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三つ子の魂百まで・・・?

        



           皇女たるもの、(たお)やかな乙女であれ。


 家族からの教えである。それは彼女にとって、一種呪いのような言葉であった。



◇◆◇


 晴天に恵まれたこの日、王宮の第一大広間では特別な祭典を開く為、室内は特別な仕様に設えられていた。

 煌びやかな装飾で壁全面をぐるりと囲み、他に細やかかつ特別な飾りつけが細部に至るまで施されている。配置されたオーケストラの一団が奏でる音楽は、控えめながらも荘厳な雰囲気を生み出し、空間を見事にまとめ上げている。

 用意された料理は立食用であるにも関わらず、フルコースに引けを取らない品揃えであり、一品一品が宝石のような輝きを放ち、それらはブッフェスタイルの元、スペース毎に装飾と区分けがなされ、なかなかに壮観な光景であるといえよう。更に、各スペースには数名のシェフが配置され、焼きたての物なども楽しむ事が出来るようになっている。

 集った招待客達は、皆一通り食べたい物を皿に乗せ歓迎酒(ウェルカムドリンク)を片手に談笑のひと時を楽しんでいる様子であった。

 頃合いを見て、白い羽付き帽子を被った従者が前に進み出て来ると、コホンと一つ咳払いをする。


「お待たせ致しました、ご来賓の皆様。アイリス・レファストル様のお出ましで御座います」


 一拍置いた後に、控えていた二名の従者によって開かれた後方の扉から、銀髪煌めく一人の幼い少女がカーテーシーにて一礼後に一歩、前へと歩みを進める。それに合わせて楽奏は一層華やかに鳴り響く。


「おめでとうございます、アイリス様」

「おめでとう、アイリス様」

「おめでとうございます、アイリス様、大きくなられましたな」

「アイリス、おめでとう、素敵よ」


 あちらからも、こちらからも祝福の言葉と盛大な拍手が一人の少女に贈られる。

その中を歩く彼女の表情は僅かに緊張を表しているが、歩みを止めずに案内された舞台へと上がり再び一礼をする。

 玉座からここまでの様子を見守り、周囲がアイリスへと集中した視線を送ったのを見届けると満足そうに頷き言葉を発した。

 

「皆の者、我が娘アイリスから一言謝辞を述べる」

 

 父から紹介を受けたアイリスは気を引き締めるような面持ちになり、ふぅと一つ呼吸を整えた後、視線は面々へと向けられる。

 

「みなさま、ほんじつはわたくし、アイリス・レファストルのためにおあつまい、あ……」


 挨拶は、述べ始めて直ぐに彼女の口が上手く動かなかったせいで中断される事となった。

 先程までの真っ直ぐな瞳はサッと伏せられ、それ以上言葉を紡げなくなってしまう。

集った一同の心中には『頑張れ、姫様頑張れ!』と声援しかなかったのだが、口に出す訳にもいかず、皆固唾を飲んで見守ることしか出来ない。


「……う、ふぅ……ぅ」


 顔を赤くし、唇を噛み締める彼女の頬に大粒の涙が転がっていく。上手く言えなかった羞恥や自責とが綯い交ぜになっていることだろう。

 玉座から見守っていた父と母、それに彼女専属の双子侍女は特に如何ともし難い衝動に駆られる。

何せ、この舞台に出るまで、前日とそれ以前の数ヶ月間を合わせても何度練習を繰り返して来たのか分からない。読み書きを始めたばかりの彼女が文章を紙に書き起こす事から始まって、難しい言葉の羅列を発達しきっていない口で一生懸命に喋らなければならない。最初は文字を読むところから躓いていた。

 齢3つを迎える幼子が、ただでさえ発音の難しい単語の羅列を発言するのは容易ではない。

 しかし、何度間違えても諦めずに繰り返していくうちに、最近はメモを見ずとも空で言えるようになっていたのだ。

 彼女が今日までどれ程一生懸命に練習してきたのかを知っている。席から立ち上がり、走り寄り『よく頑張ったねぇ。もう大丈夫』と抱きしめたい衝迫をどうにかこうにか必死に堪えているのだ。

 練習は沢山してきた、しかし、本番は顔も見た事の無い人物も多く、その圧倒的な数が彼女を気圧し言葉を詰まらせる要因となる。

 3歳を迎えたばかりの彼女が、大広間に集まった100を優に超える大人達から一点に注目を受けているのだ。こうならない方が不自然と言う物である。大人ですら怯む事があるだろう規模の人数を前に臆さず話が出来るなど、吟遊詩人や演説家など限られた者達が得意とする舞台なのだから。

 国王の一人娘と言えど、この重圧(プレッシャー)に押しつぶされそうである。

 謝辞を述べた後には、彼女が得意とする歌の披露も控えているが、どうにもそれ以降の言葉が紡げず俯いてしまう。

 

(どうしよう、どうしよう、たくさんれんしゅうしてきたのに、わたし……)


 大きな琥珀色(アンバー)の瞳から、大粒の涙が転がるように頬を伝って行ってしまう。止めようと思っているのに止まらず、嗚咽まで漏れ出てしまいそうである。


(しっかりしなさい、アイリス! きちんとごあいさつするの)


 叱咤するかのようにそう思うのに、きちんと出来ない自分にもの凄く腹が立ったし、頬っぺたを思いきりバチンと叩いてしまいたい衝動もやってきた。加えて、こんなに大勢の前で失敗した【とても恥ずかしい気持ち】と思いとが混ぜこぜになり、アイリスの小さな胸には感情の波が大きく揺れて押し寄せていた。

 これ以上は無理か、と思いながら祈るように固唾を飲んで見守る人々の合間を縫って、シュルリと彼女目掛けて何かが跳んできた。


「あ、ケルト……!」


 彼女の足元へと寄ってきたのは、彼女と同じ毛色をした銀色の猫。

 長く毛艶の良い尾が優雅に揺れる。

 アイリスを見上げ、短く一声鳴くと目を細めた。


「ケルト……」


 そっと抱き上げていつものようにぎゅっとすると、ケルトはスリスリとおでこをくっつけて言葉に応じる。

 ケルトの温かい体温とお日様のような良い香りが、アイリスの心を瞬く間に落ち着かせた。全身でもって大丈夫だよと言ってもらった気がして思わず顔が緩む。強い自責の念も、大勢の前で失敗してしまったという羞恥も全て溶かされ、代わりに心を立ち上がらせるような勇気が湧いてくるのを感じた。


「ケルト、ありがとう」


 もう大丈夫、と小さく囁き、おでこにキスをすると、ケルトは彼女の腕から身軽に降りてピタリと足元へ座る。

 アイリスはケルトの姿勢を見た後に、すぅ、と一つ深呼吸をしてから伏せていた目を上げ周囲を一度ゆっくりと見回す。

 目の前には確かに大人が多い。知らない人も沢山いて上手にご挨拶が出来ないとお父様とお母様に恥をかかせてしまう。

 けれども、良く知る大人も大勢いる。お父様とお母様、いつも一緒に居てくれるクレスとクレア、それに何よりケルトが一緒に居てくれる。


────大丈夫、私は出来る。


「みなさま、ほんじつはわたくし、アイリス・レファストルのためにおあつまりいただきありがとうございます。ほんじつで3つをむかえることができました。こうじょにふさわしいふるまいをこれからいっしょうけんめいべんきょうしてまいります。

おあつまりくださったみなさまへ、ささやかではありますが、うたをプレゼントさせてください」


 言い終えた瞬間に盛大な拍手が広間を包む。指揮者は奏者と視線を交わし、最後にアイリスと視線を合わせる。それに合わせてアイリスは胸の前で女神に捧げるような祈りの姿勢を取り、静かに口を開いた。

 言葉を紡げなくなる程のプレッシャーを撥ね退け、見事な歌唱が響き渡る。

 その透き通る歌声は、静かな水面を優しく揺らすように心地良く大広間を満たして誰しもが自然と聞き入ってしまう魅力があった。


「ありがとうございました、どうぞ、パーティーをさいごまでおたのしみください」

 

 歌を披露し終えて。最後にカーテーシーで締める。

 歌い終わった彼女の顔は真っ赤に染まっていたが、やり切ったと言う達成感か、どこか自信に満ちた笑顔へと変わっていた。

 盛大な拍手と合わせて、玉座の父母は立ち上がって目から滝のような涙を零しながら拍手を送っている。双子の侍女、クレアとクレスもお互い抱き合いながら『アイリス様~!』と小声で泣いていたし、足元のケルトはアイリスを見上げ、どこか誇らしげに『にゃん』と短く鳴いた。

(みんなのおかげ、ありがとう)

 舞台を降りると、クレアとクレスがすっ飛んでやって来て思い切りハグと頬ずりをされた。


「アイリス様! 素晴らしかったですわ!!」

「流石、アイリス様。クレアは信じておりましたよ!!」

「いたたっふふ、クレア、クレスふたりともありがとう」

「本当に良く頑張りましたね、偉い偉いですよ」

「ええ、ええ。本当に本当に、いい子いい子です」

 二人に揉みくちゃされながら、

「クレア、クレスったらもう」


 きゃあきゃあとはしゃぎ、くすぐったいわと言いつつもなすがままにされ、実に幸せそうな年相応の笑みである。

 父も母も我が子のそんな様子を暫し微笑ましく見守る事とした。

 こうして、以降の歓談のひと時は完全に力みが抜け、楽しく過ごす事が出来た。また、シェフが腕によりをかけた美味しい料理とスイーツをお腹いっぱい食べたアイリスは、閉会後既に眠気がやってきていて、クレアとクレスが手伝いながら湯舟に浸かり、上がる頃にはコクリコクリと船をこぎ眠りに落ちる寸前であった。


「アイリス様、本当によく頑張りましたわね」


「そうね、立派でした」


 精霊に助けを借り髪を乾かし、完全に眠ってしまったアイリス抱き上げを寝台へと運ぶ。

まだ幼い彼女は本日、立派に役目を果たして一回り成長を遂げたのだ。これから先も楽しみと言う物である。

 双子の侍女は、すやすやと寝息を立てる幼い寝顔を眺めて嬉しそうに顔を見合わせ微笑み合うのだった。王家に生まれたからには、この子の行く先は平坦ではない。一筋縄ではいかない人生が始まっているのだ。

 同じ歳の頃の子供達とは気軽に遊ぶ事が出来ない上、レファストル王家は公にしてはいないが世界の均等を保つ為に重要な役割を担っているので成長に合わせてやらなければならない事が山のようにあるのだ。


『我らがアイリス姫に幸多からんことを』


 二人はそう祈りを捧げて寝室をあとにしたのだった。







 その夜、疲労と達成感と満腹とでぐっすりと眠るアイリスの寝室前に数名の影が集まっていた。

その中から一つの影が滑るように動き、枕元へと近寄る。

「うぅう」

 ベットでアイリスと共に寝ていたケルトは総毛立たせ歯を見せながら低く呻る。

 影が人差し指をかざすと声を上げる事すら叶わずケルトの体はその場に横たわり、ピクリとも動かない。

 再び影は忍び寄る。じっと顔を覗き込むようにした後に、一歩後方へ離れてから両手を上げて言葉を発した。



『時を刻む金時計、秒針で鐘を鳴らせ。集え光の化身、歌え泡沫の微睡を。目覚めは永久(とこしえ)の花の香に包まれる』



 ぽう、と淡い光がアイリスとケルトの体を包み込むようにして出現したかと思うと、影は腕をサッとクロスさせる。



『汝、時の流れを汲み取り星屑を集め天上の花弁に包まれん』


 最後の一言の後、影は手を下ろすと、まるで道化が手品をするかのように全ての影が搔き消えた。







────





 翌朝、小鳥の囀りで目が覚めたアイリスはなかなか開けない視界に目を擦ろうとして己の目を疑った。動かした筈の腕には、動物のような毛がわっさりと生えていたのだ。



「え?」


 

 慌てて飛び起きてみれば、お尻の辺りから長くふさりとした毛艶の良い尻尾のような物が生えている事に開いた口が塞がらない。

 ようよう確認してみると、ふわふわの頬、三角の耳、長い尻尾。それら全てが自分の体の感覚として確かに存在している。尻尾はいつもケルトが優雅に揺するように自在に動かすことが出来、少し楽しいと思いながらも、


「えぇぇぇーーーー!!!!???」


 感覚としては随分と遅れてから、その異常事態を飲み込めず、これまた盛大に驚愕の声を上げたのだった。









どこまで書けるかわかりませんが、書いていると楽しいですね。

恋愛ハッピーエンドに(多分)なる予定ですが、直し頻繁に入りましたらすみません。


さっそく入りました。サブタイトル→喋れないなんて聞いてない、から変更です。

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