第七回:爆発とか白煙とか宙吊りとか
薄暗い通路を歩き、止まり、待たされ、青が何やら嫌な目付きで何かの作業をし、時々レッドちゃんが耳元に手をあてて、それを繰り返し。
……???……。何てやりながら進むから、あたし達の歩みは遅く、その分怖さが増して我慢出来なくなりそうなんだけど、基本的にレッドちゃんがずっと手を繋いでいてくれるから、あたしの心の均衡は何とか保っている。愛で。
まあね、レッドちゃんが自発的に繋いでくれたんじゃなくて「不安だから手を握って♡」とお願いしたら繋いでくれた。緑が目だけ笑っていない生あったかい視線を、青が更に悪い目付きをこっちに向けて来たけれど、別にレッドちゃんのオマケに変な顔されても痛くも痒くも無いし。
時折、レッドちゃんが「ん」とか言って指を指すと、青と緑が2人がかりで何かやったりもする。
と……!
がこんっ!
一瞬、あたしの足がふわんっと軽くなった。
「危ねえっ!」
ごんっ!
次の瞬間、何がどうなったかわからないまま、あたしは壁に向かってぶん投げられていた。背中を強打。いったぃ!
「いったぁい! 何すんのよぉ!」
「まずいな、特定されたよな」
「多分ね」
可憐で傷を負った乙女をフルに無視して、青と緑が意思疎通を成功させている。
「いったぁいんですけど!?」
「急ぎましょう」
レッドちゃんにも説明無しの二人。説明が面倒なのは許すけど、乙女を手荒に扱った事について平身低頭床に頭を擦り付けて謝ってくれても良いと思う。ぷんすこ。
「青、緑、お二人のその首の上に載っている、貧弱な球体物質の両側についている、ほぼ左右対称の聴覚器官であろう、物体は機能しているのかしら?」
「は? 急いでんだよ、訳のわかんねぇ事言ってねぇでついて来い!」
「へぇ、聴こえてはいるんなら、その貧弱な球体物質上部に収められていると思しき、思考器官がおかしいのかしら?」
「お前、何言ってんだ?? いいから急げ!」
「あたしは痛いって言ったの! 説明も無しにぶち投げられて、急げって言われても出来る訳無いでしょ! 謝るなり説明するなりしてくれるっ??」
「そんな暇はねぇんだよ! いいから来いっ!」
青はあたしを肩にひょいっと抱え上げた。
「いやぁ! 辺境生物に攫われるぅ!」
「ふざけんな! いいか、てめぇが罠にかかった。しかも俺達が予想もしてなかった単純なやつだ。レッドを狙ってる連中がいる。そいつらに場所を特定された可能性が高い。だから急ぐ。わかったら静かにしてろ」
「……。わかったわよ」
むぅ。あたしのミスは分かったけど、そおゆうトラップを予想もしていなかったのはそっちのミスだと思うけど?
抗議する間も無く、小走りになる青。苦しい!苦しいからっ!
「む!む!む!む!」
「煩い!黙ってろ、舌噛むぞ!」
むきぃ!もうちょっと気を使ってよね!こっちは可憐なお医者さんなんだからっ!
◆
暫く走って危険は去った?のか、廊下に下ろされて少し進んで、非常通路の壁を開き、今度は上に向かって伸びる排気管みたいなとこに入る。
緑が出した小型のウインチを持って、青が力技で上に上がり、ウインチを設置。先ずはレッドちゃんが吊り下げられた。ぶら下がるエリート少佐様。
やだっ!無表情で宙吊りにされていても素敵っ!
「これ大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ」
緑の言葉に続いて無表情で頷くレッドちゃん。
ぶらりーんとぶら下がって、極小の巻き上げ音と共に上に上がっていく。
吊り下げられ、上昇する美形。
なんともいえない風景だわ。とりあえず網膜に焼きつけとこっと。
「次はピンクさんですよ」
微笑みウインチを手にする緑。
見上げれば遥か高みから無表情で手を振る美形。あれは安全アピールなのか、楽しいアピールなのか……。
……。あたしの人生、何でこうなった?
とはいえ、非常事態なのだし、ここは覚悟を決めなきゃなんないとこね。
仕方なく頼りないファイバー鋼線にぶら下げられ、吊り上げられる可憐な美女。つまりあたし。
見た目は宙を舞う麗しき大天使なんだけど、下を見れば怖いし、上を見れば鋼線が目に入ってもっと怖い。
仕方ないから下に流れていく壁を眺めていると……。
がっこーんっ!!
がくんっと揺れる鋼線!
ああああああああ!
心の中で叫ぶ。人間怖すぎると声出ないのよね。急に巻き上げが止まったから、ぶーらぶーらと揺れているのが更に怖いっ!
「動かないでくださいっ! すぐに上に着きますから!」
動くとかそういう問題じゃなく、と大人しくぶらんぶらんしていると、今度は周りが白煙で包まれた!何?どうしたの?
未だ声も出ないし!
目を傷めないように、ぎゅっとつぶると同時に上下から破壊音が響く!
『目を開けたら平和な世界になっていますように』
……。あたしはとっさにそんな事を願う。その平和な世界に物騒な青と胡散臭い緑が居ません様に!
がくんっ。
鋼線が軽く揺れて、ゆるゆると上昇していく感覚。
「………。こわひよぉ」
それでもあたしは目を開けられなかった。
上昇が止まって、引っ張り上げられ、床に投げ出されたようだけど、知らない誰かとご対面とかいう恐ろしい事態もありうる。
「目を開けて大丈夫」
聞き覚えのある平坦な声に、そっと目を開けると、レッドちゃんがあたしの顔を覗き込んでいた。
勿論、無表情で。
けど、ネットランナーの感情はほぼ無いと聞いた事がある。脳力の制御に邪魔になるからだ。無口で無表情、他人の感情何て考えもしない、だったわよね。
なのに、わざわざあたしに声をかけてくれるなんて、やぁっぱり、運命の何かが働いちゃってるんじゃないの?ないの?そう!愛!
「助けてくれてありがとおっ!」
ぎゅむっと手を握る。
「引き上げたのは俺だ」
「うっさい、青! だいたいレディの扱い方がなってないわよぉ! あたしを荷物みたいに投げ出したでしょ! 傷がついたらどうすんのよぉ?」
「あ、ピンクさん、お怪我はなかったようですね。良かったです」
最後の一人、グリーンが上がって来た。
直ぐに排気管に何かを放り込むブルー。
「目を閉じて耳を抑えろ」
本能のままに指示に従った瞬間、小さな爆発音と瞼を隔てた閃光、軽い衝撃波があたしを襲った。
「これで襲撃者を少し足止め出来る。進むぞ」




