第十六回:たとえ犠牲があったとしても終わりよければすべて良し
こうして襲撃から始まったあたしたちのお使いは、襲撃で終わった。
……。たぶん。
というか、終わって。お願いプリーズ。
これ以上狙われたくないし、戦いに巻き込まれたくない。
あのあとあたし達は駆けつけてきた軍の人にバトロイドさんを引き取ってもらった。
ついでにブルーの応急修理もしてもらったり。ブルーの修理はグリーンが出来る筈なんだけど『僕の宇宙船』って呟く置物になってたから助かった。人間の部分は治せるけど、機械の部分は直せないもん。
そうそう。
あのときグリーンに、『レナ4』の暴走のことを教えてくれたのはあっちのチームのメカニックさんだったらしい。
自分の宇宙船が制御不能になったので慌てて連絡してくれたとか。つまり落下して完全に壊れたマクスウェルはあっちのメカニックさんの自慢の宇宙船だったって事よね。あっちのメカニックさんは危険を注意してくれた上に、軍の人経由だったけれどあたし達に謝罪をしてくれた。
自分の宇宙船がめっためたに壊れたのに、ごめんなさい出来るなんて偉いと思う。うちのメカニックはちょっと焦げて、ちょっと電子部品がおかしくなっただけで、置物になってるのにねー。
それにしても、もう戦う必要は無かったのに……。何で『レナ4』はあたし達を襲ってきたのかな?
ううん、違うわよね。あたしには分かる。
妬み。
自分の持っていない能力に憧れて、尊敬して、追いつこうと追い抜こうと努力する気持ち。それを目標にしている間はいいのだけど、叶わないと思った時、悪い方へ転がるとそうなっちゃう、負の感情。
辺境にも、中央への憧れが悪い方に向いちゃって、最悪な結果になっちゃう人はいっぱいいた。
でもそれは人として当然の感情だ。
そうした憧れや思いが原動力になって、目標を達成させる。
まあ、実力が足りなければ努力も無駄になるんだけど。
無駄になった時に、どう考えるか。
選択肢は人の数だけある。
憧れの目標までには至れないけれど手前のとこで全力を尽くす。
他の目標を叶える。
成功者を妬む。
破壊活動をする。
壊れちゃったホバーカーの代わりに、軍に貸して貰った宇宙港に向かうホバーカーの中で、そんなことをとりとめもなく話していたあたしの言葉を、三人は何も言わずに黙って聞いてくれていた。
帝国中央出身の三人にはわかりにくいだろう話だけど……それなりに思うところがあるのか、「ふん」とか「なるほど」とか首をちょっと傾げたりしている。
能力絶対主義に生まれて、決められた生活に疑いを持たないよう教育されて。
そんな三人にとっては想像もつかない内容の話のはずだけど、こうして聞いてくれて、考えてくれる。
そんな彼らって、素敵よね。
さっすが可愛いあたしの仲間、ふっふーん。
「むしろ先方の感情に欠陥があったのかも知れませんね」
一通り話した後、グリーンがボソッと呟いた。
「欠陥?」
「ネットランナーにしては短絡的すぎです。その場の感情で襲撃を命じなくても、後で挽回すれば良いでしょう?」
「うーん。グリーンの言う事も分かるんだけど、ね」
あたしとしてはレッドちゃんの『姉妹レナ4 』こそ人間っぽいと思う。
だからと言ってレッドちゃんが人間的じゃないとも思わない。
レッドちゃんの無表情は遺伝子や何かの問題だろうし、負ける、悔しい、逆襲っていうのが本来の人間っぽいと思うんだよね。
あ、でも、上等な人間なら、悔しいの後にするのは、切磋琢磨だけどね。
◆
「ともあれ終わり良ければ全て良し!レッドちゃん、一緒にお買い物しましょー!お茶も飲んじゃいましょー!ブルーも護衛宜しくねっ!じゃ、グリーン、頑張って!」
ちょっぴりお船が故障しちゃったあたし達は、しばらくこの宇宙港に宿泊することになっていた。
グリーンはとっても優秀なエンジニアって話だけど、お船を直すには外装を修理の人にも手伝って貰って数日くらいかかるみたい。
降って湧いてきたようなバカンスタイム!
きっと頑張ったあたしに、神様が微笑んでくれたのよ。
これを楽しまなきゃ、ばちが当たるって話よね!
「さーて、まずはお買い物よね。お店はどっちかしらん?」
ぐるりっと宇宙港のロビーを見回す。
『……現在、管制室にて離着陸を調整中です。以下の航空宙機航については、今しばらく待機をお願いします。セグラダ星系所属バルカン、ホウライ星系所属フォンフーレン、……』
宇宙港の館内放送がさっきから同じアナウンスを繰り返している。
『レナ4』とレッドちゃんがそれぞれの宇宙船を緊急発進させたせいで、宇宙港の発着は大混乱らしい。
あ。
混乱でごったがえす人混みの間に赤い髪が見えた。側には男性が三人。
目付きが悪いのと、同業者。
どうやらあたし達以外の『姉妹』チームがまだいたようね。
向こうの目つきの悪いのが、こっちに気が付いて手をあげた。
「グランド軍曹も騒動に巻き込まれましたか」
巻き込まれたというか、当事者というか……。
ブルーも手をあげて応える。どうやら顔見知りっぽい。
「ま、まあな。面倒な事だ」
「我が隊は幸い滑走路が空き次第離陸出来るのですが……」
野郎どもの会話は放っておいて、
「こんにちは」
あたしはあっちのレナちゃんに声をかけた。
「初めまして。姉のチームの方ですね。今後ともよろしくお願いします」
抑揚のほとんどない口調と無表情で返された。レナ4と比べるとレッドちゃんにそっくりと言えるかもね。
けど、レッドちゃんがここまでの長文挨拶をする様になれるっていう想像も出来ないし、やっぱり個体の差は結構あるみたい。ネットランナーも人間だもの、当然よね。
激情家のレナ4ちゃんと、平坦な話し方をするレナなんとかちゃんと、あたしの天使のレナちゃんと、他のチームのレナちゃんがみーんな揃ったりしたら……、それはそれは壮観に違いないわ。美形大集合。何それ、何て言う天国?レッドちゃん天国!
「そろそろ行きますよ。艦内で離陸許可を待ちましょう」
あっちのメカニックさんが妹レナちゃんに声をかける。
あたしは小さく手を振った。
妹レナちゃんがぺこりっと頭を下げて出艦ゲートに向かって行く。
レッドちゃんもあたしの隣で、首をちょっと傾げている。
多分これがレッドちゃんの挨拶なのよね。
「ふっふーん、やっぱレッドちゃんは素敵だわぁ」
すぱぁんっ!
「いったぁい! あにすんのよぉ!あたしの後頭部は人類の叡智、医学の力が詰まってるのよっ!」
「ばかかお前は! 気軽に声かけてんじゃねぇよ。相手は上官だぞ。雲の上の存在だぞ、同じチームの仲間ならまだしも、よそのネットランナーに声かけんな。何かしら疑われたらどうすんだよ」
……、あ、そっか。そうでした。
でも、まあ、レッドちゃんの姉妹なんだから大丈夫だと思ったんだけど。
あの激情家さん以外は。
いや……、待って。
ブルーが心配しているのは、もしかして……、そっちじゃなくて……。
「はっはーん。わぁったわ。いいのよ、照れなくっても」
「はぁ?」
「可愛い仲間のピンクちゃんが危ないことに巻き込まれたりしないか、心配になっちゃったんでしょう?でしょ?」
「なってねぇよ!俺が気にしてるのは、チームの事だ」
「ふぅぅん」
「全力で殴るぞ」
「やめてお願い、身体全部が消滅しちゃうから」
あたしは己の命を守るべく、そして己の楽しみを実行すべく、ショッピングモールに方向転換した。
◆
ということで、これがあたしの帝国軍での楽しい初任務の顛末。
新しい仲間との、愛と勇気の冒険。
硝煙と爆発のスパイスと、愛する『もの』を無くした緑が発する悲しい慟哭のBGM。
お船をピンクに塗り直していたら、あたしももうちょっと気にしたかもだけど、物事には犠牲が付き物だものね。
次は実戦らしいけど、このチームなら何でもできちゃいそう。
よーし、次も愛の為に頑張っちゃうぞー。チームから外されない限り、ね?