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スプーン戦争の夜明け  作者: 葱鮪命
第一章 知らない祭典
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霧の中の一軒家

 その家は、ユークランカ地区の広大な森の何処かに存在しているという噂だ。

 かつてフォーク戦争で、魔族陣営の裏切りを謀った魔女が住むと言われている家である。

 この話は、フォーク戦争の話と共に、ユークランカの各集落で語り継がれる伝承だ。

 ある集落では、魔族陣営の栄光として。またある集落では、魔族陣営の恥ずべき歴史として。

 集落ごとに、その偉大なる魔女に対する考え方や見方は異なっている。何故なら、ユークランカはかつて一つの一族だったが、考え方の違いから住む場所を分けた者が住まう土地だからである。

 魔法というものは魔族にとって自分たちの体の一部であった。人間とは流れる時間の異なる血を持つ理由であった。

 魔法を使うことが出来る自分たちこそが優れているのであり、自然を味方につけることが強いのだと信じ続けていた。

 それが、魔族一族を強く繋ぎ止める考え方だった。

 しかし、それは一人の魔女の裏切りにより、一瞬で崩壊した。

 魔族は魔法を無くして絶望の中、人間たちによって苦痛の死を味わい、敗北を味わった。魔法が無い自分たちが此処まで無力なのだと、悲しいまでの現実を見せられた。

 生きる希望を失った彼らは、泥沼の中を這って光を目指した。魔法は、生きていく中で案外必要が無いものだと、大半の魔族は気づき始めた。

 森の緑とは、会話が出来ずとも今までの知識で声がする。森の動物とは、会話は出来ずとも彼らの中に動物の心の声が本能的に刻まれた。水も空も、声が聞こえずとも少しの変化も見逃さない目や肌を、自分たちは持っている。

 魔法が無いことが、いつの間にか当たり前になった。人間と同じ生活が可能になった。

 こうして魔族は、住む土地を広げた。人間と交わり、血を混じった子供を産み、その子供はまた血を薄めた子供を産む。

 少しずつ魔族は血を薄め、やがて従来の力も、歴史も、ほとんどがその体から忘れられていった。

 しかし、ユークランカの西端部__その集落は、クエンテイルという。

 人間との交わりを決して許さず、人間と交じることを選んだ魔族を嫌い、自分たちの体に流れる純粋な魔族の血を長く大事にしてきた者が住まう土地だ。

 まだ魔族の血が流れる彼らは、魔女による封印の弊害がありながら、ただ一つ、永遠の命の力だけはその手に持っていた。

 フォーク戦争で経験した悲しい歴史を、その目で確かに見た者たちが、未だにこの国には存在するということだ。

 ユークランカで語り継がれる魔女の伝承__その中に出て来る魔族陣営そのものが、彼らだ。実際に魔女の家に行って、魔法を返すよう魔女に抗議した者たちだ。

 それらの行為が伝承として語り継がれることは、クエンテイルにとってどれほど憎いことだろう。あるも無いもよく分からない話に仕立てあげられることは、どれほど悔しいことだろう。

 彼らの心には人間に対する強い憎しみと、元同族たちに対する深い悲しみが渦巻いていた。事実を見ている彼らから、それが払拭されることは無い。

 過去が過去では無い。彼らは常に、今、この瞬間を見つめている。


 *****


 鬱蒼とした森の中に、木造の一軒家がポツンと建っている。その家は、深い霧をベールのようにまとっていた。煙突から煙が上がっても、きっとその煙は霧と同化して見えないだろう。

 周りに同じような建物は一軒も無い。ただその家だけが、忘れられたように建っている。

 玄関には乾いた花がリース状にして飾られていた。ポーチにはバケツがひっくり返されて置かれており、壁に立てかけてある箒には蜘蛛が巣を張っていた。

 家の周辺はしん、と静まり返っている。人が住んでいるような気配はほとんど無い。

 しかし、

 ザザ、ザザザ__。

 そんな音が二階から降ってくる。二階の窓が開け放たれているのだ。そこに齢十四程の小さな少女が居た。

 彼女は窓辺に座っていた。低い身長では、大人用に作られた椅子に座ると足が床につかない。ゆらゆらと揺らして、椅子をギシギシと言わせている。

 木の幹のような色の大きなローブをまとい、彼女は窓に向かうように置かれた木製の机に、背中を丸めて向かっている。

 此処は彼女の家である。

 一階部分は、主に本や道具を置いておく倉庫のような場所で、梯子を登った二階部分が、彼女の自室。

 質素なベッドの上には分厚い本が開かれた状態で置かれ、その隣にはペンと紙。寝転がって書き物をしていたのだろう。

 天井から、玄関にも飾ってあったドライフラワーが紐でぶら下げられて飾られている。

 この部屋は熱心に掃除をしているのだろうか、玄関の箒に張ってあったような蜘蛛の巣は見られない。

 壁には、古く黄ばんだ紙に描かれた魔法陣が所々に貼ってある。

 また、並んで絵もかけられていた。サザリアの絵、狼の横顔、美しい女性の肖像画、そして、四人の家族の絵。黄ばんだ紙の上に柔らかいタッチで、それらは描かれている。

 床には、少女が寝転がってもまだ余裕のある丸いラグが敷かれていた。

 そんなラグの上、少女の座る椅子の足に寄り添うようにして、巨大な狼が一匹伏せて眠っている。

 少女が向かう机の上では、蕾を閉じたサザリアが一本、ガラス瓶の中で朝の風にそよそよと揺さぶられている。

 その他、木で作られた横長の箱が置かれていた。

 箱の蓋には虫の触覚のような銀色の棒がつき、それは開け放たれた窓の方を斜め上に向いて伸びている。黒い突起物のついた箱の側面は、彼女の方に向けられていた。

 少女はその箱の側面についた突起物を、細い指で摘んで右へ左へと慎重に回している。

 ザザ、ザザザ、という雑音が、箱の側面に空いた小さな穴穴から聞こえてくる。

 それはラジオだった。少女はラジオを聞こうとしているのだ。今は電波を合わせることに苦戦しているようで、かれこれ一時間はこの調子なのである。

 少女は眉間に皺を寄せ、つまみに顔を近づける。

 あと少し。もう少し。

 彼女はつまみをぐりぐりと回す。

 そして、

『あっ、あー。もしもーし。聞こえますかー? 試験放送、試験放送! 皆さん、こんばんは〜!! こちらはトランテュ放送局・スプーン戦争戦況報告委員会で〜すっ!!!』

 少女の顔がパッと輝いた。思わず、自分の座る椅子の足元で寝息を立てている狼を振り返る。

「エルバ!! エルバ起きて!! ラジオ鳴った!!」

 少女のはしゃぎ様は幼い子供のようだった。今にも椅子から落ちそうだ。

 狼の耳がピク、と動く。しかし、目は開かなかった。

 少女ははしゃぐのを止めて、食い入るようにラジオを見る。口の端が自然と持ち上がるのは、きっと興奮しているからだ。

 ラジオからは、元気な男の声が聞こえてきた。まだ若い声だ。少女と同じくらいの歳だろう。

『いよいよ近づいて参りました、第四回スプーン戦争! 二百年前にあったフォーク戦争の凄惨さを忘れないため、五十年に一度開催される全国民参加型の祭典でございます!!』

 声はラジオから元気に流れてくる。ノイズも無く、よく聞こえる。

 少女は自身でも気づかないうちに、ラジオに鼻先が付くくらい顔を近づけていた。

『今回のスプーン戦争は一味違いますよー! なんて言ったって、このラジオがありますからねえ! 戦況報告、地区紹介コーナー、お便りコーナーと、スプーン戦争を楽しく盛り上げていく要素てんこ盛りの新企画!! ラジオの前の皆さん、ワクワクしてきたでしょー?』

 少女はコクコク、と見えない彼に向かって頷く。

『さて、今回は試験放送ということで、この辺にしておきましょうか! あまり長ったらしく喋るとダグラスさんに怒られますからね__おーっと、既にお怒りだったー!! では皆さん、今度は本当の放送でお会いしましょう! スプーン戦争まであと僅か! 重要な情報をしっかり頭に入れて、祭典に備えましょー!』

 少年は声を弾ませ、マイクに口を近づける。

『こちらは、トランテュ放送局より、スプーン戦争戦況報告委員会! 担当は、エディ・ウィザースプーンでしたっ!!』

 ぶちん!

 半ば強引に放送が切られ、部屋に静けさが戻ってくる。どこかで梟がホーホーと鳴いた。狼の耳がぴくりと動くも、やはり目は開かなかった。

「終わっちゃったねえ」

 少女が足をプラプラと動かしながら、名残惜しそうにラジオを見つめる。おそらく狼に話しかけているのだろうが、狼は反応しない。

「でも、楽しみが出来て良かった」

 少女は微笑んで、花瓶に活けられているサザリアに目をやる。

 膨らんだ蕾は、間もなく咲くことを示している。


 *****


「報告を」

 霧深いユークランカ地区の西端部。石造りの集落だ。中央に聳える立派な建物__族長の家である。

 その声は、壁と床の石にはね返って隅々まで響いた。

「はい。現在、ユークランカ地区をエトランゼ方向に向かって進行中。大きな所ではコスタムス、ハラレット、トダール、サラーマザンと、他六つの集落を制覇しています」

 男が答えた。彼の前には、黒いベールが天井から床まで降りており、ある一定の範囲を囲んでいた。

「大きな集落は大半引き入れたか。残るはエグトラドール周辺だな」

 その報告に、ベールの向こうのその声は満足そうだった。薄らと人影が浮かび上がっている。声の主だ。

「皆よくやっている」

 声は弾んでいる。

「我々が感じた憎しみと悲しみを、戦争を忘れ呆けた哀れな民に教えてやらないとならない。それが我々の使命だ」

 部屋の中には白いローブを身にまとった者が、黒いベールに向かって立っていた。

「私たちと同じく痛みを与えなければならない。それが伝統であり、紡いでいくべき事なのだよ」

 ベールの向こうから聞こえる声に、白いローブたちは小さく頷く。

 部屋の中は暗かった。壁にかけられた燭台に刺さった蝋燭は、もう残り僅かだ。ゆらゆらと怪しい影がいくつも壁に浮び上がる。

「だからなのかっ」

 その時、何処か神聖さすら感じる部屋の中に、一人の男の声が響いた。それは、部屋の遥か後方から聞こえてきた。

 男は、白いローブたちの影に居た。手足を縛られ、床に芋虫のように転がされていた。周りにもまた、同じように腕を縛られたり、はたまた気絶をして床に伏せている者もある。部屋の中には、微かに血の香りが漂っていた。

「お前らが俺らの集落を襲ったのは、つまりそういうことなんだなっ!? 鬱憤晴らしを始めるってわけか!! 今更っ、この時期にっ!」

 鈍い音がした。男の苦しげな声と、床に液体が滴る音がする。

「口を閉じろ、今はメイベル様が話をしているんだ。半端者は黙って聞いていろ」

「何が半端者だっ!! お前らは大事な祭典を何も分かっちゃいない!! 平和の祭典に水を差すな!」

 男は蹴られようが、鋭い声を上げて抗議した。

「今はもう、お前らみたいな考え方が古臭いものとされているんだ!!」

「それはお前たちだけだ!! あんなもの、ただの自己満足の祭典だっ!! 我々純血のように、本物の戦争を知らないくせにっ!!」

「そこまでにしろ、オロフ」

 ベールの向こうから、声が制す。男を蹴り上げた白いローブは、思わず其方を振り返った。

「ですが、彼らには教えてやらねばなりません!!」

「それは、これから教えていけば良い。彼らはあくまで血を分けた大事な兄弟だ。何も知らぬ赤ん坊だ。我々の本当の宿敵は、憎き人間どもだ。戦争という単語すら知らない愚かな種族達よ」

 部屋は再び静まった。苦しげな呼吸音が、床に近い場所からいくつも聞こえてくる。

「威勢の良い若者よ、たしかコスタムスの出身だったな」

 床に倒れていた芋虫男は、鼻血を垂らしたまま顔を上げた。白いローブたちが体を避けたので、彼にもベールは見えた。

 ぼんやりと浮かぶ人影。ゆったりと何かに体を預けているのか、その体は横に倒れていた。胸、腰の位置がよく分かる、艶かしい山がある。

「お前たちも歴史の中で我々を裏切ったのだよ。人間の血をその体に入れることを選んだ。戦争を忘れようとしたのだ。それを穢れた歴史として忌み嫌ったのだ」

 声は低く、そして美しかった。

「我々がどうして此処までするか分かるか」

 男は黙って首を横に振った。顎が床についた。視界に霧がかかるように、男は意識が遠のきそうなのだ。

「真の魔法を見たいのだ。またもう一度、あの光景を見たい。真の魔法だ。血に刻まれた、封印されたあの魔法だ。見たことがないだろう、混血たちよ。我々は知っている。それがどれほど美しいものか」

 声はうっとりとしていた。男の意識は、もうほとんど無かった。女の声は、子守唄のように彼の耳の奥に響いてきた。

「人間にも見せてやらないとな。そして、我々が優れた種族であることを教えてやるのだ。共に戦う兄弟たちよ、これは戦争だ。二百年前の血を、共に蘇らせようぞ」

 蝋燭の火が、一本、また一本と消えていく。ローブたちの姿が闇の中に消えていく。血の香りと、煙の香りが交わっていく。

 最後の一本が消える時、男の意識も闇に消えた。

一章「知らない祭典」これにて終了です!

二章は執筆中なので、出来上がり次第Xの方で予告致します!

此処まで読んで頂きありがとうございました!

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