後夜祭であるフラワームーンを特に楽しみにしていた。料理を作る者にとって、その宴を楽しみに思わないわけがない。

 しかしまだ祭典すら始まっていないのだ。気が早すぎやしないだろうか、と思うと同時に、祭典中はきっと料理どころではない。彼の手にあるフライパンは、玩具の武器に変わってしまうのだ。それを考えると、リゼは何も言えなかった。

「ん、魚はこれだけか。随分少ないなー」

 洗い物が終わり、リゼが置いた買い物籠を覗き込んだ父は首を捻る。

「うん。もう出店も少なくなってきたよ。果物屋さんも、もう閉めるって」

「そうか。あの実行委員の兄ちゃんの話だと、専門の店が来るって言ってたな。一体いつ来るんだかなあ」

 ティモーは籠を持っていく。中身を片付けるのだろう。リゼは目の前の料理に集中した。配給制になった話をしようかと思ったが、彼はきっとショックを受けるだろう。コートニーもそれを知った時、ショックを受けていた様子だった。父がどのような反応を示すかは分からないが、リゼは父に祭典のネガティブなイメージを持って欲しくなかった。

 配給制になると、腹いっぱい食べられない__。

 リゼは時間をかけて皿を上を片付けるのだった。

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