第二回:呼び方にはアイデンティティがかかっている
理想ぴったりのパートナーを見つけたと思ったら同性だったとか……。激しく落ち込んだあたしをちょっぴり可哀想に思ってくれたのか、緑は色々説明してくれた。
けど、説明は義務だから、別に感謝なんかしないんだから。
一、あたし達は目的さえ果たせば結構自由に動いて良い事。
一、任務はごく簡単なものだという事。
一、滅多に無いと思うけど、戦闘になった際は青が一切を引き受ける事。
一、あたし達専用の宇宙船がある事。
一、宇宙船の面倒は緑が全部みる事。
一、全ての決定権は赤の彼女にある事。
とはいえ彼女はネットランナー。
面倒ごとや些細な事を考えさせてはいけない、らしい。
……って!?
「ネットランナー? あのネットランナー? めっずらしい!」
あたしは改めて彼女をみなおした……っていうか観察に近いかも。唯一、脳をダイレクトにコンピューターに繋げられる一握りの存在。エリート中のエリート。ネットランナー同士の能力の上下はあっても、ネットランナーとそれ以外には大きな大きな区切りがある。
脆弱な辺境の役所だと、ネットランナーからのハッキングやクラッキング対策として情報を紙に纏めた方が安全という話もあるけれど、ハッキングされたとて有効な情報がある訳も無く……。一応、旧型のコンピューターもあるしデータも入力しているし定時連絡として情報は送っているけれど、他の銀河からの異常事態も無く惑星内も平穏で、中央から送られて来た新規住民と亡くなった人の記録を送るのが基本だとか言ってた、役所のおっちゃんが。
「話には聞いてたけど、本当にいるもんなのねー。って、ネットランナー様なんて、ほいほいお外に出ちゃいけないんじゃないの? 帝国の貴重なエリート士官さんじゃない? あたしなんて辺境の落ちこぼれ医者よ? 何であたしとかがチームに選ばれたの? そりゃどんな病気でも怪我でも出来る範囲で最高の治療を施す自信はあるけど、んでも、ほんとになんであたし?」
「帝国のマザーコンピューターのお告げだと聞いているよ」
と緑。
凄いな、マザーコンピューター。
辺境の『だめ』医者を選ぶとは。
ちょっと壊れてんじゃないマザー?とも思うけど、何か青いのがさっきからこっちを絞め殺しそうな目付きで見ているので、余計な事は言わない事にする。
「良くわかんないけどわかった。とにかく、今やんなきゃいけない事をやればいいのよね」
「そうですね」
「んで、何をやるの?」
「お届けものです」
緑がにっこり微笑んだ後ろで、赤の彼女はぼんやりと微笑んだような表情を浮かべた。
青は、何故か無駄に殺気立ってるけど。
◆
人生三度目の宇宙航海、といっても、一回目はドロップアウトが決まって辺境に放り出される時の最低限の物資輸送船の荷物と一緒での最悪の旅、二回目が怖い軍人様に猶予無し説明無しで船室に監禁強制連行された旅だから、今回が初めて楽しいお宇宙の旅になるはず。
うふ……。うふふふふ。
素敵な彼女もいるし、もう性別なんて小さい事は気にしないで、あたしは愛に生きるのよっ!
広い宇宙港のかなり端っこに、あたし達の宇宙船は停まっていた。
きらきら輝くシルバーメタリックのボディに、これまた輝く緑のラインがアクセント。
フォルムもすんなり、中級駆逐艦サイズ、外見からは重火器がどこに搭載されているのかわからなくて、無骨な物は一切排除されている。
とっても素敵な、あたし達の宇宙船……ただ一つを除いて。
「ねえ、どうしてピンク色じゃないの?」
「はぁ?」
「ピンクよ、ピンク!レディの乗る船は乙女にぴったりのピンクが至高でしょ?全体をパステルピンクに塗装して、ビビットピンクのドットラインを引くべきでしょ?」
あたしの素敵な提案に即反応しない野郎ども。
と、ずっと殺気立った態度の青がちっさく舌打ちして、あたしを見据えた。
「ドクターってのは、落ち着いた人物ばかりだと思っていたんだが。こいつは頭どうかしてやがんな」
「はぁぁあ?なによ、なによっ!むっつりした顔で無愛想にずーっと黙っていたのに、可愛いあたしに対して最初の言葉が、頭がどうとかどういう事よ⁉︎ ブルーなんだからもっと爽やかに快活にしたらどうなのっ?」
「そのブルーとか、なんだから爽やかとか、訳がわからねーんだけど?」
「口、悪っ!頭もお目々も青いからブルーでしょ!彼女がレッドなら緑はグリーン!当然あたしは可愛いぴんくちゃん」
「はぁ?てめーはたいして可愛くねぇし」
「あたしが可愛くないとか、眼球か脳みそがまともに働いてないんじゃないの?使えない目ん玉ならくり抜いてガラス玉でもはめ込んでおきなさいよっ!なんだったらあたしが手術して差し上げるわよ?」
「ガラス玉って、お前な……。だいたい俺たちは軍属だ。お互い、軍の階級で呼ぶべきだろうよ!」
「可愛く無いから却下!」
「てめぇが決める筋合いはねぇっ!チームリーダーは少佐だ!少佐が決めるべきだ!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。ね」
「うっさい緑!ここはぴんくちゃんのアイデンティティがかかってる重要なとこなんだからっ!」
「み、緑……?なんで僕まで色味で……」
「……。僕、色でいい」
あたし達のヒートアップから完全に取り残されていた赤い瞳の彼女が突然口を開いた。
「階級出すの。あまり得策じゃない」
「ほぉら、あたしの深淵な意見にリーダーも同意してくれてるじゃなぁい。グリーン、ブルー?これからよろしくね」
………。
悔しそうなブルーに、呆然とするグリーン。
リーダーの発言は絶対、なんでしょ?ね?
◆
任務遂行の為、宇宙船で宇宙を移動中。
あたしはこれといってやる事が無い。
初めはレッドちゃんにお船の事をきっかけに、愛を育もうとしたけど、「うん」とか「違う」とか「さあ」とか数文字の言葉のみで返されて撃沈。考えて見れば、お船のプログラムは知っていても、無口なレッドちゃんと会話がはずむ訳も無く。
でもまあ、見ているだけでも幸せだし、お茶を誘えば無言ではあるけれど席に着いて一緒にいてくれる。幾ら感情の揺らぎが少ないと言われるネットランナーでも、ちゃんと色々考えがあって嫌な事なら絶対しないってグリーンが言ってたから、少なくともあたしに好意があるらしい。うふう、確実に愛が育まれてるわ。素敵素敵。
で、一応仲間だし、取り敢えず親密になろうかなってグリーンに話し掛けたら、宇宙船の薀蓄をいっちゃった目と早口で語り始めて、こっちは訳わかんないから「すごぉい」とか言って逃げようとしたら、延々ついて来て話を続けてうざったかった。
所謂、蘊蓄大好き話すの大好きな専門バカだと分かった時にはもう遅い。お船の中から逃げる術は無く、右から左に聞き流しつつ、兎に角このお船がグリーンの最高傑作でとっても凄い事だけは理解した。自称最高傑作だから、本当かどうかは分からないけれど。
で、残るはブルーなんだけど……。先ずあたしの可愛さを認めないとこが気に食わないし、いつも眉間にしわよせたぶっちょーづらしてるから、こっちも話し掛けたいと思わない。
結局あたしは一人ぶらぶらしたり、食料庫をあさったり、お菓子をつくったりして、ひまを潰していたんだ、けど。
重要な事をきくのを忘れてた。
重要すぎて何を今更と言われそうな事を。
正直、誰にきいていいかわからない。
そう。
『詳しい任務』とやらの内容を。
怖い事だったら、ドウシヨウ?