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6:ワンさん

 翌日。


「わふわふ!」


 やっぱり動物はかわいいわね。


 私は早速ウィルからちっちゃな可愛らしい魔物の子犬に興味が移っていた。


 ジャックが森で拾ってきた魔物の子犬で、自室に隠れて飼っていたのを私が見つけ、今は秘密基地に住まわせている。


「可愛いわね」

「将来は凛々しくなりそうだな」

「いいえ、可愛いくなるわ!」

「いいや! カッコ良くなる!」


 ジャックとよくわからないことで張り合っていると、また「わふわふ」と聞こえてきた。


「まぁ、可愛くてカッコ良くなるでいいか」

「そうね」


 二人で魔物の子犬をナデナデした。


「くっ。なんで僕が……」


 ジェレミーは召使いのようにワンちゃんのご飯を運んでいた。


 なんでもかんでも密告したがるジェレミーにはすでに手を打ってある。

 理由は簡単だ、ジェレミーが部屋に隠してある甘い物ボックスをバラされたくなければ、手伝いなさい! と脅したからだ。


 ふっ。頭脳明晰な人はこうやって人を使うのよ。オーッホッホホ!




 数日後、ジャックぐらいの大きさになったワンちゃんがいた。


「お、大きいな」

「そ、そうね」




 数週間後、ワンちゃんもといワンさんはセドリックお兄様より大きくなっていた。


「き、気のせいだな。うん」

「そ、そうよ」

「いや、どう見てもおかしいでしょ」


 ジェレミーがツッコミを入れてきたが、私たちは揃ってそっぽ向いて口笛を吹いた。




 数ヶ月後、秘密基地から頭をはみ出し半壊させながらわふわふ言う、大きなワンさんがいた。


「さ、流石にそろそろお父上と母上たちに言った方がいいと思うよ。ジャック、マリー」

「だ、大丈夫よ。まだ誰も気付いてないし!」

「そ、そうだな! マリー」


 意気投合するアホ二人。





 その晩、真紅の長い髪を少し乱れさせながら、第一皇妃のヴィオレット様が額を二本指でおさえていた。


「犬を飼うのはいいですが、どうして私がいる部屋の前なの? 新手の嫌がらせかしら?」

「ち、違います! ヴィオレット様!」

「ジャックのせいですわ!」

「な、なんだと!」

「な、なんですわ!」


 責任の擦り合いをするかと思いきや、わざとらしい口喧嘩で話を逸らそうとする二人。


「二人とも喧嘩はよくありませんよ?」


 それを見て第二皇妃のニノン様はニコニコしながら二人を宥めた。


 くぅ、ニノン様ぁぁ、喧嘩してるわけじゃないんですよぉぉ……。


 ジャックとマリーを挟んで座っていたジェレミーは、耳を塞いでいた手をどけてご飯を食べる。


「いいんじゃありませんの? 帝室の子なら犬の一匹や二匹、百匹ぐらい構わないと思いますわよ? ヴィオレットさん」

「ヴァネッサ……」


 第三皇妃のヴァネッサ様が銀色の縦ロールを揺らしながら、二人を擁護した。


 ヴァ、ヴァネッサ様!

 いつも影でその縦ロール、ダサくない? って思っていて、すみませんでした!


「男なら犬の一匹ぐらい飼って当たり前です、母上!」

「男? ジャックはまだしもマリーは女の子だぞ、ですが僕も同意です。しかも、あれはジェヴォーダンですよ、ヴィオレット様」


 それに続けてセドリックお兄様とパトリックお兄様が言った。


「そのぐらい知っているのよ。パトリック」


 第一皇妃は疲れたような顔で目を細め、パトリックお兄様の目を睨む。

 パトリックお兄様も無表情のまま見返し険悪になりそうな中……。


「ワンちゃんですか!?」


 アミラお姉様がパァっと笑顔を振りまいて立ち上がった。


「私も見たいです! お母様!」


 赤い髪を揺らしながらぴょんぴょんジャンプしながら、ヴァネッサ様のところへ行く。


「はぁ……馬鹿らしくなってきた。もうお好きになさい。あとアミラご飯中ですよ、はしたない」


 ヴァネッサ様はアミラお姉様の邪気のない言葉に毒が抜かれたのか、眉間を揉む。


「ただし、飼うならきちんとした世話をしなさい」


 再びキッと鋭い目でジャックとマリーに向けた。


 い、意外と優しいんですね……ヴィオレット様。

 ゲームだと第一皇妃の実家である侯爵家は、それはもう魔物憎しですごかったって言うのに。


 そんなことを考えていると、ふと私は弟のアルがいなくなったことに気づく。


「あら? アルは?」

「すでにお食事を終え自室に戻られています」

「そう。最近はすぐに戻るわね……どうしてかしら?」


 なぜか侍女のリヌが言い淀んだ。


 どうしたのかしら?




 場面が変わってある暗い部屋の中。

 その少年はまだ十一歳だというのに百七十センチ近い身長があった。上半身の服を脱ぎ捨て歯軋りしながら、腕立て伏せを繰り返し、ぶつぶつつぶやく。


「僕が……いや俺こそが唯一、マリーお姉様の盾なんだ……」




 ◆◇◆




 間話、騎士見習いウィル。


「ウィル! 貴様は今日からウジムシ以下の存在だ! わかってるか!」

「はい! 教官!」

「ここでは人も魔物も関係ない!」

「はい! 教官!」


 強面の教官はウィルに額をゴリゴリ当てながら叫んでいた。


「あ? なんか言いたげだな、何かあるのか文句あるのか?!」

「い、いいえ! 教官!」


 ウィルは動揺しながらも精一杯、返事をした。


「そうか! ならお前たちはこれから走って、グラウンドの舗装でもしてこい!」

「「「はい! 教官!」」」


 ウィルはセドリックから騎士見習いになったら? という助言で騎士見習いとして訓練していた。




「おぉれたちはゴミクズだ」

「「「おぉれたちはゴミクズだ」」」

「ひぃとも魔物も関係ない」

「「「ひぃとも魔物も関係ない」」」

「たぁだ祖国を守るきぃしだ」

「「「たぁだ祖国を守るきぃしだ」」」


 そこには人と魔物の垣根を超えて……ただただ扱かれている光景があった。




 訓練を終え、昼食時。


「おい、ウィル! 飯行こうぜ!」

「行こうぜ行こうぜ、ウィル!」


 同じ班の騎士見習いたちは汗臭いままウィルの肩に手を回して食堂へ向かった。ウィルは恐縮しながらもどこか嬉しそうだった。


「へぇ、魔物って大変なんだな」

「はい。どこまでいっても上下関係と弱肉強食の世界だったので……」

「そりゃ、魔物はいつまで経っても殺し合いばっかするわな」

「一部、頭が良いものが統率して魔人となるんですが……それでも統率というより恐怖で支配しているので、いつ下剋上が起きるかわからないんですよ」


 うだるような暑さにみんな汗をかきながら、ご飯をかきこんでいく。


「そろそろ次の訓練だな。みんな、いくぞ」

「おう」

「はい」


 ウィルは騎士見習いとして揉まれていた。


 なぜかとみんな疑問に思うだろう、理由は簡単だ。

 ウィルを臣下にしたマリーは翌日にはもう存在を忘れて、ジェルと名前を正式に決めたワンさんにかまけていたからだ。

 ウィルは毎日、マリーを思ってそれはもう枕を濡らした。




「ウィル! 騎士見習いでは人と魔物は関係ないといったが、准騎士ではどうしてもいろんなやつがいる! お前は気にせず、そのまま我が道を通せ!」


 数ヶ月が経ち、彼ら騎士見習いの卒業の日が来た。


「ではお前たちは今日をもって騎士見習いを卒業して准騎士となる! だからといって騎士見習いで覚えたことを忘れるなよ!」

「「「はいぃ! 教官!」」」


 大の大人たちは大声で男泣きをしながら、ワッと教官に群がった。


「おいおい! 卒業したからって俺は教官だぞ!」


 教官も思わず涙ぐむ。

 素晴らしい男臭い光景がそこにはあった……。




「マリー様!」

「あら、ウィル久しぶりね。どうしたの?」


 准騎士になったウィルは、尻尾があったらブンブン振ってそうなほど、嬉しそうな顔でマリーの部屋にいた。


「准騎士になりました!」

「そうなの? よかったわね、おめでとう」

「ありがとうございます!」

「あっ、だったらついでにジェルの世話頼める?」

「ジェルとは?」

「あぁ、最近飼ったジェヴォーダンの魔物よ」


 ウィルは思わず握り拳を作る。なぜならウィルの存在を忘れさせた元凶だからだ……。


「承知……しました」

「ん? よろしくね」


 ウィルは准騎士兼ジェルの世話係になった。




 ◆◇◆




 間話、侍女リヌは見た!


「あら、また大きくなったのね」


 美しい真紅の髪が地面につくのも気にせず、地面に座っている女性がいた。


「ふふふ。本当可愛い子ね。最初はただただ、うるさいと思ってたけど……」


 いつもは吊り上がっているだろう目を垂れさせながら、何度も大きな何かを撫でる女性。


「こう見ると可愛いところもあるじゃない」

「わふわふ」

「んもう。あまり舐めないの、さっき湯浴みしたばかりなのに……まったく、もう」

「わふわふ」

「最初の頃に比べて大きくなったけど、最近お肉しか食べてないよね? 野菜も食べないとダメよ、ヴィクトリア」

「わふぅ……」


 それは悲しい声をあげると、わざとらしく女性の膝に頭を乗せて目をうるうるして見上げる。


「そんなことしてもだめよ。食べなきゃ」

「わふわふ……」


 優しい手つきでそれの頭を撫でる。


「ふふふ、もっと大きくなりなさい。ヴィクトリア……」

「わふわふ!」

「わっ!」


 突然、それが飛び上ってペロペロと女性の顔を舐める。


 女性は嫌がる素振りすらせず満面の笑みを浮かべて優しく頭を押し返す。が、何かを思い出すとなぜか苦味を齧ったような表情をする女性。


「今日こそは私がガツンっとヴァネッサとマリヴォンヌの子たちに言って、いいところに住まさせてあげるからねぇ。ヴィクトリア……うふふ」


 なんということだろう!

 その人物は第一皇妃ヴィオレットじゃないか!


 いつもは不満そうな顔をしている彼女は顔を蕩かせながら猫撫で声で話しかけていた。

 ただ彼女は気づいていなかった……。


 ジェルのご飯を持って、どうしようか迷っているマリーの専属侍女、リヌの目があったことに!

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