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スプーン戦争の夜明け  作者: 葱鮪命
第一章 知らない祭典
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雨上がりの広場

「何をして遊ぼう」

 夕餉まで時間があったので、広場に出てきた子供たちの周りでタネリは皆の顔を見回して聞いた。大人たちが夕餉の準備をしているので、遊んでくれるのはタネリだけなのだ。

「『狼のご飯屋さん』!」

「それはこの前もやったろ! なあ、タネリ、あれが良い! 『鳥遊び』!」

「えー、嫌だ! 俺それ嫌い! 上手く飛べないし、前に木から落ちて足怪我したし!」

「上手くやれば大丈夫だよ!」

「怖いから嫌だ!」

 ラフルはまだ眠くてぐずる末っ子のディックを胸に抱いて、少し離れた場所から子供たちの「遊び議論」を眺めていた。ああして自分たちで話し合って、理由も言いながら意見を言えるのは、子供の良いところだ。相手の顔色はそこそこに、自分たちがどうしたら皆で楽しめるかを考えるのだ。

 自分はいつからあの輪に入れなくなったのだろう。

「タネリ、あれしよ、あれ!」

 やがて、決まったらしい。子供たちがいっせいにタネリを見た。

「太陽の遊び唄だよ!」

「輪になって踊るやつ!」

「『太陽来い来い』かい? 良いよ」

 タネリが頷いた。

 ディックがその言葉を聞いて、兄の胸からハッと顔を上げた。

「降りる?」

 ラフルが問うと、彼は頷いた。地面に下ろすや否や、皆の輪に駆け込んでいく。

「ラフルもやろうよ」

 タネリが手招きをしている。ラフルは少し躊躇ったが、あの遊びはラフルも好きだった。「うん」と小さく頷き、弟の背を追う。

 子供たちは濡れた地面に輪になってしゃがみ込んだ。タネリがラフルを引き連れて、輪の中心にやってくる。

「じゃあ、ラフルが『ショウニン』。好きなところから始めてくれ」

「分かった」

 タネリは子供たちと同じようにして輪に混ざってしゃがんだ。そして、手拍子を始めてリズムを取り始める。子供たちも彼に倣って手拍子を始める。ラフルが右足を前に出した。ふわりと髪が揺れる。続いてくるりと振り返る。正面に来た子供たちがキャッキャと笑う。続いて反対を振り返る。次に正面に来た子供が笑う。

「行くよ」

 ラフルは正面に居た弟のケントを見た。



 声を辿れば 木陰を辿れば

 大人に手引かれ 花の市



 子供たちが声を揃えて歌った。手拍子のリズムに上手く合わせて、呼吸もピッタリである。ラフルはケントと場所を入れ替えた。輪の中心にやってきたのはケントである。



 ねんねは三枚 まんまは二枚

 可愛い坊やは何処に行く

 ねんねは七枚 まんまは一枚

 隣の嬢ちゃん ぐらんぐらん



 ケントが主旋律を歌った。周りが合いの手を入れて彼の動きを目で追う。ラフルと同じ動きをして、ケントはウスコを見た。すると、その隣に居たヴィヴィがハッとして立ち上がる。ケントと場所を入れ替えて、次に輪の中心にやってきたのは彼女である。



 お水をかけても お砂をかけても

 太陽燦々 ぎらんぎらん

 お酒を飲んでも 小枝を折っても

 太陽来い来い 知らん知らん



「タネリ!」

 ヴィヴィが元気に彼を呼んだ。タネリは苦笑し、ヴィヴィと場所を入れ替える。次に輪の中心にやってきたのはタネリだ。



 車輪が回れば 呼び声売り声

 人の手 嫌々 獣の手



 足の移動が誰よりも軽やかで、ラフルは思わず目を見張った。やはり上手い。小さい頃から、彼のあのダンスを見るのがラフルは大好きだった。



 パンは四枚 お水は六枚

 可愛い嬢ちゃん檻の外

 木の実は一枚 手と手は十枚

 童の市だよ いらんいらん



 タネリは歌いながら次の踊り手を探す。そして、「クラーラ」と素早く名前を呼んだ。名前を呼ばれた女の子が嬉しそうにタネリと場所を入れ替える。皆で手拍子を揃えた。



 お外に出れても 雨が降ってても

 太陽燦々 ごらんごらん

 まんまを食っても お家は無くても

 太陽来い来い 知らん知らん



 クラーラは何処か恥ずかしそうに歌を口ずさんでいる。そして、二人の少年の名前を呼んだ。彼女の兄たちである。三人は輪の中心で手を取って踊り始めた。



 明くる日 巡る日 一昨日の話

 双子の嬢ちゃん 金貨が六枚

 鉤爪 遠吠え 金の粉 銀の粉

 フォークと目ん玉と

 まんまとねえねと



 兄たちは終わるとすぐに輪に戻る。次にクラーラが呼んだのはラフルだった。ラフルは目を丸くして自分を指さす。タネリが「行け」と背中を軽く押したので、ラフルは輪の中心に戻って来た。

 クラーラはまだ恥ずかしそうに顔を赤らめている。ラフルは彼女の手を取った。小さくて温かい、柔らかい手だ。



 明くる日 巡る日 一昨日の話

 一人の嬢ちゃん 金貨が三枚

 泥の手 遠吠え 金の粉 銀の粉

 スプーンと受け皿と

 なんも無い なんも無い



 手拍子だけが残る。最後は綺麗に全員の音が合わさった。地面を軽く蹴って小さく飛び跳ねたラフルとクラーラも、その音と共に地面に戻ってきたのだった。

 わっと歓声が上がる。

「上手だった?」

 クラーラがラフルと手を繋いだまま、ラフルの顔を見上げる。ラフルは微笑んで頷いた。

「上手だったよ、クラーラ」

 そう言うと、少女は嬉しそうに笑った。

「ショウニンたちー、飯できたぞー」

 大人たちが呼ぶ声がする。気がつけば、良い香りが広場には充満していた。


 *****


「じゃあ、続きと行こうか」

 大人たちがボウルを空にして立ち上がり始めた頃、タネリが言った。周りに気を取られていた子供たちの目はすぐに彼に集まった。ラフルもその一人だ。

「朝はフォーク戦争、昼はその時のロザンネ様の活躍、そして、最後は......」

「スプーン戦争!?」

 ケントがボウルの中身を激しく揺らしながら問う。タネリは「よく分かったね」と頷く。そして、子供たちから顔を上げて、周りで作業を始めようとしている大人たちを見た。

「みんなも聞いてくれるかい? せっかくだし」

 大人たちが少しだけ驚いた表情を見せる。

「......大事な話だしな」

「そうねえ」

 大人たちは頷き合い、我が子の近くにやって来る。ぱちぱちと火が弾ける音が広場には響いていた。少し湿っぽい空気だが、何だか温かくて、ラフルはいつものワクワクに拍車がかかった。父と母が背後に座った感覚があった。ディックが丸太から落ちないように背中に手を添えてあげているのは、父だろうか。

「今日の最後に語るのは、スプーン戦争について。この国で大事にされてきた大きなお祭りのことだよ」

「パーバリ兄ちゃんが敵になるやつ」

 クラーラの兄の一人がそう言った。「その通り」とタネリ。

「どうしてパーバリが敵になるのかと言うと、それは地区同士がライバルだからなんだ。優勝を目指して、それぞれの地区が戦うからなんだよ」

「戦うの?」

 ヴィヴィの不安そうな声を聞いて、タネリは「大丈夫」と微笑む。

「使えるのは木で作られた玩具の武器なんだ。軽くて、叩いても怪我をしない安全なものだよ」

「玩具!?」

「俺らも持って良いの!?」

「もちろん」

「玩具だって、お母さん!!」

「遊んでも良いんだ!」

 騒がしくなる子供たちを、親が宥める。大人がいつも以上に近くに居るので、集中力もいつもより無いようだ。しかし、タネリは静かになるのをただ待っていた。柔らかい笑みが、今日は自分たちだけでなく、周りの大人にも向けられていることが、ラフルは何だか不思議だった。

「スプーン戦争は五十年に一回だけ行われるんだ。今年は第四回目。第三回目から、ちょうど五十年経ったってことだね。大人たちの中には、参加したことがある人も居るんじゃないかな」

 タネリが周りを見回した。

「懐かしいな」

「確かに参加したよ。ユークランカ地区は負けてしまったけど」

「ぜひ感想を聞きたいな。じゃあ......そうだね、エドガルド」

 ラフルは弾かれたように父を振り返る。父は何だか苦いものでも口に入れたような、何とも言えない表情をタネリに向けていた。ディックが「変な顔」と笑い、ケントが「バカ」とディックの口を塞ぐ。

「俺か」

「濃い体験をしているはずだからね。ちょうど君が、エトランゼ地区に居た頃だから」

「そうだが......何だか、恥ずかしいぞ」

「今は君が語り人だよ」

 タネリの言葉に、エドガルドは腹を決めたらしい。小さく息を吐いて、皆の顔を見回す。

「あの頃は......まだ子供に人権がない時代だったからな__つまり、子供にとって厳しい世界だったんだ。そんな中で、エトランゼのリーダーに子供が選ばれた。逞しい少年だったな」

「リーダー?」

 ヴィヴィが父の顔を見上げる。父は頷いた。

「旗持ちと呼ばれる特別な役がスプーン戦争にはある。自治区の旗を持って、相手の陣地に刺しに行くのだ。此処ユークランカも、エトランゼのその少年に旗を刺されて負けてしまったんだ」

「旗台はたしか、エグトラドールにあったんだよね」

 他の大人が言う。「そうだったな」と懐かしそうな声が次々に上がる。

 エグトラドール。ユークランカ地区では最も大きな集落だ。地区の最も東にあり、人間との血の交わりが最も早かった地区と言える。

「旗台って何?」

「旗を刺す台のことよ」

「石の台座がそれぞれの決められた地区に置かれてね、そこに刺しに行くんだよ」

「それで?」

 子供たちの目はエドガルドに向けられる。

「その少年の栄光はなかなか語れるものじゃない。ただ、言えることは......彼は、優しすぎたんだ」

 エドガルドは空を見た。雨で洗われた空には、満天の星が瞬いている。一瞬、尾を引いて東へ動くものがあった。誰かが「あっ」と声を上げた瞬間には、動きの無い空に戻っていた。

「第三回目のスプーン戦争は、平和についてあまり関心が持たれていなくてな。優勝だけが人々の目指す先だった。フォーク戦争から百五十年という月日が流れていたからな、当然、みんな戦争の悲惨さなんて覚えているわけが無い」

 子供も大人も、皆エドガルドの顔を眺めていた。ラフルは、父の声が今まで聞いたこともない優しさに溢れているのに気がついた。母の手が、父の手を優しく包んでいる。

「何人かが命を落とすほどの激しい祭りになったんだ。優勝だけに目が眩んで、祭りの本質は忘れられてしまっていた」

「不思議よね。平和の祭典ってことは、散々言われていたはずなのに」

「歴史は繰り返すという言葉があるくらいだからな」

 エドガルドが目を伏せる。

「あの事件でまた繰り返されたと言われるのなら、次の祭典は決して同じであってはならん。言葉に甘えてはいかん。もう一度、どんな祭りにするべきか、世代を超えて考えなければならない」

 ラフルは父の言葉に胸を打たれていた。しっかりと心に染み込んでくる。胸の奥の、奥の奥まで。

 焚き火の音だけが残った。父は何だか気恥しそうで、妻の顔を見た。彼女は微笑んで頷いて、タネリに目を向けた。

「ありがとう、エドガルド。みんなは分かったかい? スプーン戦争は、ただ楽しむだけじゃないんだよ。過去を過去と思わないで、未来に伝えていくものなんだ。そのために、先人が心を込めて作り上げた祭典なんだよ。決してこのことを忘れてはならないよ」

 子供たちの顔を一つ一つ見つめて、タネリはゆっくりと噛み締めるように言う。ラフルと目があった時、タネリは一層ゆっくりと言ったように感じた。

「夕餉のお話は、これでおしまい。きっとそのうち、パーバリの手紙に書いていた書類が僕らのところにも届くだろうから......みんな、楽しみに祭典を待とう」

 タネリのその言葉で、夕餉の時間は静かに幕を閉じた。

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