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最終話

「私は…ルシオじゃないと嫌よ」


 全てがどうでもいいと思っていた世界で、そんな風に思ったのはルシオに対してだけだった。

 どんなに無関心を貫いても変わらず慕ってくれる。その姿をずっと見てきて、いつしかエラの心は溶かされていた。


 勇気を振り絞って本心を言えば、ルシオは黒い目をまんまると見開いて驚いている。

 そこにさっきまで渦巻いていた狂気はもうなかった。


「………え?」

「なによ、そんなに驚くこと?」


 正直心外である。

 あれだけ一緒に過ごしていて、あんなに言葉でも目でも行動でも雄弁に愛を語られれば多少なりとも情が湧く。恋情はこの際一旦置いといて、ルシオとは離れ難いと思えるほどに信頼関係を築いていたと思っていたのに果たしてこの反応はどういうことなのか。いや、自分の態度が悪かったと分かってはいるのだが。

 呆気に取られたようなルシオの様子に腹が立ってきてエラは椅子から立ち上がる。


「そんなに驚かれるほどに、私は貴方と信頼関係を築けていなかったのね。私が一方的にそう思っていただけなのかしら。勘違いしていてごめんなさいね」


 大人気ない言葉を吐き捨てる。

 今までの彼への態度を考えればこんな反応をされるのも自業自得なのだ。それでも、やはり簡単にルシオを捨ててしまうような人間だと思われていたことはひどく悲しいし、腹が立った。

 八つ当たりだとは分かっていても、言葉を止めることはできない。


「それじゃ失礼するわ」


 このままでは碌なことを言わなそうなので、早々に退散しようとルシオに背を向けて歩き始めた途端、後ろから急に強い力で体を拘束された。


「待って!」


 締め付けるのはルシオの腕。

 焦った声が耳元から聞こえ、エラは驚きと緊張から硬直した。


「ごめん、ごめんね。あんな聞き方してごめん。信頼してないなんてことないよ。ごめん、本当にごめん。だから僕から離れていかないで」


 震える声が出逢った頃を思い出させる。

 そしてエラは思った。


 ああ、ルシオがかつてないほど冷たく怒りを孕んだ聞き方をしたのは、私のせいなのだと。

 彼を歪ませてしまったのは自分の態度のせいなのだと、そう悟った。

 エラは散々、ルシオに対して前世で言う塩対応をとってきた。それはエラの心の平穏の為だったが、ルシオにとっては辛いことで、それが積み重なって少しずつルシオは壊れていったのだ。

 何故なら、ルシオはそれでもエラを嫌いになれなかったから。好きという枠を超えて、ルシオは最早エラに執着している。執着している相手が離れて行こうとしたら、大事な何かが壊れてしまったルシオはきっと離さない為に手段を選ばなかっただろう。


 もし、ルシオじゃなくても構わないと。

 そう答えていたら…きっと破滅が待っていた。そんな気がする。


 本当に今更だけれど、ルシオを今日まで傷つけてきた自分が不甲斐なく、どうしようもないほど愚かしく思う。


「ごめん。…今までごめんね、ルシオ」


 今のエラは先程までのルシオと同じくらい声が震えていた。


「謝らないで。悪いのは僕だから」


 そんな風に言って欲しかったわけじゃない。でもそう言わせてしまうような対応をしてきたのはエラだ。

 悔しくて唇を噛み締めていると、冷たい指でそっと唇をなぞられる。


「そんなに強く噛んだら駄目だよ。傷になってしまう」


 いつの間にかエラの横にいたルシオが、エラの顔を困ったような表情で覗き込んでいた。


「エラの綺麗な唇に傷が付いたら僕は悲しい。だから、ね?」

「…分かったわ」


 エラが少しぶっきらぼうに答えると、ルシオはホッとしたようにもう一度エラの唇をその細く冷たい指で撫でる。

 気恥ずかしさからなんとなく居心地が悪くなったエラはルシオから離れようとするも、それを察したルシオが今度は正面から優しくエラを抱きしめた。


「エラ、ありがとう。僕を選んでくれて。僕じゃなきゃ嫌だって言ってくれて。僕はずっと君にいつか捨てられてしまうんじゃないかって、不安だったんだ。でもエラは僕じゃなきゃ嫌だって。…ふふ、どうしようもなく嬉しくって、幸せだ」


 ルシオの顔は見えないものの、幸せそうな声色と、ルシオの胸から聞こえる鼓動から彼が本心で言っているのだと感じてエラの顔が自然と綻ぶ。


「…ねぇ、ルシオ。私ね、貴方のおかげで今初めてこの世界で生きてみようって、そう思えたの。ありがとう。好きよ、ルシオ」


 前世を思うあまり、ずっと生まれ変わりたくなどなかったと、そう思っていた。

 だけどこんなに愛してくれて、自分じゃなければ嫌だと言う人がいる。

 そんな人がこの世界にいるのなら、その人のために生きてみるのも悪くない。


 ルシオの心のうちを聞いて、エラは自然とそんな風に思えた。


「そっか。そっかぁ…。僕も好きだよ、エラ」


 ぽつ、と頭に何かが落ちてきた。

 雨粒に似た感触のそれにエラは気付かないふりをする。そしてルシオをぎゅっと抱きしめた。


「ルシオ、私ね、聞いてほしいことがあるの」

「うん、何?」


 ルシオの声が震えているのも気にせず、エラは話を続ける。


「ゆっくり話したいから、もう一度椅子に座りましょう。そして美味しい紅茶を淹れてもらって、美味しいお菓子を食べて、それからゆっくり話しましょう」

「うん」


 ルシオが離れていくのを感じてエラはルシオの手を握り、ガゼボまでその手を引いて歩いた。

 その手を強く握り返したルシオの顔は、とても幸せそうな顔をしていた。



 ◇◇◇



 あの後前世のことを話し、自分がどう思って今日まで生きてきたのかを話すとルシオは色々と納得した様子だった。


「エラが今にも消えてしまいそうだったのは、前世を思っていたからだったんだね」


 そんな簡単に納得して良いのか、本当にこんな滑稽な話を信じるのか、と問い掛ければ、


「うん、信じるよ。だってこの黒い目と髪を見た時のエラは愛しい恋人に会ったみたいだったしね。それにエラに前世の記憶があったことに感謝してるんだ。だってエラは僕の髪と目の色、気に入ってるんでしょ?」


 ルシオはあっさりとしていた。

 だけどすぐに真剣な顔になったのでエラも背筋を伸ばして次の言葉を待つと、


「ただ、心配してることもあるんだ。あの留学生…あいつ、絶対エラのことを狙ってる。ねぇ、エラ。もうあいつに会わないで?会うとしたら絶対に僕もその時は一緒にいるよ。いいね?」


 神妙な顔でそう言った。目が笑っていなかったので全力で頷いた。

 あの狂気は鳴りを潜めたのではなかったのか。いや、人間そんな簡単には変われない。エラから好意を伝えられて表に出かかっていたのが隠れただけで、まだあの狂気は消えずにいるのだ。


 こういう人間をなんと言ったか。

 そう…確か前世では“ヤンデレ”と呼ばれていた。


(ヤンデレか…)


 前世ではそう言ったタイプは苦手に思っていたが、病んでいる今の自分にはお似合いなのかもしれない。

 そう思ってエラは思わず小さく笑った。


「ちょっとエラ、真面目に聞いてる?僕これでも真剣なんだけど」

「ふふっ、ごめんなさい。いえ、なんだか私たちってお似合いかもしれないと、そう思って」

「…え?」


 途端に真っ赤になったルシオが可愛くて、どうしてもっと早くルシオと向き合わなかったのだろうかと思う。

 そうしていたらこういうルシオをもっと早くから堪能できたのに。


「ルシオ」

「…なに?」

「愛しているわ」

「…!?…ぼ、僕もエラのこと、愛してるよ」


 真っ赤になった頬が林檎みたいに思えて指で(つつ)いてみる。ルシオが「悪戯しないの…」と弱々しい声で言いつつも、されるがままになっているのがおかしくてまた笑った。


「エラ、いっぱい笑うようになったね」


 突然ルシオがそんなことを言い出す。

 そういえばそうかもしれないと思ったエラは、


「ルシオのおかげね」


 無邪気にそう言って微笑んだ。

 それを見たルシオに頬を突いたお返し、とばかりにキスされるのはすぐだった。



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